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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第7章 疾風の鬼神、天帝の古歌
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幕間話 月炎

◆ リベンチオEYES ◆


 月光を背に、5個艦隊25隻を爆撃隊形に布陣して寂れた都を見下ろす。


 月宮リベンチオという名で活動しはじめてから随分になる。生来の家名は

 天照領へ招聘された折に捨てた。名の方にしても今や誰の口に登ることも

 ない。彼の地では宮様と呼ばれる。宮。即ち天帝の候補者たる者の呼称。


 しかし私じゃない。私は即位しなかった。今後もしないだろう。


「頭領、爆雷の投下準備が完了いたしました」

「よし、そのまま待機だ。高度は常に注意しろ。上げてもいいが下げるな」


 頭領と呼ぶ者が最も多い。頭領。世に言う悪霊兵団の頭目としての呼称。

 月宮リベンチオが率いる私掠船団。所属不明の艦隊勢力。私のための力。


 この力……自在なる暴力の力は、全て、妹のためにある。人類社会の

 ために全てを捧げた妹。私以上の才があったがために、私が代わって

 やれず犠牲となってしまった妹。今や見る影もない妹。


 そうでもしないと保てない世界など……そこに安寧と生きる人間など。


「頭領、強襲部隊を降ろした船が戻ってきましたが……よろしいので?」

「よろしいも何もあるか。見ろ、あの役立たずぶりを」


 直下には闇右京領の精霊祭殿が見える。そこに向かわせた部隊はただの

 1人も目的を達していない。祭殿に入ることができないばかりか、遠巻

 きにして逡巡している様さえ見て取れる。愚鈍どもが。


「何と戦っているんでしょうか……?」

「鬼だろうよ。複数の鬼を使役するという情報なのだからな」


 大がかりな封魔は「悪食」にかけられたものだ。費やす者と実行する者

 とを思えば過剰にして失敗するはずもない。飼い主がどうあれ獣は動く

 ということか。生き意地が汚いことだ。


 悪食。


 かつては赤羽家に飼われていた化物。流石の烈将も持てあましたものか、

 早い段階で放逐されたようだが。さもありなん。まさか、微小とはいえ

 源魔岩の化身であるとはな……おぞましいことだ。


 世界に呪いを撒き散らす諸悪の根源……源魔岩。そんなものが存在する

 から妹は人生を失うことになった。今夜のことも負担だろう。3年前の

 あの事件でも随分と苦しむ羽目になったのに。


 思い出すのも忌々しいあの事件。

 悪食による天照領への侵入および『結界』破り。


 あるいはそれが私の失策であるかもしれない点に忸怩たる思いがある。

 まさか我が兵団の掠奪品に紛れて来ようとは……まんまと私の屋敷へ

 運び込まれた上、更に不幸な偶然が重なってしまった。


 私が不在であり、尚且つ、天帝が……妹が来訪していたとは。


 既に私を兄と呼ぶ記憶など無く、その精神を人類の首席たる何かへと

 変容させられた妹だ。しかしふとした折にそんな行動をとる。まるで

 身体がそれを覚えているかのように……最大の力を振るう合理として

 思い出を辿るような素振りを見せるのだ。


 しかし……それはあくまでも、そう見えるだけのこと。


 妹の精神はもはや無い。天帝と名乗る何者かを在らしめるための材料と

 してくべられてしまった。なまじ才能があったばかりに、馬鹿や無能の

 代わりになって……! 


「回収の必要はない。いっそ帰りがけに爆撃してやれ」

「は……はぁ」


 無能は死ね。のうのうと生きる時間すらが憎たらしい。安穏と生活する

 下衆どもを駆除して回ったらどんなにか気が晴れるだろう。その意味で

 は、今夜の計画の第一段階は失敗した方が面白いな。


 まぁ……そんなことにはなるまいが……?


 何だ……?


