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第二幕「取り憑かれた……まじで?」

第二幕「取り憑かれた……まじで?」


 どうしよう……。私が現状を把握して一番に思った事がそれである。











「おはよう。レイコちゃん」


 にっこりと爽やかに笑うレイヤさんが私の視界一杯に映る。ってななな。


 私の口は意味もなくパクパクと開閉するしか出来なかった。


 周りを見ると見慣れた自分の家の私の部屋だった。窓の外は薄暗く、あれから結構時間が経っている事が察しられる。あれから、と言うのは目の前にいる美人なオネェ幽霊との出会いからという意味だ。


「ん?なぁに?どうしたの?レイコちゃん」

「ななななんでいるの?!」


 甘く蕩ける笑みを浮かべるレイヤさんに私はビシッと人差し指を突き立てた。声がどもってしまったのはご愛嬌だ。


 レイヤさんはそんな私を咎めず、にっこりと笑い、


「やぁね。レイコちゃん、忘れたの?」


 青ざめた私を見ていないかのように、


「アタシ、貴女に取り憑くって言ったじゃない」


 私にとっての悪夢をいとも簡単に言ってのけた。


 悪夢だ。

 私は甘く蕩ける蒼い瞳を見ながら、心の中で呟いた。














「で?なんで取り憑くとか物騒な事になったんですか?」

「もー、レイコちゃんたら酷いじゃない。いきなり叩くなんて」

「黙らっしゃい」

「酷いわー。アタシ、泣いちゃいそうよ。しくしく」

「わーすっごい棒読みですね」


 ひどいわひどいわと言いながら顔を覆って嘆くレイヤさんに私は淡々と言い捨てる。過剰反応したらダメだ。演技がかった仕草のレイヤさんを見て私は悟る。平常心は大切である、と。


「ノリが悪いわねぇ。まぁ、いいわ。安心して頂戴。アタシレイコちゃんを害する行動はしないから」

「どう安心しろと?」

「本当に冷たいわねぇ。おねぇさん、本当に悲しくなっちゃうわ」


 最近の子供って皆そうなのかしら、とレイヤさんは憂い顔をして、


「でも本当よ?レイコちゃんはアタシにとって特別になったんですもの。大切に、大事にしてあげるわ」


 だから取り憑いていても安心してねと少し切なげな笑みを浮かべた。


 ずるい。私は心の中で呟く。この人は本当にずるい。そんな事を言われたら拒めないじゃないか。


 そんな綺麗な笑みを、優しい視線を向けられて。


 嫌いになれない、怖いと思えない。私はそう思った。この人が幽霊で、近所で有名な“呪われた洋館”の悪霊だとしても、この人は悪い人じゃない。これは直感に似た何かが感じたものだった。



