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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第7章 疾風の鬼神、天帝の古歌
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第7話 笑顔

 どこの精霊祭殿も外見はさして変わらない。ドーム状の屋根の先が少し

 尖っていて、まあ、巨大な玉葱のようだ。宗教的な意味があるのかな?


 ふと見れば、ナルキとハニが茫然といった様子で玉葱を見上げていた。

 だよね。何もかもが珍しくて当然だ。星空すらが初めてなんだからな。

 サイアだけは落ち着いている。天空産まれだからか。


「さ、行くよ。転ばないようについてきて」


 3人を裏手の入り口の方へと先導していく。夜陰に乗じ、フードも目深

 にしてここへ来たような俺たちだ。例え話をつけてあったとしても正面

 入口を通るわけにはいかない。いいさ。それでもいい。体裁なんて。


 精霊と契約できさえすれば、それでいいんだ。


 婆さんももう反対しなかった。状況が状況だからな。ホラキンが延命の

 避難所足りえない現状、こうするより他には3人の安全を確保できない。

 メリッサに行ったようなアレは……余りにも危険すぎる。

 

 しかも、メリッサはもう精霊と契約できない。俺と同じとまでは言わな

 いけど、普通の人間よりはこっち側に変質してしまった。しかもそれは

 鬼にならないことを確約した処置じゃないってんだから。


 だから、メリッサはここへ一緒に来ていない。婆さんの護衛も兼ねて船

 に残った。本人は「任せてください」と笑っていたけど……それは何か

 を我慢したものじゃなかったろうか? そうでなければいいんだけど。


 カーゴパンツのポケットの1つを意識する。そこには小さな木彫りの像

 が入っている。それがまたお地蔵様っぽくてビックリしたけど。器用な

 もんだよね。プレゼントされたのだ。嬉しいよねぇ、こういうの。


 俺も皆に何かをプレゼントしたいもんだな。そして喜ばせたい。笑顔が

 見たい。それはきっと大きな充実感を俺にくれるだろう。俺の欲だね。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ……」

「よろしく」


 裏口で待っていた神官に案内されて、祭殿の奥へと入っていく。

 こちらの素性は明かしていない。その代わりにお高く支払って

 あるんだ。ここの祭殿では別段珍しいことじゃない。


 闇右京領……領域内の地上が資源に乏しく、浮島を形成している魔石様

 の質も悪い。農作物が育ちにくいんだ。さりとて他を侵略できるほどに

 軍が精強というわけでもなく、ジワジワと困窮に沈んでいる。


 他方、密猟者をはじめ犯罪者にとっては暮らしやすい場所だ。袖の下が

 物を言うし、良くも悪くも放任されてるからなぁ。暗黒街的だ。


「わぁ……中もとっても綺麗ですぅ」


 明るい声が上がった。ナルキだ。俺が注意するまでもなく、サイアが

 ナルキの口を手で塞いだ。念には念を。お口にチャックのお約束だ。

 神官に俺たちの情報を漏らさない方がいいからね。


 でも、ま、仕方ないかなぁ。


 ナルキは鑑賞眼があるというか、物品を眺めるのが好きな子だ。きょろ

 きょろと楽しそうだな。ここの祭殿は金欠だから調度品の類は貧相なん

 だけど、そんな絵画の1つ、壺の1つでもいちいち嬉しげに見ている。


 家庭的で温和なナルキの人柄は、地獄のような地上に適していない。

 少しぼんやりしているから自分で何かを望む姿が想像できないけど、

 文化的で平和な暮らしこそ、ナルキの幸せを約束するはずだ。


 ……精霊との契約が済んだら、火迦神領に上手く紛れ込ませたいな。


 関わり過ぎているがゆえに、返って火迦神領へ関わらずにきた俺だけど。

 あの人が王として在る社会が最もナルキを幸せにしてくれると思うんだ。

 困ったもんだよ。相変わらず「その後」を頼ってしまう。


 ん? 他に誰のことで頼ったんだっけか……あ、ああそうだ、マウイだ。

 何をど忘れしてんだか、俺。若いのに。ずっと忙しかったからなぁ。


 マウイ。タヌキ耳のマウイだ。奴隷から軍人になったんだよな、うん。


「準備をしてまいります。ここでお待ちください」


 小さな部屋に案内された。壁際のベンチに皆で腰掛ける。深夜の祭殿は

 とても静かで、俺たちが身じろぐ衣擦れの音が妙に大きく聞こえてくる。


 俺も……契約の儀式を受けたんだよな。何にも起きなかったけど。


 どういう仕組みでもって契約が成され、どういう仕組みでもって俺を

 異常であると弾いたんだろうな。よく出来てるよ。精霊さんとやらも。

 8色8種の精霊……人の魔力を軽魔力へと変色させる存在ねぇ?


