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第三幕「取り憑かれたんなら仕方ない」

第三幕「取り憑かれたんなら仕方ない」


 目覚めに美形の顔と言うのは心臓に悪いものである。私は小学5年生にしてそれを初めて知った。心臓が止まるかと思った。本気で。















 朝。学校へ行く準備をする私をレイヤさんは見つめた。


「え?学校?ああ、そうよね。レイコちゃん、小学生位だものねぇ」


 私の頭に手を置き、頷くレイヤさん。ちょっグリグリしないで!私の身長が縮む!


「レイヤさん、お留守番ですか?」

「やーん。レイコちゃん、それは止めてー!」


 淡々とする私にレイヤさんは大げさに嘆き、私に抱きついた。なんかこの人段々スキンシップ激しくなってないか?私は眉を寄せる。


「レイヤさん、スキンシップ激しくないですか?」

「ええー?そう?普通よ」


 普通……?そうだろうか?私は首を傾げる。


「そう、普通よ。アタシにとって、これが普通。アタシ、決めているのよねぇ。死んじゃったから、もうやりたい事を我慢するのはやめようって」


 しんみりと哀愁を漂わせるレイヤさんに私は、


「ううーん。じゃあ、妥協してあげましょう。ただし、時と場所を選んでくださいよ?」


 と最大限の譲歩をした。私は大人である。うむ。


「ありがとう、レイコちゃん」


 レイヤさんは花が咲くような笑みを浮かべた。目の保養だなと私は頷いた。















 学校へ着いて、自分のクラスへと行き、自分の席へ着く。たったそれだけなのに疲れた。


 理由は簡単。ふよふよと近くで浮いているレイヤさんが違和感バリバリだからだ。小学生の中に大人(しかも彼は類を見ない程の美貌)で背もスラリと高い。しかも浮いている、半透明だ。幽霊だし。The・違和感である。視界に入れないようにしてもレイヤさんはやたら話しかけてくるから無駄だった。


 私はぐったりと自分の机に突っ伏した。やあ、愛しのMy机よ、私を癒しておくれ。ヒンヤリと冷たい机に私は頬をくっつける。




「レーコ。どうだった?」


 ワクワクとした様子でそう聞いてきたのは全ての元凶とも言える親友だった。名前は斉藤さいとうまい。少し色素の薄い茶色の髪に大きな瞳の可愛らしい女の子だ。ツインテールはとても彼女に似合う。面白い事が大好きな彼女は私を“呪われた洋館”へけしかけた張本人である。けしからん。


