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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第7章 疾風の鬼神、天帝の古歌
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第6話 鬼神

 赤羽様との思わぬ遭遇から半年が経った。

 ろくに眠りもせず色々とやってきたが、あと少しで一区切りがつく。


 俺は今、航空船の船尾にいる。見渡す甲板では獣人たちが忙しそうだ。

 8種8色の毛並みや羽毛が確認できるな。誰もが獣化の度合いが強く、

 中には2足歩行の叶わない者もいる。この船の船員たちだ。


 3本マストの快速船、名づけてマックス号。


 命名者たるサイアによれば、果敢で勇猛な少年の名前らしい。船の名と

 言えば女性名という意識だったんだけど、まぁ、元気ある響きだと思う。

 どうしてか胸がざわめく名前だったので、それに決定した。 


 俺の船だ。俺がこの半年間で集めた魔物の毛皮や骨肉は膨大で、更には

 クズ魔も数多集めて売却した。天空のそこかしこの浮島に、自前の翼で

 密入国を繰り返してね。蛇の道は蛇というか……密猟業者として。


 この船もその筋から購入したものだ。正規品じゃない。元はどこぞの軍

 で哨戒船として使われていたもののようだ。払い下げられたそれに潤沢

 な資金でもって改造改良を施してある。速いぞぉ? 攻撃力は皆無でも。


「鬼神の旦那、ここにいたんですかぃ」


 赤銅色のウサギ人間がやってきた。垂れ耳がいつ見ても可愛い。37歳

 のおっさんには見えないよね……背も低いし、ギュってしたくなる。


「もう出発できるのかい、船長」

「いや、それにゃもちっとかかります。お話しにあった製薬装置とやらの

 固定に手間取っとりまして……火薬庫の看板はもう研究室ってのに変換

 済みなんですがね?」

「この船の要なんだから、オババさんの指示を完璧に実現してよね」

「もっちろんでさぁ!」


 彼ら42名からなる船員たちは誰もが光石を持たない下民であり、その

 全てが獣人だ。船の調達も含めて火迦神領を避けたため、方々から寄せ

 集めることになった。各人の経歴は多様だけど、まぁ、非合法の誹りを

 免れることはできないだろうな。逃亡奴隷、犯罪者、脱走兵などなど。


 多額の報酬と化物の強さ。それらを示しつつ厳選した人員だ。俺が俺の

 目的のために駆る船の乗組員たち……彼らは俺のことを鬼神と呼ぶ。


「とと、それでですね、ちと厄介事が持ち上がりまして……」

「何だい? 魔物なら気にしなくていいよ?」

「それも凄ぇ話なんですけどねぇ」


 現在、マックス号はホラキンから少し離れた林野の中に停泊している。

 この日のために設えた発着場だ。既にホラキンから荷物は運び込んで

 あり、その搬入や何かで忙しいという状況だ。


 相変わらずここいらは魔物がやたら多いが、問題ない。船の周りには

 見えない罠が張り巡らされている……踏み入ったならば影の中に引き

 ずり込み、挽肉と変えてしまう罠がね。紫梟デンソンの仕事だ。


 デンソン……デンソンか。不思議な響きの名前だよな。何でだか心に

 酷く悲しい。苦しくなる。けど嫌いじゃなくて。むしろ大好きな名前。

 メリッサによる命名だ。サイアもそうだけど、センス凄いよな。


「上でさぁ。やっぱ尾けられてたみてぇでして……近ぇところの雲ん中に

 1隻潜んでやがる。飛行者を確認しましたんで、軍艦なんじゃねぇかと。

 下手に頭上げると1発と言わず貰っちまうかもわかんねぇです」

「……そりゃあ、確かに厄介だな」


 火迦神の軍と争いたくはない。とはいえ臨検を受けるわけにもいかない。

 早々に別の領へと逃れたいところだけど……そうもさせてくれないか?


