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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第7章 疾風の鬼神、天帝の古歌
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第4話 祈願

 3人を置いて逃げ去るわけにもいかず、先頭を走ってみれば。


「あ、てめっ、テッペイ! 俺の前走るんじゃねえ! 強いんだから!」

「魔法使えばいいだろ、ハイナー! 俺は殴る蹴るしかないんだぞ!?」

「うむ。私が殿を務めよう。行ってくれ」

「……いや、俺が最後尾につきます。赤羽様は先頭で障害を払って下さい」


 すぐに崖上には出られない。待機している航空船を危険に晒してしまう。

 3人を抱えて跳ぶくらいできるんだけど……とにかく距離を稼がないと。

 そう思ってはみても、後ろから立体的に迫る黒い津波は気持ち悪過ぎる。


「マウイ、マウイ、何か土属性の魔法で足止めとかできないか?」

「はあっ、ふうっ、はあっ、ふうっ、はへぇっ?」

「……何でもない。頑張れ」


 粘糸は嫌だ。効果的かもしれないが使いたくない。自分の身体の一部を

 変化させてゴキブリやっほいを形成するとか罰ゲーム過ぎるよ。しかも

 何だよ、あのゴキブリ。でけーよ。スケボーサイズだよ。キモイよ。


 後背から熱さと風がきた。見る。魔蝿か何かを赤羽様が火で払ったのか。

 それが呼び水になったものか、前方に黒雲のように湧き起こったものが

 ある。あれ全部魔蝿か? 蝿とゴキブリの軍勢かよ。これまでだな。


「マウイ、ほら、首につかまって。背負うから」

「はふっ、はふっ、ふぇええ!?」

「いいから早く。置いてくよ?」


 移動速度をそのままに、マウイをおんぶした形だ。荒い吐息が耳後ろに

 こそばゆい。次いでハイナーに接近して左腕で胴を抱え持った。


「うわっ、何しやがるぅ……って、これ、楽だな」

「順応早いな、おい」


 更には赤羽様をも右腕に抱え持った。失礼いたします。


「これは……凄いものだな……!」

「ちょっと本気で走ります。3人とも、舌を噛まないように」


 言うなり、言葉の通りに全力ダッシュへ移行した。すぐさまマウイの腕

 が解けそうになったので、それを顎で押さえつつ駆ける。どのくらいの

 スピードが出ているんだろう。少なくとも虫が捉えられるもんじゃない。


 あみだクジだか立体迷路だか、とにかくそんな気分で谷間を高速で攻略

 していく。あちらこちらで魔蟲が湧く。ドロドロが消え去った影響か?

 下手にウロウロしてたら取り込まれてたろうし。


 ……いや、これ、もしかしたら悪魔石のせいか?


