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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第6章 覇道の天空、魔戦の大地
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幕間話 燃男

◆ ジルベルトEYES ◆


 赤羽ジルベルトって男を知ってるか? 俺は知っている。俺のことだ。

 

 若い時分は結構凄かったんだぜ? 炎の魔法を使わせりゃ向かうところ

 敵なし。戦場でも街の酒場でも常勝無敗の暴れっぷりさ。両親にゃ随分

 と叱られたもんだが、なぁに、燃える男ってのはそれくらいでいいのよ。


 若い時分は、な。


 20歳の時、親父が戦死して赤羽家を継ぐことになった。その瞬間から、

 俺は自分の愚かさに苦しむことになる。訃報を聞いた場所からして馬鹿

 だよ。安宿で酒場女とくんずほぐれつしてたってんだから。


 腕っ節だけで誇れるのはせいぜい18くらいまでなのかもな……それを

 20で気付いた俺ってな、少なく見積もっても2年は馬鹿丸出しだった

 わけだ。その腕っ節にしたって、親父の危機に遊んでた程度だしよ?


 人間の数だけ正義があって、人間の数だけ利害がある。しかもそいつは

 力だけで解決できるもんじゃない。味方についてなら、力はむしろ邪魔

 なことすらある。家を運営するってのは……俺には無理だったんだ。


 1人1人の言い分を聞いてる時間はないのに、誰もが尤もらしいことを

 言ってきて……いちいちがわからない俺はため息を聞くことになるんだ。


 親父は偉大だったんだと理解した頃には、何のことはない、俺は赤羽家

 の御飾りになっていたよ。とりあえず座ってりゃいい。平時にゃ問題を

 起こさないことだけが俺の仕事。戦時にゃ陣頭指揮という仕事があるが、

 それにしたって制限付きだ。親父がいてくれたからこそ突撃できたんだ。


 腐っていったよ。俺はどんどん腐っていった。表面こそ家柄に相応しい

 言動や立ち居振る舞いを覚えていったが、中身はしょぼくれたガキさ。


 ガキのまんま結婚した。相手は良家のお嬢様。双方の家にとって有益な

 結婚ってやつだ。綺麗な綺麗なお姫様。王子様役のはずの俺は、夜中に

 独り酒することだけが楽しみっていう大馬鹿野郎なのにな。


 レティシア……こんな馬鹿ガキには勿体ない、本当にいい女だった。


 あいつは俺の救いだった。あいつなしには、俺は早々に終わっちまって

 たろうよ。腐り落ちる寸前の心を立ち直らせてくれた女神。レティシア。

 ジンエルンの時が難産で、そのままゆっくりと逝っちまったけど。


 それでまた落ち込んで……俺はきちんと親をやることすらできなかった。

 ベルマリアもジンエルンも、どちらも可愛くって可愛くって仕方ないっ

 てのに、家中のわけのわからない争いがそれを表に出させないから。


 何もかもが不自由で、重たくて、けどそれを背負うのがせめてもの親の

 仕事だと思ったから……俺は2人に自由を与えたいとだけ願った。


 ベルマリアについては早々にお手上げだったなぁ。あの子はレティシア

 以上に俺にゃ過ぎた存在さ。まず超可愛い。次に天才。そして何よりも

 その人間性が凄い。5歳ん時に屋敷燃したのにはビックリしたが、それ