 何だ、この凶悪な気配は。背筋が凍りつく思いだ。全身が粟立つ思いだ。

 2色たる私の鋭敏な感覚が、周囲の魔力が変調していることを察知する。


「頭領! あれを!」


 うるさい、言われなくても見ている。裏口の側の強襲部隊が目に見えて

 崩れた。それは統制を欠いた逃亡へと変わっていく。蜘蛛の子を散らす

 ような……何と無様なことか。しかし。


 しかし、それも、やむを得ないものか。


 恐ろしいものが出てきた。化物。化物であることは間違いない。それは

 しかしあまりにも醜悪な外見をしている。大きい。戸口どころか屋根を

 壊して全貌を現したそれは……まるで悪夢の塊のようだ。


 何個の頭が、何個の手足が、何個の尾があることか。しかもそれらは

 常に生じては消え、生じては消えしている。人の、猿の、狼の、魚の、

 虫の……あれは岩か? 船までが混じる。何という無秩序な有り様か。


 大きさ自体も膨らんだり縮んだりして……1個体としての軸がない。

 あれは冒涜だ。この世に在る全てに対する侮蔑だ。吐き気すら覚える。


 化物中の化物とはアレか。黒々としたそいつは、吐く息すらも黒い。

 奴か。奴なのか。悪食。天帝がこの島の魔石を使い潰して施した封魔を

 すらも跳ね除けたのか。それとも断末魔の抗いか?


 ……どうやら後者か? 次第に大きさを減じていく。大雑把ではあるが

 人型になっていく。歪で醜い、黒い筋肉の塊。その頭部には角。黒い鬼。


 いや……鬼神か。そう呼ばれているのだったな。おぞましい化物め!


 何だ? 何かを左手に持っている? この高度からでは確認できない。

 光属性の団員に確認させる。遠見は光の領分だ。私の風と雷では。


「どうやら人間を抱えているようです。黒髪の者が2人と……白髪の者が

 1人です。黒髪の小さい方の1人以外は意識がないようです」

「な……なんだと!?」


 その意味するところは、第一段階の失敗だ。冗談ではそれを望んだが、

 まさか本当に……恐るべし鬼神。天帝の封魔に抗ってのけたか!


「全艦、爆撃用意だ! あの化物を炎獄に焼き尽くせ!!」


 命令はすぐに伝達され、25隻からそれぞれに爆雷が投下されていく。

 はは……ははははは!! 綺麗じゃないか! 汚い夜に赤い花が咲く!


「あはははは! 燃えろ……燃えてしまえ! ははははは!!」


 ここは都の中心地だ。夜風に乗り炎の花はどんどんと大輪になっていく。

 見事だ! ゴミ粒のように人間が死んでいくぞ……そら、慌てている!

 強襲部隊は無能ゆえに死ね。惰眠を貪っていた民は無知ゆえに死ね。

 

 死ね。死ぬがいい。生かして貰っていただけのお前たちなのだ。

 この夜まで生きられたことを妹に涙でもって感謝しつつ、死んでいけ!

 

「どうしたのです! 鬼の神なのでしょう? 何を臆病に縮こまって!」


 私の作り出した大火の中心にあって、黒い大鬼は身動きもとれない。

 滑稽だ! 汚泥のような都市の中にあって、その鈍重な様子はあまりに

 お似合いじゃないか! 焼けろ、焼けてしまえ! 浄化されるがいい!


「どうした、爆撃の勢いが緩んでいるぞ! 全部落とせ! 1つきり残さ

 ずに火の海を創出するのだ! 今宵この夜、この島は落ちる! 最後を

 飾り立てよ! 我々は天空世界の代理人なのだ! 執行人なのだ!」


 特等席と言っていい光景だ。こうしている間にも島は高度を下げ続けて

 いる。放っておけば遠ざかる地面へ、船の高度を併せて下げているのだ。

 ゾクゾクする! このまま燃え盛るままに墜落させよう! 見物だぞ!


