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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第6章 覇道の天空、魔戦の大地
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第4話 天魔

 夜へ落ちていく。


 俺は今、重力に引かれるままに境海へと落下している。轟々と風の音が

 耳にうるさい。下っ腹への不快感は目覚めた初日を思い出すものがある。

 呼吸のしにくさに難儀しつつも、自分がどこから落ちてきたのかを見る。


 天地を逆転した山脈の如き、巨大なる浮島の裏の姿……その輪郭は?

 歪ながら円形に近いな。中央部分にすり鉢状の特徴を確認できる。

 落下前に遠景で見た限り、それは浮島中央に聳える山の裏面だ。


 分かりやすいほどに特徴的な、その浮島。


 そう、こいつは……天照領だ。

 朝廷が置かれた天空社会の中心地であり、天帝の在所である所。


 火迦神に仇為す私掠船の拠点を探るはずが、どこでどう運ばれたものか

 とんでもない場所にやって来ていたらしいぞ。しかもそこには悪霊兵団

 を思わせる物品があった。船員の言動も併せると確定だろう。


 そして、琴弾く黒髪の少女。


 歳のほどは15、6といった風だった。そんな年齢の人間が黒髪黒目で

 いるなんて……それこそ俺じゃあるまいし、無茶な話だ。獣化にしても

 髪色なんかは変わるはずだから、これまでの常識では説明がつかない。


 何者だろう。その正体はわからないが、出来れば二度と会いたくないな。

 日本を感じさせるという意味ではミー同様、何か情報を得られるのかも

 しれないけど……近づいてはいけない気がするんだ。


 危険だ、あの子は。


 俺とあの子とが近づくこと……それは極めて不自然で、不幸極まりない

 出来事なんだと思う。上手く表現できない。理屈じゃない。身体が反発

 する。心が反発する。今も胸を焼く狂猛な衝動がある。殺意だ。


 笑顔で泣きながら、悲しく狂喜して殺してしまう……そんな気がする。

 我ながら意味がわからない。触れたならば狂ってしまうかもしれない。


 あの子の存在はあまりにも……俺の心を逆撫でしすぎる。


 視界が急に灰色になった。雲に突入したのか。次いで全身を打つ衝撃感。

 落水のそれよりも曖昧で柔らかな……それでいて皮膚に熱くこびりつく

 ような抵抗と感触……境海に至ったか。突き抜ける。


 全てが変わった。星空なき所。澱んだような雲の壁から遠ざかっていく。

 それは境海の下面。呼吸が身体を熱する。空気に火薬や酒が混じりでも

 したかのようだ。地上側に来たんだな。重魔力に満ち満ちた。


 着地点を見定めるため落ち行く先を見て……ぎゃああああああ!?


 ちょ!? え!? 嘘っ!?


 う、う、海だああぁあああぁっぁああああ!!!


 地面ない地面ない水、水しかない水しかない、呪符! 呪符! 飛ぶ!

 封を破って中身を、中身のやつを握りしめる。いや、撫でる撫でるっ!


 お、おおお、おおおおお……落ちるぅ……落下速度が速すぎるぅっ!!


 戦闘機! 俺は戦闘機だ! イメージするんだ! 練習したじゃんか!

 浮こうとするんじゃなく軌道を変えるんだ。プルアップ、プルアップ!


 水面への逓減曲線を……高度と速度の反比例的曲線を描いて……!

 焦るな焦るな……よし、この調子で……水面に平行に、水平に、よし!

 おお……飛んでる。飛翔してるぞ。でも怖い。だって下が海。死ぬ。


 岸はどっちだ、どっちへ飛べば陸地がある。そしてそこまで飛んでいら

 れるのか? 呪符の持続時間ってどんなだっけか? 落ちたら死ぬよ?

 高度を上げて見渡す。あっちか。薄ぼんやりと影。届くか? 届いて!





 必死の思いで飛行した。


 最後は手で空気を掻き、足をバタ足させて、涙目になって陸を目指した。

 それでも届かず、遂に切れようとする持続時間。大きく息を吸って着水。

 闇雲に手足をばたつかせて陸を目指すけど、とても届きそうもなくて。


 苦しくて。


 本当に苦しくて。


 喉の圧迫感がやりきれなくなった俺は、初めて、首の封魔環を外した。

 それでどうにかなると思ったわけじゃない。ただ、苦しかっただけだ。


 そして……どうにかなってしまった。


 可能となった呼吸。身体中が酸素に喜び、楽になるどころかエネルギー

 の塊にでもなったような高揚感。わけもわからず、とにかくその奇跡を

 ありがたがって、俺は陸へと向かった。沈んだままの不恰好な泳ぎ方は

 バタ足の平泳ぎとでも言うべきもので、さぞかし滑稽だったろう。


 けど、滅茶苦茶に速い。自分が魚雷か何かになったような気分だった。

 グングンと進む視界。空気中とはまた違った推進感。それは空を飛ぶ

 よりもむしろ懐かしい……俺はこの感覚を知っている。体験している。


 気泡が生じ、激しく動く視界。どこだ? 俺はいつどこでこれを??


