第9話 後輩
「兄ちゃん普通じゃねえったらないな!」とマックス。
「登り方はともかく、あの降り方はどうなのでしょう」とメリッサ。
「凄いね。人間やめてるね。飛んだ方がまだわかるよ」とデンソン。
夕暮れのホラキンで、俺は子供たちに囲まれていた。中庭広間だ。
またも6人全員とは大歓迎じゃないか。しょうがないなー。
「わー、本当に拾ってきたんですねー。すごーい」とナルキ。
「……! ……!」と声も無く鼻息荒く筋肉をまさぐっているサイア。
「だーれぇ?」と不思議そうな顔のハニ。
遺跡内で一泊したけど、それでも帰還はこの時間になってしまった。
荷物が増えてたからなぁ。フリークライミングは結構大変だったよ。
何度か思ったもの。この右手のやつ外せば楽になれる的なことを。
しかし意義深い探険だった。場合によってはまた行くこともあるだろう。
もっと本格的な装備を携えて……特に照明だ。その手の呪符が欲しい。
ま、何にせよ、それは後のことだ。今はこいつをお見舞いしてやるぜ!
「さあさあ、ご注目だ。皆にお土産を拾ってきたよ」
そう言って俺が背負い袋から取り出したる品々は、どれもあの施設を
物色して拾い集めてきた物品だ。王城荒らしだなぁ。
まずは陶器の食器類。割れたり欠けたりしてない奴を探しまくったんだ。
しかも磨いてきた。どうよ。皿が3枚、コップが4個。あと花瓶が1つ。
「わー、素敵ですー!」とナルキ。
「本当……綺麗ですね!」とメリッサ。
その2人はまぁ、いいとして。
「割れ物背負って岩登り……やっぱり、同じ人間とは思えない」
「そ、そうだよな……嬉しいけど、ちょっととんでもねえな……」
って、何で引いてるかな? デンソンとマックスは。何だよー。
「まだあるぞー。これは皆に1つずつね?」
次に取り出したるはキーホルダー的なメダル。何とミーの横顔の意匠だ。
あると思ったんだよね、施設の性質上。綺麗なのが6個あって良かった。
「あ! これ! ミーちゃん!」とハニがまず気付いたようだ。
これは全員が食いついた。よしよし。凄いとか綺麗とか大喜びだよ。
冷めてる風のデンソンすらが矯めつ眇めつメダルを見て、いい笑顔。
よーしよしよし……最後にとどめをお見舞いしてやるかな!
「そして……これだあ!」
ドーンとお披露目したこれこそ逸品。一番重くて大変だった荷物だ。
どうよどうよ? ほーら皆驚いてる。だろ? いいだろコレ。金色だし。
ここなんてクオリティ高いよね。屋根からもぐ時にも気をつけたしさ。
「兄ちゃん、これ……下から運んできたのか?」
何だいマックス、ちょっと顔色悪いぞ? 震えてる? どうした??
ハニが逸品に触ろうとしてメリッサに止められた。え、何その反応?
サイア、サイア、口開いてる。涎出てる。ナルキも口開いてるってば。
っつーかデンソン。何だデンソン、その遠く哲学的な視線は。おい?
「いいだろう? コレ」
一抱えほどもある逸品を優しく撫でてみせる。触ってもいいんだよ?
「シャチホコって言うんだよ」
どうしてか、その時から俺のあだ名が「怪物さん」になりました。
えー……子供って変なあだ名つけるよなぁ……??
橋を渡り、蜂の森へと続く道の途中に座るミーの所へ行く。
岩の出っ張りが上手く隠した道だ。ここに座っているなら、例え航空船
が上空を通過しても見えることはないだろう。ミーの定位置のようだ。
「よ、ホラーキングダムのお姫様」
大太刀を背負ってお行儀よく座るミーに手を振ってみる。律儀に真似を
してきた。恐るべき強さを秘めた幼女……のように見える者。恐らくは
当時の流行に乗っていただろうデザインの魍魎姫。
「少し話したいんだけど、隣、いいかな?」
「ミーは現在、哨戒防衛任務中。ここは動かん。いらっしゃいませ」
「日中は虎蜂、日没後は探険者への警戒か……精が出るな、ホント」
「ミーは魍魎のお姫様。射精不可」
「そういう意味じゃねーよ」
「お姫様への過度な卑猥語は斬り捨てゴメンください」
「ちげーっての。どういう客層と戦ってきたんだよ、お前は」
小首を傾げると、黒髪がサラサラとして、瞳もキラキラと七色を放つ。
仕草と髪はともかく、この瞳の色も最初からなのかな?