 ……何っ!? 至近で爆発!? 何だ!?


「頭領、化物です! 化け物が鞭みたいの振り回して……!」


 鞭……いや、あれは触手のようなものだ! 今また体積を膨らませ始め

 た鬼神めは、こちらを見上げて幾つもの触手を繰り出している。まさか

 爆雷を迎撃しようと……迎撃している! コツでも掴んだもののか随所

 で火球が生じ始めた。何ということだ!!


「高度を上げるのだ! 爆雷の投下はやめるな! 船を狙われる!」


 ふはは、どうだ、汚物め! 地を這うより術もない貴様には届かぬ場所

 にいるのだよ、私は! その遠目にすら浅ましい姿……2本の脚がある

 ことだけが唯一の人間的な部分か。後は全てが触手ではないか。しかも

 どれもに目と口が……蛇か? 百とも千とも知れない奇怪な蛇の集合体。


 はは、爆雷をも呑み込むか。流石は悪食と評しておこう。更には火炎の

 楽園となった街並みにまで顎を伸ばして……はははは! 火も喰うか!

 瓦礫を喰い、火の海に蛇腹で線を幾つも引いて……は、あはははは!!


 人助けか!!!


 消火し、瓦礫を払った退路を作り上げて……おや、強襲部隊の生き残り

 がいたのか。それらが夜着のままに焼け出された者たちと駆けていく。

 何たる皮肉! 何たる道化! くっははははは!! 



 今からお前は、その助けた者たちに殺されるのだ!



 そら……始まった。くはは!

 駆けていた者たちが立ち止まる。苦しみ出した。大丈夫、君らだけでは

 ないのだ。今宵この時、この島の地に足を着けている者たち全てが……

 正確には、それらの中で精霊と契約済みの者たちに限るがね?


 誉れにも尖兵となるのだよ!


 1人、また1人と……くくく……人の形を喪失していく。急速な獣化だ。

 獣人などという下賎な代物ではない。その先だ。まずは獣になるがいい。

 そしてその先へ行け……そう、そうだ……ふはははは!!


 そら、君は火をまとう大ウサギに。そら、君は雷をまとう大キツネに。

 本来なら特別な才能と長い修練が必要なことなのだ、名誉に思い給え!


 精霊獣となるのだ、君たちは! そして戦え! 人類の天敵と!


 これこそ今夜の作戦の第二段階。万一封魔に失敗した際のための次善策。

 封魔に利用していた力をば逆流させて、人為的に過充魔を引き起こすと

 いう秘術だ。しかも激烈な勢いで、一気に精霊獣にまで昇華させる!


 畏怖すべきは天帝の御力よ……私はこの秘術にこそ真価を見る。魔物を

 研究する過程で可能性としては予見していたものの、この目で見ても尚、

 背筋に冷たいものが伝う。


 文字通り、人類の総力を結集できるのだ。天帝は。


 天帝を頂にして管理運営される精霊の機構は……私を含め、人類総員を

 把握しているのだ。常には邪龍の封印を維持するための魔力を吸い上げ、

 非常の時にはそれを逆流すらさせ得る。何と完全なる支配体制か。


 美しい……恐ろしくも美しい光景だ……これは! 墜ちゆく島の火炎の

 夜に、人類の尖兵たる精霊獣が、天敵たる黒き鬼神へと攻めかかって!


 ははは、痛いか、苦しいか鬼神! さっき助けようとした奴らだぞ?

 殺されてしまえよ、ええ? 助けたいならお前が死ねばいいのだよ!

 払っても無駄だぞ? もっと来る。どんどん集まってくる。


 何しろ、50万匹はいるのだからなぁ!!


 ああ……胸のすく思いだ。これくらいは当然なのだ。ようやく相応しい。

 天空に生きる以上は、かくのごとくあるべきなのだ。天帝に全てを捧げ

 た妹の……その気高さに、その高貴に、今夜の光景を捧げようとも。


 滅びよ、鬼神。惨めに果てよ、この夜に。いい様だ!


