第6話 必死
「それでは魔力封じの儀式を始めますぅ」
本日二度目の全裸待機にて、ペネロペさんの声を頭上に聞く。
大の字に寝そべってます。石畳の床の上です。大それた露出です。
何かもう慣れました。悟りっていうのかな……諦めたよ、もう。
床には五芒星ってのが描いてある。一筆書きの星型だ。
その5つの頂点に、頭、両手首、両足首が収まる位置取り。
星の中央点はよりにもよって股間です。ははっ、何のプレイだよ。
「意識を楽にして、抵抗しようとかしないでくださいねぇ」
大丈夫です、既に心のどこかが現実逃避してて脱力状態です。
ここは異世界なんだ。俺のヌード率が急上昇中なのは仕方ないんだ。
検査用の服とかあるよね、日本なら。あの青い貫頭衣みたいなの。
ちなみにベルマリアはいない。この部屋に入りもしなかった。
あの人の中身、本当におっさんなんだろうな? 嘘じゃないよな?
いやまぁ、見て気持ちのいいもんでもないだろうが。どうなの先輩。
「いっきまーす。えい」
右手に何やら超冷たい水をかけられた。感覚が鈍ったところへ。
「ささっとな」
手首に腕輪をはめられた。事前に説明のあった、灰色のシンプルな奴。
途端に右手が重くなる。何だこれ。感覚も戻らない。軽い痺れ。
次は右足首だ。同様にして、こちらは足輪。やっぱり足が重くなる。
反時計回りにやるようだ。左足、左手と繰り返して、最後は首だ。
「さささーっと」
これは……ちょっと……いや、かなり厳しいぞ!?
息苦しいってのは勿論あるが、最後だからか全身に来るもんがある。
だるいなんてもんじゃない。金縛りに近い。油断すると意識も飛ぶ!
あ、まずい、何か体の内側に落下する感覚がある。これ怖い。
このまま落ちていったら戻れない気がする。ここは脱力できないぞ。
何か、何か取っ掛かりを見つけなきゃ! 枠、枠だ。自分の枠だ。
ここ……ここか!? これが俺の身体の内枠線だな、よし!!
まずは維持だ。ここで耐えつつ、手探りで、着地点を見つけるんだ。
ん?
何だ……何かいるぞ……ゾクゾクするものがある……これは?
振り向いていいもんなのか、これは? 振り向けるのか、ここで?
眼球の裏側を見るように。
背中の皮を背骨側から見るように。
脳がひっくり返るように、魂を裏返すようにして……見た。
暗い暗い暗い、内の中の下の奥の、けれど間近で、俺と裏表のそれ。
見た。そいつも俺を見ている。目が合った。合ってはいけない目が。
化物だ。
こいつは化物だ。化物中の化物だ。あの4本腕が可愛く思える程に。
形状は筆舌不可能だ。浮かぶ言葉は、凶獰悪叫猛邪狂轟魔禍……!
何てこった。怖くない。この化物が怖くない俺は……何なんだ?
浮く。いや違う、落ちるのか。身体から。
ああ、引っ掛かりを失っちまった。
このまま、俺は。
暗い方へ。
また。
「テッペイ!!」
金と銀の星が輝く、赤く燃える世界。炎に包まれている俺。
甘い。柔らかく心地よく、そして芳醇だ。何だこれは?
「テッペイ! 起きろ! 戻ってこいテッペイ!!」
また柔らかさ。冷え切った体に吹き込まれる暖かみ。炎の慰撫。
それで気付く、己の凍てついた四肢を。震える。狂ったように痙攣。
熱く俺を締め付けるものがある。俺の輪郭が浮かび上がる思いだ。
「テッペイ! おい! テッペイ!!」
痺れるように耳朶を打つ、その凜とした声。綺麗なベルマリア。
そうだ、何だ、ベルマリアだよ……さっきから見えていたのは。
やっぱり因果だよなぁ、こんだけ美少女なのに中身おっさんとか。
昭和だもの。ネタ古いし。でも頼り甲斐があって、カッコいいよな。
何かガキ大将っぽい感じもする。うぷ。さっきから何が柔らかいの?
視界一杯に火炎の美髪。唇に柔らかさ。甘く熱い何かが喉へ。息だ。
離れる火の髪。再び現れる美しい顔。涎……が糸引いて、俺の口に。
……接吻だああああぁぁぁ!!!
「えほっ、げほぅっ、うほっ!?」
「戻ったか! テッペイ!!」
どういう、どういう状況なんだ!? あっ! 封魔儀式!!
首輪を確認……できない、何だこれ、手が超重い。う、うおお……!
「待て、無理すんなテッペイ! まずは深呼吸しろ、深呼吸。ほら!」
「す、すーっ、はー……べほっ、えほっ! す、すーう、はーく」
とりあえず生きよう、まずはそこから! 呼吸する自分を再確認だ。
はぁ……落ち着け……落ち着けば大抵何とかなるんだ……ふぅ。
うん、死んだかと思った。
何か凄くヤバイ体験した気がするぞ。冷や汗が吹き出る思いだ。
よく覚えちゃいないが、とりあえずベルマリアに助けられたんだな?
恐るべし封魔儀式。話に聞いてたのと大分違うよ、ハードすぎるよ。
実際、一度死んだのか? いや、匂い感じてたから呼吸はしてたはず。
ならどうして人工呼吸を……ちゅ、チューをする必要があったんだ?