 いいさ。とにかくも3人が救われるなら、それでいいさ。正も邪も問う

 つもりはない。人並みの文化的な生活の中であの子たちが笑って暮らせ

 るなら……そうさせてくれるなら、精霊でも何でも崇め奉るとも。


「ねえ」


 稚い声が小さく発せられた。ハニだ。相も変わらずちっちゃいが、それ

 でも小学1、2年生くらいにはなったろうか。不思議そうに俺を見る。


「どうしてテッペイ、そんなに嬉しそう?」

「そりゃあ、じきに念願が叶うからなぁ」

「念願?」

「ええと……大事な目標のことさ」


 頬をさすりながら答えた。どうやらにやけていたらしい。うへへ。


「テッペイの大事な目標って、何?」

「そりゃあ、ハニたちが幸せになることだよ。当たり前じゃないか」

「ハニが幸せになると、テッペイも、幸せ?」

「ああ、勿論さ。是非とも幸せになってほしいね」


 その気持ちに何ら迷いはない。根っからの本音だ。心からの願いなんだ。

 3人が笑顔で穏やかに過ごす様を想像するだけでワクワクする。それは

 きっとこの上もなく素敵なことで、俺は大きな満足感を得られるだろう。


 けど……何なんだろうな? 胸がシクシクと痛み、喉がひりつき、尻が

 まごつくような不快感も感じるんだ。焦りや恐れといった感触。悪寒。


 失敗したんだ。俺は過去に何度も失敗してるんだ。笑ってほしい誰かを

 悲しませ、絶望の中に死なせてしまった確信がある。その誰かのことを

 思い出せないのは、心の防衛本能なんだろうか?


 俺は……何か掛け替えのないものを失いつつあるのかもしれないな。


 ここ最近、不意に、自分が大きな落とし穴の上に立っているような……

 そんな不安を覚える時があるんだ。薄氷の上と言ってもいい。恐怖だな。

 不可逆的に自分が終わっていく感覚……鬼にはならないと思うんだけど。


 けど、その一方で、肌からじんわりと温まる充実感もある。8匹の元鬼

 たちと触れ合う時に、メリッサたちと接する時に、凍える身に優しい熱

 を与えられている喜びがあるんだ。


 それは俺の中に燃える憤怒の炎とはまるで違う。俺が俺を奮起させんと

 叱咤する熱は、激しいがゆえに俺を苛む。厳しい熱なんだ。


「……俺は、皆のお陰で笑えるんだ。本当にそうなんだよ」


 実感だ。俺は俺自身を幸せにできない。ハニや皆が笑い、俺の名を呼ん

 でくれる時間の中にしか幸せを感じられない。寂しがり屋なんだろうな。

 そしてありがたい話さ。俺は今、独りじゃない。


「わ、私はっ」


 ん、どうしたサイア。随分と緊張した顔じゃないか。もしかして契約が

 怖いのかな? 大丈夫、ちょっと髪や目の色が変わるだけさ。俺の予想

 では、お前は緑色系になる。速さで戦うタイプだしな。


「私は、精霊と契約、したいわけじゃない」


 え!? ちょ……ええ!? そんなこと一言も言わなかったじゃんか。

 何でこの土壇場で……いや、でも、何で!? どうして!?


「本当は天空にも来たくなかった。地上で戦って、鬼になりそうになって、

 それでテッペイに助けて欲しかった。メリッサみたくなりたかった」

「いや、でも、それは……」

「わかってる。危険だし、何よりテッペイに負担がかかる。もしも私の心

 が弱くて、メリッサみたく強くなくて、鬼になってしまったら……自分

 を許せない。一番駄目、それは」


 いつになく強く口調で、しかも長い。初めてじゃないだろうか。サイア

 がこんなに自分の気持ちを口にするのは。その目には……涙?


「……そんな私のことも助けようとして、きっとテッペイ、また失くして

 しまう。もうたくさん失くしたのに……また……それは絶対に駄目」


 震えている。力を込めた握り拳。その爪が、今にも手の平に突き刺さっ

 てしまいそうで……俺は思わずサイアの手を取った。どんなに鍛えても、

 それでもやはり華奢な手。俺のグローブのような手はそれらを護るため

 にあるんだ。どうか自分を傷つけないで。


「駄目ですよぉ、サイア」


 俺の手の上に、ナルキの手が添えられた。


「何でも言葉にすればいいってものじゃないです。私たちは家族なのです

 からぁ、お互いに、笑顔のお花を咲かせていきましょう?」


 言葉……言葉にしないと伝わらないと思うけど、伝えない方がいいこと

 もまた、あるからな。例えば俺の場合、日本についてのことがそうだ。


 忘れかけているんだ……日本を。


 俺が自分を高橋テッペイという日本人として認識する根拠。日本の記憶。

 こっちが長いから薄らぐのは当然かもしれないが、普通、生まれ育った

 家族のことを忘れるわけないよな。ところが思い出せないときた。


 どんな両親だったっけ? そもそも家族構成ってどんなだっけ??

