表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第8章 天震の巨獣、魔断の英雄
78/83

第3話 将軍

 天空社会は揺れていた。


 一夜にして突如姿を現した大怪獣……闇右京の島を“喰らう”ことで

 出現した化物の王は、人の定めた領空領地などまるで無視して飛ぶ。


 隣接する光左京家領空に侵入したのは1週間後のことだ。遠巻きに布陣

 する艦隊には見向きもしない。その進路には何の迷いもない。悠然と飛

 び去らんとする偉容に対し、ついに艦隊が攻撃を加えたのが昼過ぎの事。


 高高度より落とされた爆雷は、触手でことごとく迎撃された。それらは

 勢いのまま振るわれ続け、僅かの間に航空船も残さず叩き落とした。


 船に浮力を与えていた全ての魔石を残さず吸収して……。


 大怪獣は飛ぶ。探険者たちが忌むべき地として避ける、人跡未踏の危険

 地帯へと。境海の下へ潜るわけではない。雲の壁の上から触手を垂らす。

 その黒い手が伸びる先には……化物がいる。恐るべき化物が。


 悪魔石だ。


 天空の人類史において、悪魔石の存在は複数個が示唆されている。近い

 ところでは天照領に近い旧土御門領におけるそれ。航空船をも墜落させ、

 探険団を全滅させた化物の正体が悪魔石だと言われている。


 光左京領においても同様の伝説がある。かつては広大な湖が在ったとさ

 れるそこには今、いかなる生物も寸時として生存できない死の砂漠が広

 がっている。大質量の砂の下には悪魔が潜むと伝えられる。


 そこへ黒い触手が降りてきた時、人外の魔闘が始まった。


 曇天と砂漠との間で数十数百の触手が絡み合う。1本1本が人の街の塔

 のようなそれ。互いに互いを取り込まんと引き合う様子は、天と地とが

 争う神話的な風景にも見える。異形の神話ではあるだろうが。


 黒色と黄灰色との争いは、遂には砂に潜む存在を引きずり出した。歪な

 果実にも見えるそれは、航空船も容易く一呑みにできそうな口腔と、無

 数の繊毛とで構成された姿をしていた。脚はなく、根のような繊毛も砂

 では踏ん張りがきかなかったものか、釣り上げられていく。


 何とか逃れようと身をよじるそこへ、大切断の一撃が見舞われた。大鎌

 が空から振るわれたのだ。それは1つを2つに分けたる後、更に振るわ

 れて、8つの奇怪な果実片を創出した。


 そして、喰らう。


 牙や顎ではない。触手が幾本も果実片に突き刺さり、内部から同化する

 ように取り込んでいくのだ。じわりじわりと浸食していく黒色。黄灰色

 は為すすべもなく塗りつぶされていく。断末魔の足掻きなのか無茶苦茶

 に形を変化させるも、それすら僅かの時間であった。


 砂漠の王は消滅した。今や曇天の上を飛ぶ黒き大怪獣が在るのみである。

 異形の戦いに勝利した感動の1つとてなく、再び出発する。新しい進路

 でもって、新しい獲物の場所へ……次の悪魔石の在所へ。


 恐慌をきたしたのは朝廷である。


 天敵たる大怪獣の目論みを阻むべしと、近隣の貴族に勅命が下された。

 しかし各領の動きは鈍い。闇右京領そのものを喰らい、光左京の艦隊

 をまるで虫でも払うかのように退けた化物である。自らの浮島を目指

 して飛んでくるならいざ知らず、通り抜ける災厄に触れにいくなど。


 さりとて勅命に逆らえば天空に生きることは叶わない。権威や文化と

 いった曖昧な理由ではない。精霊祭殿にまつわる全ての機構は天帝に

 よって管轄されている。色を持つ者にとって天帝は絶対なのだ。


 互いに顔色をうかがうようにして……。


 各領からポツリポツリと艦隊が出撃し、牛の歩みのようにして大怪獣の

 飛ぶ空域を目指した。それぞれの兵力事情は察し合っているのは戦国の

 倣いというものか、誰が言いだしたことでもなく3個艦隊15隻に揃え

 ての出兵である。合計すると12個艦隊60隻もの大艦隊だ。


 勅命を奉じての軍事行動ゆえ、互いを攻撃することもない。他領領空へ

 の侵入も事前連絡を確実にすることで支障なく行われた。最も、それを