「じゃあ、レイヤさん。レイヤさんにとって私が特別ってどういう意味ですか?」


 いくらか警戒心を解いて私はレイヤさんに問う。


「あら?前に言わなかったかしら?」


 レイヤさんはきょとりと瞬き一つして、


「レイコちゃんはね、アタシが実体化しなくてもこうして触れられて」


 私の右手をとり、


「こうやってアタシが温かさを感じられる唯一の人。アタシに温もりを与えられるただ一人の人なのよ」


 実に恥ずかしいセリフを嬉しそうに破顔しながら言ってのけた。


「唯一?」


 私は顔に集まる熱への意識を右手の冷たさに行かせる。意識するな、私。このスキンシップはこの人にとって当たり前なんだって。ハーフっぽいし。


「そう。だって、今までこんな人会ったことないもの。幽霊になって初めて温かさを感じられた。貴女にこの気持ち分かるかしら?」


 レイヤさんは私の右手にそのまま頬を寄せた。そしてすりっと猫みたいに頬ずりをする。


 あ、これあかん。私は何故かそう思った。


 レイヤさんの蒼い瞳はゆらゆらと揺れているように見えた。熱いような、苦しい何か。それが潜んでいそうな。


 なるほど、コレが色気か。小学5年生の私は判断した。


「わかりません。私は死んでもいないし、温かさを恋しがったのはもっと小さい時でしたし。記憶にないんですよね。だからごめんなさい」


 分かってあげられません。私はそう言って、レイヤさんに頭を下げた。


「――ぷッ」


 私の右手に小さな振動を感じる。不思議に思って私は顔を上げた。


「あははっ、そうよね。分からないわよね。ふふふ、当然だわ」


 嬉しそうに、無邪気な笑みを浮かべたレイヤさんは、晴れやかだ。


「増々気に入ったわ。レイコちゃん、決めたわ」


 何をですか?私は心の中でセルフツッコミをする。


「レイコちゃんをこれから先、何があっても必ず守るという事を。ここで誓うわ。例え、この未来でレイコちゃんがアタシに触れなくなっても」


 レイヤさんはそう言って私の右手の指先にキスをした。ソレは騎士の誓いに近いかもしれない。


「だってレイコちゃん自身を気に入ったからね」


 中身も全てね、そう言ってレイヤさんは微笑んだ。


 重い。実に想いが重い。ダジャレじゃないよ、と私は自分でツッコミを入れる。幽霊になると言葉も重いなぁ、と私は他人事のように思った。












「良いご両親ね」


 ポツリとレイヤさんが私の両親を見て言った。夜になり、夕食の時間である。


 レイヤさんは半透明になってふよふよと浮いていた。これだと私以外に見えないし、声が私以外に聞こえる事はないそうだ。取り憑くのはそう言う事よ、とレイヤさんは言っていた。


 自慢じゃないが、私の両親は平凡である。父はサラリーマン、母は主婦で昼間はパートで働いていると絵に描いたような平凡さである。これでも家族仲は良い方で、父も母もよく笑う人で夕飯時はいつも笑いが絶えない。


 和気藹々と話す両親を見て私は、


「そうかなぁ?」


 と呟いた。


「そうよ。そうねぇ、案外身近にあると分からないものかもしれないわね」


 レイヤさんはやけにしみじみと頷いた。


 本当にそうかなぁ。お父さんは娘馬鹿と言うくらい私に甘いけど、その分だらしない。休日はだらだらとリビングで過ごし、家で飲むビールが生き甲斐だと言い切る人だ。お陰で30後半のお父さんは立派なビール腹だ。


「どうした、礼子。一人で頷いたりして」


 お父さんは酔っ払って赤い顔をしている。


「なんでもないよ、お父さん」

「本当か?困った事があったらお父さんにすぐ言うんだぞ」


 真剣に言うお父さんに私は、今困ってますという言葉を飲み込む。危ない危ない。


「大丈夫よ、アナタ。礼子もそんなに子供じゃないんだし、大抵はなんとかするわよ。それに女の子は成長が早いって言うもの。きっと頼れる素敵な人を見つけるのも早いわよ」


 穏やかに気の早い話をするのはお母さん。どちらかと言えば私はお母さん似だ。地味に若く見られるのがお母さんの自慢である。


「ぬぁにぃ?! 礼子、好きな人がいるのか!? 何処のどいつだそれは!!」


 お父さんは慌てて私に詰め寄る。


「そんな人は居ないよ」


 ふるふると頭を横に振る。お父さんは私の様子に安心したかのように席につく。


 うん、今日も我が家は平和である。


 レイヤさんは私の家族の様子を見て微笑ましそうにクスクスと笑っていた。












 ぱちゃり。


 どうも。私のバスタイムです。お風呂ですよおふろ。


 え?小学生の入浴には興味が無い?左様で。


「レイヤさん、レイヤさん」

「なぁに、レイコちゃん」

「ちゃんと外に居ますよね?」

「もちろんよぉ。アタシだってそこら辺はちゃんとわきまえているわよ」


 のほほんと呑気なレイヤさんの声が聞こえる。24時間体制で一緒、とは言え私だって年頃の子である。レイヤさんには浴室の扉の所で待機して貰っている。だってレイヤさん、姿が見えなくても側にいそうなんだもの。もちろん、私の感がそう告げているだけである。


