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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第7章 疾風の鬼神、天帝の古歌
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第2話 残戦

 濃灰色の曇天も明るい、昼前のその時。


 谷からの退路を検討しつつ丘を駆けていた俺は、彼方の空に閃くものを

 見た。ゴマ粒のような大きさのそれは、それよりも更に細かなものの靄

 に包まれている。また光った。あれは炎か爆発か……そのいずれにせよ。


 航空船だ。


 この1ヶ月余りただの一度も見ることのなかったものだ。地上の状況が

 伐採も採集も採掘も、探険すらも拒んでいるのだと思っていたけど……

 人間の生存難易度の跳ね上がった雲下へ降りてきた船があったんだ。


 そして襲われている?

 当然だ。一度境海を下へと潜れば、そこはもう重魔力の支配する世界。

 地表へ至ることすら至難だろう。空を飛ぶ魔物は多く、しかも執拗だ。


 どうするか考えるまでもなく、俺は再び走り出していた。1歩ごとに

 地を抉り砕くような本気の速度で。このトレッキングシューズは俺の

 分身だ。蹴爪だ。このカーゴパンツも……こっちは毛皮になるのか?

 上半身はただ筋肉あるのみ。普通の服は柔で邪魔だから。


 我ながら弾丸のような速度だと思うよ。そこいらの魔物が襲おうにも

 捉え切れないだろ。速さは力だ。そして俺は地形を選ばない。どんな

 場所だろうが関係ない。追うことも妨げることもさせやしない。


 再びの爆発。数匹の何かが落ちていき、それに別の何かが群がる。引き

 裂いて喰らってるんだろう。魔物は同族食いを厭わない。


 爆雷の類じゃない。魔法だ。凄腕の火使いが乗っているようだ。並みの

 威力じゃない。けど船全体を護ることは無理だろうな。既に帆は失われ、

 他にも何か損傷があるものか、その飛び方は何とも頼りない。


 業者じゃないな。あれは探険船だ。小型だが速度の出るタイプ。それが

 証拠に、ふらつきながらも高度は下げずに持ちこたえている。頑丈だ。

 そして軍船特有の爆雷口や衝角は見られない。


 む。あれはまずいな。近づいてきたことで襲撃者の正体が知れた。魔鳥

 ならまだしもあれは……魔蝿。一抱えじゃきかない大きさで、毒の鉤爪

 や強靭な顎、そして被害者の生死を問わず卵を産み付ける性質がある。


 まぁ、それ単体では大した脅威じゃない。一般的な探険団なら効率よく

 倒すだろう。数で攻められると厄介だが、それにしたところで魔法をば

 駆使すれば撃退は可能だ。それくらいじゃないと探険なんてできない。


 ただなぁ……あれは先触れなんだ。魔蝿は大物の縄張りに同居するから。

 早く天空へ逃げないと面倒なことになるぞ? どうしてそんなところで

 滞空してるんだ。帆がなくとも推進できるだろうに。


 それどころか高度を下げただと? いや違う! 引っ張られている!?

 間違いない、下から何かに引き寄せられている。あのふらつきはそれに

 抵抗する動きだったのか。何だ……見えた、あれか!


 焼き殺された魔蝿の死骸が空中に静止したことでわかった。透明で粘性

 の網に捕らわれているんだ。つまりは蜘蛛の糸か。航空船すら絡めとる

 ほどの罠……相当の大物があの直下にいるぞ。


 船の高度が下がり続けている。力負けしてるんだ。いよいよまずいじゃ

 ないか。小型船とはいえ船を丸ごと襲う魔物とか、どんなんだ。まさか

 悪魔石じゃないよな? あんなのがそうホイホイいても困る。


 ……景色が変わった。峡谷というのか、岩だらけの世界。空から見れば

 ひび割れだらけのチーズかな。1つ1つのひびは余裕で航空船が収まる

 サイズだが。そんな崖のどこかに大物が潜んでいるわけか。


 少し考え、地を行くことにする。この峡谷全体をそいつのテリトリーと

 するならば、空を行くことは航空船の二の舞だろう。鬱陶しい。


 高速度の跳躍を繰り返して谷を越えていく。酷いところだ。鋭利な角を

 残す岩々の様子からもわかるが、風が吹かず空気が淀んでいる。重魔力

 も溜まるだろうな。植生が貧弱なくせに奇妙に鬼気迫る植物が目につく。

 蛇蔦草と同様の捕食植物ばかりだ。吸血系が多いかな?