 行く先々で魔物が殺到してくる。潜んでいた類だから小型ばかりだが。

 それにしたって異常だ。元より異常な今の地上で、更に異常な事態だ。


 基本的に魔石は魔物を呼ぶ。力ある魔石のそばには力ある魔物がいる。

 人間もある意味で呼ばれているか。強く未所有の力には吸引力がある。


 俺は今、欠片とはいえニュートラルな状態の悪魔石を所有しているんだ。

 それが呼んでいるのかもしれない。恐ろしいまでの力の魅力でもって、

 魔物たちを強力に呼び寄せているのかもしれない。


 ……そろそろいいか。上へ跳ぶ。ひとっ跳びで崖上へ出た。振り返れば

 谷底には大質量に至った魔蟲たちの流れ。蟲色の川のようだ。


「赤羽様、今です」

「おおとも!」


 熱風の圧で涙目になるほどの火炎が放たれた。やはり並みの火使いじゃ

 ない。蟲たちは燃やされに燃やされていく。谷は火の海だ。魔蝿までが

 飲まれている。香ばしい臭いが嫌でも立ち込めて……大虐殺だな。


 引き離した連中が続々と辿り着き、灼熱地獄に自らを燃料として捧げて

 いく。壮観といえば壮観。奇怪といえば奇怪な風景。目をそらせない。


「生き物とは死ぬ物だ。途中に何があれ最後は死ぬ。例外はない」


 炎を放って大量の死を生産しつつ、赤羽様が言う。


「それでも生きるのは、やはり死ぬまでの経緯が大事だからだろう。何を

 成したかではない。何を成そうとしたかのかだ。何を大事に思い、どう

 いう方法をとったのか……そこに人の尊さがあるのではないだろうか」


 それは誰に向かっての言葉なのだろう。顔が温められる中で聞く言葉は

 どこかしみじみと響く。炎は赤々と燃えている。死を撒き散らしつつ。


「テッペイ君」

「はい」

「私は君の多くを知らない。君が何を大事に思い、どういう方法をとって

 何を成そうとしているのか……何も知らない。だから2つだけ願おう」

「……願うのですか」

「願うのだ。命ずるのでも意見するのでもない。私の願いだ。私が大事に

 思うもののために、この場において、君に願うのだ」


 待つ耳に届いた言葉。それは。


「1つ。まずは降ろして欲しい。この歳でこの格好は些か恥ずかしいのだ」

「うわぁっ、すいません!」


 抱えたまんまだった。抱えたまんまで「今です」とか言ってたのか、俺。

 それじゃまるで火炎放射器扱いだよ。よく怒らず火ぃ出してくれたなぁ。


 右の赤羽様、左のハイナー、そして背のマウイを降ろした。さして重い

 とも思わずに動けるんだから、俺の身体能力は。


「前から凄ぇと思ってたけどよ、やっぱとんでもねーよな、お前は」

「私、自分が風になったような気がしました……!」


 茫然と座りこんだ2人とは対照的に、赤羽様だけは威厳ある立ち姿だ。

 一度途切れた炎は再開せず、今度は爆発する火球を造作もなく発生させ、

 それを手榴弾のように幾つも幾つも投下していく。爆発が連続する。


「2つ」


 谷底を見やり、それでも登ってくる蟲を見つけたものか、炎の矢を散発

 的に発射していく。それが誘導弾なんだから凄い。そして徹底している。


「娘に会ってやって欲しい」


 こちらを見ずに、絶え間なく火の魔法を繰り出しつつ、言う。


「それぞれに生きる道が違うとしても、それでも放っておかないで欲しい

 のだ。君たちは若く勢いがあるが、それは鳥が空を飛ぶ行為に似ている。

 飛翔する速度の中で忘れてしまうのだ。己の翼の疲労を。大地の遠さを」


 炎を放つ横顔。


「我儘さを小汚いものと考えていないかね? 清廉潔白な若者は皆そうだ。

 安寧を怠惰であると見なしていないかね? 意気軒昂な若者は皆そうだ」


 1つ息をつき、俺の方を見た。その男臭い笑顔。似ている。


「健気に寂しいの我慢してんじゃねーよ、お前ら。見てらんねーっての」


 口調まで似せてきた。重なる。あの人の面影が。


「幸せになることはどんな義務や責任よりも重いんだよ。覚えとけ、若造」


 ああ……わかってしまった。この人が何故この地上に降り立ったのか。

 父親だからだ。子の幸せのために来たんだ。そういう戦いなんだ。


 そして、誤解でなければ……俺のことも子として見ている気がする。


 思い出した。赤羽様のこの口調。初めて聞いたんじゃない。船魔石を

 届けにいった途上で酒盛りになって……こんな感じでワイワイと話し

 たんだ。その流れで人前式みたくなったんだ。あの天空の大喝采。


 この人はもう……俺の父でもいてくれたのか……?


