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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第5章 地上の冒険、魍魎の姫君
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幕間話 金紫

◆ メリッサEYES ◆


 私はメリッサ。12歳です。

 6歳の時にホラキンに来ましたから、もう人生の半分をここで生きて

 きたことになります。そして近い将来に人生を終えるのでしょうね。


 皆と違い、私は天空を知っています。覚えています。青空の中の日常を。

 お屋敷があって、お庭があって、たくさんの花が色とりどりに咲き誇り、

 お母様の笑顔が綺麗で……あの恐ろしい男が全てを台無しにして。


 あの男が来るたびに、いつも泣いていたお母様。幼かった私には理由

 がわからなかったけれど……罵声や暴力の加害者はいつもあの男。


 お母様がお屋敷から出ると言った時、私はとても嬉しかったのを覚えて

 います。新しい住まいは一軒家でもなく、狭くて汚く古びていたけれど、

 お母様さえ笑顔でいてくれたなら、私にはそれが何より嬉しかったから。


 なのに……あの男が再び現れて……お母様と私とは地上へと追放される

 ことになったのです。当時はよくわかりませんでしたが、あれはきっと

 裁判という儀式だったのでしょうね。お母様と私との幸せは、あの男と

 社会とによって否定され、青空の中から捨てられたのです。


 お婆様の仰る通りです。あそこは酷い所。強きが弱きを虐げるために

 多くが準備されている世界。暴力が集められ、契約という枷を握って。


 ……地上の放浪はお母様と私を打ちのめしました。食べる物も寝る所も

 ありません。恐ろしい魔物もいます。精霊との契約をしていなかった私

 など、ただの足手まとい。お母様は私を庇って殺され、食べられました。


 その場こそ逃れたものの、木の洞に隠れ、後はただ死ぬばかりだった私。

 そんな私を拾ってくれたのは、お婆様とダニエル兄様とビルギット姉様。


 私は食べ物と寝る所を与えられましたが、奪われることは終わりません。

 優しいダニエル兄様も、カッコいいビルギット姉様も、夜の森へと消え

 ていってしまいました。大切な人たちはいつも居なくなってしまいます。


 奪われるんです。それがこの世界の真理なんです。

 やがて私も奪われて、何事もなく世界は回っていくのでしょう。

 

 だから、大切なモノは作らないようにしていたのに……それなのに。


 高橋テッペイという戦士がホラキンにやってきて、もう1カ月と少し。

 私の日課の中に、彼と一緒に自由時間を過ごすという習慣が定着して

 しまいました。採集や訓練、炊事や洗濯といったお仕事の合間に。


 大切な時間に……なってしまいました。


 私は今、一生懸命に木片を小剣で削っています。今度こそいい感じです。

 頭の丸みもきちんと丸いし、頭と身体の大きさ比も大丈夫。いけますね。


「お、メリッサの上手いなぁ。名作の予感がするね」

「ありがとうございます。最後まで油断しないで頑張ります!」

 

 やはりそうでしたか。そんな気はしてたんです。けれど慢心は駄目です。

 細部は慎重に……削り足りない思いを重ねていって、残しきるのです。

 頬のふくよかさ、眦の優しさ、口もとの微笑み……手は合わせて。


 そしてお母様の笑顔を思い浮かべるのです。これまでにないくらいに。

 お母様との日々を、その声を、その感触を……思い出の全てを。


「で、できました……!」


 初めて完成させた木彫りの人形。頭髪の無い頭に柔らかな微笑みを浮か

 べて、両手を合わせた祈りの姿。お母様へのたくさんの思いを込めて。


 オジゾー様という木像の完成です!


「おおー、いいな」


 ハニのための玩具を作っていたテッペイさんが、その手を休めて、私の

 オジゾー様を覗き込んできました。満面の笑顔です。私も笑顔です。


「優しくて誠実で、真面目で綺麗で……素敵なお地蔵様だね。本当に。

 メリッサが込めた真心の形を見る思いだよ」


 ……どうしてそういう言い方をするのでしょう。そんなに嬉しそうに。

 木工の他にもたくさんの楽しさを教えてくれる貴方は、どうしてそう、

 私たちのことで喜んでくれるのでしょう。素敵な笑顔で。


 あの青空の世界では、大きな男の人たちは皆怖い顔をしていて、大声

 で脅してきて、拳や靴で酷いことをしたのに。それなのに。


 貴方はそんなに大きな体なのに静かで、丁寧に細かなことをしてくれて、

 怪物みたいに強いのに優しく穏やかで、いつも私たちに微笑んでいます。


 お婆様と何を約束したのでしょう?


