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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第1章 地獄の地上、魔法の天空
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第9話 景色

「はー、まさか君が、ベルマリア様の恋人とはねぇ!」


 キッカさんのウキウキとしたその声を、どこか遠く、聞く。


「ベルマリア様もさー、照れちゃって! 『他言無用だ』だって!」


 次第に中天に昇ろうとする太陽が、遮るものなく、光を降り注ぐ。

 練兵場を見下ろす高台は風が通る。東屋に入らなくとも涼やかだ。

 見渡せば、ここも含め赤羽家の敷地が広大に広がっている。


「顔真っ赤にしちゃってさー、もー、やっぱり女の子だったんだねぇ。

 でも先輩って呼ばせるのは不器用さんだよね。甘酸っぱいったら!」


 虚ろに微笑み、そうですねとただ繰り返す俺。色んな意味で白髪だ。

 ははは、キッカさん、あんたさっきの冷酷な感じどこいったのー。

 憎いね色男、じゃねーよ。どんだけ恋に恋してんだよ、喜色満面かよ。


「三色の天才烈将と、無色の薄幸病人か……浪漫だね!」


 バシバシと背中を叩かれた。普通に痛い。そらそうだ、手甲だもの。

 眼下には兵士たちが集まりつつある。彼らを指揮する者の手だ。

 

「そんな君を鍛え上げる特務だなんて……僕、興奮するなぁ」

「……お手柔らかにお願いします」

「任しといて! ベルマリア様に相応しい戦士にしてあげるからね!」


 勇壮にして屈強な部隊を背景にして、凄くいい笑顔で、胸を張って。

 何となくリハビリを想像していた俺をブートキャンプ入りさせるべく。

 キッカさんは、俺の手を取り、練兵場へと導き始めたのだった。


 どーしてこーなった……どーしてこんなことに……。

 




