第2話 伽越
天空へ来て4日が経った。
のっけから想定外の事態に陥ったわけだけど、い、一応予定通りだ。
あの艦隊規模の人前式の後、俺はそのまま旧水無瀬領……今は思鉄島と
いう名の浮島へと連行された。そして3日間をベルマリアと領主城内に
篭って過ごす。詳細は語るまい。キッカさんすら呆れてたんだから。
ようやく外に出た俺は、すぐさま旧土御門領……今は会鉄島と呼ばれる
浮島へと移動した。ペネロペさんに会うためだ。俺の事情を知っている
封魔技術者といったら彼女だ。色々と話も通りやすい。
「はー、かつての拾われ男が大金もってやって来るとか世も末ですぅ」
などと供述する鼻先に金貨袋を押し付けて、封魔環の購入に成功した。
手に入れた封魔環は予備も併せて7組。クズ魔が思ったよりも高値で
売れたことと、封魔環が思ったよりも安値だったことが幸いした。
そこで余剰金でもって面白い物を購入してみた。一抱えほどの宝箱だ。
内側に封魔技術の応用された特別品で、蓋を閉めたならば検知魔法の
類にひっかからなくなるという性能を持つ。魔石保管用だ。これなら
いちいち隠し場所に苦心しなくとも、ホラキン内に保管できる。
実際、苦労したんだ。魔石の保管。探険団は魔石探査の大型装置を所持
してるからね。精度は悪いといっても、船魔石を7つも集めておいたら
誰かしらに見つかること請け合いで、その位置がホラキンなら最悪だ。
分散させて、俺しか来れないだろう各所に保管しておいたわけだけど、
それにしたって不安だった。魔石は魔物も招くからね。回収に行って
新手の魔物と戦ったことも2度あった。取扱い注意品だよ。
思うに、西端砦で見た箱も同様のものなんだろう。爆雷の暴発によって
墜ちゆく船から持ち出された、魔石入りの箱。常識なのかもしれない。
それでも手元に残る結構な金額。こりゃもう、子供らへのお土産に使う
しかないでしょう。そうでしょう。そういうわけで。
俺は今、会鉄島の商店街に来ている。
以前にも増して活気のある様子は、火迦神の新統治が上手くいっている
ことを実感させる。消費が伸びるっていうのは、未来に希望を感じてい
るってことの表れだ。行き交う人々の表情も明るい。
俺もまた笑顔だ。だって心が躍る。誰かのための買い物って、どうして
こうも楽しいんだろう。自分の物なんて適当に必要最小限を求めるだけ
だから、こう、選り好みするいちいちが面白くてしかたがない。
ふーむぅ……やはり実用品だよなぁ。1人1人に渡せる物で、地上では
手に入りにくくて、でもあったら絶対に助かるもの……武器かなぁ?
ホラキンにも武器はある。むしろ大量にあると言っていい。かつて大人
たちが使っていた物だ。古くとも整備された品々。地上という魔物の園
を生きていく上では欠かせない。けれどどれも大人用サイズだ。
加工して使いやすくしてはあったが、やはり素人仕事、重量バランスや
耐久性に難がある。ここは1つ、プロフェッショナルの製作品でもって
良さげな物を選んでプレゼントしてみよう。うん。決めた。
出所については……探険団との交渉で譲り受けたってことにしとくか?
さてさて、そうなれば武器屋だ。実は初めてだったりする。ワクワクだ。
あそこかな? 店先に剣の印の看板が出してある。店頭には何も並んで
おらず、さりとてショーウィンドウがあるでなし、一見さんお断りか?
でも入る。ふっふっふ。どんな厳つい大男が店主かなぁ?