 遂には足が届き、波も穏やかな海から浜辺へ至って、俺は別の苦しさに

 驚いた。呼吸がどんどんし辛くなっていく。喉に触れて、そこにぬめり

 とともに触りなれないモノがあると気付いた。


 エラだ。


 首の左右に切れ込みができていて、それが呼吸と共に開いたり閉じたり。

 ふと思って、海水を手ですくってそれにつけてみた。濡らした。それで

 少し楽になる呼吸。やはりエラだ。乾燥すると酸素を取り込めなくなる。


 痺れたように鈍い頭でそんなことを思い、海に戻って、少しもぐった。

 呼吸を楽にしてから、意識して首を「戻す」。切れ込みがなくなった

 ことを手で確認してから、封魔環を付け直した。


 もう一度、浜辺へ。


 重い身体がやるせなくて、座り込む。問題なく呼吸できる空気。気づく。

 天空のそれに比べて、俺を刺激してやまない地上の空気。それがぬるい。

 この程度の刺激だったかと、どこか物足りなく感じる。


 海を見る。穏やかで、ほとんど波もない広々とした水面。灰色に澱む雲

 を映して、それよりも暗く、黒ずんでいる海。その水中で呼吸していた

 ことを思い、その際に生じた力の原因を思う。淡々と在る事実を思う。


 俺は水中で呼吸した。首にエラを生じさせて。 

 そして海水には大気中よりも濃厚に重魔力が溶け込んでいる。


 それらの事実が意味することを考える。歯がゆさをすら感じないほどに

 頭が動かない。鈍い。何も考えられない。まとまらない。思いつかない。


 自分が起きているのか寝ているのかさえわからなくなってきて、身体は

 重くてだるくて動かす気にもなれなくて……ただ、座っていた。


 夜が明けるまで……俺は座っていたんだ。





 判然としない多くを考察するでなく、ただ脳裏に浮かべ眺めて、晴天の

 ない地上を歩いた。何もかもに実感が持てず、呆けたように、進み進む。


 俺は寝惚けてるんだな、と人事のように感じながら……作業は淡々と。


 明るくなった方向に東を認め、天照領から火迦神領への方角を定めて。

 適度に走り、跳び、魔物との遭遇を避けつつも、出会ったならば屠り。

 丸一昼夜を休むことなく駆け続けに駆け続けて……そいつに出会った。


 鬱蒼とした植生の中で異彩を放つ巨体。

 化物には違いない。それもすこぶる凶悪な。


 俺の15倍はある巨人。首はない。茶黒い筋張った上半身は木だの岩石

 だの雑多な素材でいい加減に覆われていて、背からは十数本の鋭利な角

 が突き出ている。ああ、目を発見。上半身のあちこちに20個はある。


 鬼ですらないよな、あれは。人型であることにむしろ違和感があるよ。

 動き的に骨格は怪しいもんだな。腕の関節だけで4個はある。


 その辺の材料で適当に人間の形を練り上げたら、あんな感じになるか?


