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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第5章 地上の冒険、魍魎の姫君
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第8話 王国

 見上げる空は遠く、小川のように細く狭く長い。

 大岩がゴロゴロと転がり、根が巨大蛇のようにのたうつ谷底を歩いて、

 俺はその入り口を見つけた。暗い暗い裂け目のようなそれを。


 巨人の苦悶の口腔か、はたまた奈落への落とし穴か。底下への入り口。

 右手に無要を、左手に角灯を構えて、その闇の中へと降りていく。

 

 カビと糞尿の匂いが篭っているな。コウモリか何かが巣くっているの

 かもしれない。広かったり狭かったりする自然洞窟だ。無要を振るう

 には適さないな。まぁ、いざとなったら素手さ。俺の全身が武器だ。


 深いな……婆さんに言わしたら、底の底の奥底だったっけか?

 人が通れる箇所は一本道だから助かるな。こんな所で迷いたくない。


 おっとコウモリ発見。集団で逆さまに寝てる。常識的なサイズだ。

 重魔力が薄いからか。重魔力ってのは、本当に呪いみたいだよなぁ。

 さもなきゃ汚染物質だ。それを吸って力の湧く俺は……何なのやら。


 どれくらい降り進んだか……奇妙な物が唐突にそこにあった。

 岩と岩の間から突き出るように生え、捻れ、折れ曲がったそれ。

 錆び果てたそれは……鉄骨? いや、この世界にも鉄骨はあるけども。


 断面構造が違う。この世界の鉄骨は円形や角形の単純な物ばかりだ。

 けど、これはアルファベットのHの形をしている。日本の建築現場で

 見知った形なんだ。天空では一度も目にしていない形。これは……?


 更に進むと今度は壁に出くわした。人工物だ。しかもこれコンクリか?

 木材でも石材でもなく……この肌触りはコンクリだろ。崩れた所を見て

 また確信。鉄筋コンクリートじゃん。おいおい。どういうこっちゃ。


 天帝の邪龍討伐以前の社会では、建材としてコンクリを使ってたのか?


 しかもこれ、気泡とか少ない上物だ。鉄筋コンクリ自体なら古代ローマ

 とかでも使ってたって聞いたことあるけどさ……先のH型鉄骨と併せて、

 何ともそこはかとなく懐かしいじゃないか。はー。コンクリかー。


 つまりこいつが遺跡なのかな? 全体像はわかるはずもないけど、何か

 大きな建造物が地中深くに埋まっている状態なわけだ。どっかから入れ

 ないかな? 入った先にミーが座ってて、それで挨拶したんだろ?


 あった。

 どういう力が加わったのかはわからないけど、大きく裂けた一画を発見。

 中に入れるぞ。ちょっとドキドキ。未踏じゃないのが安心やら残念やら。


 さぁ、いよいよ中に入るぞ。服を引っ掛けないように気をつ……あれ?

 何だコレ、どゆこと? 見間違いのわけがない。おかしい。でも無い。


 俺のカーゴパンツ、無傷になってる……ミーに裂かれた部分が、綺麗に。

 直った……? いやいや、そんな馬鹿な。でも無い。何なんだ??


 ま、まあいいか。直ったなら直ったで大歓迎だ。とりあえず後にしよう。

 うん。そうしよう。今は遺跡だ。今しかできないことが大事だ。うん。


 でも……何なんだろうなぁ……?





 何なんだろうな、ここは。


 中が外だ。建造物の内部に入ったつもりだったんだけど、何というか、

 内部が外っぽいんだ。今俺が歩いている石畳の道も、外れれば砂利やら

 土やらになっている。角灯の明かりじゃはっきりしないが、何だか夜の

 村だか街だかを歩いている気分だ。大災害の被災後みたいな風だけど。


 道沿いに建ち並んでいただろう建物群は、どれも酷い在り様だ。火災の

 後に地震でも来たようで……在りし日の姿がまるで想像できない。基礎

 は確認できる。これもコンクリ。それが何とも気持ちを暗くさせるよ。


 ふーむ……これなんて元は小さな橋だろ? だとすると、この溝は川?

