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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第1章 地獄の地上、魔法の天空
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第8話 真剣

 新しい朝。寝覚めは良くない。胃がもたれてます。


『あれほどの天賦に恵まれたんだ。もう少し身を尊んで欲しいよ』

『俺は憎まれている。暗殺されかけたことも、1度や2度じゃねぇ』


 赤羽姉弟からそれぞれに聞いた言葉が、俺の中で不協和音になって。

 正直、顔がシリアスから戻らない。窓の前で仁王立ちの俺。

 どう考えてもおかしい。つながらない。誤解があるとしか思えない。


 どちらかが嘘をついてる可能性もある。だがそれは低確率だろう。

 変な自慢だが、俺は人にたくさん騙されてきた。そりゃもう手酷く。

 利用されたり裏切られたり……だから海外をふらついたわけで。


 そんな俺だからこそ、わかったものがある。

 人は人を騙す時、自分は傷つかない。自分も傷つく嘘は自虐だ。

 自虐には陶酔があって、傷を甘美なものにする。痛くないんだ。


 俺に同情したジンエルンは、自分の言動を悔いて傷ついていた。

 暗殺を口にしたベルマリアは、表情も無くすほどに傷ついていた。

 吐露するなり無言で出ていったことでもそれがわかる。


 2人とも、俺を騙してはいなかったと思う。

 そもそもからして、俺を騙しても何のメリットもないし。

 何しろ走ることもろくに出来ないお身体だもの。半人前未満の存在。


 うん。やっぱり変だ。

 家庭内別居ってのもどうかと思う。渡り廊下が冷たく映る。


 人様の家庭の問題かもしれない。お節介もいいところだろう。

 けど俺は、ベルマリアにもジンエルンにも笑顔でいて欲しい。

 それに、むしろ俺みたいな部外者の方が何かできるかもしれないし。


 よし、そうとなれば、まずは朝の挨拶に行こう!

 俺は気合とともに振り返り、のっしのっしと衣装棚へと……。


「失礼いたしま……きゃあああああ!!」


 時が……巻き戻せるならば……今、是非、この朝に奇跡を。


 お盆とタオルを落として走り去るは、猫耳のアルメルさん。

 呆然と立ち尽くす俺。言い忘れたけど、全裸。全身肌色状態。


 綺麗なシーツを見るとね、裸でね、寝たくなる人なの。俺。


 見える。見えるよ。ベルマリアに報告してる様子が見えるようだよ。

 きっと再犯扱いだよ。下手したら3度目呼ばわりだよ。視界が潤むよ。

 

 そういえばね、下の毛も白かった。そして朝MAXもなかった。

 前者は予想してた。後者は不安の種を残すが、今は幸運であったろう。

 ただでさえの裸族。しかも雄々しく歩み寄って。それがMAXならば。


 ……さぁ、とにかく服を着ようや、俺よ……二次災害の起こる前に。


「おい、身体を慣らす一環だ。シーツを含む諸々を自分で洗濯しろ」


 ジト目のベルマリアに命ぜられ、洗濯板とタライを手に、水場へ。

 俺の異世界2日目は、朝飯前の洗濯仕事によって始まるのだった。


 離れて見ると、やっぱり大豪邸だ。赤羽屋敷。夜見るより壮観。

 本館は左右対称で、2階中央には広いバルコニーがある。城みたい。

 きっとあの奥は大広間とかだろうなーとか思いつつ、踏み踏み。


 ジャブジャブ、踏み踏み、ジャブ、踏み踏み。あ、踏み洗いね?


 ついでに日本製……とも限らないけど、私服もゴシゴシ。

 泥だらけ。そして洗うとわかる損傷……具合……あっるぇえええ!?

 嘘、マジで!? 傷1つ無いんですけど! そんな馬鹿な!


 木の上に落ちた時、枝とか超ひっかかってたろ!?

 カーゴパンツだって、あのヒル……沼ヒルだっけ? 牙あったし!


 別に新品ってわけでもないんだ。くたびれてるし。けど無傷。

 凄いな……あっちの服は凄いと思えばいい……のか?

 いや、でも、安物だぞ、これ……あれ? あの地上って、夢??

 あ、もしかして魔法とかで修繕してくれた? そういう技術??