 ……何やってんだろ? 化物巨人はずっと奇妙な動作を繰り返している。

 中腰になって、岩肌の斜面をしきりに撫でまわしているんだ。あ、違う。

 撫でまわした結果、あの辺りの山肌が岩肌になったのか。凄いな。


 げ、目が合った。1個と合ったら、一気に何個もこっち見た。気色悪い。


 ぼんやり霞がかっていた頭が、速やかにクリアーとなっていく。敵だ。

 眠気を払え、高橋テッペイ。こいつは敵だ。目に宿る傲慢を見るんだ。

 こいつは俺に欲望を覚えている。殺し、食べ、己のモノとする欲望を。


 力を推し量る。尋常じゃあるまい。木偶の坊ということはなさそうだ。

 気配が違う。肌にひりつく殺意がある。大いなる死の雰囲気。


 ああ……そうか……失念してた。最短距離で火迦神領を目指しちゃった。


 婆さんに教わった地上の情報。その中でも特に留意していた位置情報が

 ある。絶対に近寄らないようにと教わり、いざとなれば行こうと決めた

 その場所。船魔石が容易に手に入るとわかって、重要度を下げた場所。

 火迦神領の外れ。その先には天照領側があるとされた……そこがここ。


 悪魔石。


 探険団を全滅させ、航空船を墜とし、火子島家に甚大な被害を与えた。

 そんな、聞くも恐ろしいエピソードに彩られたそいつ。化物中の化物。


 コイツか。コイツが悪魔石か。この化物巨人が。


 俺の戦力を思う。潜入工作のために無要を持ってきていない。無手だ。

 それでも大概の相手には負けないだろうが、コイツはその範疇外だ。


 右手の封魔環を外す。力を欲したためか、意図せずに魔熊の腕となった。

 これでミーよりは強い俺。ミーならコイツに勝てるか? 勝てるとして

 苦戦の末だろうな。俺なら勝てるか? 接戦を制してみせるか?


 馬鹿な。未知の相手と接戦を楽しむような、そんな暇人じゃない。俺は。


 一度手を戻し、左手の封魔環も外す。こっちは初めて外したな。

 2つ同時に外しているのもお初。ここからの俺は全てが初めて。


 は……ははは……こうなるわけか。


 俺の上半身は、首を除いて人間をやめたようだ。両腕のみならず、肩も

 胸も、腹の半ばまでもが、黒みのある灰色……煤色の毛並みに覆われた。

 自慢のマッスルも倍増しているよ。骨のレベルから構造が変わった。


 トレッキングシューズとカーゴパンツの下半身は人間で、その上には

 魔熊の上半身と、小さく人間の顔。怪人という奴になるんじゃないか?

 アメコミや特撮に出てきそうな姿だろうよ。恐怖の熊人間だぜ。


 中身も凄いぞ? さっきっからアホみたいにパワーが湧き出てきやがる。

 鼻息が荒くなっているのがわかるよ。これはアレだ。蒸気機関車が蒸気

 の内圧が高くなりすぎて、調整弁から白いのを吐きだしてるのと同じ。


 筋肉繊維の1本1本がむず痒い。早く動かせと、早く躍動させろと催促

 しているんだ。おいおい待てし。ちょっと待ってろし。わかってるから。

 すぐだから。ほら、アイツが身を起こしたろう? こっち来るだろう?


 お?


 でかい岩を持ちあげやがったな。家くらいのサイズがあるぞ、その大岩。

 それでもって投げつけてきた。放物線じゃない。直線だ。いいフォーム。

 木々を薙ぎ倒してなお、その軌道に何ら変化もないという質量と速度。


 避けることは容易いが、生憎と、動かしたいのは脚じゃない。腕なんだ。


 唸りを上げて飛ぶ大岩。それは俺に届く前に地面に接し、弾むことなく

 大地を削りながら迫って来る。土石流のようだ。大砲なら何インチだ?


 右へステップ1つ。大岩の砲弾を左斜め前にして。

 

 右手、熊の豪腕で握り拳。脚を地面に突き刺して対ショック。重心下げ。


 みなぎる力の全てを込めて、ただ衝動の赴くままに腕を突き出す。


 鉄兵……熊パンチ!!


 痺れるような打撃の感触。震えのくるような充実感。それは破壊の喜び。

 大岩は大小の散弾となって、左へ広く飛び散った。破裂音が無数に生じ、

 木々の幹がえぐられ、土煙の中に数本の木がゆっくりと倒れていく。

 

 拳を見る。少し裂けたか? 腕にもダメージがあったか? わからない。

 わかるはずもない。痺れも痛みも既にない。回復してしまった。


「おおお……ぉああああああああああ!!!!」


 胸を燃やす衝動を堪えきれず、俺は吠えた。吠えずにいられなかった。

 我ながらとんでもない声量。この身体は肺活量も半端じゃないようだ。

 っつーか、今の声、もうほとんど人間やめてたな。ははは。 


 さぁ……次はこっちの番かな?


 予定外の開戦とはいえ、接戦にもさせない。完膚なきまでに葬ってやる。

 ギッタンギッタンに引き裂いて、その目の全てを潰し尽くしてやるぞ!


 駆け出した俺。


 その頬はこれまでの人生でもなかったほどに釣りあがっていた。


 笑顔だ。


 目の前の化物をいかに無残に滅ぼすか……それだけを考え、笑っていた。

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