第五幕「霊の本気」
作者はそんなに幽霊に詳しい訳ではないです。これは想像である事をご了承下さい。少し残酷描写ありです。
第五幕「霊の本気」
起きた時に美少年の顔が目の前にあっても心臓に悪いものだと私、この歳で学びました。あれだね、美形の破壊力は年齢を問わないね。
一言言わせてもらうと、美形爆ぜろ、に尽きる。
「レイコちゃん、レイコちゃん。起きて」
レイヤさんは横になっている私を優しく揺する。私はぼんやりと覚醒した。が、目の前にあったのは本条くんの寝顔である。わー睫毛長いし肌もスベスベそうだ。いや私そうじゃないだろう。
私は混乱の局地だ。口は布を巻かれ塞がれ、手足は縄できつく縛られている。本条くんも同じようにされ、寝転ばされている。ぐったりと意識の無い本条くんは、美少年さながら危なげな儚さがあった。オーマイガー、と私は神を仰ぎたくなる。
ここは何処だろうか。視線を周りに彷徨わせる。どうやら何処かの物置みたいだ。倉庫よりも小さい。と、レイヤさんと目があった。
レイヤさんは心配そうに眉を下げている。
「レイコちゃん。アタシが憑いていながらこんな事になってごめんなさいね」
レイヤさんは蒼い瞳をうるませ、
「ああ、手もこんなに縄が食い込んで。痛々しいわ。痛くない訳ないわよね」
指を私の手に滑らせる。労るように、そっと撫でられた。ヒンヤリとしたその温度が今は気持ちよかった。
「ちょっと此処で待っていて。すぐ、何とかするわ」
私の頬をするりと撫でレイヤさんは空気に溶けた。ふっとレイヤさんが消え、私はがっくりと肩を落とす。よくよく考えたら、その前にこれ(縄と布)を何とかして欲しかった。レイヤさん、頑張れば私以外のモノにも物理的接触が出来るらしいから。
本条くんの目がゆっくりと開かれた。そして私を見ると苦しそうに顔を歪ませた。意訳すると「巻き込んでしまった」だろうか。そう言えば、本条くんの家は世界的にも有名な大財閥なんだっけと私は思い出した。身代金か、私はどこか冷静に考える。
本条くんはもぞもぞと縛られた手を動かしていた。もうあの苦しそうな顔はしていなかった。切り替えの速さは流石だ。
そしてゴキッととても痛そうな音がした。本条くんはするりと手を縛っていた縄を解いてしまった。そしてまたコキッと右手の手首の関節を嵌めた。え?本条くん?自分で関節を外したの?私は呆然とその様子を見ていた。
そして本条くんは自分の口を塞いでいた布を外し、足の縄も彼の靴底に隠してあった小さなナイフで千切った。手馴れているのかそれらは速く終わった。
「巻き込んじゃってごめんね。礼子ちゃん。今外すからね」
申し訳無さそうに私に本条くんは謝る。そして優しい手つきで手足の縄を小さなナイフで千切っていく。
「最近はこういうの無くなっていたから、油断しちゃってね。あ、でもアイツらそこまでじゃないよ。縄の縛り方も少し甘かったし」
手足の縄を千切った後、本条くんは私の口の布を外した。
「本条くん、詳しいね」
私は縛られた跡を手で擦る。ヒリヒリして痛い。
「うん。小さい時は誘拐なんてザラだったからね。慣れたよ。あれ?レイヤさんはどうしたの?」
「レイヤさんはこの状況を何とかするって何処か行っちゃった」
「ふーん……。彼らしくないね」
本条くんはほんの少し口端を上げた。嘲笑うかのような冷たさを含んだ笑み。
「……よっぽどキレたんだろうね。戻ってくるのが怖いなぁ」
ポツリと独り言のように本条くんは呟いた。それは声だけを聞いていると楽しそうな響きを含んでいる。
許さない。あの下郎共が。
レイヤは苛立たしげに舌打ちした。
「アタシのレイコちゃんになんて事を……」
普段にも割りと言っているセリフをレイヤはとても低い声で吐き出した。それは昏い感情のこもった声だった。
壁をすり抜け、誘拐犯達がいる部屋へと入る。
男達は祝杯を上げそうな雰囲気で話していた。
「で?あのガキ達はどうするよ?本条の坊っちゃんのとこに金貰った後は、よお?」
「あの坊っちゃん綺麗な顔してたよなぁ。ありゃいくらで売れるかね?」
「えげつなッ。じゃああのお嬢ちゃんは?そのまま帰すか?」
ぎゃはははと若い男達が笑う。茶髪、金髪、角刈り、喋った順に若者の特徴でレイヤはそれぞれの呼び名を決めていく。チャラそうな、チンピラみたいな小物達だ。
「いや、そのまま帰すっつっても、万が一があるしな」
と、金髪の男はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、
「あの手の需要はあんだろ?」
ロリコンは多いようだしなぁと嘲笑った。
ギリィとレイヤは奥歯を噛み締めた。どうしてくれようか、レイヤは冷静に、冷酷に考える。
カタカタと部屋が振動し始める。温度も急激に下がり始めた。
今は4月の初め頃だ。夕方とは言え、気温も0度を下回る事は無いはずである。
今室内の温度計が0度を示そうとしていた。更に下がっていく。カタカタと部屋が振動し、物が鳴らす音も次第に大きくなっていく。小さくパチッやらバンと言うラップ音まで聞こえてきた。
「地震か!?」
「いや……それにしちゃ何かおかしいぞッ!」
「それによぉ……。何か寒くないか?」
男達は口々に言い、混乱し動揺する。なんだこれは、今までに体験した事のない事である。それが男達の不安を煽る。
地震ならばこれ程、気温が下がることも、悪寒も感じる事も無いはずである。
ではこれは何か?男達の思考がそこに行き着いた時。
――さぁ、おいで。罪深き子らよ。
そっと囁く声が聞こえた。それは耳元で囁かれた。ゾワッと男達の背筋を悪寒が走る。
アレは人じゃない何かの声だ、そう彼らは直感したのだ。
バンッ。大きなラップ音が一回鳴り。
――さぁ、この声の元へ。闇の深淵を覗こう。共に青い悪夢を見ようじゃないか。
耳元で声が嘲るように囁き、男達の目の前が黒く染まった。何故か脳裏にニヤリと口元を歪める青年の姿が浮かんだ。
彼らの悪夢が始まる。
死よりも怖いものは何だと思う?
