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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第6章 覇道の天空、魔戦の大地
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第5話 魔闘

 蹂躙する。


 腕を振るってきたならばその腕を殴り、蹴ってきたならばその脚を殴り。

 投げつけてきた物も殴り、無防備だろうが防御だろうが構わずに殴る。


 熊パンチ! 熊パンチ! パンチ!! パンチ!!!


 殴りたいだけ殴りつけ、思うさま打撃を楽しむ。殴るたびに大きく揺れ、

 ふらつき、時に地に伏せる様子を大いに笑ってやる。だらしねぇなぁ!


 怯えるでもなく俺を見る無数の目。コノ野郎。ギョロギョロト鬱陶しい。

 右手だけを一角猪の角に変化させる。俺の身長ほどもある硬質のそれは、

 まるで騎士の突撃槍か何かのようだ。こいつをどうすると思う?


 刺し潰していく。


 目という目を1つ1つ、刺し貫いては球体を引きずり出す。そして潰す。

 あはははははははは! 気分はモグラ叩きだ! そら! そぅら!!


 おっと捕まったよ。化物巨人の筋張った右手が俺を手中にした。まさか

 この程度の握力で握り潰せるとか思ってたりする? 思ってないよね? 

 ほらほら、どうしたいんだ。このままじゃせいぜい臭いだけだぜ!


 お? 投げつけようってか? いいね、お前はいい投球フォームだし。

 やってみるがいいさ! さあ! さあああっ!!


 ……はん、遅いな。


 今、正に投擲された俺だが。遅い。世界が随分とゆっくり見えている。

 巨人の手から離れて何刹那経ったんだろう、この時点で。無音の世界。

 このままゆっくりと飛んでいくのはいかにもつまらないな。よぅし。


 左手を蛇蔦草にして、巨人を絡めとり、勢いのままに投げてやろう!


 そら、伸びていけ。俺の左腕。指のままに5本の分岐で縛りつけるんだ。

 捕まえた。捕まえたが……あれ? 何だこの触手。緑色の草的な物じゃ

 ないんですけど。何これ? ぬめってるんですけど。吸盤もあるし。


 これって……タコかイカの足じゃね??


 どゆこと? 水生魔物とか遭遇したこともないぞ? そういやさっきも

 エラ呼吸してたし。闘技場でも地上でも、そんな魔物は食べちゃいない。

 遭遇したこともないんだから食べられるわけもない。あるぇ??


 ま、いいか。便利じゃないか。


 草なんかよりもよっぽど力が入れやすい。神経が通っている。この触手

 ならば色んなことができそうだ。見た目は凄いことになってそうだが。


 投げつけられた勢いをば引っ張る力に変換しつつ、着地。右手の大角を

 地面深くに突き刺して、それを踏ん張りどころに化物巨人を全力で引く。

 重量による強力な手ごたえも一瞬のこと、浮かせたと実感した。


「ぉぉぉおおおおおお、るぁあああああああ!!!」


 全身がエネルギーの快感に満たされている。爆笑したくなるほどの充実。

 愉快で愉快でしかたがない。さぁ、お返しだ! 投げつけてやるぞ!!


 頭上を巨体が唸りを上げて飛んでいった。


 最初の大岩よりも規模の大きな自然破壊。土石流。地を水平に砕く雪崩。

 地震をも伴うそれは、もはや大災害と言っても過言ではないな。ざまぁ。

 痛かったか? 今のは痛かったんじゃないか? どうだよ、オイ。


 ん?


 ああ、何だ、腕も足ももげちゃったか。4本とも。背中のトゲトゲもか。

 まるでダルマだな。目は幾つか残ってたんだっけか? 土煙りが酷くて

 そこまでは確認できない。しょうがねーなぁ……もう殺すか。


 環境を激変させ、随分と広く開けたその空間。それを化物巨人の方へと

 歩いていく。呆気なかったな。封魔環を2つも外す必要はなかったか?

 

 ……おいおい、何だソレ。


 四肢の無き巨大な肉ダルマと化した化物巨人が、その輪郭を蠢動させて、

 新しい形に変化していく。歪で、幼児の粘土細工のようにいい加減だが、

 それはよく知るアレに似ている。地を離れ浮いたことで確信に至る。


 航空船だ。


 3本のマストは樹木に似て、櫂のつもりか巨大な骨の突起物を8本、

 船体の両腹から放射状に伸ばした。古いタイプの航空船には、境海

 上を航行するための副推進機構としてそれがあったと聞く。


 まさか……それって、火子島家の航空船の姿を模しているのか?


