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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第8章 天震の巨獣、魔断の英雄
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第8話 我儘

 その奇跡を起こすのに必要な材料とは何か。


 天空の覇王が無二の宝物とするところの、幾つかの物品。

 長袖の肌着、タートルネック、デニムシャツ、冬物のタイツ。


 金髪黒瞳の女傑が肌身離さず大切にするところの、ダッフルコート。

 ついでに、余人に扱えぬほどの重量を持つ、武骨な一振りの金棒。


 その身に奇跡を宿した8匹の元鬼たち。

 大きめの宝石箱に封じられていた、黒いビー玉。

 精霊機構によって運営される莫大な魔力。


 そして……“彼”を想う人々の真摯な祈り。




 統一された天空に最高権力者となった女性がいる。その名をベルマリア。

 彼女は新時代の為政者であり、邪龍なき世界に人の営みを発展させてい

 く指導者であるのだが……同時に、極めて利己的であった。


「勘違いするな。覇権など私の目的のための手段にすぎない」


 そう豪語する彼女は、その目的のため、至上の権力を十二分に活用しは

 じめた。最も目立つところでいえば、新帝の即位である。朝廷を精霊機

 構の管理省庁に格下げし、その代表としての天帝位を自らの身内によっ

 て埋めたのである。その者の名は桃栗ゾフィー。


 天空の全人類から魔力を吸収し、その膨大なエネルギーでもって永らく

 邪龍を封じていた精霊機構……邪龍去りし今、その役割は覇王の目的を

 叶えるためのものとなった。


 即ち、高橋テッペイの救済。


 覇王を含むごく少数の人間が知る事実がある。それは、高橋テッペイと

 いうその人間が、悪魔石によって構成された存在であるということだ。


 悪魔石……源魔岩の欠片であり、何事をも成す力を秘めた物質である。


 大怪獣は地上の悪魔石を回収してまわり、その後、邪龍であるところの

 源魔岩と融合して地下深くへと消えていった。2度に渡り人類社会を惑

 わせ、滅びの危機を招いたエネルギー源は、そうして失われたのだ。


 しかし、実のところ、天空には悪魔石が残されていたのである。


 高橋テッペイは不思議な身なりをしてこの世界に現れた。壊れず、強靭

 な防御力をもつその服たちは……どれもが悪魔石の変形した代物である。

 彼の皮膚の一部と言ってもいい。それらの多くが保管されていたのだ。

 更には、彼が仕留めて“破魔”を施した悪魔石も残った。黒いビー玉だ。


 それら自体も彼と繋がりの深いものであったが、それきりでは奇跡は起

 こせなかっただろう。協力を申し出た者たちがいた。元鬼の8匹である。


 彼に従っていたそれらは、彼の魂とも言うべきものをそれぞれに譲渡さ

 れていたのだ。彼が彼であったことを裏付ける思い出を……彼という1

 枚柄を形作るためのパズルのピースたちを。


 彼を知り彼を慕う者たちもまた、それぞれの胸に抱いた想いでもって、

 覇王の目的を援助した。祈りは過去に向かうばかりではない。時として

 未来を変える力にもなるのだと……変えずにはおかないと決意して。


 かくして、天空の総力を挙げて、覇王の目的が追求されたのである。


 本来であれば公共の利益のために使われるべき人員と物資と精霊機構が、

 ただ1人の男を取り戻すためだけに際限なく使用されたのだ。


「文句があるなら反乱でも起こすがいい。容赦なく叩き潰してやる。俺は

 恩知らずや恥知らずがのうのうと権利を主張する社会を作る気はない」


 彼女の言う恩とは何か。恥とは何か。それを問い質す者とて現れずに

 “覇王の我儘”は歳月を重ねていった。その間にも天空社会は発展を

 遂げているが、それすらも彼を迎えるための手段の1つに過ぎず。


 集められたる、彼に由縁ありし悪魔石たち。

 注がれるは、邪龍すら封じる甚大な魔力。

 祈り願われる再会。元より死者である彼だ。これは復活ですらない。


 世界が彼をあんな風に目覚めさせ、あんな風に眠らせたなら……今度は。

 私が。私たちが彼をこんな風に目覚めさせ、こんな風に起こそう。必ず。


 1年で悪魔石が融解し、混ざり合った。

 2年で高橋テッペイという人間の形に安定した。

 3年の歳月が経ったその日、遂に、1つの奇跡が成ったのである。





「……ええと、じゃあ、俺って全人類規模の公共事業の産物なんですか?」


 シーツの海の中に汗だくの肉体を横たえて、その男は恐る恐る聞いた。

 答えるのは、彼の逞しい腕枕に甘える絶世の美女だ。彼女もまた火色の

 髪が額に張り付くほどの汗をかいている。共に身にまとうものはない。


「そうかもな。けど当然の権利だろ。俺は覇者で、お前は救世主だ。他の

 誰も望めないほどの報酬を得る資格があるさ。異論は認めない」

「ベルマリアさん……じゃなくて、はいすいません……ベルマリアが覇者

 だということはわかりましたけど、どうして俺が救世主になるんです?」


 男女の激しさをぶつけあったに違いない2人であるが、それは女の方が

 何度となく猛攻を仕掛けたもののようで、男はどこか狼狽している風だ。

 気付いたら美女に喰われるとかコレ夢じゃねーの、と呟いてみたり。


 女の方は、しかし、そんな男を愛おしそうに見やるのみだ。華やかな美

 貌には幸福の色が溢れていて、艶やかな肢体は男との間に僅かな隙間も

 作るまいと絡みついている。


「1つ1つ、教えていくよ。でも、優先順位ってもんがあるだろ?」


 そう言って唇を重ねる。


「お前はたくさんを与えて、たくさんを失って、たくさんを得たけど……

 俺にとって一番大事なモンは、失くしたままだからな」


 覆いかぶさるように男を見下ろす。彼の視界は女の顔と火色の髪とだけ

 になっていることだろう。


「責めちゃいない。だって、それはお前にとっても一番大事だったから、

 あの海の底へ抱えて行ったんだろうからな。むしろ俺で良かったよ」


 見惚れる男に接吻の雨を降らせながら、女は続ける。


「覇王の特権だ。俺にベタ惚れになるまで、他の奴らとの接見は禁止だ。

 随分と待たされたからなぁ……もうお前に対する遠慮もないのさ!」


 再び襲い来る女の愛に。


 これが覇王というものかと恐れ慄きつつも。


 心の深いところに己の歓喜の声が聞こえていて。






 鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~   閉幕

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハッピーエンド! いい話だなあ…… 異世界じゃなくてタイムトリップ物とは思わなかった [気になる点] メリッサどこ……? あと重魔力が消えたってことは魔法とか精霊システムどうなってるんだろ…
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