幕間話 如夢
◆ サイアEYES ◆
私はサイア。ホラキンの戦士。戦って、戦って、最後は鬼になる予定。
皆がそうしてきた。だから私もそうする。私は敵を殺すことで生きる。
最初の敵は父と母の仇。一緒の難民船に乗っていて一緒に地上へ落ちた。
男2人と女1人。水と食料と衣服と命を奪っていったから、後をつけて、
3人とも殺した。おびき寄せて1人。寝ているところを2人。刃物さえ
あれば7歳でも大人を殺せる。そうでないと生きられない。
ホラキンに拾われたのはその後すぐ。父と母の身体が腐りきる前。2人
を埋めるのを手伝ってくれたから信じた。言葉は駄目。嘘は簡単だから。
地上の暮らしは好き。獣がいるのは天空も地上も一緒。それなら広い方
がいい。食べ物も手に入れやすい。子供はどっちにもいるけど、地上の
方が優しい。天空はイライラしている子が多かった気がする。
魔物も嫌いじゃない。普通の動物よりも食べられるところは少ないけど、
それでも食べられるから。強くてカッコいい所は普通の動物よりも好き。
だから、次の敵は探険者。天空から船でやってくる強盗たち。採集の時
に出会うと最悪。魔物より強い上、嫌なことをしゃべる。言葉が通じる
のは不便。だから殺す時は喉を狙う。それが一番いい。うるさくない。
殺したり殺されたりするのが生きること。きっとそういうこと。
天空はそれがわかり辛いだけ。地上はそれがわかりやすいだけ。
強くなければ生きていけない。殺し殺される世界では当たり前のこと。
私は強くなりたい。強くなるための全部をやる。それはとても楽しい。
だって生きられるから。生きることは楽しいことだから。当たり前。
身体を鍛えるのが好き。力と速さのどっちも欲しい。どっちも鍛える。
でもミーに勝てない。ミーは小さいのに力も速さもとんでもないから。
骨と筋肉が全てだと思うけど、ミーはそれがよくわからない。不思議。
歳もとらないし、飲んだり食べたりもしない。重魔力も影響しない。
後は武器。刃物。磨くことも砥ぐことも得意。誰にも負けないくらい。
でもミーの剣ほど鋭くできない。あれはちょっとおかしい。でも目標。
だから私の小剣も片刃で反りがある。きっとこの方がよく斬れる。
ホラキンの誰よりも強いミー。でも誰よりもわかり辛い強さ。オババは
魍魎だからと言う。その魍魎がわからない。人とは違うということしか。
私はミーにはなれない。わからないものには近づけないから。無理。
目指すなら……怪物さん。テッペー。ある日突然やってきた、大きな男。
あのミーよりも強い。それは凄いこと。力も速さもどっちも怪物のよう。
しかもわかりやすい。強さが筋肉の太さで目に見える。憧れる。欲しい。
ああいうのになりたい。なりたいから、なるための鍛え方も教わった。
テッペーも最初は弱かったと聞いた。それを鍛えたからああなったと。
なら私も鍛える。鍛えてああなる。絶対になりたい。
それは理想? それは夢? 違う。目標。自分の力で近づいていける。
筋肉という確かなモノで実感できる。触れば太く硬く、動かせば強く。
そういうものを実感したい。そうなりたい。なりたくてたまらない。
……でも、なれなかった。
いつかはなれるかもしれない。ずっと目標にして鍛えているから。でも、
今もなれていないし、あの日もなれていなかった。だからあんなことに。
テッペーがピョンピョン跳んで降りた谷。私はそれができない。だから
縄を使って降りていた。荷物が多くて降りることで手一杯。そこを魔蟻
に襲われて、マックスが殺された。登っていくところだったマックスは
動けた。それで私を護ろうとして、身代りになった。今も夢に見る。
逆の立場だったら、きっと私もそうした。そして負けて殺されたと思う。
私とマックスはいい勝負。同じくらいの強さ。だからこの生と死は運。
弱いから。
私もマックスも弱い。弱いからそんなことになった。鍛えていたのに。
強くないと駄目。死ぬ。それがこの世界。足りない力には意味がない。
強くなりたい。
鍛えて鍛えて、怪物のような強さになりたい。生きるために。生きて
いくために。そうしたら誰かを助けられる。ミーのように、テッペー
のように、誰かに強さをあげられる。そういうのになりたい。私は。
……鬼になるのは、そういうのになった後がいい。わからなくなるから。
自分が強いと思いたい。思ってからがいい。わけもわからず強いのは嫌。
鬼になっても私が私ならいい。そうじゃないと聞いたから。だから嫌。
でも避けられない。私は鬼になる。それはもう決まっていることだから。
デンソンが、メリッサが、鬼になっていった。次は私かナルキの順番。
この地下の廃墟から出ていき、谷で魔物を殺す鬼になる。兆候はまだ。
でもきっともうすぐ。この廃墟にも重魔力はあるから。すぐだ。
ナルキと顔を合わせれば、お互いに変化がないか確認するのが日課。
私はナルキの表情を見る。それがわかりやすい。ナルキは私の肌を