「あ……?」


 さっと視界が暗くなった。周囲から音が消えて、鼻の奥にはきな臭さ。

 時間がねっとり伸びるこの印象……危機にあって初めて入る感覚世界。


 崖が崩れようとしている。直下から出現した巨大なモノが崩したんだ。

 蟲だ。見たことがある。巨大百足。ホラキンの峡谷にも巣食っていた。

 鋼鉄の外殻を確認できる。無数の鋭利な節足。毒の牙。長い毒の触角。


 俺と赤羽様はこのままだと落ちるな。牙は赤羽様の方を狙っているか。

 節足の幾つかがマウイを踏み貫く角度で展開している。ハイナーだけ

 安全かな? それにしたってこの瞬間だけの話だろうけど。


 終わる。


 一瞬の内に何もかもが終わろうとしている。生死は突然なんだ。蟲でも

 人でもそれは変わらない。特にこの地上ではそうだ。無造作に大量の死

 が発生する。そしてそれは人間に対して意図的だ。重魔力がそうさせる。

 人を鬼にせんと呪いつつ、魔物には人を襲えとささやき続けているんだ。


 人間の不幸を願う力。殺人を欲する魔力。呪い。即ち重魔力。


 何だ……簡単なことだ。


 俺の倒すべき敵は、最初からずっと、重魔力そのものじゃないか。


 これさえ無ければいいんだ。そうすれば魔物などいない地上が成り立つ。

 人は天空へ逃れる必要はなく、精霊と、それを管理する権威に支配され

 る必要もない。獣化も魔物化もない。鬼もいない。あの闘技場すら。


 全部が全部、上手くいくじゃないか。


 クリスを、マックスを、デンソンを……よりにもよって俺から子供たち

 ばかりを奪っていきやがって。子供の不幸は大人のせいなんだぞ、畜生。

 大人がきちんと大人をやらないから。俺がもっとちゃんと大人だったら。


 戦うってのは大人をやるってことなんだよ。

 子供に戦士をさせるなよ。天使のように遊ばせろよ。

 大人が戦士をやるんだよ。護るんだよ、子供を。


 俺は戦士だ。何度も失敗している戦士だ。何もわからないままで。

 けど、今、ハッキリと悟ったぞ。俺の敵を。最も打倒すべきものを。


 重魔力だ。


 重魔力で出来ている俺は、自分を殺すようにして、重魔力と対決しよう。

 その正体を見極めて呪わしい意思の根源を断ってやろう。重魔力による

 あらゆる不幸を否定し、抗い、潰してやろう。ことごとくを。


 終わらせてなるものか。


 既にこの身は宙に投げ出されようとしていて、巨大百足の顎はまさに

 赤羽様を噛み千切らんとしている。視界の端ではマウイに迫る節足の

 鋭さが見える。ハイナーはマウイを助けようとしているが届くまい。


 事ここに至っては誰にも何もできない。これが重魔力による災厄の形。

 人間を殺し、悲しませ、絶望させるんだ。今までもこれからも。


 けど残念だったな……ははは……俺のこの身は重魔力でできている。

 

 重魔力にできることなら……俺にだってできるんだよ!!


 両腕をそれぞれ二股の触手に変化させる。2本は触手のままにして、

 1本は先端を角、もう1本は先端を鎌にした。一瞬の変化だ。


 触手角を崩れていない岩壁に突き刺して体勢を保持しつつ、2本の触手

 をそれぞれ赤羽様とマウイとに伸ばす。弾丸のようなスピードで届かせ、

 かつ、そっと胴回りに巻きつけた。それらを引き寄せつつ。


 残る1本、触手鎌を稲妻のように振るう。一刀両断なんて何のことやら。

 一斬りで2つに、二斬りで3つに……数十にも数百にでもしてやろうよ。

 斬って斬って斬って……宣戦を布告するんだ。これは拒絶なんだ。


 どうだ、俺は人間の側の戦士だぞ。

 俺の中からも突き上げてくる衝動……重魔力の悪意よ、知れ。

 

 俺は、お前を、絶望させてやる……!!


 崩れた岩と刻まれた蟲とがバラバラと、魔に毒された蟲たちを焼く火の

 海へと降っていく。天に灰雲。地に岩谷。眼下の奥には万殺の炎。化物

 に相応しい戦場だぜ。触手を振るって崖上へと戻る。


「お、おま……お前……!!」


 ハイナーが尻餅をついている。さもありなんだな。触手に捕らえた2人

 を降ろす。呆然とした視線が集まっている。今度はゴキブリじゃない。


 敢えて触手は戻さない。これがもう、偽らざるところの俺なんだ。


「テッペイ、お前……お、鬼になっちまったのか……!?」

「鬼より強いぜ?」


 両腕を触手から蛇蔦草に、熊爪に、節足に、鎌に、角にと変化させる。

 最後に人間の腕に戻してから、背に4枚翼を広げて見せた。


「さっきのドロドロした化物、あれ、実は悪魔石です。正確にはその欠片。

 3年前に悪魔石を倒したんですが、その時に一部を逃がしてたみたいで」


 淡々と説明していく。


「それもさっき倒しました。これ、この通り」


 ポケットから黒く重いビー玉を取り出して、見せる。そしてしまい込む。


「今のは目に見える形で残りましたが、3年前の、本体とでも言うべき奴

 については取り込みました。語弊を恐れずに言えば、喰っちゃいました。

 そんなことをできる俺自体が、多分、悪魔石なんだと思います」


 笑う。どこかスッキリしている自分がいるんだ。話すというのは楽だ。

 話した結果どうなるかより、どうなるかを恐れて黙っている方が辛い。

 いっそ日本のことも話してしまいたいが、色々と揺らいだからなぁ。


「2つ目の願いについてですが、この通りの有り様ですので、無理ですね。

 俺はこの狂った地上でも、何ら危険を感じずに生きられる化物中の化物。

 天空に上がることは天空にとっての災いです。望まないほうがいい」


 上がらないとは言わない。教会を襲撃する未来予想すらあるからね。


「毒をもって毒を制す、という言葉があるんです。俺は自分をその毒だと

 思っています。天空にあっては災いでも、地上においては何かにつけて

 有効な毒なのだと。やるべきことは地上にあって、天空にはないんです」


 重魔力について知らなければならない。それを忌み避けて成り立つ天空

 にはその手段がない。あるとすれば天帝とやらか。あの着物の黒髪少女

 も気になる。けどそれらを調べるには天照領へ侵入する必要があって、

 畢竟、天空社会全体へ弓引くことになるだろう。最後の手段だ。


「伝えてください。俺は地上で戦っていると。そして幸せを祈っていると」


 言うなり、俺は翼で風を叩いた。燃え盛る谷が起こす上昇気流を捕まえ、

 一気に高度を稼ぐ。くるりと空に円を描いてみせてから、飛び去った。


 もう振り返るつもりはなかった。 

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