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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第6章 覇道の天空、魔戦の大地
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第1話 披露

 気がついたら半裸で半裸のおっさんと酔い潰れていた上に、一個艦隊

 に完全包囲されていた。どゆことだろう。うおっと衝撃。強制接舷かよ。

 何だ、まさか悪霊兵団か? 邪魔だなこのおっさん……って、うわ!?


「げえっ!? 赤羽様!!」


 ベルマリアのお父さんじゃん!! え、あれ……あ、そうだ思い出した!

 何か乗り込んできたんだっけ、この人。そしてもってお酌と乾杯を強要

 されたんだ。何か凄く気まずい思いをしてたのは覚えてるけども……?


 やばいやばい、思い出せない……何かしでかしたかもしれないぞ。

 見た感じ妙やたらいい顔して寝こけてるけど、この人……生きてるよね?


「テッペイ!!」


 ドカンと扉が開かれた。耳に届いた凛々たる声。忘れるはずもない声。

 あの夜の別れから4ヶ月を経て……俺の名を呼ぶ、その声に振り返る。


 炎のようなその髪は、外の明かりに縁取られて、本当に燃えている如く。

 逆光の中にも神秘の輝きを放つ金銀の双眸は、俺を鋭く捉えて離さずに。

 桜色の可憐な唇は……ポカーンと開いていて、今にも涎が垂れ流れそう。


 おやぁ?


「て、テッペイ……お、おま……おま……」


 その白く繊細な指先が指し示しているのは……俺と、笑顔睡眠の赤羽様。

 え、いや、死んでないし殺してないし。ほら、心音もちゃんとするし。


「おまぁっ!? ち、地上で、そっちに、そっちに……!」

「え…………あっ!?」


 ベルマリアの瞳に映る光景を想像してみる。マッチョで半裸の俺がいて、

 同じくマッチョで半裸の赤羽パパがいて。後者はいい笑顔で寝そべって

 おいでで、前者はそっとその大胸筋に頬を寄せて……!?


「ち! 違っ、違う!! 違すぎて頭が沸騰しそうだよぉっ!?」

「ち! 父親に……お父様に寝取られるとか……どういうことだよっ!?」


 うわっ、扉に火ぃ着いた! ちょっ、ベルマリア!? 電撃までっ!!


「おおおおおおち、落ちついて! 落ちついてください!! 誤解です!」 

「ずっと……ずっと待ってたのに……!」

「あ痛っ!? ちょっ、俺はともかく、後ろ、父殺しになっちゃう!!」

「やっと会えると思って、飛んできたのに……!!」

「あ、外のは火迦神の艦隊……って、ちょ、何に艦隊動員してんです!?」


 やばい、物凄い魔力の波動を感じる。このままじゃ船墜ちるんですけど。

 艦隊に見守られながら親子で爆発とか何だそれ。原因も大変不名誉です。


 熱っ!?

 いや、まずい、本当に洒落にならない。前科あるしね、ベルマリアは!

 5歳の時だっけ? 魔本読んだ衝撃で屋敷全焼させたって聞いたもの!


「テッペイは、テッペイは、俺の……ぅわっ!?」


 ガバっと抱き付いた。フライパン火災への有効な手段は濡れた布などで

 全体を覆ってしまうこと。吸魔体質の俺にはそれと同等のことができる

 はず! 最悪の場合には破魔をやるしかないが……!


 それにしても凄まじきはベルマリアの大魔力。俺も何度となく修羅場を

 くぐってきたわけだけど、やはりこれほどの大出力は他に類を見ない。

 何かもう質量感すら覚える。三色ってのはとんでもないことだ。


 ん……おお……沈静化したか?


 吸魔したかどうかは感覚的に分かり辛いんだけど、とにかく、圧力や熱

 といったものはなくなった。良かった。一時はどうなるかと……おお?


 拍手の音。何かと思えばキッカさんじゃないか。来てたのか。どうして

 そんなに拍手してるんです? やたらにウンウン頷いてますけども?