痛みか苦しみか?
それよりも自分というものが無くなる、自我の消失が恐ろしくはないだろうか。
何も考えられず、昔を回顧する事すら許されず、ただひたすらに享受する。何もない虚無。考えるだけでも鳥肌が立つ。身体も無く、ただあるのはこの自我、意識のみのレイヤにとってソレはとても恐ろしい事だった。
ならば、コイツらに味わってもらおう。
悪夢の中で、ながいながい夜を、苦しみの連鎖を、痛みの地獄を、かつてレイヤが味わった虚無さえも味あわせてやろう。
死よりも恐ろしいモノを味わえ。
レイヤは声も無く、言った。冷たい笑みを浮かべて。
金髪の男は目が覚めた。
目の前に広がるのは漆黒の闇。音もなく、周りには何もない黒い空間。目の前に手をかざしてみてもその手すらも見えない。
居るだけで不安になるような場所だった。
なんだここは、夢か?ぼんやりと金髪の男が思った時ソレは襲った。
ズブリ。
沈み込むような音と共に男の右腕に激痛が走る。思わず見るとギチギチと音をたて、何かが男の右腕を呑み込み、食いちぎろうとしていた。その化け物は二つの小さな青い炎の瞳をしていた。暗闇で化け物の全体像が分からない。
金髪の男の混乱は限界を超えた。
「ぎゃああああああああぁああああああ!!!! 」
金髪の男は声の限り叫び、腕を振り回し振り切ろうとするが、動かない。化け物の力が強くて動かせないのだ。もがけばもがく程に腕は徐々に少しずつ飲み込まれ、喰われていく。ギラギラと輝く二つの青い炎が捕食者の目をしていた。
なんだこれなんだこれなんだこれはッ!! 悪夢か?それとも現実?いやこんな現実があってたまるか!! いたいいたいいたいィッ!!!! 金髪の男の思考はもはや正常に働いていない。あるのは激痛、恐怖で思考はそれらに呑まれ染められ考えられない。
ブチブチィと音をたて化け物は金髪の男の右腕を食いちぎる。
ごくん。と生々しい音で化け物は飲み込んだ。
金髪の男はへたり込む。痛みと恐怖で足腰が立たなくなっていた。ひぃっと情けない悲鳴を上げ、身体をガタガタとただ震わせ、顔を涙と鼻水でグチャグチャにしていた。
ズブリ。
また右腕に走る激痛。金髪の男は信じられない気持ちで自分の右腕を見た。右腕は再生され、またあの化け物に飲み込まれ、喰われている。ギチギチと音をたて、化け物の口が徐々に近づいていく。
金髪の男はついに発狂した。声にならない断末魔を上げて。
しかし、金髪の男は知らない。右腕の後は左腕に移り、更に足の一本一本に及ぶことを。悪夢は始まったばかりだと言う事を。
「あはッ。アタシの逆鱗に触れるからよ」
レイヤは楽しそうな声を上げ嗤う。ちなみに茶髪、角刈りも金髪の男と同じ悪夢をみている。夢、と言っても現実と痛みは同じだ。むしろ夢の方が時間は長く感じられるから質が悪いだろう。
「アレぐらいはしないとねぇ。お仕置きは大切よね」
レイヤは金髪の男のズボンのポケットから物置の鍵を抜き取る。
「じゃ、借りるわよ。いい悪夢を」
レイヤはそう言ってふっと空気に溶けた。
残る三人の若い男達はただ虚ろな目をし、時折ビクンッと痙攣をするだけだった。光の宿らないその目は、死人の目と言って良いほど虚ろだった。
レイヤさんマジギレ。補足すると、レイヤさんにとって礼子は、唯一の存在で救い。礼子の手に縄をあんなに食い込ませて痛々しい姿にしただけでも許せないのに、人身売買すると言ってしまったのでレイヤさんが激怒しました。