 でも舗装されてるぞ? 汚れちゃいるが、水道とかプールとか言われた

 方がまだしっくりくるな……優れて人工的なんだ。


 天井が高いことも、ここが建造物の内部であるということを忘れさせる。

 アレだな。もしも初日にここで目覚めていたら、俺はここが地下だとは

 気付きもしないでいただろう。夜の明けない廃墟の街だと思ったろうな。


 全体像を見てみたいな。それこそ照明が欲しいところだ。何だか夢でも

 見させられているように錯覚してくる。やたら静かなのも気が塞ぐ。


 ん? おお……こりゃ確かに王城だ。山盛りの瓦礫かと思ったそれには

 尖塔や城壁の名残が確認できる。建物として大きかったためだろうか、

 他に比べて比較的状態がいいな。下層部はともかく、上層部が残ってる。


 お、ここから入れるな。ボロボロのテラスから中に入る。中は大広間に

 なっていて、内装は無惨だが元の豪華さが忍ばれる。何だか赤羽屋敷を

 思い出すなぁ……舞踏会とか開けそうだ。建物全体が傾いてるけども。


 何だろう、壁際のコレは……暖炉か? え、暖炉? 何で暖炉が??

 赤羽屋敷に限らず天空の御屋敷には暖炉なんてない。魔石様から力を

 ひいていて、いわゆるセントラルヒーティングのような物が確立して

 いるからだ。火を燃して暖をとるのは、変な話、貧民窟的なんだ。


 人類が地上に暮らしていた時代には、そういった技術が無かったのか。

 まぁ、俺にはそれすら親近感が湧いてくるけども。いや、俺の家には

 暖炉なんて高級な代物はなかったけども……んん!? あれ!?


 何百年だか何千年だか知らないが、相当に昔だよな? なのに薪が原型

 を留めて設置されてるんですけど! で、触ったらコレ、偽物ですよ!

 硬いもの。木目とか嘘だもの。見た目だけのオシャレ暖炉だったのかよ。


 親近感とか返して欲しいな、全く……って、おや? これは……文字?

 偽薪の横に、目立たないよう彫り込まれている傷がある。角灯を寄せる。


 『Y.T&A.E』


 …………え?

 これってアルファベットだよな? しかも、これって……イニシャル?


 おい。おいおいおいおい。業者名? それともどこぞの馬鹿っプル?

 どちらにしたって大発見じゃないか! 俺にしかわからない発見だよ!

 これって……こっちで目覚めてお初のアルファベット表記なんだ!!


 どういうことだよ、おい……天空へ上がる以前って英語があったのか?

 そして失伝していった? レギーナもハーレムって単語使ってたし。


 それにしても、ビックリした。ちょっと興奮しちゃったよ。不意打ちだ。

 何かの発見を期待していたけど、まさかコレとは……他にもあるかな?


 気分は名探偵でもって周囲を探索していく。犯行現場でも何でもないが。

 そしたらまぁ、あることあること。当時の流行だったのかな。偽薪表面

 だけでも9カ所ものイニシャル。暖炉の内側にはもう、数えきれない程。


 そして思った。何かこれ修学旅行とか思い出す。観光地のイメージだよ。


 王城と街が丸ごと建造物の内部に在ることといい、小川の舗装といい、

 妙に整備された道といい、この偽物の暖炉といい……記念刻印といい。

 まさかとは思うけど……アレだとするなら全部説明がつくんだよね。


 ここってさ……もしかして…………娯楽施設なんじゃないの?


 廃墟だし暗闇だしで、遊園地系だか歴史再現系だかはわからないけども。

 ビルか何かの内部に造られたアミューズメントだかテーマだかのパーク

 なんじゃないんですか? ねぇ、ちょっと、暖炉さん。違う?


 城入る時に変だなぁとは思ったんだよ。だってすんなり入れるんだもの。

 城壁薄いし、濠も無いし、街と城との間にほとんど空間がないんだもの。

 防衛力皆無じゃんとか思ったもの。だって城門すら見当たらなかったし。


 ……ミーって、いらっしゃいませって言って婆さんを迎えたんだよな?

 それってさ、接客だったんじゃないか? こう、施設側的な意味でさ?

 そう考えると、あいつの不思議な言動にも妙に説明がつく気がする。


 更に奥へと探索していく。


 どこも見事にボロボロだけど……ははは、俺には見える。見えるよ。

 廊下の壁の下部に……ほらね、非常時の誘導灯だろ。コレ。順路も

 示してるっぽいな。あはは、この頭蓋骨も偽物だ。っつか頭蓋骨て。


 おっと壁に落書きが刻んであるのを発見。そこだけ長方形に壁の色が

 違うってことは、タペストリーか何かが飾ってあったのかな? うん、

 それらしき朽ちた物が床に落ちてるわ。で、どんな落書きかなぁ?


 『ほらきんLOVE!』

 

 英単語発見! そしてこれがホラキンの命名由来か、婆さん! 

 明らかにふざけてる。何だよ、ほらきんって。人名? 施設名?

