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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第6章 覇道の天空、魔戦の大地
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第3話 秘箱

「隊長ぉ、積荷の運び込み、終わりました」


 野太いその声をくぐもった形で聞く。狭い暗闇に寝そべる俺は、自らに

 降りかかった不幸をしんみりと味わっている。おのれレギーナ。


「おお、ご苦労。しかし大量だな。火迦神の連中は儲けているらしい」

「ですな。酒樽だけでも50はありましたぜ。これなんて重いったら」


 ガツンと衝撃。何すんだこの野郎。おのれレギーナ。


「やめておけ。帳簿によればそいつは冷蔵の魔熊だ。剥製にするのか毛皮

 にするのか知らんが、高価な代物だぞ」

「そりゃまた悪趣味なこって。噂じゃ随分とお綺麗な女王と聞きましたが」

「民間船の積荷で、しかも輸出品だ。誰の趣味ともわからんのだから発言

 に気をつけるんだな。聞かなかったことにしておいてやる」

「うへ、確かに……頭領が好きなのかもしれない」


 今度は外側から摩るような気配。不快すぎる。しかしどうしようもない。

 諦めに似た気持ちで、革袋の水をちびりと舐める。過度の摂取はトイレ

 の危険を高める。尿瓶も用意されているが嫌だ。断固として嫌だ。


「それにしても……撃沈や奴隷狩りはしないので?」

「粗暴な奴だな。私掠船の何たるかを理解していないらしい」

「いやぁ、割と好みな女が乗っていたもんで」

「……いずれは無差別掠奪にもなるだろうが、今はまだだ。軍規に背けば

 魔物の餌になると知っておけよ?」

「おっかねぇことで。わかってますとも」


 おっと、今の会話は要チェックだな。疑惑が確信に近づく発言だ。軍属

 であることは間違いないとして、無差別強奪やら魔物の餌やらというと

 あいつらっぽい。そこはかとなくあいつらっぽい。


 しかも、いずれと言ったか? 戦機は未だ熟していないという見方だな。

 レギーナの言う通り、事は嫌がらせの域を出ていない……狙い目だね。


「酒樽の方を気にしているようだが、やめておいた方がいいと忠告して

 おくぞ。賊の気分は戦時までとっておくことだ」

「へっへへ、敵いませんな」


 足音が遠ざかっていく。やれやれ。木箱の中で出来る限り身体を伸ばす。

 こりゃもう棺桶に近いよな。おのれレギーナ。


 商船から身代金として奪われた品々の中の1つとして、私掠船の倉庫に

 運びこまれた箱の中……俺は飴玉を頬張り、静かに目を閉じた。


「ちょっと海賊になってくれたまえ!」


 レギーナにそう言われた時、俺は自分が船長になって航空船を駆る姿を

 想像したもんだ。いやいや。蓋を開けてみればというか閉じ込められた

 というか……実際の仕事は潜入工作ですよ。


 最近、火迦神領から他領への販路を荒らす海賊がいるらしい。いわゆる

 ヒャッハーな感じではなく、荷物の一部だけを奪うという紳士的な強盗。

 つまりはどこぞの貴族が運営する私掠船のようだ。


 貴族間の争いが恒常化している天空社会において、私掠船の存在は割と

 ポピュラーだったりする。全面的な戦争に至る前の瀬踏みとしての側面

 もあるからだ。探険団と同じく、民間だったり公的だったりするが。


 どこの領にも属さない、無法者としての海賊はあまりいない。皆無では

 ないが希少だ。何せ援助してくれる貴族には事欠かないのだから。


 だから、俺の任務は海賊討伐じゃない。あくまでも「ちょっと海賊」だ。

 貴重な荷物として運ばれていって、その先でちょいちょいっと船魔石の

 1つや2つを奪う。言わばこの箱が海賊船で、乗員は俺1人というわけ。

 

 ……ちょっと、という言葉の意味を問いただしたいよね!


 だって脱出方法は地上へダイブだもの。そのための飛行呪符を渡された。

 そりゃあさ? 俺なら平気だよ? どこで地上へ降りようが余裕で帰還

 できますよ。ぶっちゃければ帰還しなくてもいいくらいだけども。


 販路を邪魔する奴への意趣返しにしては、随分とダイナミックじゃね?