 それもそのはず、ここはかつてファルコから聞いていた危険地帯の1つ。

 干乾びの谷だったっけかな? 探険の困難な場所として認知されている。

 そこらに茶黒い何かが落ちているが……ミイラ化した何某かの死体だ。


 さて、と。


 こうも近づくとはっきりとわかる。航空船はやはり透明な粘糸でもって

 引っ張られている。1本じゃなく複数本がまとめられた感じだ。投網の

 要領だったのか、それとも空に広く展開していたのか……いずれにせよ。


 俺が来た以上、みすみす餌食にはさせないぞ。

 人間のつもりの俺は、人間の戦士なんだよ。悪いけどな!


 直下を覗き見る崖上に到着した。魔蝿の1匹に見つかるも手鎌で両断だ。

 通常サイズの蝿だってピンポイントで真っ二つにできる俺だ。遅すぎる。

 こんな蝿を従えておわすのは、さて、どんな魔物か。


 ……どんな魔物だ、あれは?


 無理に一言で表現するなら、それは血の池地獄。谷の底にはドロドロと

 した何かがあって、あちこちから人だの動物だのが部分的に生えている。

 ウネウネと脈絡もない動きを見せるそれらは、不規則に姿を変えるため、

 まるで浮かびあがったり沈んだりしているように見えるんだ。


 唯一変わらないのは、それらの中心から鋭く伸びた1本の棘。いや……

 あれは節足なのか。幾つかの節があり、動く。どこかで見覚えがある。


 ……おい、まさか……アイツか? あの時の節足なのか?


 体感的には1ヶ月ちょい前、世界的には3年以上前の対決を思い出す。

 初めは化物巨人として形を表していた悪魔石。それが途中から船だの

 蜘蛛だのと変化して……その最中、俺は長大な櫂から変化した節足の

 1本を何となく折り取り、そして何となく放り捨てた。


 そうだよ。そういや、それも悪魔石の一部だったんだよ。俺のダッフル

 コートすらがそうなんだから、当たり前のことじゃないか!


 その1本が、どういう経緯でかこの谷まで辿り着いたんだ。他の魔物に

 運ばれたのか、自ら変化したのかはわからないが……そしてこの重魔力

 の濃厚な地で力を蓄えていたんだ。干乾びた無数の死体を取り込むこと

 で変化し、あのようなおぞましい姿に成り果てて。


 見れば、航空船を捕らえている糸網は節足の先端から出ている様子。

 蜘蛛としての何がしかの性質をも持ち込んだのか、あの1本は。


 あ!!


 ゾクリと背筋に悪寒が走った。嫌なことに気付いた……というか思った。

 俺の服……勝手に動いたり、果ては周囲を取り込んだりしないよな!?


 ダッフルコートについては、メリッサがえらく気に入ったものか、文字

 通り肌身離さず着込んでいる。無論、服の上からだが。それにしたって。

 

 それだけじゃないぞ……長袖の肌着、タートルネック、デニムシャツ、

 更には冬物のタイツ。着ないからって全部を赤羽屋敷に置いて来た。


 もしもあれらが皆して勝手気ままに暴れだしたら……何それ超怖い。


「ぅあAAAA、むあAAAAAっ」


 おお、発声するのか、あの有象無象の人間形は。怪しい発音とはいえ。

 俺を見て手を滅茶苦茶に動かしもする。よく見れば1つ1つが何かの

 動きをしているのがわかる。牙あるものはそれを噛み慣らし、目ある

 ものは俺を……俺を見ている。


 干乾びた死体だったものだろう? それが意志あるように俺を見るとは。

 悪魔石の力とは死者をも蘇生させるというのか? それとも、擬似的に

 そう見えるだけなのか? 元の命とは似て非なる何かなのか?


 俺は……どっちなんだろうな?


 大量に向かってくる魔蝿を悉く切り捨てていく。触手鎌を増やすまでも

 ない。右手の鎌1本で余裕だ。残飯を恵んでくれる大物に忠実とはいえ、

 随分と忠義の蝿どもだな。ただの1匹も残さず2つにしてやる。


 ……粘糸は切断しない方がいいかもな。切れないこともないとは思うが、

 下手したら糸そのものが悪魔石として活動するかもしれない。それでは

 船を助けられない。どうする。やはり吸魔しかないのか?


 色々と試して、どうしても駄目ならそうするかな!


 谷へ身を躍らせる。体内に船魔石を意識して、我が身の重量を目一杯に

 増加させるイメージ。落下速度が増した? ってことは質量が増えてる

 わけでなく、下方向への運動エネルギーが発生していたってことか。


 ま、どっちでもいいさ。

 衝撃を生む2つの要素のうち、どちらかさえ増えりゃいいんだ。

 

 鉄兵……熊パンチ!!