 拍手の音が次第に増えていくぞ? おお、アントニオさん。艦隊勤務に

 なってましたっけ? おおお? ジンエルン?? 何その笑顔と拍手は。

 っていうか、拍手が凄いんですけど……うわっ、何だありゃ!?


 艦隊の船という船の甲板に兵士たちが並び立っていて、その誰もが猛然

 と両手を打ち鳴らしているんですけど。え、何? 何なのこれ? え?


「て、テッペイ……!」


 わ、やばい、抱き締めたまんまだった。苦しかったか……って、あれ?

 ベルマリアが俺の身体に手を回している。その潤んだ眼差しと熱い吐息。

 桃色に染まった頬。本当に綺麗だよなぁ、ベルマリアは。女神のようだ。


 ……いや待て。


 待て待て待て。この状況はおかしい。ちょっと待て。拍手やめてマジで。

 えらく盛り上がってるけど、俺、乗り遅れてる。俺だけ波に乗れてない。


「素晴らしい」


 背後から渋い声と拍手とが届いて、俺はビクリとした。やばい。やばい。

 背筋に寒いモノが超速で行き交ってやがる。そりゃそうだよ。背後には。


「美しい光景だ。私もまた若い2人を祝福しよう。おめでとうベルマリア」


 赤羽様、目ぇ覚ましたあああ!! つまりこれは、これは、父親の前で

 娘さんを半裸で抱き締めているマッチョが俺という構図じゃないか!?

 しかも認められている? 何故に? 空気? この空気のせいか?


「お父様……ありがとうございます」


 うわっ、空気読んで大人しくなっていた拍手が、また盛り上がったよ!

 何だこれ、何だこれ、雷鳴って言われても納得しちゃうほどの拍手大嵐。

 

 あ。


 何かこれ、凄く…………結婚式っぽくないか? 人前式的な?


 いやいやいや、駄目だよ駄目でしょ、照れるとかいうレベルの問題じゃ

 なくて、それは駄目なんだよ! ベルマリアだよ? 火迦神の当主だよ。

 新貴族だよ。万軍を統率し、万民を統治する立場だよ。そして美しくて

 貴くて尊い存在だよ。光り輝く世界にあってなお輝ける存在なんだよ。


 一方で俺だよ? 意味不明の存在で、異邦人の極みで、悪食で鬼確定の

 天空社会不適合者だよ! 良いか悪いかでも優れているか劣っているか

 でもなく、純粋に「混じれない」存在なんだよ。しかも時限爆弾だぞ?


 まぁ……その……男女の仲には……なりましたけども……勢いでもって。


 あ、そうだ! とりあえず空気を変えられる物を俺は持参している!

 そもそもコイツを渡すために天空へ来たんだ。価値的に誰かに預けら

 れる代物じゃないし、保管場所にも苦労した極上のお宝だ。いよぅし!


「ベルマリア、渡したい物があるんです。遅くなりましたけど」


 さりげなくベルマリアを離す。柔らかで芳しいその身体を。そして腰に

 幾つもぶら下げた革袋を、1つを残して7つ取り外し、示してみせた。


「約束の魔石です。どれも上等の船魔石ですよ。お役立てください」


 そう、どいつもこいつも船魔石なのだ。はっはっは。割と凄いでしょ?

 1つでも探険団が丸ごと1年は遊んで暮らせるというお宝だよ。それを

 1人で7個も見つけてきたのだ。普通なら一生豪遊して暮らせるね。


 婆さんのお陰だ。


 火子島イングリートが地上で過ごした50年超えの時間が、その苦難の

 歴史が、探険に有用な情報として蓄積されていたんだ。その全てを譲渡

 されたがゆえの成果だ。場所さえ見当がつけば俺に行けない場所はない。


 値千金どころでないその情報。俺が支払った対価は、婆さんの研究への

 協力だ。俺自身の特異な身体を利用しての新薬研究。人体実験もどんと

 来いという条件でね。他の雑用もやっている。素材採集とかね。


 婆さんには時間が残されていない。老いは決して待ってはくれないから。

 そして婆さんの死はホラキンの死でもある。あの子たちは絶望の地上に

 投げされることになってしまう。そうはさせない。させるものか!