 この1ヶ月余り。日中は私たちに色々なことを教えてくれたり、炊事や

 洗濯を一緒にやってくれたりします。夜になれば外へと出かけていって、

 薪や食べ物や薬草などをたくさん採集してきてくれます。


 皆、貴方の事が大好きになってしまいました。マックスとサイアは身体

 訓練を競うようにやっています。ナルキは新しい料理を教わって、あの

 素敵なお皿に盛り付けることが楽しくて仕方が無いみたいです。ハニは

 貰った玩具に夢中。デンソンは笛を教わっていますね。


 まるで……私たちにお父様ができたみたいです。


「大事にするといい。お地蔵様は子供の味方だし、きっとメリッサの大切

 な思いも聞いてくれる。叶えるのは自分だけどね。聞いてくれるから」


 不思議な言い方をしますね。けれどわかります。貴方の伝えたいことは

 私の心がちゃんと受け取ってます。この像は私の切っ掛けになる物なの

 でしょう? もう会えない大切な人たちへと思いを馳せるための……。


「あ、あのっ」

 

 小さな予感が私を突き動かしました。オジゾー様は何よりも貴方との

 思い出の中に生まれましたから……それがまるで予兆のようで。


「あの、怪物さんは……テッペイさんは、いなくならないですよね?」


 祈るような気持ちで言ったのに。


「え? ええっと、そのぉ……居なくなることも……あるでよ?」


 何をしどろもどろになっていますか。顔も背けて。あ、小剣が指に……

 刺さらないのが凄いですよね。怪物さんですよね。本当にもうっ。


「別に、ずっとここにいてくださいって言っているのではありません!

 たまにでもいいから会いに来てくださいって言っているのです!」

「は、はい……それはもう、喜んで……」


 私みたいな小娘に叱れて、恐縮してくれる怪物さん。

 何の力もない、こんな私の我侭を聞いてくれる怪物さん。

 

 貴方に会えて……本当に良かったと思っているのですよ?


「約束してください。どうせ、あと何年もないことですから」


 そう……本当に何年もないことです。ダニエル兄様やビルギット姉様が

 ホラキンを去った時を思うに、あと3年生きられればいい方でしょう。

 兆候が出始めたら3ヶ月以内に旅立つことになります。


 その時は、このオジゾー様を持っていこうと思います。自分にまつわる

 物を残さずに去るのがホラキンの掟。残された者が笑顔で過ごすために。


「そんなことにはさせない」


 ビックリしました。大きな手が私の肩を包んでいます。


「メリッサ。俺は君たちを鬼になんてさせない。絶対に何とかしてみせる。

 そのためにオババさんの研究にも協力してるんだ。いいかい? 君こそ

 約束してくれ。俺よりも先に死なないって。順番は守ってもらわないと」


 ……本当に、どうしてそういう言い方をするのでしょう。凛々しい瞳で。

 どうしてそんなに、私たちのことを思ってくれるのでしょう。貴方は。


 どうして涙が出るのでしょう。お母様が亡くなった時に、もう流さない

 と決めたものなのに……どうして? どうしてこんなに?


 大きくて暖かな手が、ゆっくりと何度も、私の頭を撫でてくれました。

 私は何も言えないまま……ただずっと、そうされていたのです。





◆ デンソンEYES ◆


 僕はデンソン。11歳。ホラキン生まれのホラキン育ち。

 母親は強姦被害者。父親は複数の強姦加害者のうちの誰か。

 どっちの顔も知らない。だからその辺の草から生まれたのと一緒。


 オババの仕事を手伝ってる。僕たちが飲む薬作り。あくまでも手伝い。

 作る過程で魔法を使ってるから、オババが死んだら薬もそこでお終い。

 薬がなければ大変だ。もしも薬がなければ、僕はもう鬼だと思う。


 だからオババは大人だけど無茶しない。ホラキンの大人たちはどんどん

 死んでいったけど、オババは特別。なるべく長く生きててくれないと。


 でも、ナルキとサイアまでかな? ハニは厳しいと思う。オババの寿命。

 もう色々と終わりが見えてる。僕がそれを見ることはないと思うけど。


 あと1年くらいでマックスは鬼になる。その次はきっと僕。男は女より

 過充魔に弱いから、それが自然の順番。多分マックスは赤鬼で僕は紫鬼

 だろうな。その後はメリッサ。多分金鬼。1年に1体の鬼。


 それくらいの間隔で、段々と終わっていくんだ。マックスは鬼になって

 からが根性の見せ所だって言ってたけど、それは無理。特に男は精神の

 魔物化が早いから、兆候の段階でもう元の人間でいられない。


 男が男らしくなる前に、女が女らしくなる前に、子供が大人になる前に、

 人として終わるんだ。オババたちがどんなにか頑張ろうと、それが真実。


 だから……そんなことしても無駄だと思うんだけどな。


 薬作りの作業室で、今日もオババが新しい実験をしてる。今までと違う

 薬を作る目的だって言ってたけど、材料が材料だと思う。怪物の血液だ。

 魔物じゃなくて怪物。つまり高橋テッペイって男の血液。


 高橋テッペイ。白髪の怪物戦士。多分人間じゃない。頭というか身体が

 変だ。あれで人間だったら僕が人間じゃない。筋肉で全てを解決しすぎ。

 