 キックだと骨折じゃ済まない気がしたので熊パンチ。凄い衝撃が全身に

 伝わった。ゲル状の血の海地獄は外身も中身も同質の物のようだ。表面

 を破くというか、殴った衝撃のままに大きくすり鉢状に変形した。下の

 岩か何かに薄皮一枚で接したようで、ガコガコと砕けて足場が変わった。


 うん、やっぱり物理的にどうやろうがダメージになりそうもないなぁ。

 わかってたさ。今のは景気づけだ。俺の脅威度を示す意味合いもある。


 ……よしよし、粘糸を解いたな。解けるってことはやはり触手の一種か。

 切断しないで正解だった。おやおや、俺に向けて放とうってか。遅いな。


 文字通り足下のゲルを蹴りつけて跳ぶ。節足の方へと。取り着いて圧し

 折った。これでもう航空船への悪さはできまい。こんなことになるなら

 放り捨てるんじゃなかったよ、全く。さてどうしたものか。


 足首にゲルがまとわりついてきた。しかもその内側で刺そうとしてるな。

 棘……いや、これは歯か。シューズに触れるそこかしこに人や獣の口腔

 が発生していて、それらが噛みついているんだ。嫌な攻撃だ。


 節足を持ったまま、とりあえず全て踏み潰す。歯や骨を砕く感触がある。

 ああ……今のは割と人間の顔として識別できる物だったな。事と次第に

 よったら、俺もこんな感じに「部品」だったのかな? 俺が触手や鎌を

 利用するように、主体性もなく在ったのかな?


 ……俺は在る。俺として在るんだ。例え悪魔石の形態の1つとしてでも。

 高橋鉄兵の意志で行動している。それを信じなければ何もできやしない。


 やるべき仕事がある。幸せであってほしい人たちがいる。その人たちは

 俺をテッペイと呼ぶし、俺自身は己の不甲斐なさに憤る炎を持っている。

 曖昧じゃないんだ。目に見える身体の輪郭が様々に変化するように、目

 に見えない心の輪郭もまた変化しつつ、それでも確固として存在する。

 

 戦士としての俺が在るんだ。


 錯覚じゃないさ。過去の記憶には疑問符がついてしまった俺だけども、

 大事なのはそこじゃない。心意気だ。戦士としての生き様を世界に示

 せたなら、本物か偽物かなんてどうだっていいんだ。


 あんたらも抗ってみろよ、そんなとこで狂おしくしていないでさ?


 掴みかかってくる人間形を適当に殴り払っている内に、俺はどうやら

 包み込まれたらしい。あの悪魔石の体内に潜り込んだ状況に似ている。

 ニョキニョキと腕とか足とか頭とか……人も獣も色々と出てくるけど。


 後ろから首に巻き付いた腕を切断しようとして、それが年若い少年の

 上半身だと気付いた。心の通わない表情。ただ苦悶だけが貼りついて。

 少し……クリスに似ている。ここで死んだ探険者なのだろうか。


「酷い世界だよな、本当に」


 上半身をドロドロから切り離した。それは足元のドロドロに落ちて、

 溶けて曖昧な何かへと戻っていった。俺も死んだらああなるのかな。

 死ねるかどうかは別問題として……結局は曖昧になっていくんだ。 


 確たる自分を持つこと。それが生きるってことなんだろう。


 おっと? 今度は槍のように硬い枝が突き出てきた。吸血系の植物だな。

 お、おお? ドンドン来るな。黒髭が危機一髪な状況ってこんな感じか。

 けど甘い。物理的に俺をどうこうしようって発想がそもそも甘いんだよ。

 回避するまでもない。全部を手刀で迎撃してやる。


 お互いに打つ手なしか……やっぱ吸魔しかないのかなぁ。


 なるべくならやりたくない。失敗した時のことを考えると尻ごみもする。

 けど、どうにかなるような気もするんだ。だってコイツ、所詮は切れっ

 ぱしだろ? その存在すら忘れていたくらいの。


 足元も含めて全方位から人体だの獣だの枝だのが来襲するという、普通

 に考えたら気の狂いそうな環境の中、俺がのんびり考えていると。


 ……何か暑いんですけど?


 気付いたら物凄く暑く感じてきた。嫌な予感がして、恐る恐るウネウネ

 の壁部分に触れてみた。熱っ!? ちょ……これって……まさか!!

 

 外から燃されてる!?

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