「どーもこーも……」


 はて、これは話してもいい事だろうか?私はレイヤさんをちらりと見た。


 レイヤさんは首を横に振る。


 ですよねー、こんな事を話しても頭可笑しいと思われるのが関の山ですよねー。私は心の中で頷いた。


「なんでもなかったよ。ただ古い洋館だっただけ」

「ええー?そうなの?」

「そうだよ。所詮噂は噂だよ」


 淡々と私は頷く。舞は残念そうに肩を落とした。


 すまん、許せ親友。実は本当だったよ。青い悪霊ってレイヤさんって言うんだよ。多分。彼の青い瞳から青い悪霊って呼ばれたんだよ。私は心の中で舞に謝った。


「なぁんだー。つまんないのー。ぶーだよぶー」

「舞……」


 可愛らしく頬を膨らませる舞に私は複雑な気持ちになる。


「ねぇ、どうだった?噂の洋館は」

「どうって。……うーん。意外と外観とは違って、屋敷の中は荒れてなかったよ」

「へぇー!他には?」

「うーん……。そんなに奥に進んでいなかったからなぁ……」


 だって1階の廊下で遭遇してしまった訳だから。私はうんうんと呻りながら考える。


「ああ。そう言えば、なんか内装と言うか、調度品?がめっちゃ高そうだったよ」

「へぇー。意外!無人になって結構経つからあの中空っぽかと思った」


 舞がノリノリで身を乗り出してしゃべる。


「失礼ねぇ、空っぽじゃないわよ。結構高級品よ?あの洋館にあるの」


 レイヤさんがふわふわと浮かびながら呟く。うん、違和感しかない。私はレイヤさんにハイハイと手を振る。レイヤさんは肩を竦めた。


「どうしたの?レーコ」

「なんでもないよ。それよりも舞。そろそろ先生くるんじゃない?」

「あ。やばッ。またね!レーコ」


 バタバタと忙しなく自分の席へ戻る舞に私はヒラリと手を振る。


「仲良いのね」


 ひやりとレイヤさんが私を抱きしめる。ふわふわと浮いた彼にのしかかられても重くなんてなかった。空気の重さにも似た重さだった。


「親友ですから」

「あら妬けちゃうわねぇ」

「じゃあ、頑張って下さい」


 私と仲良くなれるように、と私は小さく笑った。


 レイヤさんはきょとんと目を見開き、


「ふふふ。じゃあ頑張っちゃうわね」


 楽しそうに蒼い瞳を輝かせ、笑った。




 がらり。


「おい、始めるぞー」


 あまりやる気を感じさせない声で担任が教室に入ってきた。

 私の幽霊を連れた学校生活はこうやって始まった。













 私のクラスには有名人がいる。あくまで学校の中での話だ。


 彼の名前は本条ほんじょう 和人かずと。絵に描いたように彼は非凡だ。家は日本でも有数の財閥、本条財閥だ(彼はそこの跡取りでもある)。更に容姿端麗、文武両道、負け知らずのリア充なのだ。彼は生まれてこの方敗北を知らない。勉強は常に成績一番テストはほとんど満点、スポーツだろうと、武術だろうと、ボードゲームだろうとなんだろうと勝負事なら彼は負けない。


 故に校内で彼はこう呼ばれている。


 “無敗の帝王”と。


 それなら、性格はさぞかし悪いだろうと思えば、そうじゃないらしい。曰く、「アイツは結構筋が通っている奴だ」「怒らせると確かにヤバイが、怒らせなければ気の良い奴さ」と。これはクラスの男子の言葉である。


 私がなんで本条 和人についてこんなにも考えているのか、と言うと……。



「ねぇ、霧島さんだっけ?放課後、僕に時間をくれないかい?」


 “無敗の帝王”、本条 和人直々にお呼び出しをくらったからである。


「え?ああ、はい」

「うん。じゃあ、放課後、屋上で待っているよ」


 皆が騒がしくしているお昼休み。私はいつものようにぶらぶらと中庭を散歩していた。そこでいきなり肩を叩かれ、あのセリフ。ちなみに我が親友殿はクラブ活動の何かの確認の為、不在だった。


 本条 和人くんは私ににっこりと笑う(何故か恐怖心を煽られた)と颯爽と立ち去って行った。


 その時の私の心の中の恐慌状態がお分かり頂けるだろうか。


 何を大げさなと笑うかもしれないが、相手はあの“無敗の帝王”である。彼に睨まれれば、平和な学校生活は望めないだろうと言われる。あの!本条 和人くんだぞッ!! 


 彼のファンクラブとダブルで攻撃してくるに違いない。なんて恐ろしい。私は恐怖で震えた。


「レイコちゃん?大丈夫?」


 隣に浮かんでいる半透明のレイヤさんはとても心配そうに私の顔を覗く。


「レイヤさん……」

「何かしら?」

「私の事……守ってくれますよね?」


 私の悲壮感溢れる表情を見てレイヤさんはにっこりと笑う。


「大丈夫よ!いざとなればアタシがレイコちゃんに憑依して、アイツの事なんかボコボコにしてあげるわ」


 とても自信溢れるレイヤさんの声に私は、


「私……本条くんのお呼び出しイベントが終了したら、舞とアイス食べるんだ……」


 ととても聞き覚えがありそうなフラグじみたセリフを吐いた。


 私詰んだな。これがこの時の私の正直な本音である。












 ぎぎぃ。


 軋みながらも屋上の扉が開かれる。


「来てくれたんだ」


 本条くんは屋上の柵の所に手を置き、こちらへ振り返る。


 黒髪に黒い瞳。レイヤさんが洋ならば、本条くんは和なのだろう。和服が似合いそうな美少年と言えば分かるだろうか。癖のない艶やかな黒髪はきちんと短く整えられ、サラサラと手触りが良さそうだ。長い睫毛に黒い大きな瞳は幼さを残すものの、意志が強そうだ。健康的な肌は適度に太陽の光を浴びているんだろうな、と私は思った。


