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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第7章 疾風の鬼神、天帝の古歌
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第1話 黙考

 ホラーキングダムに潜り降りて1ヶ月あまりが経った。

 

 先の見えない暗闇にギリギリの生活を強いられていた4人は、3年もの

 期間を失踪していた俺を暖かく迎え入れてくれた。お互いに多くが胸を

 去来しただろうに、誰1人それを漏らさず、ただ再会を喜んで。


 言葉にすればいいというものじゃないんだ。強く在らんとするならば。

 上を向いて歩こうってやつさ。自分を憐れむ人間は健脚足りえない。


 婆さんのお陰だ。他の誰よりも愛別離苦の苦しみを味わい、苦渋だけが

 人生とでもいう50年を歩み続けて……かくの如く老いてのけた人物だ。

 その婆さんが笑む。皺を深めて。それは勇気を湧かせる魔法だ。


 ホラキンの誇りは婆さんに結実しているんだ。


 だから子供たちもまた誇り高く在れるのだと思う。地獄のような世界に

 いじけず、くじけず、抗い続ける魂。無形の宝玉とでも言うべきそれは、

 生まれながらに持てるものじゃない。先達の生き様が、心意気が、後に

 続く者たちを育てるんだ。その壮絶な美しさ。


 ホラキンは終わらない。終わらせやしない。終わらせてなるものか!


 この1ヶ月で俺が行ったことは数多い。何しろ3年寝太郎だ。働かにゃ。

 まずは悪魔石の吸収とメリッサの回復とを婆さんに報告した。重魔力の

 正体に迫るとともに、子供たちへの治療へ役立てるためだ。


 3日3晩話し込んだ。そりゃそうだよ。全てが前例のない重要な情報で、

 全てが容易ならざる難解さでもって頭を悩ます。併せて俺を用いた人体

 実験も実施した。必要な機材は運び込まれている。犠牲を払って。


 そしてわかったことは、何だか今更だが、俺が人間じゃないってことだ。

 メリッサの髪の毛との比較でわかった。メリッサのそれは髪を重魔力で

 変質させつつも電気として分解利用するという、言わば重魔力の魔法だ。


 それに対して、俺の触手だの鎌だのは似て非なるものだった。悪魔石と

 近似どころか同一なのかも知れない。つまり、俺の体組織はそもそもが

 重魔力でできてるっぽい。断言はできないが、まぁ、そうなのだろう。


 鬼になるとか、そういうレベルの問題じゃないよね。うん。

 だってもとから人間じゃないもの。いや、正確にはこうか。


 人間形は、悪魔石が形態を変化させる際の選択肢の1つかもしれない。

 主に「高橋テッペイ」でいるだけなのかもしれない……そういうこと。


 人権云々を悩んでいた頃の自分を笑ってやりたい。だってそうだろう?