「ヘレーナ」


 その名を呼ぶと、俺の首に巻き付いていたモノがスルリと動いて首を

 もたげた。常盤色の美しい蛇。その優雅な体躯には鳥類の翼が天使の

 ように生えている。翼蛇のヘレーナ。デンソン同様、元鬼だ。


「偵察してきてくれるか?」


 ペコリと頷くなり風をまとって飛び去った。俺でも目で追えるギリギリ

 の速度だ。尾は鋭利な刃にもなるので、時に目に見えない斬撃のようで

 すらある彼女。まず見つかるまい。


「わかっちゃいますが……やっぱ凄ぇもんですなぁ……!」

「全部を紹介したわけじゃないよ? 大丈夫、いざとなればいくらでも

 やりようはあるんだ。軍艦が何隻と攻めてきても平気平気」

「……それがはったりじゃねぇと伝わってくるんだからなぁ。つくづく、

 鬼神の旦那にゃ敵わねぇ敵わねぇ」


 やれやれとばかりに首を振るもんだから、モフモフの垂れ耳が何とも

 魅惑的に揺れる揺れる。く……触りたい。触ったら怒られるだろうか。


「ちょ……何ですかい、その手は。まさか旦那、やっぱそっちの気が!?」

「え、何それ、何その、やっぱってのは。え? 何疑惑!?」

「だってねぇ……そりゃあねぇ……?」

「ちょ……え? どゆこと!?」


 お互い、何故か重心を落としてジリジリと円運動をしている俺と船長。

 いや、だって、あまりにも聞き捨てならないんですけど。説明してよ。


「何やってるんです。この忙しい時にオスモウですか?」


 冷たい声がぴしゃりと浴びせかけられた。メリッサだ。美しい金髪が

 ダッフルコートに長くかかっている。脱がないよなぁ、それ。


「ちげぇです。俺ぁ、我が耳の貞操を守っていただけの話ですぜ。旦那は

 獣耳に欲情するっちゅう噂を聞いてましたもんで」

「なんちゅう噂だ、それ!!」


 まさか皆してそういう目で俺を見てた!? 変態に雇われた的な!?

 そりゃあ、獣耳は可愛いし愛好しているけど……欲情って何だよ!?


「ちげぇんですかい? こりゃ船員代表としていつかは確認しとかにゃと

 思ってたんですが」

「違うよ! どうしてそんな噂がたったのか、そっちが訳わかんない!」

「え、そりゃあ……」


 船長はチラリとメリッサの方を見た。何だよ、メリッサが出所なの?


「……言っておきますが、私が流した噂ではありません」

「そうなの?」

「当たり前です。何が悲しくてそんなどうしようもない噂を……」


 あれ、何か怒ってるんですけど。おかしい。俺が怒るとこなんじゃ?

 船長、ねえ船長、どうなの? 説明してよ、ほら、耳揉むよ?


「こんな別嬪さん方を囲っておいでなのに、まるで励んでらっしゃらねぇ。

 一方で、俺たちみてぇな獣人に囲まれて、妙やたらご満悦でらっしゃる。

 何せ鬼を獣にして従えてらっしゃるような旦那ですし……ねぇ?」


 おい。


 何だそれ、おい。


 ツッコミどころが多かったので、とりあえず垂れ耳を思うさまモフモフ

 することにした。くそ、何その体捌き。事態は再びの円陣周回になった。


「あら、ヘレーナ?」


 メリッサの驚いた声。疾風の如く飛来し、フワリと円陣の中央に降りた

 翼蛇。元が風系の鬼だけあって異常に達者な飛行術だよね。


 けど、ヘレーナの特技はそれだけじゃない。ここからが面白いんだ。


 毒腺だか唾液腺だかは聞けないが、とにかく潤った舌でもって甲板上に

 線を引き始めた。スラスラと上手いもんだよなぁ……薄緑色に描かれて

 いくのは船の絵だ。写実的なのとは違って、こう、漫画的に描いていく

 のが素敵だ。ふむふむ、なるほど、そんな特徴だったかぁ。


「こりゃあ、軍艦というよりは密猟船……いや、ちげぇか……こいつぁ?」

「私掠船の類だろうね。この武装で領旗なしなんだから」


 所属を隠すことで、別の意味の表明をしているわけだ。しかもアレだ。

 どうにもお懐かしい感じのする武装っぷりじゃないか。アイツらか?


