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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第6章 覇道の天空、魔戦の大地
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第8話 抱翼

 淡々と続けられる節足髪の打撃。刺さった部分からは電撃。

 立ち尽くす俺とメリッサとの間では、それが対話であるかのように。


 殺されてやることもできない。


 俺は硬くて打撃に強く、刺さった傷も肉が盛り上がるようにしてすぐに

 治る。節足髪を押しのける。新たに刺さって電撃を流し込んだところで、

 それが魔力由来の力である限り、俺にはまるで効かないんだ。


 ……魔力由来の電撃?


 電撃の形で魔力を使うってのは、それは軽魔力の利用法だよな? 事実、

 痺れるようなそれには重魔力の熱を感じない。これは確かに軽魔力的だ。

 まるで魔法なんだ。それはつまりどういうことだ?


 重魔力が薄い……今や薄かったというべきだが、この谷底は変わらずに

 薄い……そんな特殊な環境の影響なのか? それとも婆さんの薬の影響

 だろうか? 吸魔巨樹は重魔力を分解する……蜂の森の植物は精霊色に

 光ってすらいた……そういうことか? あるいは俺の血液を利用した薬

 によるものか? 俺の血は軽重問わず全てを塗りつぶし、吸収する。


 わからない。わかるわけもない。しかし1つだけわかったことがある。

 メリッサはまだ完全には鬼になっていない。半顔が人間のままでいる

 ことがその証拠と言えるだろう。時間の問題なのか、それとも重魔力

 への未知の反応なのかは判断がつかないが。


 いい。それでもいい。どうだっていいんだ。大事なのはそこじゃない。

 ひじ関節に突き刺さった節足髪に意識を集中する。そこから発せられ

 ている魔力の波動を感じ取る。吸い取る。発する以上に吸い上げる。


 震えるようにして自ら抜け、退こうとしたそれを掴む。先端を確認する。

 俺の体内に潜っていたその部分は……軟化していた。よく見ればばらけ

 つつもある。やはり元は髪なんだ。それがまとまり尖って硬化して。


 婆さんと試していたことがあるんだ。


 俺の特異体質を子供たちの治療に役立てるための研究。その中に、生け

 捕りにした魔物の生き血を啜るという実験があった。吸血行為を介した

 吸魔行為だ。魔法や通魔といったものを受け止める受動的な吸魔でなく、

 積極的に相手の魔力を吸い取る吸魔。その利用方法は言うまでもない。


 普通にやっても上手くいかなかった。重魔力遮断マスクを使って過度に

 重魔力の欠乏状態を作って、それで何とかやれた感じだ。ふん捕まえて

 きた魔犬に噛みつき血を吸う俺。見守る婆さん。子供には見せられない

 光景だし、実験だ。見た目もさることながら、その利用方法が。


 実験の中で興味深い現象もあった。俺の血と魔物の血、それぞれを調べ

 ることによって吸魔効果は確認できたが、それだけじゃなかったんだ。


 何度目だったか……いい加減うんざりしつつも自棄になって吸血した時、

 それまでにない変化が起きた。魔犬がその凶暴性を失ったんだ。瀕死に

 なったわけじゃない。縄を解いても暴れず、まるで普通の犬のように。


 その後もしばらくは大人しいままだった。重魔力環境に置いたところ、

 次第にまた凶暴になっていった。解けた呪いに再び囚われるように。


 重魔力は呪詛だ。生物を狂わせ、変容させる。呪毒と表現してもいい。

 生物に対して劇物に過ぎるんだ。在りのままでいられなくなるほどに。


 そして俺は重魔力を呼吸し、自らのエネルギーとすることができる。外

 から摂取しなくとも内から生じさせてすらいる。依存しているとかいう

 問題じゃない。究極的には重魔力そのものなんだ、俺って存在は。


 鬼になるとかいう以前の問題だ。むしろ人間でいられることが不思議だ。

 もしかしたら奇跡のような幸運なのかもしれない。永続するものでない

 としても、もういいんだ。それはもういい。問題はそこじゃない。


 俺は吸魔によって重魔力を吸い上げることができる。呪詛たるそれを

 奪い取ることができる。代わりに背負うことができる。きっと。


 婆さんとの話では可能性に過ぎなかった。実際、魔犬から吸魔するのも

 事前準備期間やらが大変だった挙句に、成功率は低いものだった。


 けど、今なら。


 今の俺はこれまでにないくらいに特異体質を使いこなしている。重魔力

 という毒劇物を上手く処理し、そのメリットを利用できている。原因は

 わからないが、悪魔石を吸収したことが切っ掛けなんだろうと思う。


 やれる。やってやる。やらいでか!