 望んでいたかといえばそうでもない各艦隊ではあるが。


 消極的にしぶしぶと展開される暴力の船たち。攻撃的なその船体に大量

 の爆雷と多数の兵員を乗せ、雲の峰を眼下に青々とした世界に照らされ

 ていたが……目標の接近によって静穏は破られた。


 大怪獣はその姿を更に進化させていた。


 正面から見た姿を端的に評するならば、それは“万龍の巣窟”だろうか。

 巨大な花のようにも見える背部は、中央に美しい自然を抱きつつ、周囲

 に花弁のごとく黒翼が幾枚も束ねられている。別世界の優美さだ。


 背部以外は躍動的な暴力が形を成したかのようだ。うねる龍に見えてい

 るのは触手なのだろうか。万ではきかないようなそれらは、1本1本が

 既にして人類の対処できる限界を越えているのかもしれない。


 そしてそれは、1つの世界を感じさせる。


 圧倒的なまでの力でもって天空に産まれた別天地。それが大怪獣なのだ。

 人類が精霊の機構でもって秩序立てた天空社会とは全く異質の、唯一だ

 と思っていたものを2つの内の1つに過ぎないとつき付ける在り様。


 異世界の体現。


 誰かが叫んだ。アレを許すなと。アレを許しては全てが虚構になると。

 自分たちの築き上げていた諸々を根底から覆される。価値あるものが

 その意味を失い、既存の秩序の大前提が壊されてしまうと。


 誰かが叫んだ。アレはいけないと。アレを許しては全てが駄目になる。

 自分たちのこれまでが……これまでの忍耐が嘘になる。これまで飲み

 込んできた不満が意味のないものとなる。駄目だ、アレが在っては。


 そして誰かが叫んだ。アレは始まりだと。新しい信仰の対象なのだと。

 8種の精霊が8色の加護をもたらすように、あの黒色はもはや1つの

 偉大なる存在なのではないか。人が争うには大きすぎるのだと。


 気付けば誰しもが叫んでいた。


 黙視できる存在ではなかった。


 ただ大きいだけの化物であれば、あるいは恐怖に縛られて黙ることも

 あったのかもしれない。しかし大怪獣はそれだけではなかった。その

 存在はそのままに“問い”を表現していた。


 天空社会が「そういうものだ」と分別をつけて納得していた理不尽を、

 「そういうものか?」と問い、「それでいいのか?」と問うている。


 異世界とはそういったものだ。


 自らの所属する世界がこの世に無二の存在であると得心すればこそ、

 人は多くの疑問や不満に一応の結論を下していくことができるのだ。

 歴史に“もしも”が存在しないことに等しい。それを許せばありと

 あらゆることが批評の秤の上に乗せられてしまう。


 その意味するところは……傲慢の否定だ。


 既存の秩序に適応しきった者たちにとって、世界とはまるで自分たちの

 ためにあつらえたかのように上手くできたものとして映る。自分たちの

 ためにこそ世界は在り、そこで享受する全ては当然の権利なのだと。


 しかし、眼前には目に見える形で異世界が存在している。

 そして示しているのだ。世界を認識するに傲慢である者たちへと。


 この世界はお前たちのためにのみ在るわけではないのだと。主体は世界

 の側にあり、お前たちは生存戦略としてそれに適応していったにすぎな

 いのだと。お前たちはその程度の存在に過ぎないのだと。


 人間など弱いものであるということを、無言で、巨大に示しているのだ。


 艦列は瓦解していった。


 魔法も爆雷も飛び交うことなく、ただ巨大なる質量の持つ見えない力に

 押し分けられるようにして、大艦隊は崩壊していった。船と船との衝突

 が火を招くことはあっても、大怪獣との交戦の火は一切起きなかった。


 大怪獣と接触した船も、攻撃されることはなかった。マストが折れ、航

 行に支障をきたすほどの破損を被っても、それは事故の範疇を超えない。

 触手や何かが打ち払いに襲ってくることはなかったのだ。


 60隻の船に乗る誰もが心に嵐を体験している間に……大怪獣は白い雲

 の峰の向こうへと消えていく。大艦隊はそれを見送ることしかできない。