 以降しばらくの奇行も含めて、あの子の天性ゆえのものだったんだろう。


 髪を黒く染めて男装をし始めた時にゃ慌てたっけな。家の兵まで出して

 呪詛払いをやったが……当の娘に懇々と諭されたよ。個性の自由と親の

 寛容についてだったか? 超頭いいもの、ベルちゃん。親父が馬鹿だと

 子が頭良くなるのか? それにしたって凄すぎる。


 そして家中の揉め事について恐ろしく鋭い目を持っていた。初めは偶然

 かと思ってたが、何の何の、あの子は全てを見抜いた上で俺を誘導すら

 していたんだ。無能な馬鹿親父が上手く事を運べるようにって。


 しかも楽しそうなんだ。あの子の天性を悟ったよ。英雄さ。他の誰もが

 真似できない仕事をやってのける者だ。広大な視野と長大な展望。鋭敏

 な感性と強靭な精神。怜悧な知性と果敢な行動力。人が英雄になるため

 に必要なものを全て持っている子なんだ。しかも超可愛いとくる。


 それがわかったから、俺はあの子のやりたいようにやらせた。あの子が

 多くを決め、多くを実行できるように、慣れない政治を地道にやったよ。

 そしたらどうだ、権限が増えれば増えた分だけ満足げに笑うじゃないか。


 家中は変わっていった。俺がどうしようもないと諦めていたたくさんが、

 あの子の手にかかればいとも容易く解決していく。痛快だったよ。俺は

 親だってのに娘の崇拝者にすらなっていった。つくづく馬鹿親だぜ。


 俺がそんなだから、家中は割れちまった。


 古く澱んだ諸々のことは、本来、俺が全てを掃除しなきゃならなかった

 んだ。それを娘にやらせて喜ぶ馬鹿っぷり。我ながら呆れる。その結果

 は家中にベルちゃんへの抵抗勢力を作り上げ、そいつらがジンエルンを

 祭り上げて……馬鹿親がようやく気付いた時にゃ、姉弟は家庭内別居だ。


 ……全部俺のせいだ。レティシアに会わせる顔もない。馬鹿はすぐ調子

 に乗るから馬鹿なんだ。俺はどうすればいいかもわからないまま、ただ

 日々を過ごしていた。娘が烈将と誉めそやされ、息子が引き篭もる様を、

 ただ指を咥えて見ていたんだ。本当にもう、どうしていいかわからずに。


 そんなある日、1人の不思議な男が屋敷に現れた。白髪白眼で、どこか

 遠い目をした人畜無害そうな青年。ジンエルン以上にひ弱な彼は、あれ

 よあれよという間に屈強な戦士へ成長していった。


 そして、そんな彼を見るベルちゃんの表情は……英雄でもなんでもなく、

 ただの1人の恋する乙女だったんだ。頭を殴られたような衝撃だった。


 俺は……娘を英雄視するあまり、彼女自身の幸せについて全く失念して

 いたんだ。自分にできないことをする娘へ勝手に多くを期待して、その

 躍進を相も変わらず誇らしく感じるだけで。


 知っていたのに。英雄とは世界にとっては幸いでも、個人としての幸せ

 を手に入れられない場合が多いということを。親なのに。俺は。


 高橋テッペイ。来歴不明の彼のことを俺は観察した。嫉妬や敵視でなく、

 純粋な興味と幾ばくかの期待を込めて。俺ほどの馬鹿でないなら充分さ。

 たった1つだけ確信したいんだ。親としての我侭は1つだけ。


 俺以外のもう1人になってくれ。ベルちゃんの幸せを自分の幸せよりも

 大事に思うという、俺以外のもう1人の人間に。贅沢な我侭。だが頼む。


 そしたらどうだ……このテッペイ君ときたら随分といい男じゃないか!