向かい合うように座り、ふと思って、夜に染まりゆく渓谷を眺めやった。
ミーはホラキンの守り神として、今ここに在る。こいつの戦闘力を活用
するなら他にもやりようはあったはずだ。それをしないで無為無策に。
いや……過去に何かを試みて、それで今に落ち着いたのかもしれない。
地這という名が忌まわしく流布した原因があったはずだ。天空を生きる
権利人たちとの交渉や争いの中で……ミーはどう戦ったのだろうか。
「お前ってさ、本当の名前は何ていうんだ?」
「ミーは魍魎のお姫様。個体名については公募結果を集計中」
「……集計が終わる前に、色々と終わっちまったってことか」
こいつの正体を把握してしまえば、会話するコツも把握できるってもの。
ミーは名前でなく一人称で決まりだな。そして今やホラキンでの通称か。
「今はミーって呼べばいいんだな、とりあえず」
「正解正解大正解ー。おめっとさーん」
「……ありがとさん」
きっとこいつは言葉の選択がおかしいんだ。語彙は多そうだけど、状況
に応じた選択がとっても残念な気がする。やっぱり人工知能的な印象だ。
そして俺はこいつから情報を引き出すためにここに座ったんだ。婆さん
の許可はとってある。俺はあの遺跡を娯楽施設と見抜いた。そんな俺に
しかできないインタビューがあるはずだ。
「ミーの刀の名前は? どこの製造なんだ? 製品としての特徴は?」
銘と聞かず、誰の鍛冶とも聞かない。
「曼珠沙華。製造元は三船工業。刃鉄にカーボンナノチューブ加工刃を
使用するという大胆なアイデアを確かな技術で……」
おお……訳のわかんないことを仰山としゃべり出したんですけど!
要は聞き方なんだ! キーワードを上手く使っていけばいいんだ!
うん、よし、それはいいとして……材質は何だって?
「か、カーボン……何たらって、何だ?」
「カーボンナノチューブ。硬度150ギガパスカル。体積弾性率546
ギガパスカル。刃への加工については社長以下技術陣による近接
復古主義的道楽が高じた素敵な技術です。よろしくお願いいたします」
ええと……やばい、予想以上に横文字や専門用語が出てきた。特に数字。
数字はやばい。怖い。俺、文系だもの。でも最後の方は何やら製造元の
ささやかな愛嬌を感じた気がする。
「そ、そうか、凄いんだな……」
としか言えない俺は、経済学部経済学科経済史専攻です。宜しくお願い
いたします。フィールドワークが得意です。虚数登場以降の数学は無理。
「ミーはさ、どうしてそんな戦闘技術を身につけてるんだ?」
「魍魎のお姫様は百鬼夜行の長にして妖刀を振るう大剣豪、という設定」
設定かよ。どういうのが流行してたんだ、当時は。
「ええと……その設定のために、どんな技術を身につけたんだ?」
「古今東西のあらゆる剣術の術理を入力済み。なお、該当情報については
著作権所持者から特別な許可を頂いております。詳細については一切の
開示を禁止されております。よろしくゴメンください」
おいおい。じゃあ、最初から動けるし強いってことじゃないか。しかも
本当に大剣豪だ。詳しくはわからないが、著作権者も何を協力してんの。
着物幼女が大剣豪とか頭大丈夫か? まるで飲み会のノリじゃないか!
つまり、こういうことか?
ホラーキングダムの人気キャラクターとして魍魎のお姫様ってのがいて。
ミニスカ丈の着物に黒ハイソというキャッチーなデザインだけど、それ
だけじゃパンチが足りないと大剣豪設定。剣術という剣術を妥協無用で
データ入力。更には相応しい得物として超高硬度日本刀を特別製作した。
うん。
馬っ鹿じゃねーの、当時の人間たち!
いや、凄いよ? 凄い技術だけど凄い馬鹿でもあるよね! 頭いい馬鹿。
そして俺はそんな馬鹿は嫌いじゃなかったりします。楽しくなってきた。
こだわり過ぎだよ、大馬鹿野郎の皆さん。どうせ散財上等でやったろ?