 俺が俺であることの根本が揺らいだんだ。アイデンティティの危機だよ。

 俺という存在は、悪魔石が変化した蜘蛛や航空船と同じって意味だもの。


 本物とか偽物とか、そういう話になるのかな……俺は俺だという意識が。

 だってさ……少なくとも死んでるってことだろ? 人間としての俺は。


 思い悩む主体自体が疑わしいという、もはや思考の自己矛盾。


 アレだな。日本の真実については大きく後退だな。俺が体現する日本は

 本当に異世界なのかもしれない。物証が消えたも同然だ。身体も記憶も、

 身に着けていた服装すらも……等しく物質化した重魔力なんだから。


 道理で丈夫だよ、服も靴も。傷が治るのも当然だよな。可変物質だもの。

 魔法装備なんてもんじゃない。ある意味で俺なんだよ、服も靴も全部が。


 身包み全部で、「日本人大学生の高橋鉄兵」という形の悪魔石なんだ。


 ダッフルコート……流れでメリッサへのプレゼントという形になったが、

 あれ自体が悪魔石の破片ってわけさ。そりゃあ、魔物が巣にしまい込む

 のもわかるし、あの化物巨人が欲しがるのもわかる。超レア物だよ。


 探し出したり挑戦したりするまでもない。俺自身が総じて魔石でしたー。

 そんな笑えない笑い話さ。こうなると生物かどうかも怪しくなってくる。


 俺の中に潜み、黒い衝動を放つ禍々しい何か……それこそが悪魔石の核

 たるものなのかもしれないな。物理的な中心でなく、エネルギー源とか

 存在の拠り所とか、そういう類の……上手く言葉にできないが。


 ……高橋鉄兵を取り込んだ主体。それだ。それなのかもしれない。


 どうしようもなさ過ぎて、何かもう、どうでもいい気分にさせられるよ。

 着ぐるみが自意識を持ったようなものなのかな、俺って。やばい、中に

 何か入ってるんですけど的な? そもそも存在がファンタジーなのに。


 けど、だからこそ。

 どうしようもない色々をどうにかできるかもしれない。


 メリッサを鬼になりきる寸前から立ち戻らせることができた。本来なら

 在り得ないそれを為せる力……理不尽に理不尽で対処するような能力。


 俺と婆さんが次に取り組んだのは、無論、俺の吸魔による治療可能性の

 探求だ。飛躍的に向上した吸魔能力は、以前には不可能であった多くを

 実現できるかもしれない。既に結果は1つあるんだから。


 しかしこれは……そう簡単な話じゃなかった。


 捕獲した魔物での実験はひどい結果に終わった。5匹で試し、5匹とも

 死んだ。死に様も惨い。干からびてミイラ化したもの、身体全体が液化

 したもの、悪夢のような出鱈目の生き物に変化したもの……最後の死に

 片が最も多かった。変化に類似性はなく、ただただ狂おしかった。


 血を介して重魔力の奔流を見ることはできた。けどそれだけだったんだ。

 凶暴でパワフルなそれしか見えない。抗い灯る本来の在り様が見えない。

 だから全てに影響してしまって……殺してしまう。


 多くの偶然が奇跡を招来したんだ。


 メリッサが完全に鬼と化していなかったこと。その精神が勇敢かつ誇り

 高い強さを持っていたこと。そして何よりも、そんなメリッサのことを

 俺がよく知っていたこと。それらの条件が揃って初めてのことなんだ。


 他にも何か条件があるのかもしれないが、少なくともその3つは必須だ。

 どれが欠けてもメリッサは帰ってこれなかったろう。


 だとすれば、俺の吸魔は完全な治療法とはなり得ない。あくまでも補助

 でしかないからだ。未知の人物には使えない上、旧知の人物であっても

 自助の力が弱ければ失敗する恐れがある。


 いざという時には用いよう。けど荒療治の域を出ないんだよ。これでは。

 失敗すれば死ぬし、成功しても鬼の能力を残す。鬼人とでも言うべきか。

 

 しかも……これは俺と婆さんの予想も予想だが、メリッサはいずれまた

 危険な状態になるかもしれない。その身中には呼吸を介して常に重魔力

 が供給されている。俺の体験ではそれは蓄積するんだ。


 更には……こっちは確信してるけども、メリッサはもう精霊と契約する

 ことができないだろう。根本的な解決策が失われたんだ。


 俺と一緒にいるしかないんだ。いざという時に俺さえいれば、吸魔する

 ことで何とかしてやれるだろう。結局のところ対症療法止まりなんだ。


 やはり精霊と契約することがベストなんだろう。実際、そうやって人類

 社会は存続してきたんだから。アルメルさんやゾフィーちゃんのことを

 考えると欠陥がないわけじゃないが、システムとして完成されている。


 ただなぁ……俺の好き嫌いの話になっちゃうけど……不愉快なんだよな。

 契約の儀式で総スルーされたことを根に持ってるわけじゃないけどさ?

 

 精霊って何なんだ?