 その一方で。


 天照領を挟んで反対側に広がる天空においては、侵略の炎が凄まじい

 勢いでもって広がっていた。火迦神による大征旅である。


 既に7つの浮島を領有し、それは天空に浮かぶ大地のうち4分の1に相

 当する火迦神家だ。闇右京領が大怪獣の呑まれ失われた現在、天照領も

 数えて正確に4分の1である。改革的な統治も軌道に乗っており、経済

 力においては4分の1どころでは済まない。


 であるから、その動員できる戦力は圧倒的だ。


 10個艦隊50隻。それが2方面へと出撃した。つまり100隻もの船

 を同時に動かしたのである。火迦神はそれだけの軍備を整えていたのだ。

 

 1家でもって対抗できる貴族など在りはしない。さりとて連合を組んで

 当たるための時間が足りなかった。しかも天敵の存在が混乱を助長して

 いて、朝廷の動きも専らそちらに向かっている状況だ。


 蹂躙だった。


 当たれば蹴散らされ、当たらざれば都を急襲される始末だ。各50隻は

 あくまでも攻撃するための戦力であり、後詰めは別の艦隊が行うという

 のだからたまらない。瞬く間に火迦神領が増えていく。増大していく。


 しかも占領統治は強引かつ容赦のないものだった。従来であれば各領の

 貴族を始めとして有力豪族たちを臣下とすべく、多くの時間を費やした。

 それは戦闘に要する時間の何倍にも及び、改革的治世を成すための下準

 備としてベルマリアが最も重要視する期間であった。


 ところが、今回は違う。少しでも反抗的であったり、不穏さを臭わせる

 者についてはサクリサクリと首を落としていった。兵員についても火迦

 神の軍法に照らして即決の処断を下していく。


「このようなこと、朝廷が許すと思うな! 天空の秩序を何と心得るか!」


 そう吠えた女の名を青嶋オクタヴィアという。かつて土御門家において

 権勢を誇り、赤羽ベルマリアという姓名であった覇王によって他領への

 逃亡を余儀なくされた豪族である。此度平定された内の1家にいたが。


「包囲網が間に合わず、残念だったな」


 問答らしい問答もせず、ただ顎を一度引くのみでもって首を落とされた。

 旧知の間柄であっても何ら関心を示すことなく、統治の邪魔となるか否

 かによってのみ命を選り分けていく。冷淡で迅速な処断だ。


 電撃的で、恐怖をもって敵を滅ぼす大侵攻作戦。


 3ヶ月である。たった3ヶ月をもって、7つの浮島が新たに火迦神領と

 なった。以前の7つと合わせて合計14の浮島を領有するに至ったのだ。

 それは半分である。天照領も数えて28ある浮島のうち、きっちり半数

 をば支配下におさめたのだ。


 それはかつて火子島家の成した壮挙を彷彿とさせる。いや、もはや超え

 たか。そしてその勢いを止めたのもまた、同じく朝廷であった。


「火迦神ベルマリアを“征魔大将軍”に任ずる」


 天空の人類史上初となる将軍宣下である。


 大怪獣という人類の天敵を滅ぼすため、天空で最も強力な武力集団であ

 るところの火迦神家に大権を授けたのだ。それは人類の代表であること

 を意味し、畢竟、天空の覇者であることを朝廷が公認したということだ。


 各貴族は反対どころか賛同をもって大将軍を祝福した。命と名を拾った

 といってもいいだろう。大怪獣と覇王、即ち天災と天才とによって既存

 の全てが破壊されようとしていたのだ。各所で嘆息が漏れた。


 そして編成されるは、火迦神将軍による大怪獣討伐軍。


 火迦神家より25個艦隊125隻。

 各貴族より抽出した精鋭艦隊が15個艦隊65隻。

 合計して40個艦隊200隻という、未曾有の大艦隊の集結である。


 その間にも大怪獣は“妖山公”と伝説されていた悪魔石を喰らった。

 それが3つ目であることを知る者は数えるほどしかいない。


 4つ目に向かうその進路を妨げる形で……。


 ここに、空前絶後の大決戦が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