「じ、実験体なのだ、こいつは! 精霊未契約による人体への影響をっ」


 専用の作戦会議室で、ベルマリアは必死に言い繕っていたっけ。


「領内法どころか天律にも触れますよ、それが本当なら」

「無論、嘘だ! 本当はだな、改心した『地這』を、その、封魔してっ」

「鍵掛かってませんでしたよ。それにどこも魔物化してません」

「えっ、いやだから……違くてだな!」


 黒髪云々も含めて説明を迫るキッカさんに、生半な嘘は通らなかった。

 ベルマリアに引け目があったのもマズい。使用人による暗殺未遂事件が

 あって以降は、その採用に関してキッカさんが一任されていたのだ。


「僕に何の相談もなく登用し、近くに侍らせて」

「そっ、それは、緊急事態であってだな、今朝にも話そうと思って!」

「探険からの急な帰還もこれが原因ですか? こんなことが続くのでは」

「待て! 誤解だ! お前の職責については充分にわかっている!」


 只でさえ立場上……その立場も凄かったんだが……私設探険団で冒険を

 することに眉を顰められていた彼女。その我侭を通した分の皺寄せは、

 確実に直下の家臣団にいっていて。身辺警護担当はキッカさんで。


「ではもう一度ご説明ください。拝聴いたします」


 追求が半端ない。諫言どころの騒ぎじゃない。目ぇ座ってたし。

 劣勢のベルマリアは、それでも嘘をつくしかない。日本については完全

 秘匿らしい。何とか誤魔化そうとするが、ドツボにはまっていって。


 このままでは俺殺されるかもーという局面で、その発言が出たんだ。


「いつになく動揺しておいでですが……ベルマリア様、まさか」

「な、何だ!?」

「まさか……そのぉ……こっ……こっ、こここ……」

「何??」

「恋ですか!?」


 空間に無形の亀裂と無風の嵐が生じたことを、俺は確信している。

 あの瞬間、あの場にいた3人には実に多種多様の激情が発生し、

 しかもそれは高速度で千変万化するものであった。言ってて意味不明。


 怒っているようで、物凄く期待に満ちた顔のキッカさん。

 ベルマリアは初め困惑し、次に驚き憤怒して、しかし怜悧に計算し、

 何かを忍耐のもとに呑み込むや、震える声で返事したのだった。


「ば、ばれてしまっか……流石はキッカだ。俺の心を知る者だ」

「では! では、やはり、そうなのですね!?」

「……う、うむ。テッペイは、いずれ我が夫となるかもしれぬ男だ」

「ばっ、バンザーーーイ!!」


 万歳したもの、キッカさん。ちょっと泣いてたもの。感涙だもの。

 つまりね、常々心配してたらしいのよ、ベルマリアの恋愛事情を。

 並の男じゃ相手にもならないし、さりとて政略結婚は大反対だしで。


 黒髪? そんなもん、原因不明の呪詛でってことで鵜呑みだよ。

 もうロマンスに酔い痴れちゃってたからね、万歳以降のキッカさん。

 あれよあれよと、俺はベルマリアの密かな幼馴染ってことに。


 少女マンガとかでありそうな設定になっちゃったもの。

 以下、主にキッカさんの妄想を基幹とした俺の来歴ね?


 幼少のみぎりに心を通わせ、再会を約した俺とベルマリア。

 しかし正体不明の呪詛により精霊との契約を果たせなかった俺は、

 解呪の手掛かりを探して探険団へ。そして不幸にも地上置き去りに。

 俺の行方を捜し続けていたベルマリアは、運命に導かれて……!


 以上。馬鹿馬鹿しくて涙も出ないストーリーだよ。どういうことだよ。

 しかもさ、何でか知らんが、俺を鍛えるって話になったんだ。


「変異の心配は除いたが、代わりに身体能力の著しい低下を招いたのだ。

 そこで特務を下す。キッカよ、この男をお前の出来得る限りの力で、

 1から鍛え直してやってくれ。俺との間柄については他言無用だ」


 八つ当たり、だったんだろうなぁ。顔真っ赤にして震えてたし。

 それをすらキラキラした目で観察してたキッカさん。火に油という。

 

 あー……階段終わっちゃった。

 着いちゃった、練兵場。


 キッカさんがさっきまでと打って変わった態度で、ビシッと号令。

 ……注目されつつも騒ぎにならない辺り、よく訓練されてるんだろね。

 そして俺も訓練されるんだね。泣いたり笑ったりできなくなるのかな?





 夕暮れのグラデーションは天球に無償の大芸術を描いて惜しまない。

 俺は今、地を背に天と向かい合ってるんだ……倒れてます。立てない。


「よーし、よく頑張ったなぁ、坊主。また明日な!」


 ゴリさん……と俺の中であだ名のマッチョ兵……が爽やかに言った。

 また明日。また明日なのか。ですよね。俺は明日死ぬんだろうか。


 地獄だった。殴られたり蹴られたりってのは大したことなかったが。

 持久走にしろ筋トレにしろ想像を超えていた。全部が凄かった。

 ランナーズハイなんて初体験だったし、首ブリッジも初めてやった。

 

 ああ……本気で動けない。動けない最後の瞬間まで動かされた。

 それでいて怪我がないんだから、見事な訓練を受けたんだろうね。

 