 筋肉だけじゃない。血を採る時も意味がわからなかった。普通の刃物が

 通らない肌って何でできてるの? ミーの剣を使わないと血も採れない。

 その傷だってすぐに治る。人間って、もっと繊細にできてると思う。


「やー、遅くなりました」


 そういって覆面の大男が作業室に入って来た。吸魔巨樹の樹皮を素材と

 したその覆面は、重魔力を不完全でも遮断できる。僕たちが外へ仕事に

 出る時の必需品だ。消耗品だけどね。


 覆面を取る怪物。人間名を高橋テッペイ。白髪のこの人には覆面なんて

 必要ないと思うんだけど、これもオババの研究の一環。そろそろこの怪

 物がホラキンへ来てから2ヶ月が経つけど、ここ1ヶ月間はずっと覆面。


「それじゃ、やってみますか」


 言うなり、皮袋にブフーっと息を吹き込んだ。それに封をして、今度は

 赤黒い液体を一気に飲む。よく飲めるよね。それ魔物の血なんだけど。


「どうじゃ?」

「やっぱ肉より血ですね。乾いた所に染み渡っていく感じです。気持ちが

 熱く昂ぶります」

「ふぅむ……次はお主の血じゃが、これはもぅ、決まりかのぉ」

「ですね。次は何か生け捕りにしてきますよ」

「じゃなぁ。生き血じゃなぁ、次はいよいよのぅ」


 怖いね、この2人。もう、魔女と怪物がよからぬ企みをしているとしか。

 怪物の体質を利用して色々と考えているみたいだけど。邪悪な印象しか。

 焦る気持ちもわかるけど。必死になる気持ちもわかるけど。


 ……何もかもが上手くいったら、どんなにかいいだろうね。

 皆が幸せであったなら、誰も悲しまないなら、どうなにかいいだろうね。


 でも世界から不幸がなくなることなんてない。そもそも、僕は不幸から

 生まれた命だ。僕がいる限り、この世界には不幸がないなんて言えない。

 覚えちゃいないことだし、悲しくはないけど、事実は消えないからね。 


 それぞれが自分のできる仕事をしていく。結局、それしかできないから。

 僕は今日も石臼を回すし、樹皮を煮て叩くし、溶剤を掻き混ぜる。


「デンソンは今日も精が出るな。あ、変な意味じゃないよ?」


 怪物が僕の作業を覗き込んできた。すっかりホラキンに馴染んでるよね。

 どういう生き方をしてきたのかはわからないけど、珍しい人だとは思う。

 まぁ、怪物だからそうなのかもしれないけど。


「笛はどうする? やらないか? あ、変な意味じゃないよ?」

「笛の変な意味がわからないけど、今日はやらない」

「なら手伝うよ。覆面に貼るやつ、俺が大量消費してるんだし」

「……あっちに干したのがあるから、大きさを揃えて切って」

「わかった。任された」


 巨樹の木片と樹皮とを煮た汁に布を浸し、適度に絞って乾燥させた布。

 それを適当な大きさに切って、覆面の内側に貼る。それで重魔力を遮断

 しつつ呼吸できる覆面の出来上がり。完全には無理だし、消耗品だけど。


 怪物は慣れた手つきで裁断を始めた。基本的に器用で、実際、慣れてる。

 この2ヶ月というもの、採集作業の殆どを1人でやっているのに、他の

 ことも色々とこなしている。たまに何日も戻らない時があるけど、その

 時はその分の採集を前倒しに終わらせてある。凄い行動力だと思う。


 あんまり変だから、特に1つ1つを聞く気にもならないんだけど……。


「怪物さん」

「なんだい?」


 1つだけ気になったので、聞いてみることにする。倉庫の備蓄が今まで

 にないくらい増えていることが意味する、その内容を。


「どこか遠くへ行くの?」

「ああ、次のはちょっと遠出になるかな。10日以上かかるかもしれない」

「何しに行くの?」

「んー……何と言うか……出稼ぎ?」


 まるで意味がわからない。でも、それが普通じゃないことだけはわかる。

 普通なら1日掛かりになるような崖下への片道を、あんな方法で楽々と

 降りていった怪物。その怪物が遠出と言い、長くかかると言う。異常だ。


「お土産、あるの?」

「期待してくれて構わない。ちょっと大仕事だしね!」


 期待なんて……実はちょっとしてたりする。そういう人間じゃないと

 思ってたんだけど、怪物相手だから。普通じゃない僕でもいい。


「期待してる」

「おう、期待しててくれ!」


 あと2年くらいの内に……あと何回、このワクワクを味わえるだろう。

 次の日を楽しみにして過ごす経験をできるだろう。僕はこれが好きだ。


 僕は……この怪物のことが好きなんだろうな。言わないけど。

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