 要は、時間をつなげればいい。


 身体が成長しきる年齢まで、とにかくも魔物化を抑制できればいいんだ。

 そうすれば封魔環を使って大きな時間稼ぎができる。この俺のようにね。

 場合によってはそれで天寿を全うできるかもしれない。俺とは違って。


 それが……婆さんが思い描いている1つの解答なんだ。ホラキンという

 取り組みの結論。多くの犠牲を払ってなお辿り着けていないゴール。


 6人分の封魔環を購入する代金は用意してある。この、残り1つの革袋。

 中には20個以上のカス魔だかゲス魔だかクズ魔だかが入っているんだ。

 これだけあれば買えるはずだ。足りなければまた集めてくるまでのこと。


 俺は婆さんに全面的に協力する。情報のためじゃない。そんなもの求め

 ちゃいなかった。婆さんから言いださなきゃ思いつきもしなかったよ。


 あの子たちを鬼にはさせない。絶対に。


 ミーに記録された別れの言葉たちを、もう言わせやしない。聞かせやし

 ない。あの幻想的で哀しい夜の道を、人生の最後として歩かせやしない。

 茸の林に人生を捨てさせやしない。大人になることを諦めさせやしない。


 婆さんの計画は尊重する。それがホラキンの心意気だから。

 けど、間に合わなかったなら知ったことじゃない。強引にやるまでだ。


 海賊だろうが空賊だろうがなってやるし、精霊祭殿を買収なり襲撃なり

 して無理にも契約をさせてやる。その後また地上に戻るも良し、あの子

 たちだけでも上手く天空社会に馴染ませて、俺だけ標的になってもいい。


 俺が、俺のためにやるんだ。

 ぶっちゃけた話、あの子たちの気持ちも知ったことじゃない。


 嫌なんだよ。俺が嫌なんだよ。子供には夢と希望に満ち溢れててほしい。

 空想でも妄想でも、自分が世界の主人公であるかのように在ってほしい。

 たくさんの理由がそれを邪魔していることが許せない。不愉快だ。嫌だ。

 