見る。それもわかりやすい。メリッサの変化はそう始まったから。
同時でないといい。谷に鬼は2匹もいらない。どちらかは遠くを目指す
ことになる。もしくはその場で死ぬ。ナルキは死ぬほうを選んでしまい
そうだから、私が遠くへ行くことになると思う。
でもきっと……それは難しいこと。
鬼になるのが先か、魔物に殺されるのが先か。
それでも、もしかしたら、どこか遠くまで行けるかもしれない。ここを
護る役目につけないのは残念だけど、少し楽しそうとも思う。力の限り
遠くを目指す。広い地上で力の限り。鬼になっても。意味がなくても。
精一杯に走って、走って、走った先で死ぬ。それも幸せだと思うから。
……もう随分と長い間、走っていない気がする。訓練としてでもあまり
動けない。最小限にまとめた鍛錬だけ。だってお腹が空いてしまうから。
蓄えた食料には限りがある。それが尽きたら、ミーは採集に行く。
そのことが何を意味するのか。
わかっていて走れるわけない。
せめて星が見たいといつも思う。朝が来ないなら。風も吹かないなら。
昼も夜もなく真っ暗な場所。広いことは広いけど意味が無い。煙を外に
逃がしにくいから火は最小限。炊事のときだけ。煙のでない魔法の火が
照明。オババの魔法。明るいけど無駄遣いはできない火。これを出すと
オババが具合悪くなる。困る。私とナルキの後には、まだハニがいる。
オババは最後の1人でないといけない人。
こんな状況だから、ホラキンはきっとハニで終わる。その終わりを見て
から死ぬのがオババの役目。ホラキンの始まりも終わりもオババ。そう
いうこと。とても酷い役目だと思う。でもそういう世界。
暗い。静か。埃の臭い。それがここ。廃墟の城の根元、廃墟の山の上。
離れたところに魔法の火の角灯を置いてある。距離を開くことが大事。
明るさの中心に近いと暗闇に目立つ。しかも周囲が見えない。
夢と一緒。これくらい離れて見る方がいい。夢中になると盲目になる。
動かずに座っていると自分が死んだような気になる。だから剣を振る。
磨き上げた2本の小剣。腕だけで、ゆっくりと、刃筋を確認しながら。
刀身に微かに閃く光。映った私。敵だ。こいつこそが敵。
最後の敵は……私自身。
マックスの死を間近で見た。デンソンの負傷を間近で見た。メリッサが
木像を握り涙を流すのも間近で見て、見ていることしかできなかった。
弱いんだ、私は。誰かを助ける強さがない。
強くなりたい。弱い自分を殺したい。私の2本の刃は身を護ることで
精一杯という在り様。駄目だ。こんな私は駄目。私の無力こそが怨敵。
……遠くから灯火が近づいてくる?
ミーは持ち場から滅多に動かない。何かあった? 何がありうる??
何があってもミーは来ない。そもそもミーは暗闇でも不自由しない。
なら何? 人? ミーが人を通す? ミーがそんなことを……した。
一度だけしたことがある。一度だけ。強い強い男がホラキンに来た。
まさか……まさか……まさか!!
走ろうとして転んだ。足場が崩れた。落とした剣を慌てて探す。しまう。
少し躊躇って……でも角灯を拾う。私は確認に行くんだ。だからいい。
走る。廃墟の町並みを最短距離で走る。向こうも気付いている。こっち
に向かっている。灯火が左右に振られた。人だ。やっぱり人だ。しかも
こっちのことがわかっている? なら、やっぱり……きっと……!
溝に架かった小さな橋の上。松明を持って立っていたのは、2人。
あの日と変わらない、逞しく大きな筋肉の、怪物さん。テッペー。笑顔。
隣には金髪の……メリッサ。メリッサだ。鬼になるため去ったメリッサ。
思わず角灯を見た。夢にしか思えなかったから。ずっと暗い所にいて、
少しおかしくなったのかも。この角灯は持ったら駄目だった?
「久しぶりになっちゃったけど……ただいま、サイア」
「出戻りになりましたが……ただいま戻りました、サイア」
2人の声だった。それは間違いなく2人の声。2つの笑顔。近寄る。
触ったら消えてしまうかも……そう思って伸ばしきれなかった手を
掴まれた。テッペーの大きな手と、メリッサの綺麗な手。暖かい。
「よく頑張ったな、サイア。流石はホラキンの子だ」
視界が急にぼやけた。やっぱり夢? でもまだ、もう少しだけ。夢でも。
言葉が出ない。喉がつまる。夢によくあること。でも暖かいよ?
「大丈夫。大丈夫だ。偉かったな、サイア。もう大丈夫だから」
逞しい腕が、胸が、強い強い筋肉が、私を包んでいる。夢じゃない。
だってこんなことされたことない。気持ちいい。これ好き。大好き。
「私、サイアの涙を初めて見ました。これはもらい泣きしちゃいますよ」
メリッサの泣き笑いの声。頬に触れてみた。濡れている。これが涙?
私が泣いてる? 本当に? そんな経験ない。ああ、でも、これ涙だ。
泣いてるんだ、私。初めて泣いてる。現実が夢みたいに素敵だから!
「ぅう、うぁ、うああああああああああああ!!」
これもきっと初めての、大きな声を上げた。上げずにはいられなかった。