 

 ……あとでベルマリアに聞いてみよう。うん。 

  

 まあ、でも、物持ちがいいってのは、いいことだよな。 

 服は外聞的に着れないが、トレッキングシューズは貴重品だ。

 こっちって基本的に革靴みたいだからね。俺苦手だ、あれ。


 靴底の泥を隅々まで落としてー、濡らさないように泥落としてー。


「へー、またおもろい使用人が増えたんだねー!」


 そんな俺に掛かる声。掛かった直後に触られる頭。なんじゃい!?

 慌てて身をひねったら……いない。まだ手が頭に置かれてる。


「動きトロ過ぎ……何この子……トロ過ぎて逆に面白いかも」

「うひぃっ!?」


 と、頭皮マッサージされたんですけど! 尻餅ついたよ、思わず。


 そんな俺を見下ろすようにして、颯爽と立っている女性が1人。

 肩口で揃えた煎茶色の癖っ毛。翡翠色のクリクリした双眸。

 見るからに活発そうだ。そして悪戯な笑みはとても魅力的ときた。


 上半身は重装の鎧で、下半身はスラリと動きやすそうなズボン。

 長剣と短剣の二本差し。身分のある人のようだ。軍人だろうか。


 と、ここまでを一瞬で観察しました。男子必須のこのスキル。

 ちなみに胸は控えめですね、はい。胸甲の曲線で判断です。ええ。


「ふーん……全体視するとか、武術の経験者? その癖トロいとか」

「んへ!? い、いえいえそんな……」


 やばい、品定めしたのばれた。そして武芸とか畏れ多いんですけど。

 一点を見つめつつ焦点以外の部分を観察……全体視って言うのか。

 サングラスの似合わない男が頑張っただけなんですけども。


「僕、草壁キッカ。ベルマリア様の家来だよ。君は?」


 ベルマリアの家来、か。微妙な言い方だよな。赤羽家の家来でなく?

 そもそもこの社会の身分制とか、そこにおける赤羽家の位置って?

 だが、そんなことは小さい。瑣末事だ。

 ……僕って言った! この人、僕って言ったよ!? そこ重要! 


 日本だったら割と痛い感じだよなー! でもここ異世界だしなー!

 そういやベルマリアも「俺」だよなぁ。中身的には当然だろうけど。


「俺は高橋鉄兵っていいます。昨日からお屋敷にご厄介になってます」

「あれでしょ、ベルマリア様に雇われた口でしょ?」

「ええまぁ……ただ、雇われたというよりは、保護されたような?」

「保護! ああー、うん、その髪だもんなー! 大変だねぇ」


 やっぱり大注目の我が白髪白眼。憐憫の対象ですけども。

 この人はあれだね、優秀なんだろうね。髪は土属性、目は風属性か。

 それぞれの色も悪くない。ベルマリアは別格としてね?


 しかしまぁ、個人情報の塊だな、色。

 ベルマリアは天才。このキッカさんは恐らく優秀。俺は哀れな無能。

 ジンエルンは……多分、風属性にしても才能が乏しいんだろうな。


「テッペーくん、ベルマリア様はまだ朝食中だったり?」

「あ、はい。これからですね。えと…「キッカちゃん」…キッカさん」

「ちぇー、早かったかぁ。なら手伝うよん」

「いえいえいえ! もう粗方終わりましたので!」


 手甲を外そうとするのを止める。待て待て。気さくなのは嬉しいが。

 向こうの服を見せていいやら判断できない。とりあえず隠匿だろう。

 トレッキングシューズをそっと背後に移動させようとして……。


 首筋に抜き身の刃が当てられていることに気付いた。 


「どこの手の者だ」

「ひっ!?」


 舌がひきつって変な声が出た。いや、だって、ちょっと触れてる!

 短剣の方か。けど何時の間に……どの瞬間に……何でこんなことを?

 目がね、怖い。口元は笑んでるけど目がソルジャーしてる。本気だ。


 やばい。刃が押し当てられてきた。やばい。


「ち、地上で拾われましたっ」

「考えたね。ベルマリア様の探険を狙ったか。通常の手順では僕が確認

 するから接近などできない。させるわけがない」


 お、おお……まずいって! むしろ今切れてないのが不思議!