 皆さん、どんどん帰っていく……のが、地面の振動でわかる。

 地上で化物がやってたことだ。今思えば、あれはベルマリアたちの

 接近を察知してのことだったんだろう。脅威度の問題だな。


 けど……ここの軍隊の目的は、化物退治じゃない。


 場合によってはそういう任務もあるのだろうが、主目的は違う。

 人間同士の争いのための軍だ。魔法を防ぐ訓練とかもしていたしね。

 使う武具も人を殺すためのもの。化物相手に陣形が必要とも思えない。


 そう、こっちの世界にも人間同士の戦争があるんだ。


 座学の時間というのがあって、俺はこっち世界の常識を軍事側面から

 学ぶこととなった。思えば、向こうの歴史も戦争名の暗記が多かった。


 こっちの人間社会の頂点に在るのは「天帝」という現人神だそうだ。

 人に益する六精霊を祀り、その恩恵を人類全体に及ぼしているという。

 ……約1名、俺氏のみには恩恵来てないですけども。


 で、その天帝を補佐するのが「朝廷」という権威ある行政組織。

 名称といい、凄く日本的ですな。ってか日本語話してるしね。今更か。

 場所としては「天照領」という特別な浮島におわすそうな。


 ここで1つ驚いた。つまり、浮島ってのは複数あるわけだよ。 


 さて、朝廷の構成員がつまりは「貴族」ということになる。

 それぞれに領地としての浮島を所有していて、領地経営の為の家臣団を

 率いている。名字単位で臣従する者たちだ。彼らを「豪族」という。


 ベルマリアの家、即ち赤羽家は豪族ってわけだ。

 ちなみに仕える貴族は土御門様というらしい。貴族は漢字3文字統一。

 浮島の規模は中の上、位置は天照領にやや近いのだとか。謎権威。


 ああそうそう、浮島って移動可能なんだそうです。コントロールして。

 けど天照領に近づき過ぎるのは不敬にあたるし、他浮島に近づくのも

 色々と問題がある。領空侵犯だ、つまるところの。下手すりゃ戦争。


 資源の奪い合いがあるんだ。ここでも。


 その位置は何のことはない、地上だ。貴族の名のもと公的な探険団が

 編成され、境海を越えて、重魔力の海の底にお宝を探すわけだ。

 化物に襲われ、犠牲を出してなお価値のあるもの……それは「魔石」。


 魔石。


 この世界で最も価値のある宝物だ。値千金どこの騒ぎじゃない。

 全ての探険団がそれ目当てに命を賭けるし、貴族間の領空争いや戦争も

 それを巡ってのものが殆どだ。際どい場所で発見されたら即戦争物。


 なぜなら、それは浮島の動力源だからだ。

 

 大地を切り取り空へ浮かべるだけでなく、その地の活力となって田畑を

 育み、更には膨大な発魔量でもって文明を支える代物なのだ。超物質。

 僅かな欠片ですら、船を飛ばす。航空船のエンジンとはこれだ。

 

 純度が高く大きな魔石を得たならば、それは新たな浮島の誕生か拡張を

 意味するわけだ。色々な意味で国力が増す。国力が増せば権威も増す。

 権威が増せば見えてくるわけだ。天下統一という夢の事業が。


 天帝は象徴だ。祭祀の頂に過ぎない。

 個々の領土の独立性が高いこの世界は、常に群雄割拠の乱世なのだ。


 所変われど、人のすることに大差はない、ということだよな。

 人は人を支配したがるし、権勢はメタ欲望として金より強力な麻薬だ。

 そうやって適度に消耗しつつ、文明は磨かれていくものなのかな。

 

 ……こんなに空は綺麗なんだけどなぁ。現実はどこも世知辛い。


 ベルマリアの立場は重い。

 土御門領における武門の筆頭としての赤羽家、その嫡子たる軍人だ。

 世にも稀な3色の天才であり、軍事的才能も烈将の異名をとるほど。

 しかもあの美貌ときた。領内は勿論、領外にも極めて有名だ。


 そんな彼女が、弟との間に冷たい隔意を感じている。


 キッカさんは明言しなかったが、どうやら赤羽家の内部に派閥抗争が

 あるようだ。そしてそれぞれが次期当主として推す人物がいるわけで。

 片やベルマリア、片やジンエルン。家中の争いは姉弟の仲を裂いた。


 まぁ……それ以外にも、不仲になる原因はあるのかもな。

 才能の差だ。この世界はそれが余りにも目に見え過ぎるよ。


「なーにを黄昏てんのかなー? テッペイくん」


 空に赤さがなくなって、星がチラつき始めた頃、キッカさんが来た。

 この人はベルマリア配下の部将だ。幾度もの戦いで、重要な戦働きで

 もって主君を援けている。烈将の名を支える股肱の臣というやつだ。


 状況がわかると、納得するよ。キッカさん。

 そりゃあ、俺に剣を突きつけもするよ。ベルマリアは要人過ぎるし、

 突然に現れた俺という男は怪し過ぎた。変に理解されちゃったが。


「疲れたのでこのまま寝ようかと。明日もここですし」

「ははっ、冗談が言えるんなら大丈夫だね。期待しちゃおうかな!」

「勘弁してください。まだ剣の1本も振れませんよ」

「そのうち振れるし、そうなったら初陣もすぐさ。手柄首を5つ獲ったら

 錬成終了を宣言してあげよう」


 どんだけ争いが頻発してるんだ、とか。

 戦場に出る前段階で解放されねーのかよ、とか。

 首5つ超無理です、とか。いつの間に俺は軍人なんだ、とか。


 たくさんの言いたいことを、ぐっと飲み込み、俺は笑顔を作った。


「起こしてくれると助かりますです」

「寝床に倒れるまでが訓練でーす。頑張ってねー」


 早くしないと夕食抜きになるよーという声を遠くに聞きつつ。

 俺は未だもって動かぬ手足に、そっと涙を流すのだった。

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