 定かじゃないが、そこから更に変化していく。8本の骨の櫂は節足動物

 の脚へ変わり、表面に土色の針金のような毛を生じはじめた。蜘蛛かよ。

 それに伴ってか船首には複眼のような目が開いた。おぞましい蜘蛛船。


 最後には、転がっていた4本の手足に接近して、それを取り込んだ。

 融け合うように……見えない手が粘土を捏ね直してくっつけるように。

 形となって現れたのは、船の両舷から長く伸びたカマキリの腕。凶悪な。


 婆さんが言っていたことを思い出す。


『形状を変化させる点も似ているっちゃあ似ているのぅ。奴も戦いながら

 色々と変容したわぃ。魔法もよく効かんよって、まぁ、勝てんわぃな』


『アレはそんなに生易しいものじゃあないわぃ。生物も無生物も区別なく

 取り込んで己が力とする化物よ』


 コレか。コレこそがその力の発現なのか。


 人間、蜘蛛、カマキリ、そして航空船。

 状況に応じて変化していく姿は、かつてコイツが取り込んだモノたち。


 似ている。俺もそうやって戦っているじゃないか。


 魔熊、一角猪、蛇蔦草……のはずがタコだかイカだかの触手になったが。

 自らに取り込んだモノを我が身に表出し、己の力とする能力。同じだ。


 俺もアイツも、どちらも同様に化物中の化物だ。類似形だ。相似形だ。

 その気になれば俺も……無機物を取り込めるんじゃないか?


 どう倒せばいい?


 この戦いの終わりが見えなくなってきた。こいつはきっと生きていない。

 生きていないものは殺せない。殺せなければどう倒す? どう終わる?


 考えがまとまらない内に鎌が来た。重量を背景とした恐るべき斬撃だ。

 跳躍して避ける。眼下で木々が玩具のように切り払われた。


 どうする。どうやって倒す。どうすれば倒せる。


 8本脚走行は気色が悪いほどに速い。複眼に死角はなく、2本の大鎌は

 間断なく振るわれ続けている。悪夢のような光景だろうな。婆さんの話

 によれば魔法も効きづらいんだろ? 軍隊でも討伐できないだろうよ。


 それら全てが、俺にとっては脅威じゃない。どうということはないんだ。

 わざわざ当たる必要も感じられないので回避しているだけだ。当たった

 ところで死にはしないだろう。痛いかもしれないが、吹き飛んで視界が

 乱れることの方が嫌だ。俺は今、コイツを観察したいんだ。

 

 四肢が取れても、それを吸収してのけたコイツ。バラバラにすることは

 終わりにならない。さりとて消滅させる方法もない。俺に出来ることと

 いったら、殴る蹴るの暴行くらいだ。魔法のような手段はない。


 ……悪魔石は、邪悪な石の宿った魔石なんだよな?


 ならば、あの巨体のどこかに核のように魔石が存在するのかもしれない。

 航空船の中枢に船魔石があるように。コイツもそうなのかもしれない。


 試してみるか!


 大鎌の旋風を頭上にやり過ごし、ダッシュでもって船体の下へ移動した。

 押し潰そうとしてくる。それを脇へステップして避けた。そのついでに

 折りたたまれた節足の1本を熊の両手でもってもぎ取る。意味はない。


 何となくそれを持ったまま、跳躍して甲板へと着地した。やっぱ邪魔だ。

 節足を遠くへ投げ捨てる。一時的にでも質量を減らすことは、あるいは

 有効かもしれないしな。まあいいさ。甲板を諸手で貫く。


 表面は木の感触。しかし中身は生物のそれに近い。甲板の下には空間が

 ない。やはり船を模しているのは見た目だけか。そうだろうよ。


 さぁ、掘るか。


 船体を捻り、ひるがえして俺を振り落とそうとする運動に迷惑しつつも、

 熊の両手で穴掘りを開始した。血肉とも鉱物とも知れない、茶黒い何か

 を刻み、掻き分け、飛び散らせて、体液のようなものに塗れながら掘る。


 まさか痛いのか? だとしても煩いよ。少し大人しくしてろ。全く。


 正体不明の何かに埋没し、更に奥へと掘り進む俺。ここまで来るともう

 振り落とされる心配もないな。けど別の心配ができた。俺もそうだから、

 お前はそうするなとも言えないが。掘り進めた傷が回復しつつある。


 閉じ込められると面倒だな。まさか取り込まれるとも思えないし、そう

 しようとしてもさせるものじゃないが。こりゃあ競争だな!


 なお一層の勢いでもって掘る。削る。抉る。引き裂く。グチャグチャに。

 その内突き抜けて、それが船底であると気付いた。引き返して別方向へ。


 …………無いな。


 散々に内部を荒らしまわってやったが、どこにもそれらしき部位がない。

 核たる魔石は存在しないのか? ならば、どうして魔石の一種と呼ぶ?


 茶黒い周囲を掘ってカマクラのようにした場所で、胡坐をかいて考える。

 いよいよ終わりが見えない。急所が無いならどうしようもなくないか?

 物理的に打倒できない存在なのか? だから放置されてきたのか?