 節足髪をやりたいようにやらせたままにして、1歩1歩近づいていく。

 機関銃のように打たれる。闇雲ではなく、角度や勢いを工夫している。

 それがメリッサの几帳面な性格を表しているようで、笑ってしまった。


 遂には尖った腕で突き刺してきた。眼球を狙ったそれを指で挟み止める。

 他はいいが目は駄目。俺は見続けなければならない。目の前の現実から

 目を背けてはいけない。メリッサ。俺はお前を見ることをやめない。


 今や暴風雨のように打ちつけてくる節足髪。ちょっと邪魔になってきた。

 左腕を触手にして、それを大小に枝分かれさせつつメリッサを絡め取る。


「窮屈かもしれないが、少し我慢してくれ。セクハラじゃないからね?」


 見た目が背徳的でよろしくない。金属質でも鱗や何かは滑らかで、女体

 のシルエットがあるんだよね。今幾つなんだよ、メリッサ。それを触手

 でヌメヌメと縛って……必死の抵抗に身をよじる様を見ている俺。


 HENTAI的だな。はは。しかも噛みついて血を吸おうってんだから。


 僅かな……本当に僅かな希望でも、人って笑えるんだな。自棄とも違う。

 信じるしかないんだ。形振り構わずに信じるしか道がないんだ。全体を

 見ればもう取り返しのつかない現実があるけど、それは後で考える。


 今の俺はメリッサのためだけに在る。必要とあらば……それでお前を

 救えるのなら、俺は全部の封魔環を外して化物にでも成り果てよう。


 口を開く。ちょっと戸惑う。どこに噛みついたものやら。


「少し痛いかもしれないが、我慢してくれ。セクハラとは違うんだよ?」


 無表情の半顔に申し開きをしてから……俺は、その首元に噛みついた。





 血には全てがある。


 文系の俺には生物学的で医学的な知識はないけど……わかる。その中に

 溶け込み流れる魔力がわかる。メリッサの血に流れるメリッサの魔力が。

 

 彼女の健気がわかる。勇気が、忍耐が……意志の力がわかる。人生史が

 見えるわけじゃない。彼女という人間がいかに在るのかが、どう在らん

 と欲しているのかが……俺の知る彼女の面影を鍵として見出せるんだ。


 強い子だ、メリッサは。


 人は誰だって弱く、強く在るためには立ち上がる意志が必要だ。彼女の

 場合、それは彼女自身のためではなかったようだ。愛する誰かのために

 立ち上がったんだ。悲しみ苦しむ誰かのために強く在ろう。その誰かと

 一緒に幸せになるために頑張ろう。そして大きな後悔。失敗したのか?


 それでもメリッサは挫けない。弱さに堕することを拒んだんだ。自分の

 在り様を後悔の先の誰かにつなげて……その誰かに対して誇らしい自分

 を示せるように……勇気の炎を胸に抱きつづけてきたんだ。


 その健気な気高さを侵害し、邪魔しているものがある。重魔力だ。


 人の意志を正とするなら、それは負の想念だ。人を憎み殺めんと欲する

 強いエネルギー。それが善か悪かと問われたならば、実は定かじゃない。

 これは……重魔力という力は……どうしてか人間を憎んでいるだけだ。


 発見だぞ、これは。


 狂猛で悪魔的だとすら思っていた重魔力の力。その影響力と衝動。その

 性質をメリッサの人間性との対比でもって考察できる。俺自身が衝動に

 駆られている時にはわからないものだ。興味深いなんてもんじゃない。


 けど、今は後回し……何が大事かを見失っちゃいけない。これ以上は。


 メリッサはまるで夜の海に浮かぶ小舟のようだ。風雨の中に灯火を抱え。

 翻弄されながらも諦めず、不断の努力でもって己の精神を保持している。 

 重魔力の呪毒に侵されながらも、そうやって未だ在り続けているんだ。


 それをもっと強く意識して……守護するんだ。重魔力については吸引し、

 そうでないものについては保護し、促進する。彼女自身が自分で在ろう

 とする力を援けるんだ。自ら生きようとする意志があればこそだ。


 強い。本当に強いんだな、メリッサは。彼女を苛む嵐が弱まった途端、

 灯火は篝火に……いや、見る間に勢いを増していくじゃないか。凄い。

 それは正当な怒りだと思うよ。綺麗な怒りだ。自分が自分で在ろうと

 することを侵害するモノへの憤怒。屈することを拒否する気概。誇り。


 ああ……見惚れてしまう。

 自らを肯定し、それを誇りをもって貫く姿の何と美しいことか!