「頭領、頭領!」


 何だ、さっきからうるさいこと甚だしい。この絶景を理解できぬ凡愚め。

 見ろとは言わん。言わんが黙っていろ! それとも火にくべてやろうか!


「う、上です! 上から……!!」

「何ぃ!?」


 航空船だと!? あれは鬼神めの……いつの間にこんな所へ来たのだ!

 第一段階と同時に襲撃されているはずだろう、その手筈はどうした!?


「な……何だと!?」

「ぶ、ぶつか……うわああああっ」


 船底を見せたままぶつけてきた! マストを圧し折り、船底も傷つけて、

 何という無茶で強引な接舷だ。しかも理由がわからん。どうしてこんな

 ことをする? 鬼神以外に碌な戦力などないはずだろうに。


 自暴自棄か? ならば火にくべてやろう、望みのままに!


「戦闘要員を招集しろ! 魔石を回収して残りを下へ叩き落とせ!」


 まったく、どいつもこいつも無粋も無粋。世界は馬鹿で満ちているな!

 人類の叡智が邪龍を討たんとする伝説の夜を理解せず、騒々しいことだ。

 

 ここは法廷ですらない。刑場なのだ。


 既にして判決は下っており、月の明るきを証人にして貴人は罪の燃える

 様を眺めやる。そういった夜なのだ。おぞましきが足掻くのはまだ見物

 と言えよう。しかし周囲は。幸運にも臨席した周囲はそれをわかってい

 るとは思えない。粛々と持しておればいいものを!


 そら……霧のように群がり、山のように襲う精霊獣たちによって鬼神が

 苦悶の呻き声を上げた。悲痛なものだなぁ……! 痛いのか苦しいのか。


「哀しい声よのぅ」


 知らない声。振り返ればそこには……炭化して転がる兵団員たちの中に

 佇む1人の老婆。誰だ? しかし一目でわかる凄まじい魔力。


「どちら様でしょう? 招かれざる客であることは疑いありませんが?」

「名乗りとはの、尋ねる側からするものじゃて。それをせぬ者には2種が

 おってのぉ……物を知らぬか恥を知らぬかじゃ。無知か無恥。ぶふふっ」

「……誰に対しているかも知らずに、言いますねぇ。馬齢を重ねたようで」

「朝廷の威を借る狐に誰も彼も区別などないでのぉ」


 ……何者だ? 私を悪霊兵団の長と見る者には何ら警戒する必要もない。

 それらは等しく道化であるから。しかし朝廷を口にする者には要注意だ。


 私を知っていたか? それともこの状況から朝廷を推察したとでも?


「とぼけはしませんが、不思議ですね。そして朝廷不敬罪は万死に値する

 と知って言葉を発していますか?」

「ほぁっはっは。不敬罪とはの。ほあっはっはっは」


 不快な婆ぁだ……む? この婆ぁが乗ってきたらしい船が移動する?

 再び上昇していくだと? いや、違う、艦隊を迂回して火の海へと

 降りようというのか!? 馬鹿な!!


「……置いていかれましたが?」

「さっきから、下で儂の子供らが泣いておるでのぅ」


 只者でないことは理解している。私に気配を感じさせず団員を焼殺して、

 その後も近づこうとする団員たちを逐一殺しているようだ。どういう術

 かは推し量れる。体内発火だ。魔力的な隙をついて身中から焼いている。


 しかし……私には通じまい。2色にして天帝候補でもあった私の魔力は

 強靭にして綿密なるものだ。つけ入る隙などないぞ。


「ご老体1人きりで、この船を乗っ取るおつもりですか?」

「儂1人のみで、この艦隊を全滅させるおつもりじゃよ」



 雷撃と火炎とが炸裂した。

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