 あっちでもこっちでも、世界ってのはとにかく理不尽で、どうしようも

 ないことばかりが蔓延してる。けどそれって大人の責任だろ? 子供に

 したり顔で強いるなよ。大人で終わらせろよ。ちゃんと大人をやれよ。


 奴隷もさ、大人が奴隷に落ちた分にはまだ少しはしょうがないと思える。

 けど子供は違う。駄目だ。俺には許容できない。クリスの不幸はクリス

 のせいじゃない。クリスにそうさせた親が悪い。大人が悪い。そう思う。


 ……精霊、か。


 ホラーキングダムで面白愉快に遊んでた人類が、どうして現在、地上を

 捨てる不自然を生きることになったんだろう。その天空にしたところで、

 精霊との契約という不自然なしには人としての形を失う。邪龍討伐以前

 には契約なんてなかったわけだろ? 天帝もいないのだし。


 邪龍。天帝。精霊。

 この世界の今の現実を作った3つの要素。


 いずれはその謎をも解明しなければならない気がする。それがきっと、

 俺の知る日本と、ミーの言う日本との関係性をも明らかにするはずだ。

 畢竟、俺がここに存在することの意味もわかるのかもしれない。


 ……なんて。


 俺が思考を遠く遠くへ飛ばしている間にも、凄いなぁ、目の前の現実は。

 万雷の拍手がさ、今はもう大合唱へ進化してるものね。軍楽隊も来てた

 らしくてさ、とんでもないことになってるんですけど。何この状況。


 いつの間にやら乗船してきてたベルマリア近侍の近衛戦士の皆さんが、

 2人で1つの船魔石を高々と捧げ持っている。赤羽様は満足げに頷く

 ばかり。キッカさんも同じく。ジンエルンは何かお腹押さえて笑ってる。

 いやぁ、アントニオさんの歌声はよく響くなぁ。ねぇ、ベルマリア。


「俺は随分とお高い女だったんだな、テッペイ。お前を俺の伴侶だと周知

 する条件として、これほどまでの魔石を要求していたみたいじゃないか」

「は、ははは……」


 笑うしかない。状況は全くもって悪化というか……盛大になっちゃった。

 何がどうしてこうなったのか、もはや俺の想像を絶するとしか言いよう

 もない。勝手に知らん物語が発生していますよ? それによるとね?



 高橋テッペイという男がいた。

 幼少のみぎりにベルマリアと心を通わせるも、自身は呪詛を受けて白髪

 白眼の身に。解呪方法を探して地上を彷徨うも、運命の再会を果たす。


 しかし立場の差から恋は秘められた。男は己の力をもって障害を越える

 べく闘技場へと身を投じ、何と全ての闘技に不敗の伝説を残す。それは

 後に拳豪アントニオがベルマリア旗下に参じる遠因ともなった。


 それだけではない。男は水無瀬軍の卑劣な攻撃に際し単身で西端砦へと

 駆けつけ、獅子奮迅の働きをもってして窮地の春坂ミシェルらを助けた。

 そしてそれこそが火迦神家誕生の契機ともなった。


 火迦神家の始まりを見届けた男は、ベルマリアへの愛を目に見える形と

 すべく地上へと出向く。並の宝石など意味が無い。魔石だ。火迦神の力

 ともなる魔石を見つけることで、自らの想いの証とするためだ。


 見るがいい。男が半年とせず集めてきた物を。その魔石を。その数を。

 どこにこの短期間でこれほどまでの魔石を集められる人間がいようか。

 いや、いる。それこそが高橋テッペイであり、それでこそ火迦神の長

 への愛の証であるのだ。歌え。この伝説に臨席した、その歓喜を!



 ……だそうです。うへぇ。絶対にキッカさんが盛ってるし。


 ベルマリアは俺に寄り添って少しも離れようとしない。キラキラした瞳

 で合唱を聞き、祝福の声に応じ、練り歩く魔石保持者たちを見ている。

 彼女には7つの魔石が婚約指輪か何かに見えているのかもしれない。


 俺の視線に気付いたのか、その美しい顔が俺に向けられた。こんな馬鹿

 馬鹿しくも晴れがましい舞台で、2人きりでいるかの如く見つめ合える

 俺たちは……もう切っても切れない絆ができているのかもしれない。


 いいわけないのに。俺はこの人の側に居続けることができないのに。

 この瞬間瞬間に幸福を感じる俺は……まだ人間なんだなぁ。


「お前が言葉にしない不安を……俺はわかってるつもりだよ、テッペイ」

「……え?」

「目の奥に隠しきれず見えるそいつを、俺は、わかってるんだ。だから、

 お前が地上を駆けることを止めたりしない。待てる。いつまでだって」

「ベルマリア……」


 周囲の喧騒が全て掻き消えて、愛しいその声が、俺の中に木霊している。

 あの夜、4ヶ月前の夜に、最後まで言えなかった秘密を……不可逆的に

 魔物へと変わっていくことへの恐れを……不安と見抜いて。


「心配すんなって。何とかなるさ。お前は地上で、俺は天空で、俺たちが

 幸せになれる方法を探せばいいんだ。誰もがそうやって、自分の幸せを

 追い求めている。それが生きるってことだからな」


 ただな、とウインクするベルマリア。くらりとくるその魅力。


「魔石、分割で持ってこいって、言ったよな!!」


 勢いよく踏まれる足。残念、こいつは無敵のトレッキングシューズです。

 しかも俺は大変に頑丈にできてます。ナイフもろくに刺さりませんよ?


 でも……痛かったことにして、俺は飛び跳ねた。


 そうやって、目に溢れてきたものを、誤魔化したんだ。

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