 仕切ってる貴族の見当はついているようだし、その反応を見たいような

 ことも言っていたけど……脅しも兼ねているように思える。未だ外征の

 時を迎えるに至っていない火迦神にとって、周辺貴族からの様々な干渉

 は何が大きなダメージになるかわからないものな。


 まぁ……俺は魔石をゲットしてくるだけさ。


 俺にとっての天空社会はベルマリアを中心としたものでしかない。そう

 でなければ好きになれないし、そうであっても中で生きることは諦めた。

 時間は限られていて、俺には俺にしかできない仕事がある。

 

 彼女が征くであろう覇道についても関わらない。それを望んでいないし、

 望まれてもいない。お互いにやるべきことをやるだけだ。お互いを見詰

 め合って生きるばかりが幸せじゃない……そう信じて。


 そう信じて……箱詰めの俺は、寝過ごした。


 随分とぐっすり寝てしまった。どれだけ寝てたかわからないほどだよ。

 何かあちこち揺られ揺られて運ばれた気がするが。それも心地良くて。

 この暗さと狭さが癖になってきたというか……寝不足だったというか。

 3日間ほど……ろくに寝てなかったからなぁ……。


 外からは何の音も聞こえてこない。本格的にしまい込まれたのだろうか。

 レギーナの話じゃ高級品たる俺入り箱。何か冷蔵魔熊とか言われてたな。


 ふーむ……もういいや。出よう。


 偽装でも何でもなく超厳重に釘付けされている蓋を、マッスルパワーで

 ゆっくりと押し開けていく。徐々に徐々に、音を立てないように慎重に。

 げ。何か重心おかしいと思ったら、上にも何か乗せられてるぞ? くそ。


 落とさないように気をつけつつ、よいしょっとばかりに出た。蓋の上に

 乗ってたのは幾つかの木箱で、どれも何やら高級感のある化粧箱だ。


 ググっと伸びをして、周囲を見渡してみる。小さな格子窓から差し込む

 光……月明かりかな? その乏しい照明で見る限りじゃ恐らくは倉庫だ。

 揺れもないし、どっかの浮島に運び込まれたとみて間違いないな。港の

 倉庫だと仕事が楽なんだけど……どうだろう。


 ……倉庫と言うよりは宝物庫なのか? 手近なところの壺を開けたら、

 中には小粒の光石が数十個と入っていた。各領主が厳重管理している

 はずの品だ。いずれかの貴族に関わる場所のようだ。


 出入り口としては、階段を少し上った先にある重厚な扉が1つあるきり。

 周囲の石壁を壊した方が楽そうだな。まぁ、ここが地下だったりすると

 無駄骨になるけども。


 どうしようかな……とりあえず、折角宝物庫にいるっぽいし、ちょっと

 くらい物色してみようかしらん。盗人じゃないよ? 好奇心だよー。


 美術品の類は少ないな。さりとて武具なんて1つもない。宝石は結構な

 数が確認できた。探せばクズ魔くらいあるかもしれないな。希少鉱石や

 霊薬の類が多そうだ。詳しくはわからなくとも、大体はわかる。


 後は……これな。この角は一角猪のやつだろ? これは魔狼の毛皮だな。

 瓶詰めの眼球なんてのもあった。この黒っぽい液体は……魔物の血か?


 俺入り箱が運び込まれた時点でわかっていたことだが、どうやらここの

 主たる貴族は、魔物にご執心な人物らしい。1人いるんだよな。魔物が

 大好きで私掠船を複数運営できる顔見知りが。アレないかな。アレ。


 ……あったし。ほーら、あったし。封魔縄。あると思ったよ。


 決まりだ。ここは悪霊兵団に関係する場所だ。赤服の月宮リベンチオが

 率いる艦隊および集団。西端砦を壊滅させ、俺とベルマリアに撃退され

 た連中だ。魔物を戦術的に利用するという奇策をやってのけた。


 やっぱりというか何というか、火迦神を邪魔しているんだな。こいつら。

 いい度胸しているというか、恨みが深いというか。何ともはや。


 とりあえず、この封魔縄は一巻き貰っていこう。俺には調べる手段など

 ないが、レギーナや婆さんなら興味を持つだろう。場合によったらホラ

 キンの子供たちへの治療に役立つかもしれない。


 さて、出るかな。


 このまま力任せに扉を押し開けてもいいけど、それやると騒音凄いよね。

 さりとて工具もないわけで……ここは1つ、ちょっと本気を出しとこう。

 右手の封魔環を外し、その肘から先を一角猪の角へと変貌させた。硬く

 鋭く長い槍だよ、こいつは。鉄鎧なんて軽く貫くレベルのね。


 扉の蝶番部分を予想して、数か所を突き通した。感触的に当たりだな。

 音も蹴破るに比べれば静かなものだったろう。扉は敢え無くただの板

 と成り果てて、折角だから宝物庫の壁に立てかけておいてあげた。


 手を戻す。やはり地上に比べると戻しやすい。重魔力は俺の身体を魔物

 にしたくてしたくてたまらない空気なんだと実感するよ。


 改めて宝物庫から出る。見上げれば星空、足元は砂利。外だ。どうやら

 半地下構造の蔵に居たようだ。目の前には御屋敷がある。裏庭の蔵か。

 悪霊兵団の砦ですらなく……月宮家の敷地ということなのかな?