何者なんだよ、あんたたちは。
何なんだろうなぁ、この世界は。
理想郷にも見えた天空はあんなで、地獄にも見えた地上はこんなか。
どこにも喜劇があって、どこにも悲劇がある。変な笑いが込み上げる。
ねぇ、ベルマリア。
不適合者として天空を去った俺ですけど、地上では逆に、どんどんと
深みに嵌っていく気がしますよ。俺の前には俺にしか解明できない謎
が転がっていて、それは調べれば調べるほどに圧迫感を増しています。
日本人としての俺が怯えています。この謎はどこか破滅の臭いがすると。
自分でもよくわかりません……自分が何に対して戦慄を覚えているのか。
ただ、身体が震えるんですよ。俺は躊躇うつもりなんてないのに。
「ごめんください。1つ質問していいか、兄ちゃん」
「何だ? 何でも聞いてくれ」
ミーの方から質問してくるとは意外だな。全部受動的かと思ってたよ。
「空を見るの何故に? 現在天候に異変無し。飛行物体無し。監視不要。
けれんど、空を見るの何故に? ミーに見えない敵の存在?」
何だ、そんなことか。俺が空を見上げるもんだから不安になったんだな。
哨戒防衛任務だっけ? それを実行中の身としては確認したくもなるか。
「違うよ。俺はあの灰色の雲の向こうを思ってたんだ」
「何故に?」
「……大切な人がいるからだろうな。誰よりも幸せであって欲しい人が」
「どんな人か?」
「んー……強くて、美しくて、凛々しくて……何よりも愛しい人かな?」
抽象的過ぎて伝わるわけもないな。案の定、小首を傾げている。
「誰?」
「それは内緒」
「不便」
「そりゃそうか……じゃあ、先輩と言っておこうか」
婆さんにもベルマリアの名は教えていない。火迦神や赤羽については
話してしまったが、ホラキンの性質上、俺が天空から来たことも含めて
周囲には秘匿することにしたんだ。探険者であることも隠さなきゃ。
悪いがミーはコミュニケーション能力に難があるからな……俺が探険者
であることは秘密だと婆さんが教えていたが、正直、不安だ。これ以上
余計な情報は渡さない方がいいだろう。
「先輩?」
ミーは釈然としない風だ。しきりに首を傾げている。どうした?
「先輩とは年齢、地位、経験などが自分より上の人。美しい? 愛しい?」
「お、俺の場合はそうだったんだよ。まぁ……年下なんだけども」
「年下が先輩??」
「特殊ケース! そういう、特殊ケースなんだよ! 説明難しいけども!」
思いのほか食い下がってくるな。予想してなかったので対処に困るよ。
言語入力というか、言語登録的な欲があるのかもしれないな。
しばらく首を右へ左へと傾げていたが、その内折り合いがついたらしい。
左手の平に右拳をぽんと乗せるというベタな様子で、それがわかる。
「特殊意味、登録完了。それに伴い、高橋テッペイを先輩と認定」
「は?」
「先輩とは年齢、地位、経験などが自分より上であり、特殊的には美しく、
強く、凛々しく、愛しい人。全てについて該当する高橋テッペイを呼称
するのに最適と判断。先輩、よろしくごめんあそばせ」
「はぁ……?」
何か変なスイッチでも入っちゃったか? この魍魎の大剣豪幼女は。
歴史の昔から存在してた後輩とか意味わかんない。呼び方なんてどう
でもいいけど……先輩と怪物さんか。両盾と悪食に比べればマシか?
……ホラキンはすっかり夜に沈んだようだ。最初に辿り着いた時と同じ
風景が目の前にある。渓谷に隠れるように灯る明かり。控えめな炊事の
煙。その意味するところはまるで違って見えるけど。
暗い谷底もそうだ。その奥の奥の奥底に埋まった施設の存在が、奇妙な
圧迫感でもって俺の気分をそぞろにする。聞くべきか。聞かざるべきか。
…………聞いてみるかぁ。
「なぁ、ミー。日本って知ってるか?」
「ホラーキングダムは日本政府の協賛のもとに運営しております」
「政府暇だなぁ」
……って、おい。
おいおいおいおい!? 日本政府って、おい、それってまさか……!!
「日本……日本を知ってるのか……ミーは?」
「あったぼーよーう。先輩は外見から日本人と判断済み。メイン客層です」
うらめしやポーズをとるミー。
俺は……その素っ頓狂な様子を、呆然と見つめるしかできなかった。