 レイヤさんの心が乙女だとしても、ここは譲れない。だって見た目がアウトだ。思春期をなめてはいけない。


「レイヤさん。レイヤさんは何処かのハーフなんですか?」


 兎に角レイヤさんは謎である。私の知っている事なんて雀の涙ぐらいの量だろう。


「あら?アタシの事知りたいの?」


 からかうようなレイヤさんの声音に私はムッと眉を顰める。


「そうですよ。だってレイヤさん謎すぎるから」

「ふふふ、レイコちゃんは可愛いわね」


 拗ねるような声の私にレイヤさんは笑う。


「そうねぇ、大人は謎が多い方が素敵だと思わない?」

「いえ、まったく」

「あらつれない。うーん。どこだったかしら?アタシの母親がね、イギリス?いえフランスだったかしら?」


 レイヤさんは思案するように呻り、


「ああ、多分イギリスね。確か、そうだった気がするわ」


 思い出したかのような声で言う。


「自分の事なのに随分曖昧ですね」

「だって、アタシの母親結構謎が多かったから」


 私の不満そうな声にレイヤさんは困ったような声になる。


 レイヤさんも謎キャラなら、そのお母さんも謎キャラなのか。


 似ているのかなぁと私は一人でうんうんと頷く。


 あんまり踏み込んじゃいけないなと私は思った。


「ふーん。レイヤさんに似て、美人そうですね、レイヤさんのお母さん」

「やだ。アタシが母親に似ているのよぉ。レイコちゃんたら」

「こりゃ失敬失敬」

「時代劇の見過ぎじゃない?その口調」


 レイヤさんは呆れたように言う。うん、話は逸れたな。


「よくわかったね。私、時代劇を見るの結構好きですよ?」

「へぇ?じゃあ印象に残った名台詞は?」

「この桜吹雪が目に入らねーのかい!べらんめぇい!」

「それなんか違う気がするわ。微妙に」


 レイヤさんの脱力した声に私は首傾げる。あれ?そう?













 夜。うとうとと眠りにつく私にレイヤさんは言った。


「隣、いいかしら?」


 添い寝という意味か?それにしても眠い。私はろくに考えもせずに頷く。


「いい、よ。レイヤさん、寒いんだよね?どうぞ」


 寒いなら仕方ない。この狭い一人用ベットの空間を貸してあげようじゃないか。私は寛大である。


 ズリズリと私はベットの隅へと寄り、スペースを開け、布団をまくる。さぁ、どうぞ、と。


「え?」


 レイヤさんは珍しく、というか初めて戸惑った。


「狭いかも知れないですけど、我慢して下さい。というか寒いです。来るなら早くしてください」


 私は不機嫌な声を隠さずにレイヤさんを急かす。レイヤさんはポカンと呆けた顔をしてからオズオズと布団の中へと潜る。不思議な事に半透明のレイヤさんでも布団は通り抜けず掛けられる。物理的にどうなんだ?と思わないでもなかったけど、私はただひたすらに眠かった。成長期の子供は眠気に勝てないのだ。


「ありがとう、温かいわ」

「よかった。おやすみ、レイヤさん」


 微笑むレイヤさんに私は微かに笑う。微睡む意識の中、私は言葉を紡ぐ。


「ええ、おやすみ。レイコちゃん」


 私のこめかみにちゅっと微かな音をたて、ひやりとした何かがあたる。


 そしてレイヤさんは私をそっと抱きしめた。


 ヒンヤリとした体温は徐々に、少しずつ私の体温に馴染んでいくのを感じる。


 あっという間に私は寝てしまったから知らなかった。


 レイヤさんが満足そうな笑みを浮かべたのを。その蒼い瞳が揺らめいたのを。








 未来の私は思っただろう。待て、早まるな、私。と。






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