 青い空は爽やかな雰囲気の彼によく似合っていた。


「なんの用でしょうか」


 私はあくまで淡々と告げる。


「うん。霧島さん、面白いの連れているなって思ってね」


 本条くんの黒い瞳がレイヤさんへと向けられる。見えてると言うのか、私は驚く。


「へぇ?面白いじゃない。坊や。まさかこの状態のアタシが見えるなんてね」


 レイヤさんは鼻で本条くんを笑う。本条くんの片眉がピクリとはねた。


「僕は結構霊感が強い方なんだ。ちなみに幽霊、一つ言っておくけど、僕は坊やじゃない。本条 和人だ」

「ならアタシも言わせてもらうけど、アタシも幽霊なんて愉快な名前じゃないわよ。レイヤって名前がちゃんとあるんだから」


 凄む本条くんにレイヤさんはあっけらかんと余裕だ。


「へぇ、言うね。レイヤさんだっけ?なんで貴方が霧島さんに取り憑いているのかな?」

「ひ・み・つ・よ。そんな事教える訳ないでしょ?」


 表向きは二人とも穏やか?に話しているけど、この場の緊張感が言っている。此処は一触即発の雰囲気である、と。


 私は二人に挟まれ、冷や汗をだらだらと掻いていた。生きている心地がしないよここ。


「霧島さん」

「はいぃ!」


 突然の本条くんの呼び声に私の背が跳ねた。声も意味もなく張る。


「霧島さんはそれでいいの?」

「え?」

「霧島さんに手に負える相手じゃないよ、アレ。どう見ても僕には悪霊にしか見えないし」


 おおっと鋭いですね、本条くん。私は内心舌を巻く。


「ちょっとー。言いがかりはやめなさいよー!!」


 レイヤさんが慌てたように私に抱きつき手で耳を塞ぐ。


 レイヤさんが悪霊。まぁ、確かにそうだろう。だって彼は近くでもそこそこ有名な不良を“悪戯程度”で震え上がらせた猛者だ。何をやったかなんて怖くてとても聞けない。でも私は思った。


 レイヤさんの蒼い瞳に嘘は感じられなかったし、悪い人じゃない、と。


 背中とか身体に感じる冷たさを感じながら私はレイヤさんの手を手でそっと外した。


「別にいいんですよ。レイヤさん、悪い人じゃないし。守ってくれるって言うんですから。悪霊?別にいいじゃないですか。人間、一つくらい過ちを犯すものですよ」


 私は本条くんの黒い瞳を真っ直ぐ見ながら、


「私はレイヤさんの言葉に嘘はないと思いました。レイヤさんは私を守ってくれるって、そう言ってくれました。だから私はそれを少しは信じたいと思います」


 と迷いなく語った。


 本条くんの黒い瞳が見開かれる。そして無表情になり、黒い瞳を細めた。それはまるで私の心の中を見透かすような視線だった。


「今、霧島さんに取り憑いている状態だとしても?」

「実害はないのでノープロブレムです」

「愚かだね」


 言い切る私を本条くんは呆れたように見る。


「ふっ……」


 本条くんは微かな微笑みを浮かべ、


「でも、ちょっとカッコイイね。霧島さんって」


 面白そうな声で私に言う。


「ねぇ、霧島さんの事を礼子ちゃんって呼んでいい?」

「え?な、なんで……?」


 私は本条くんの言葉に絶句する。何がどうしてそうなるの?私の心は混乱する。


「なんでって……。霧島さんの事、僕が気に入ったからだけど?」

「ホワイ?何故?気に入る所なんてないでしょう!」


 きょとんと首を少し傾げる本条くん。くッ……その上目遣い、あざとい。私は心の中で歯軋りする。


「だって霧島さん、さっきの態度男前だったよ。取り憑かれるって事はその幽霊がその気になったらいつでも殺されてしまうのだから。それでも信じるって言い切るんだから男前だよね。僕、惚れ惚れしてしまったよ」


 え?そんなに私ピンチだったの?私はあらゆる意味でショックで硬直する。


「それにね、霧島さん」


 本条くんは私に一歩歩み寄る。ぐっと近くなる距離。


 本条くんは私の黒髪を手にとり、


「君に拒否権なんてあると思う?ね、礼子ちゃん」


 手にとった髪へキスをして、にっこりと綺麗な笑みを浮かべた。


 ないですね。流石です“無敗の帝王”さん。私は血の気が引く音を確かに聞いた。



「ちょっと、アンタ何やっちゃってんの?! アタシのレイコちゃんになんて事を!?」


 レイヤさんはいやああ!! と高い悲鳴を上げて私を本条くんから引き離す。


 いやいやレイヤさんも同じくらいだよ、スキンシップ。私は心の中でツッコミを入れる。私の口は今動くのを拒否している為、ツッコミが入れられなかった。








 これ何フラグなの?私は血の気が引いた頭でぼんやりと考えた。







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