 真面目で誠実で優しくて、ベルちゃんどころかジンエルンとも仲がいい。

 使用人たちからの評判もいいし、何より酒癖や女癖がないのが素敵だな。

 しかもすこぶる強い。魔法なしで拳豪と引き分けるとは想像を絶するぞ。

 その戦いぶりはジンエルンが興奮して語ってくれたが……いやはや。


 流石はベルちゃんと言うべきかな。見初める男も規格外だ。しかも家に

 捕獲済みなんだから大したもんだよ。その事を遠まわしに褒めたら喜ん

 でたな。ベルちゃんのそういう笑顔、俺、大好物なんだ。


 いずれ時期を見て結婚について言及してみようか……そんな俺の平凡な

 予想や願いなんてのは、あっという間に消滅する。ままあることだが。


 水無瀬との戦争。それがいつの間にやら土御門の内戦になって、それは

 2つの貴族の滅亡と1つの新貴族の誕生でもって終結した。火迦神家の

 創設。ベルちゃんはついに英雄として羽ばたいたんだ。


 貴族。貴族だぞ? とんでもない話さ。赤羽家という1豪族すら俺には

 手に余ったというのに、ベルちゃんときたら多数の豪族を束ねる立場に

 立ったんだ。立とうと思って立てるもんでもない。しかも浮島が2つ。


 だが、そこで終わらないのが英雄の英雄たるところなんだろうな。


 かつて赤羽の家中をズバズバと改革したその手腕は、貴族になって更に

 凄まじいものになった。結果としちゃ富国強兵なんだろうが、そこへの

 過程が流石にベルちゃんだ。俺はもう眺めることしかできないよ。


 目に見えて全てが良くなった。笑顔の数が多いんだよ。誰も彼もが毎日

 を楽しそうに生きられるようになった。古い義務が一新されて、新しい

 希望が見えているからだな。色々なモノが綺麗になったんだ。


 結局のところ1武人に過ぎなかった俺には、詳しいことはわからない。

 家の仕事もジンエルンに全部任せてしまって、お気楽なもんさ。だが

 姉と弟が仲良く協力して事業を成して行くことが嬉しいんだ。


 それぞれに分相応ってもんがある。ベルちゃんには領土と領民が。ジン

 エルンには家門と家人が。そして俺には一振りの剣さえあればいい。


 だから……地上へと降りることにする。


 あの男を捜すためだ。無理やり酒飲まして足止めしたのはもう3年以上

 前の話さ。あの日は俺の中では娘の結婚記念日になっている。親として

 感無量の日だよ。そん時にゃ、こんな3年間は想像もしてなかったぞ。


 火迦神の3年は覇道の3年だった。最初の1年でほぼ領内を整えきった

 ベルちゃんは大艦隊でもって征旅に出た。その成果は凄まじいもんだ。


 南西に隣接する風茉莉領から始まり、雷道寺領、光明院領を次々と征服。

 風茉莉は風祭家に、雷道寺は雷道家に格下げて配下豪族としてしまった。

 光明院は一族郎党処刑。奴隷と獣人を決死隊にしたことが原因らしいが。


 新領の統治整備も含めて、それら全てが2年目の成果だ。3年目には、

 更に闇島原領、氷衛門領を征服。それぞれ闇島家、氷衛家として支配。


 少し前までこの天空には32の貴族が存在していたが、土御門と水無瀬

 も数えて、実に7つまでが火迦神という新勢力に呑み込まれたわけだ。


 32の内、4つはいわゆる四尊家のことだから、28の内の4分の1を

 支配したことになる。わずか3年でこの成果。これを覇王と言わず何と

 言うんだ。流石にここのところは内政に傾注しているようだが。


 ベルちゃんは……焦っている。


 どう振舞おうと俺にはわかる。焦りが怒りとなって、その英雄性を時に

 暴走させている。弱者救済の政治を細やかに実施する一方で、歯向かう

 者に対しては情け容赦ない処置で当たる。そのこと自体は政治や戦争の

 常だとも思うが、何せベルちゃん、やり方が徹底し過ぎているんだ。


 赤羽家において抵抗勢力を作ってしまったように……天空に反火迦神の

 勢力が形成されつつあるようだ。そうなると思い出されるのは火子島の

 滅亡劇。誰もが連想することだろう。当然、反火迦神勢力も。


 ところが、天帝はまるで動く素振りがない。


 これは想外の幸運だ。正に火迦神が伸張する3年前あたりから、朝廷は

 何やら混乱しているようだ。上奏はまるで通らず、四尊家も他貴族の話

 を聞こうともしないのだとか。何か天照領で変事でもあったか?


 会鉄島周辺の地上における重魔力の異常増加。それが原因だという話を

 聞いたことがある。天井知らずに濃度を増すそれは、丁度3年前あたり

 からだと言うんだ。探険者も地上業者も悲鳴を上げる事態だ。


 昔、祖母から聞いたことがある。天帝とは地上における重魔力の監視と

 管理も担っているのだと。ベルちゃんばりの才女だった祖母は、朝廷に

 出入りしていたからな。その話が真実だとすれば、確かにつながる。


 そしてベルちゃんの焦りの原因もそこにありそうだ。3年前から消息を

 断っているあの男……高橋テッペイ。彼は地上へ行くと常々話していた。


 今や魔物の坩堝と化しているらしい、会鉄島周りの地上。彼はそこへと

 赴いたのだろうか? そして今も無事でいるのだろうか? ベルちゃん

 は生存を信じているようだ。ならば俺もそう信じよう。


 だから、捕まえてきてやる。


 あの結婚記念日にもやったことさ。俺は娘のために、娘の愛する男を

 連れていってやりたいんだ。あの笑顔を見たいからな。英雄としてで

 ない笑顔を。可愛い可愛い乙女の笑顔を。大好物なんだよ。


 人は誰でも分相応の役割があるのだと思う。ベルちゃんには英雄のそれ、

 ジンエルンには政治家のそれ、そして俺には炎の武人としてのそれ。


 達者な剣術と炎の魔法。俺はそれしか能が無い。政治も経済も駄目だ。

 ならば1人の男として、剣と炎の武人として働くよりないだろう?


 男ジルベルト、齢45。まだまだ魔物如きに遅れは取らないさ。


 娘の幸せのために、魔物溢れる地上へ、娘の惚れた男を捜しにいく。

 いいね。いいじゃないか。若返る思いだ。燃える。遣り甲斐がある。


 待ってろよベルちゃん。支えてやれよジンエルン。父は行ってくる!


 なぁに、俺は運だけはいいんだ。ひょっこり見つけてきてやるさ。

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