「ありがとう、ヘレーナ。色々とわかったよ。戻っておいで?」


 フワリ、そしれスルリと首に戻って来た。顔を寄せてきたので、顎下を

 指でさすってやる。嬉しそうに見えるのは気のせいじゃないよな。


「お前の絵を見ると、自分にも絵心があったらなぁと思うよ。無趣味な

 自分が恨めしいったらないね」

「旦那は酒も飲まねぇですしねぇ」


 いや、俺に言わせればあんたらは呑み過ぎだ。船員ってそういうもの

 なのかな? 酔えば歌うしね。歌1つ知らない俺には羨ましい陽気さ。


 ん? 何でかメリッサが辛そうな表情で俺を見ている。どうしたの?

 え……俺の歳で無趣味って痛々しい? そういうこと? 


「あ、そういえばさぁ」


 何か胸がシクシクと居たたまれない感じがしたので、俺は話題を変える

 ことにした。メリッサは笑顔の方が絶対に美人だしね。


「さっき言ってたオスモウってさ、どんな遊びなの?」


 え、えぇー? 何で泣きそう? 嘘ん。遊びじゃないの? あれ??

 しかも無言で抱きついてきた。どうしたのさ? 何が悲しいんだい?

 優しく抱き返し、まだまだ泣き虫な子の綺麗な髪を撫でてやる。


「大丈夫。大丈夫だから……ね?」


 ホラキンを離れるからだろうか、最近こういう状況になることが多い。

 情緒不安定になってしまうんだろうなぁ。ナルキも、サイアさえもが、

 こんな風に俺に泣きついてくる。最初の頃は何か色々と問い質された

 ものだけど、俺が要領を得なかったからか、今じゃ無言だ。


 困ったもんだ……俺はこの子たちに笑顔でいて欲しいのに。


「これでヤらねぇってんだから……鬼神の旦那は変わりモンだぁな」


 何言ってやがる、船長め。まったく。後で絶対にモフモフの刑に処す。

 けど、今はメリッサだ。ほら、大丈夫だから……ね? 大丈夫だから。





 結局、我がマックス号の出発はそれから4日後となった。


 境海に隠れていた船には俺が密かに接近し、マストを折るという豪快な

 悪戯を仕掛けてやった。慌てて天空へ逃げていきやがった。ざまぁない。

 アイツが乗ってたら面白いんだけどな。あの赤服。リベンチオだっけか。


 その他周囲に我々を監視するものなしと確認してから、遂に空へと浮上

 したマックス号。いや、領外遠くからここまで飛んできてるけどもね?

 ホラキンの皆を乗せて飛ぶのは初めてだ。ようやくここまで来たんだ。


 サイアもナルキも、勿論のことハニも、間に合った! 間に合ったぞ!

 

 雲の中を旅して行けば、遠く闇右京領に精霊祭殿の伝手がある。万年の

 経済難に苦しむところへ足元を見るような行為だが、買収してあるんだ。

 もとより難民にとっての最後の頼みの綱的な場所なんだよ、そこの祭殿。


 3人とも、これで鬼にならなくて済む……もうあんな悲劇は御免なんだ。


 メリッサは何とかなったっちゃなったけど…………ん? あれ??


 それだけだっけ? それだけだよな? ホラキンの子っていや4人だし。

 じゃあ何でこんなに胸が苦しいんだろう? 吐きたくなるような喪失感。

 身を焼くような怒りも……何なんだ? 気のせいってわけないよな??


 くそ……死んじまいたくなるほど、苦しい……!


 ああ、うん、大丈夫、大丈夫さ。皆して顔出してこなくていいって。


 暗い船室の床に足を投げ出して……俺は身体にまとわりつく優しい奴ら

 と無言の会話を楽しんでいた。8匹の元鬼たちと、静かに、朝を待って。

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