「そのまま聞け。お前は今、魔力の欠乏によるショック状態にある」
欠乏。ショック状態。
あ、そうか、俺の身体って魔力が強く流れてたんだっけ。
それを封じたら……こうなるのか? 聞いてないんですけど。
「封魔処置は上手くいった。いきすぎたくらいだな。ペネロペの奴め、
検魔皿を壊されたもんだから、過剰に強力な封魔環使いやがった」
検魔皿……あの、手ぇ入れたら割れちゃったやつか。
封魔環ってのは、首とか手足につけてもらった灰色のやつだな。
「それはいい。失敗したら意味ねぇんだから。だがお前の身体は異常に
魔力に依存してたんだ。身体機能が停止しかけちまった」
え。
それって……やっぱり死にかけてるじゃん!
「応急処置として俺の魔力を体内に吹き入れた。吸魔体質が幸いしたな。
体温も少しは戻ったようだし、とりあえず一安心だ。まったく」
「お……お手数を、おかけしまして……」
おお、口も何とか動く。身体の震えもだんだんとおさまってきた。
それに気付いてか、柔らかく暖かいものが俺から離れていった。
……ベルマリアに抱きしめられていたのね、俺。毛布越しだけども。
くそぉ、やっぱ綺麗だし可愛いぞ、ベルマリア先輩め!
それどこじゃないってのが本音だが、どう考えても役得だよな。
中身はともかく、これほどの美少女にギューされてチューされて。
自分でも悲喜定かならぬ感情を込めて見つめていたら、微笑まれた。
安心なのか照れなのか、頬が染まっている。うう……見惚れちまう。
……さっきから何か足がムズムズしてる。何だ。熱くもある。
苦労して首を動かして見てみたら、ペネロペさんだった。
涙を流しながら、俺の足を必死に手でこすっていた。摩擦熱凄ぇ。
「良かったですぅ、良かったですぅ! 死んじゃったら殺されますぅ!」
あー……薄藍色の髪がね、ちょっと焦げてチリチリになってるね。
二度目だしね。事故とはいえ。短時間に二度も殺されかけたからね。
相性が悪いのかもしれない。ちょっと気をつけよう、この人は。
それにしても。
一生懸命なのはわかりますが、その……結構際どいですよ?
毛布ん中までガッツリ手が往復してますが、中、全裸なんですけど。
あー、今のはエグイとこまで来たなー。ほほぅ、今のも中々。
…………あれ?
いや、まさか。死にかけたからだよ。うん。不謹慎だしね。でも。
ほら、今のもかなりインコース高目危険球っていうか、触れたけど。
あれぇ……? おやぁ……? いや、いいんだけどさ、困るけどさ?
反応、しないなぁ。ピクリとも。
状況的にはかなり極上の状況だとも思うんだよね、客観的に見て。
ベルマリアは勿論、ペネロペさんも魅力的な女性なんですよ、ええ。
さっきっから足にフニョフニョとぶつかるものもあるし。うん。
ははは、いやいや、余裕だなぁ、俺よ。
全身が魔力欠乏状態なんだから、うん、そこも欠乏してるんだよ。
そうだそうだ。そうに違いない。ははは、嫌だなぁ、もう。もう。
「完全に発魔が断たれたわけじゃねぇんだ。徐々に慣らせるはずだ。
魔力補給については霊薬を常備しよう。おい、ペネロペ」
「ははー、只今すぐにぃっ!」
涙目で走り去るペネロペさん。俺が意識不明の間にどんな折檻が?
「落ち着いたら俺んちに行くぞ。しばらくは養生するしかねぇ」
「何から何まで、お世話になりまして」
「気にすんな、無茶なこと提案した手前もあるしな。任しとけ」
満開の笑顔が眩しい。何か勿体ないくらいだなぁ、ホント。
少なくとも今だけは「昭和」を忘れよう。その方が幸せ増すしね。
金銀の円らな瞳の中に俺だけが映っている状況に、酔いしれ……ん?
んん? おや? 変だ……映る俺が変だぞ!?
「お、おい、何だ……か、勘違いすんなよ? さっきのは緊急の処置を
したまでであってだな、き、き、きしゅっ、とか、そーゆーんじゃ…」
「鏡! か、鏡下さい! 貸してください!」
大量の瓶を抱えてやってきたペネロペさんに再走してもらって。
手鏡で見ました。自分を見ました。そこに映っていたのは。
「お、おおおおお!?」
白い! 髪も白けりゃ目も白いんですけど!
おお……びゃ、白眼の鉄兵だ……ちょっとカッコいいかもしんない!
「発魔を封じたんだ。当然そうなる。老化でそうなる奴もいるが……」
ん、あれ? 何か怒ってる?
「重罪人が封魔されてもそうなるな! 若いからそっちだな!」
「えええっ!?」
馬鹿な! おっきいお子様でなくなったと思ったら、犯罪者ぁ!?
思わず髪を両手でかき上げたら、支えを失い、毛布が落ちた。
「きゃあああああ!!」
え。
きゃあって、ベルマリア先輩!? きゃあって何!
「あの、大丈夫ですよ? 犯罪者用の鍵ついてない環ですから」
ぺ、ペネロペさん。そういう問題なのか? 見た目の話でなくて?
っていうか服、服返してください。何か別の意味で犯罪者っぽいです。
げ。
ちょ、ちょま、火、火ぃ出てる出てる、先輩火ぃ出てるって!
いや違っ、魔力を補給とかそーゆー問題じゃないっ、危ないって!!
水、水だ、水水水水……ペネロペの盾!!!
「ひっ、ひどいですぅぅっ」
迫りくる炎に尊い犠牲を払いつつ。
よたよた逃げて、籠に入った服をゲットして、着て、謝って。
すったもんだが済んだ頃には、俺は1人で歩けていたのだった。
長い。
長いぞ、今日という1日は。
色々あり過ぎて疲れ切った俺は、未だ眠ることも許されずに。
今度は大邸宅というカルチャーショックを味わいに行くのだった。
でかくて広くて、素敵に陰謀渦巻く、赤羽屋敷へ。