 うーん……もはやちょっとも海賊じゃないんですけど。どうしよう?

 今更港へ行ったところで、どれが私掠船なのかはわからないよなぁ。


 ん?


 何だろう、この音色は。どこかから管弦の曲が聞こえてくるぞ?


 しかも……おいおい……この曲……知ってる。俺はこの曲を知ってるぞ。

 『さくら』だ。日本人なら幼稚園なり小学校なりで絶対に教わる曲だよ。

 そしてこっちの世界じゃ聞いたこともない曲だ。それがまた何だって。


 あっちから聞こえる。あの角を曲がって行けば、庭に面したどこかで

 奏でられている様子を見ることができるだろう。見たい。凄く。


 砂利の地面では足音を殺すのにも限界がある。幸いここは箱庭のような

 造りになっていて、壁が庭を囲っている。いっそのことその上を行こう。


 ゆっくりと近寄っていく。この曲は俺の中の日本を強く刺激するんだ。

 郷愁なんてないと思っていたのに。見たいとも思っていなかったのに。

 目に浮かぶ。ハラハラと降り散る桜色の静けさが。行事の思い出が。


 …………居た。


 庭に降りられるベランダ……俺にはもう縁側にしか見えない……そこに

 座っている1人の少女。どこから驚けばいいのだろうか。この光景を。


 琴を弾いていた。あれは間違いなく琴だ。白く細い指には爪を補助する

 道具がつけられていて、それもまた俺の知る琴の弾き方と重なる。


 それを弾く少女の服装は……着物だ。ミーのようなアレンジ着物でなく、

 源氏物語絵巻で見るかのような、色を重ねて流したかのようなソレ。


 そして……その色々に長くかかる髪の色は……黒。


 夢でも見ているのだろうか?

 脳裏に泡のように浮かんでは消え、浮かんでは消えする日本の思い出に

 幻惑される中で……俺よりも日本人然とした、まるで平安貴族のような

 可憐な少女が、夜空へ向けて日本の古い曲を奏でているんだ。


 夢だとして……何て美しい夢なんだろう、これは。


 蜂に運ばれつつ目覚めたあの瞬間から、絶え間なく俺を苛み続けていた

 黒い衝動ともいうべきもの……それが今、今初めて無くなっているんだ。

 

 無くなって、思う。


 俺って……何なんだ? 当たり前のように化物へとなりつつあるけども。

 本当に日本人なのか? どうしてこんな所にいる? 何の意味がある?


 日本って……どれが本物なんだ?


 俺の知る日本か? ミーの知る未来的な日本か? それともこの少女が

 示してみせる古い日本が本物なのか? どれが夢で、どれが現実だ??

 

 眠ってしまいたくなる。不思議な眠気が俺を捉えている。夢も現も定か

 でないのなら、起きていることも眠っていることも同じことじゃないか。

 目に見える世界が悲喜交々に俺を揺さぶるのなら、瞼を閉じて、美しい

 思い出の中にたゆたう平穏を求めてしまおうか。そう誘われている。


 …………誘われている?


 俺の中にくすぶる黒い衝動……それはこの情景の中に鎮められたけども。

 それに引きずられるように、俺もまたどうにかされようとしている?

 

 美しい夢の中に沈められようとしているのか……?


 駄目だ。駄目だろ。俺の時間は限られていて、やるべきことはたくさん

 あるんだ。そうだよな、クリス。俺は戦士だ。戦士は自分の命に責任を

 もって戦わなければならない。思い出なんて後の後だ。何を今更!


 俺のせいで死んでいった人たちがいる。生きて俺の名を呼んでくれる人

 たちがいる。笑顔でいてほしい人たちが、なってほしい人たちがいる。


 ベルマリアがいる。


 随分としまらない話じゃないか。ホームシックじゃあるまいに。

 寝坊してここに来た俺だが、ここで二度寝なんてしたら大馬鹿野郎だ!


 曲が止んでいた。


 黒い黒い瞳が俺を見ている。音もなく声もなく。空気すら虚ろにして。

 分かる。分かるぞ。君と俺とは例えようもなく似ているが、絶対的に

 違った存在だ。上手く言葉にはできないが、そう感じる。拒絶がある。


 君の奥にあるものと、俺の奥にあるものとは……きっと敵対している。


 甲高い笛の音が鳴り響いた。1つに始まり、あちこちで連続していく。

 夜を切り裂くようなソレに誘われ、たくさんの足音が、灯火が、声が

 沸き出してきたようだ。ばれたな。壁を蹴って夜闇に跳び込む。


 走る。夜を走る。奇妙な苛立ちに脚力が増している。


 背にあの視線を感じながら……俺は衝動のままに奔り続けた。

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