 その加護を得られないことがいかに悲惨かは、ホラキンがその歴史で

 もって俺に教えてくれる。加護を得ることがいかに凄いかは言うまで

 もない。魔法万能たる天空社会が体現しているよ。


 けど俺は無神論者だから……信じる者しか救わない神様や、契約した者

 しか助けない精霊ってのを胡散臭く感じてしまうんだ。好き嫌いで失礼。


 善か悪かで言っても、便利か不便かで言っても、精霊は素晴らしいよ。

 もしも人類が重魔力の海に沈んだきりでいたなら、そこにはもう人類

 とは違う鬼の世界が広がるきりだったんだから。絵本知識だけど。


 婆さんは精霊を信じていないわけじゃない。天空社会を信用していない。

 火子島イングリートとしてのこれまでを思えば当然の結論だろう。理由

 のない嫌悪とは違う。だから薬を研究しつづける。皺枯れたその指で。


 治療薬の研究は大事だ。仮にサイア、ナルキ、ハニが精霊と契約できた

 としても、メリッサがいる。薬を飲み続けなければならないメリッサが。

 力を増した俺の血が、婆さんの研究を更に飛躍させることを願っている。


 地下における仕事はそんなところか。地上においても俺には仕事がある。


 谷の護りや採集はミーとメリッサに任せられる。俺がするべきは退路の

 探索だ。重魔力の影響がどれほどなのか、質的にも面積規模的にも調査

 しなければならない。空か別地か、逃げるべき先を判断するために。


 まだ充分に調べきったわけじゃないが……重魔力の高濃度化は地上全体

 というわけではないようだ。丁度俺が来た方向、つまり天照領方面から

 会鉄島の領下へかけて扇状地のように流れ込んでいる感じだ。


 天照領に近いほど重魔力が濃い気がする。やはり俺が吸収した悪魔石が

 影響しているのだろうか。だとすれば異変は俺のせいということになる。


 3年間の意識不明もそうだけど……悪魔石との対決は不用意に過ぎた。


 けど誰がこうなると予想できたろう? あのタイミングでなくとも俺は

 いずれ挑戦していただろう。過去に悪魔石が倒された例がないのだから、

 やめる判断などするわけもない。


 その結果……マックスが死んだのか。デンソンが鬼になったのか。

 メリッサにも鬼となる恐怖を体験させて……残る4人にも地下の

 暗闇で朽ちていくような日々を味あわせたのか。


 世界は残酷で俺は馬鹿。闘技場を思い出す。


 べっとりと塗りたくられた絶望に焼けるような焦燥でもって爪を立てて、

 疎ましい己の矮小を呪いつつ、怯え震えて、視線は虚空を彷徨う。


 失敗の痛烈。


 メリッサから、サイアから、ナルキから、ハニから……この1ヶ月の

 生活の中で端々に伝わってくる3年間の悲痛。笑って欲しいと願った

 顔は既に2つが失われ、残る4つにしても消えない傷を……それ以前

 には戻れな哀しい成長を遂げていて。


 やりきれなさにのたうつ俺は……人かどうかも、生き物かどうかも、

 俺が俺であるかどうかもわからない俺は……泣くことも許されない。


 俺が許せない。これは憤怒だ。メリッサの綺麗なそれとは異なる火炎。

 それでも指針には違いない。自らの存在根拠すら見失ったというのに、

 変わらず吹き荒れる黒い衝動。その凶暴さとはしっかりと区別しよう。


 この憤怒の火炎こそが、俺の灯火なんだ。


 他の誰でも何でもなく俺自身に向けられた怒り。それに熱され、照らさ

 れている自分を意識しよう。これが俺なんだと。この馬鹿野郎めと。


 

 こうして耳を澄ましていても、もうマックスの寝返りは聞こえない。


 眠ることのできない身体となった俺は、闇の中、長く多く思いを巡らせ

 ていた。獣の眠りですらない化物の沈黙。ただ朝を待ち続けて。

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