 そしてどう育ち、どういう来歴でもって目を覚ました? 曇天の下に。


 これは中々に恐ろしい症状だ。だって俺には俺固有の肉体がない。この

 身は重魔力によって構成されている。下手したら無生物の恐れすらある。

 その上、俺が俺である自信……意識の連続性が曖昧になってくるとは。


 やれやれだよなぁ……こんな風な終わり方は想定外だよ。ホント。


「それにぃ、別にメリッサだけが特別有利ってことでもないです」


 ニコニコとナルキ。何となく迫力のある笑みだ。


「契約したらオババ様みたく魔法が使えるそうですから、それでテッペイ

 さんのお役にたてばいいんですぅ。テッペイさんは魔法が使えないから、

 こっちの方がメリッサよりも有利かもしれませんー」


 何がどう有利なのかは知らないが、おい、待て、ナルキ。そういえば

 話してなかったか。違うんだって。俺がこの契約の先に用意しようと

 してるのは、俺の側にいるなんていう過酷なもんじゃなくてだな?


「鬼になっちゃうことは誰だって嫌です。でも、人としてどう生きたいの

 かは色々ですよぉ。私、家族と離れ離れになりたくありません」


 家族、か……確かにな。ナルキは家庭的な子だから、それが幸せの基準

 になるのはわかる話だ。けど、そうなると少し難しいんだよな。


 婆さんはもう滅多に船から降りないだろう。船中にて研究に没頭して

 生きていくのだと思う。その成果が実るまでは、メリッサも俺から離

 れられない。ミーは婆さんから離れるわけがない。


 ここに来た3人以外は、実は選択の余地がない。まだまだ地上の地獄と

 縁を切れないんだ。ホラキンはあくまでも地上の組織なんだよな。


 逆に、3人だけは上手くすれば天空社会に生きることができる。魔物の

 いない環境で、青天と星空とを仰ぎながら、文化的な生活を送ることが

 できるんだ。やはりそれは素敵だ。地上は人に辛すぎる。


「私は、メリッサ以上に戦えるようになって、それで、テッペイと生きる」

「私はオババ様の研究のお手伝いをして……今まではオババ様しかできな

 かったことも、できたらいいなぁと考えてます。それもテッペイさんが

 喜ぶことですよね?」

「ハニはー、ハニはどうしよー? どうしよっかなー」


 ……あれ? 何かちょっと、想像してたのと違う方向に話が進んでる?

 いや、確かに、どう生きたいかはそれぞれが決めることだけど。けど、

 色んな選択肢を用意できるんだぞ? 俺が用意する。平和なたくさんを。


「じゃあ、どうして、メリッサにだけ……メリッサにだけ服を」

「羨ましいですぅ、あれ。私も貰えるように頑張ります」

「ハニはちっちゃいの欲しい。鳥とか蛇とか。一緒に遊びたい」


 服ってあれか、ダッフルコートか! あーはいはい、確かにメリッサに

 あげたけどさ。何だよ、サイアとナルキも欲しかったのかぁ……まるで

 気付かなかった。どっかで仕立てて貰うかなぁ。


 ハニの要求は実現不可能にも程がある。ペットじゃないし、こいつらは。

 けど、一緒に遊ぶ時間を作ってあげよう。こいつらを説得してみよう。


「でも、やっぱり、メリッサが1番近いところにいる気がする。ずるい」

「ですよねー。契約して挽回しましょうね」

「紫の鳥ー、紫の鳥ー」


 何だか緊張感が切れたなぁ。ま、でも、3人の笑顔を見れたからいいか。

 こうしている間にも周囲の警戒は怠っちゃいない。大丈夫。不審者どこ

 ろか、こんなに人いなくて運営大丈夫かってレベルだ。静かなもんさ。


「お待たせいたしました。では最初のお1人様、どうぞこちらへ……」


 呼びにきた神官の姿に、わざとらしく沈黙に戻る俺たち。すまし顔だ。

 さぁ、行っておいで。行ってこの世界の理不尽から1つ逃れるんだ。


 事前に決めてあった通り、サイアが神官についていく。見送る俺たち。

 緑色だな。うん。次の候補としては紫か茶? さて、どうなるやら。





 終わりが始まる。


 何色を見ることもなく……俺は、祭殿を飛び出していくことになる。


 この世界の理不尽を甘く見て、それに甘えたばかりに、俺は許されない

 過ちを犯した。俺は天空に上がるべきじゃなかった。災厄なんだ、俺は。


 終わるのを待つまでもない。俺は終わる。自ら望んで終わる。


 この深夜に、人間としての俺は終わるんだ。


 そこから始まるのは、とある化物の物語。


 人類の災厄たる……大怪獣の物語が始まるんだ。

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