店内は期待を裏切らずに武器だらけだ。ホラキンの倉庫や軍の武器庫に
比べると華やかだね。色々な武器が所狭しと陳列されていて、どれもが
自己主張している感じが目に賑やかだ。剣、槍、斧、槌、拳具、暗器。
おっとコレなんて素敵だ。片刃で峰部分がノコギリ状になってる。いわ
ゆるサバイバルナイフだな。いいね。デザインの差異が魅力的。
「いらっさーい。用あったら声かけてーねぃ」
奥から何とも気の抜けた声を掛けられた。しかも聞き覚えのある声で。
まさかと思って寄っていけば、カウンターの奥でだらしなくハイナー。
「売る気あんのか、オイ」
「何だとぉ……って、うおっ!? テッペイじゃんかよ!!」
相変わらずの緩さで……ていうかオイ、おま、それ寝巻きじゃないか?
どんだけやる気ないんだよ。俺の中の武器屋の親父が怒ってるぞ、オイ。
そもそも探険はどうしたんだと問おうとし、すんでのところで止めた。
包帯でグルグル巻きになっている両手が見えたから。
「……というわけで、ま、今は療養中なわけよ。店員やりつつ」
「なるほどね。運が良かったな」
「全くだぜぃ。日ごろの行いがいいからなぁ、俺ぁ」
俺はカウンター脇に椅子を出してもらい、思わぬ再会を茶で祝っている。
どうも武器屋というのは割合暇な商売らしい。まぁ、強い人間は魔法で
戦う世の中だからだろうな。純粋物理なんて俺くらいだろ、きっと。
あの沼の別離も、もう3ヶ月以上前になるんだな。4人で入って2人で
戻ることになった失敗だ。ハイナーとマウイは無事に天空まで撤退する
ことができたそうだ。撒き餌共食い戦法は功を奏したわけだ。
残った沼蛭を売却した金でファルコの弔いをし、残金を山分けた2人。
1ヶ月程続いたパーティは、敢え無く解散となった。そりゃそうだわ。
手の傷が酷く、自らの探険者生命を危うんだハイナーは、有り金全部
でもって精霊祭殿の投薬治療を受けたそうだ。精霊の加護を強化する
と同時に、回復力を助ける外科治療を行うというコースだ。
その甲斐あって、左右10本の指はもれなく保存できる見込みだ。運の
いい話だ。俺の見立てでは半分も残れば御の字という深手だったから。
しかして金が無いハイナー。生活ができなくては困る。斡旋所の方でも
半減解散した2人を気にかけていたらしく、ここの店員の仕事を回して
もらったのだそうだ。これまた運のいい話だと思う。
「マウイはどうしてるの? 無傷だったし探険者稼業? それともあの店
に戻ったりとかかな?」
どちらにしてもマウイは力強く生きていくと思う。店での人気はどうか
知らないが、探険者としては優秀だった。あのハーレム男に無下に扱わ
れながらも生き残っていたことが、何よりの証明だよな。
……と思いを馳せていると、返事がない。見れば呆れ顔のハイナー。
「な、何だよ?」
「鈍感なのか馬鹿なのか、それとも眼中にねーってことなのか……とりあ
えず腹立つわー。無自覚モテとか死ねばいいのにー」
「死ねとは何だ。穏やかじゃないな、オイ」
「死にそうもねー奴にしか言わねーし。ってか、マウイ、兵士になったし」
「はぁ!?」
マウイが兵士!? いやいやいや、どうしてよ? 無理とは思わんけど
キャラが違うでしょ。殺伐とした世界だよ? 軍属って。
「お前が言ったんじゃん。鬼退治余裕になってから出直せって」
「ええ!? ああ、いや、あれは……言ったけども……」
「だからさー、もっと戦闘技術を学ぶんだーって従軍志願したんだぜぇ?