 LOVEの意味が分からないと、まぁ、意味深かもしれないが。


 小塔の1つに登っていくための螺旋階段を発見した。その入口には金属

 のプレートと朽ちた縄とが落ちている。プレートを手に取る。表面には

 文字が刻まれていた。あーはいはい……これが語源か、婆さん。


 『魍魎の姫の塔』


 おどろおどろしい感じに刻まれているけどさ、本当に妖怪の城だったら

 わざわざこんな親切な看板ないよね。もう1枚の、こちらはプレートと

 いうよりは案内板的なものを発見。『警告』と『危険』の字を確認した。

 そして俺の大胆な予想が、前後の解読不能部分を埋めていく!


 『警告! この先は危険ですので関係者以外立ち入り禁止です』


 ……とか、そんな感じなんじゃないの? ねぇ、プレートさん、違う?


 そんな警告を無視して颯爽と階段を上っていく俺。テンション壊れた。

 無性に笑いが込み上げてくるんですけど。何だこれ。何やってんだ俺。

 そーら、突きあたりだ。時代めかした鉄扉を開ける。小部屋ってここか。


 どんなにか朽ち果てていようとも、在りし日のデザインが窺い知れるな。

 西洋ゴシックホラーを基本として東洋の妖怪要素をアレンジしたと見た。

 屋根付きベッドの脇に囲炉裏はどうなのよ。どちらも痕跡あるのみだが。


 ん? 屋根を突き破って何かが垂れてきてるな。根か。吸魔巨樹の根だ。

 床にまでは達していないが、その下部の床部分には皿が設置してある。

 これは……ミーの工夫かな? 己のエネルギー源を確保するための。


 皿の汚れを拭いてみて……その陶器に記された英語を発見した。

 なるほどね……はいはい……これが答えってわけね。大正解ってことだ。


 皿の縁にカッコいい字体で記されていたのは、恐らく、この施設の名前。


 『 ~ Horror Kingdom ~』


 ホラーキングダム。略して「ほらきん」ね。恐怖王国ってことね。

 和洋折衷的な幽霊だか髑髏だか魍魎だかを楽しむテーマパークね。


 そして、そこのお姫様的なキャラクターがミーか。ミー。ミー?

 もしかして「ミー」ってのは「ME」か? 文法的に間違ってるが、

 一人称が「ME」っていうキャラを漫画で読んだことあるよ、俺は。


 はぁ……何なんだよ、畜生。


 その場にどっかりと座りこんだ。何だか急に力が抜けたよ。反動かな。

 落書きから察するに、この施設を利用していた人間の言語は日本語だ。

 その上で英語も使う。それってつまり、俺の知る日本人の形だ。


 日本にこんな室内テーマパークがあったら、きっと人気だったろうな。

 ミーのデザインもそっち系に受けが良さそうだし、刀を使うなんてのも

 ベタな設定かもしれない。他にもキャラがいたのかな?


 っていうか、あの戦闘力は何だ?


 最初からか? 後からか? 後からだとしたら樹油で重魔力を摂取した

 からって辺りか? どんだけ物騒で有害なんだよ、重魔力。危険過ぎる。


 そもそも自立行動や自立思考は何なんだ? 状況からして人工物である

 ことは間違いないミー。ロボットなのか? それとも未知の技術による

 何かなのか? それも重魔力が原因? 何かもう訳わかんないよ。


 まぁ、でも……。


 あの着物の自動クリーニング機能からして、きっと高度な文明だったの

 だろう。この施設を造った文明は。そしてその技術があの刀の切断力を

 裏付けているのかもしれない。いわんや、ミー自体の性能もか。


 そんな文明が……俺の知る日本よりも技術的に進んでいるような文明が、

 邪龍とやらに一度滅ぼされかけて、今の世界があるというのか。


 俺の知る日本とよく似た文明が、居心地が良さそうな文明が失われて、

 地上には地獄が広がり、天空にはあの社会が形成されたというのか。


 とんでもない話だな。

 初心に戻る思いだよ。


 この世界って……何なんだ?


 異世界って1単語だけで納得できるほど、俺の頭は愉快にできてない。

 俺の中に存在する「日本」が、この世界の多くに対して疑問を生じさせ、

 それを解明するべしと俺を促している。それができるのは俺だけだと。


「……でもさぁ、そんな世界に目覚めた俺って、何なんだよ?」


 耳を澄ませても答えなど返ってくるはずもなく、けどここ以上に答えが

 返ってきそうな場所も思い当たらないで……俺は独り事を繰り返した。


 角灯が油切れを起こすまで、ずっと、繰り返していた。

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