 俺にできることは…………おっと、3つもあるじゃないか。


 その辺の脈打つ壁に近づく。やっぱり生物か無生物かもわからないなぁ。

 撫でり撫でりと、何となくそこを整えて……俺は噛み付いた。


 俺の噛み付きは魔法効果をを破る。即ち破魔だ。破魔の噛み付きなんだ。

 悪魔石も魔石の一種ならば、その原動力は魔力のはずだろ? 無生物を

 魔力でもって生物のように動かす魔法もあると聞く。ならば効果は?


 ……普通に動く。効果無しか。


 もしも魔法をかけられた擬似生命の類であれば、きっと元の無生物に

 戻せただろう。違うということだ。コイツは魔法で動いてはいない。


 けど無駄じゃなかった。噛み付いてよかった。口当たりでわかったこと

 がある。この味……芳醇な酒のように俺を蕩けさせる感覚。重魔力の味。

 コイツの体組織には重魔力が濃厚に流れている。俺と一緒だな!


 じゃあ、次は吸魔の出番だな。


 婆さんと実験していたことがある。俺の吸魔体質の研究だ。俺の力の源

 のように思われる重魔力。色で言えば黒色のそれ。俺はそいつを呼吸や

 魔物喰らいで身体に取り込んでいるらしいんだ。血中濃度でわかった。


 そしてそれは各種魔法を吸収する際にも発揮される。魔法というのは、

 ごく大雑把に言うと軽魔力に属する力らしいんだ。色とりどりに映る

 それらは、言わば重魔力という黒が分解された形なんだとさ。


 ……蜂の森の夜景が思い出されるな。色とりどりの燐光が。


 重魔力は軽魔力よりも重く、濃く、悪意に満ちている。それを吸収する

 俺なのだから……軽く、薄く、意志薄弱な軽魔力などスルスルと吸魔し、

 まるで味気なく感じていたということなのだろう。活力にもならずに。


 そうだとすると、俺、よく死ななかったよな。初めて封魔された時に。

 体内の重魔力が消失して、内臓すらろくに動かなくなって……それを

 ベルマリアが魔力を吹き入れることで救ってくれた。


 あの時、どれほど莫大な魔力が吹き入れられたのだろうか。


 精霊と契約した人間が操る魔力は、基本的に軽魔力になるわけだろ?

 それは質的に俺の体内を巡る重魔力よりも弱いものだ。にも関わらず、

 ベルマリアは俺を再び目覚めさせた。その後を霊薬で生きながらえて

 いられたのも、最初のそれが大きかったに違いない。


 ……ベルマリアに会いたいな。


 俺は今や怪人といった有り様で、どうやら俺と似ているらしい悪魔石の

 体内の中で、グチャグチャのドロドロになって座っている。醒めてきた

 頭で思うよ。俺はやっぱり化物だ。女神のようなベルマリアの隣に居て

 いい存在じゃない。愛し合ってはいると思う。けど、離れるべきだ。


 だってさ?

 俺、封魔環を外してる時ってさ?

 自分の体内で重魔力を発生させているんだぜ?


 それで全ての説明がつく。ホラキンの子供たちの黒髪と、俺の黒髪とは、

 意味が違うんだ。あの子たちに限らず、人間の発魔する魔力は基本的に

 重魔力でも軽魔力でもない曖昧なものなんだろう。だから周囲の魔力に

 影響されて、放っておいた際には獣になったり鬼になったりする。


 俺は違う。


 俺は軽魔力空間においても腕を魔物化させることができた。逆に、獣化

 させることはどうしたってできなかった。俺が発魔している魔力は純粋

 に重魔力なんだ。何故かはわからない。だが同じ症例がここにいやがる。


 悪魔石よ、お前もそうなんだろう?

 お前も体内に重魔力を循環させている。他で色々と似ている俺たちだ。

 これも同じということなんだろ? 同類ってことなんだろ? 


 さぁ……吉とでるか凶とでるか……吸魔してやるぞ。

 そしてそれは、俺のやれる3つ目のことも同時に実施することになる。


 取り込み合いだ。

 俺の予想が正しければ、今からやろうとしていることは共食いに近い。


 身中に重魔力を生じさせて活動し、破魔と吸魔の能力を持ち、周囲の

 諸々を取り込んで力にもできる俺と悪魔石。あらゆる点で似ている。

 その俺たちが争い、どちらかを打ち倒すとしたら……喰うしかない。


 コイツをコイツでなくしてしまえば倒せるだろ? 俺にしてしまうんだ。

 それは吸収であれば良し。俺が俺であることが引きずられ、混じってし

 まうならば面白くなし。逆に俺が取り込まれるならば悪しだな。


 やってやる。


 負ける気はしない。俺とコイツが同種だとして、その能力は圧倒的に

 俺の方が上だ。やってやるさ。何たって俺は悪食だからな。悪魔石を

 喰ってみせるさ。それは畢竟、俺の正体を知ることにもつながる。


 いざ喰らえ……じゃないか……いざ喰らう! だな。


 大きく口を開いて、俺は、壁に噛み付いた。そして体液を啜り始める。



 目の前が真っ暗になった。



 どこか遠くの遠くの方で……人ならぬ何かの絶叫が響いていた。

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