罪な男だよなー。俺を追いたきゃ強くなれーっつって女1人軍人にして
おいてさぁ? 忘れてるもん。完全に忘れてるもん、この男はよぅ?」
く……理屈は置いといて、この何ともねちっこい物言いに頭突きをお見
舞いしてやりたい。しかし理屈は俺の敗北だ。マウイの性格を失念した
発言だった……思いこんだら一直線だもんなぁ、あの人。
それに追われても困る。可能かどうかは別として、ホラキンの存在を知
られるわけにはいかない。そしてそのためにミーがいるわけで。無理だ。
普通に殺されるぞ。アントニオさんだって勝てないだろ、ミーには。
「ええと……どこの軍に入ったか聞いていい?」
天空社会における軍は、基本的にいずれかの家門に属している。かつて
ベルマリアが赤羽家軍を率いて土御門家に仕えていたように、豪族単位
で軍が編成されているんだ。領主直属の軍も勿論あるが、それも言わば
貴族という家門に属しているということ。それぞれ半ば独立している。
火迦神においてはベルマリア率いる直属軍が際立って最大最強の軍だな。
キッカさんを筆頭として旧赤羽家軍を構成していた人員がそのまま移籍
してきているからだ。烈将の名は個人の力だけで打ち立てられていない。
他に武名のある豪族としては、例えば春坂家がそうだ。ミシェルさんち。
あの愉快な面々と一緒に春坂家軍を作り上げている。その特色としては
拠点防衛力だ。足遅いしね、ミシェルさん。
「えーと……どこだっけかな……緑谷?」
あそこかよ……。
「やあやあ! 3日間も終わらない伽を越えてようこそ、悪食!」
いなくてもいいのに、いるもの。レギーナ。そしてここはハーレム内。
問答無用というか一方的演説というか、引きずり込まれてしまった。
緑谷家軍の様子を見に来ただけだったのに……。
「ここまで来たからには、2日ばかり滞在するかい? 私の破瓜の相手は
依然として君であるから、もう寝所の用意は出来ているのだよ!」
「滅相もない……最悪、爆撃される気がする」
「はっはっは! ベルマリアが船ごと突撃してこない限りは大丈夫さ!」
笑えないよ。そういやそれもあったよ。BFR。あれは洒落にならない。
魔法というよりも質量兵器だからね、アレ。流石に死ねるかもしれない。
口元に持ち上げたティーカップの、その極上の香りを放つ茶色い水面に、
ため息で波紋を作った。受け皿も併せて見事な品だ。流石というべきか。
天空社会有数の経済人である彼女は、芸術方面においても超一流だ。
俺がお茶を頂いているこの場所も凄いよ。庭園に面した一階のテラスと
思いきや、池の中にせり出してるんだもの。風通しよく開かれた作りも
相まって、まるで水上遊覧船にでも乗っている気分だ。趣味いいよな。
内装や調度品も優雅で情緒がある。どこを見ても見入ってしまうだけの
魅力を持ちながら、それでいてくどくなく、どうあっても居心地がいい。
この部屋はきっと、現代文化の美しい結晶の1つなんだろう。
「レギーナ。言うの遅れたけど、改めてお礼を言いたいんだ。ありがとう」
「探知器のことかい? 随分と役に立ったみたいだね!」
初対面が初対面だったものだから、今でも内々にはタメ語の俺たちだ。
ある意味じゃ火迦神のナンバー2であるレギーナだが、権威や格式を
全く意に介さないという不思議人でもある。そういう所は好きだ。
「この3ヶ月で得た魔石は全てベルマリアに渡したけど、今後については
レギーナにも渡していきたいと思ってる」
「いやいや、それには及ばないとも。引き続きベルマリアに渡すといいよ。
結局は一緒だからね。今、火迦神は一隻でも多くの軍船が必要なのさ!」
金持ち喧嘩せずってのはこういうこと……なのか? レギーナは何かと
俺に便宜を図るばかりで、何ら見返りを要求してこない。いや、違うか。
たった1つ訳のわからない要求だけを繰り返しているな。処女膜的な。
「俺に何か出来ることはないかな? 爆撃されない内容で。そこ重要ね?」
「ふっふふ……君がそう言ってくれる現状が、既にして私の報酬となって
いるのだがね。まぁいいさ。折角だから1つお願いしよう!」
「何でも言ってくれ。爆撃されない内容でね? 命に関わるからね?」
「大丈夫! 火迦神の利益にもなることさ!」
言うなり、すっくと立ち上がったレギーナ。何でターンする必要がある
のかわからない。そしてそれがえらくカッコいいのがなおわからない。
ピシリと美しくポーズを決めて、言い放つのだった。
「ちょっと海賊になってくれたまえ!」