「ご大層に封魔環までつけちゃって……あれかな? 冤罪で地上追放と

 なった悲劇の男、なんて筋書きで同情を引いたのかな? ん?」

「え、いや、これ、ベルマリア先輩の指示でつけたんですけどっ」

「……どうせ嘘をつくなら」

「聞いて! 疑うなら、あの12人の兵士に聞いてみて。俺、最初から

 白髪じゃないですし。最初、黒髪ですし!」

「……はぁっ!?」


 言っちまったぜ! 言ってやったぜ! 言って大丈夫かな……?

 キッカさんは何やら物凄く判断に困ってる感じだ。珍獣宣言だしね。

 いっそ封魔環取ったら話早いかな。でもそれ最終手段だよなぁ。


 剣が、俺の首のお肌から遠ざかっていった。さするさする、超さする。

 しまうまではいかない。迷ってる。何か頭皮見られてる気がする。

 何だろう、この既視感。高校デビューに失敗した茶髪染めを思いだす。

 黒く戻してもね、頭髪検査では厳しく根元を調べられるのです。


「あ、そうだ、あとこの環よく見て下さい。鍵がないそうですよ?」

「……本当だ。少なくとも罪人じゃない。装うにしても下手糞だ」

「でしょう? ちなみにペネロペさんという人が着けました」

「あー……あの胸デカ女かぁ」


 ノーコメント。ここはノーコメントだろう、常識的に考えて。

 キッカさんはうんうん唸ったあと、ぺロっと舌を出して笑った。


「ごめん、僕、早とちりした?」


 おい。真剣あてがっといて……おい。

 可愛いってずるいね。それにもともと怒ってもいなかったりする。


 1つのことがわかったからだ。

 即ち、ベルマリアは本当に身の危険があるってこと。屋敷内にすら。

 キッカさんはそんな陰謀劇における防波堤であり懐刀ってところか。


「それにしても……黒髪って?」

「あー、何というか……ベルマリア先輩から聞いて貰えると助かります」


 日本についてどんな取扱い方針でいればいいのか、聞いてないんだ。

 君臣の諸事情もあるだろうし、丸投げにて失礼いたしたく存じます。


「……先輩って、何の?」

「そっ、それも、俺の口からはにんともかんともっ」

「ふーん??」


 めんどくさい。色々めんどくさい!

 ……まぁ、この何十倍とも知れない苦労をしてきたんだろうなぁ。

 ベルマリアが妙に俺に親切な理由が少しわかった気がするよ。


 誰にも理解されない非常識を、常識として心の中に抱える孤独。

 こっちの世界そのものに、否応も無く距離を感じる。寂しい。

 海外放浪で感じた異邦人感覚なんて、比じゃないや。


 もしも。

 もしも万が一、俺が日本に帰れる日が来たならば。

 

 その時、ベルマリアはどんな顔をして俺を見送ってくれるのだろうか。

 その時、俺はどんな顔をしてベルマリアに別れを告げるのだろうか。


 ……転生者だか異世界だか知らないが、けったいなこったなぁ。


「……そそる表情をするよね、テッペイくん」

「んへっ!?」

「はっ! もしかして……ベルマリア様って、こういうのが好み!?」

「はぁぁあ!?」


 気付けば剣は納められていて。

 また頭を揉まれて、煎茶色の頭が目の前で揺れて、いい匂いがして。

 でも俺は、背筋に寒いものが伝うのを感じていた。


「遅いと思ったら……何を遊んでいるんです。草壁様まで一緒になって」

「あははー、だって可愛いじゃん、テッペイって」


 俺は気付かなかったんだ。アルメルさんの接近を。

 でもキッカさんは、それを察して剣を片付けた。間違いなくそうだ。

 笑顔の奥に冷たく光る何か。口元にそっと人差し指。わかってますよ。


 この人は、必要とあらば、本当に俺を殺す気だったんだ。


 ベルマリアの指示に従うだけでなく、自分自身で判断して。

 ベルマリアのために、それをする人なんだ。それができる人なんだ。


「さぁ、ベルマリア様がお呼びですよ。後は私がやっておきますから」

「すいません、よろしくお願いします」

「僕も一緒に行くよー」


 ですよね。ほぼ安全は確保したと思うが、まだ審議は継続中だ。

 楽しげに腕を組まれたが、それが連行に感じられるんだから。

 ……鎧じゃなぁ……肘はひたすら硬いのに当たるのみだしさ?


 視界には再びの赤羽屋敷。

 妙に大きく、覆いかぶさって倒れてきそうな気がする。迫力がある。

 

 今更にして、思うよ。凄い所に来ちゃったんだと。

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