 圧倒的に不利だったかもしれない。負けようとしていたかもしれない。

 それでも最後の最後まで挫けずに在らんとしたからこそ、炎は美しく

 燃え上がったんだ。これは1人の人間の魂の輝きだ。


 俺は彼女を救っちゃいない。むしろその在り様に救われる。憧れるよ。

 人の尊厳は結果じゃない……心意気なんだ……そういうことなんだ。


 瞼を開いて、実体としてのメリッサを見た。暗闇の中にキラキラと光る

 黄金色の髪。サラサラと流れるようなそれは、まるで絹のような肌触り。

 透き通るような肌の白がそれ自体淡く発光しているかのように映る。


 俺の記憶より成長していて……高校生くらいにも見える端整な顔立ち。

 アレだな。眼鏡をかけたら女性教師……あいや、年齢的に委員長かな?

 頬をプニプニとしてみる。柔らかい。自分の頬をつねる。夢じゃない。


「ぅあ……?」

「おはよう、メリッサ」


 ぼんやりと開いたその瞳は黒だ。見知った色であり、天空の常識には

 当てはまらない現象。黒瞳に黄金の髪。「二色」とは違う意味のそれ。


「あ…………テッペイ……さん?」

「お久しぶりになっちゃうのかな? とりあえずは、ただいま」

「て……テッペイ、さん……!!」


 首根っこに抱きつかれた。泣きに泣き、嗚咽を抑えきれないその背を

 静かに撫でつづける。涙の意味に背筋が凍る……その不安と恐怖とを

 胸の内に押し込んで……ただ静かに撫でつづける。


「聞こえて、ました……暗くて怖い中で……聞こえてましたっ、テッペイ

 さんの声……! メリッサ、こっちだよって……頑張れって……!」


 泣きじゃくるメリッサ。俺はそんなこと言っちゃいない……それは多分、

 君が誇りの拠り所とする誰かの助力さ。君に最も必要なエールを、君が

 自らの中から導き出したんだ。勇気を奮い立たせる言葉をね。


 そのままに、どれくらいの時間が経ったろうか。

 ようやく首から離れたメリッサは、何とも不思議そうな顔をしてみせた。


「これは夢なのでしょうか……私、鬼になって……?」

「なりきる前に、戻ってこれたんだよ。夢じゃないさ。死後でもない」

「え……でもここは? 暗くて狭くて、私とテッペイさんしかいません」

「ああ、邪魔されたくなくてさ。ちょっと待ってね」


 バサリと4枚翼を開いた。途端に新鮮な光と風とが触れてくる。解放感。

 周囲に小さな魔物もいたからね。簡易的にシェルターを形成してたんだ。

 強度は充分過ぎる。何せ俺の一部だ。


 もはや隠しようもなく異常な体の俺だけど、戻す前に少し説明しないと

 いけないと考えて……メリッサが翼を呆けたように見ていると気付いた。

 今更もう……説明も何もないか。どう気味悪がられようとも。


 軽い嘆息は自嘲なんだか何なんだか。


 とりあえず差し出す物があるのです。ええ。曇天とはいえ白日の下に晒

 していいわけもないので……ちらりと見てしまったところ極めて発育が

 良くていらっしゃるというか、結構なモノをお持ちですし。


「これは……?」

「ダッフルコートっていう外套。あげるよ。とりあえず着て?」


 ぽやんとした表情のまま受け取って……その直後に悲鳴が上がった。


 元気なその声を聞きながら、俺は笑顔で怯えていた。怖がっていた。

 望みうる最上の結果を1つ手にした喜びが、次に待ち受けるそれ以外の

 最悪を意識させる。嬉しさに解けた心が震えているんだ。


 俺の決済はまだ済んじゃいない……これからなんだ。これからなんだと。

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