第5話 黒色
やあ、俺、鉄兵! 精霊って何種類いるか知ってるかい?
8種類だよ、割とたくさんいるよね! 選り取りみどりだよね!
赤色は火精ウサギ。青色は水精カエル。茶色は土精タヌキ。
緑色は風精ツバメ。金色は雷精キツネ。銀色は氷精イルカ。
紫色は闇精ネコ。桃色は光精イヌ。とまあ、こんな感じだよ。
その人の魔力の性質や何かで、どの精霊と相性がいいかが決まる。
個人的には雷と闇が好みかな! 狐も猫もモフモフだよね!
これに未成年の黒色、老化や何やで発魔しなくなった白色を足して。
全部で10色もあるわけだ。この世界の髪色は正に十人十色だね!
え、俺は何色かって? ははは、聞くなよ畜生っ!
「これは……どう判断したらいいんだろうな。生物種の問題なのか?」
ベルマリアが物凄く難しい表情してるよ。俺は半べそですよ、ええ。
お察しの通りだよ、現在完了進行形で、黒髪黒目の鉄兵ですともよ。
異星人だか異世界人だかな俺には、精霊さん反応せずでしたです。
何かね、瞑想の間ってところでね、独り静かにお祈りしてたんです。
目を閉じてるとね、精霊色の光ってのが近付いてくるらしくて。
ワクワクしながらね、待ってたんです。お目目閉じて。ドキドキして。
放置プレイですよ、ええ、はい。
見事に無視ですよ。総スルーですよ。何1つ起きませんでしたよ。
前代未聞ってわけでもないらしいけど。先天的に白髪で産まれた子は
やっぱり反応しないんだってさ。発魔してないからだってさ。
俺はね、何と、発魔はしてるらしいのね、これがまた!
不安定ながら魔力は強力に流れてるんだって! 俺の身体ん中!
何か薄い大皿に水が張っててね、それに触れる検査があったんだ。
割れちゃったもん、お皿。軽く怪我したもん。神官どん引きだもん。
ああ、神官の女性にはベルマリアがガッツリ口止めしてた。
もともと信用できる人らしいけど、何しろこっちゃ珍獣だからね!
初対面で目ぇ丸くしてたもん。儀式と皿の後じゃ口もあんぐりだもん。
これって、俺、どうなっちゃうんだろうね!?
魔力だか何だか知らないが、勝手に湧くだけで恩恵なしとか何の呪い。
未契約だと魔法って形での消費もできないんだってさ! 何だそりゃ!
何しろ皿割るレベルで満ちてミッチミチだしね! 爆発すんじゃね!?
…………洒落になってねぇ。何か胸苦しくなってきた。
「落ち着けテッペイ! 別に状況が悪化したわけじゃねぇだろ!」
「う……は、はい……」
「何しろお前は日本人だ。こっちの人間とは何かが異なるのかもしれん。
とにかく調べるんだ。魔力の性質と魔力への体質とを早急にな!」
「は、はい!」
そんなわけで、ここに俺の身体の徹底調査会が開幕されることに。
主治医はベルマリア先輩です。中身おっさんの超美少女です。
助手は神官のペネロペさん。薄藍色の髪と目をした大人の女性です。
すんません、巻き込んじゃって……それにしてもガン見ですね?
「はぁ……凄いですねぇ……物凄く良く育ったお子様みたいですぅ」
成程、これが一般の反応なのか……ほ、本当にそうか?
少なくとも警戒とかはされないみたいだ。ここ天空だしなぁ。
目の前の男がいきなり猫耳になったとして、ビックリ面白いだけか。
「まずは魔力の性質だ。ペネロペ、霊性傾向試験薬を用意してくれ」
「はぁーい、毎度ありがとうございますぅ」
「え、今何て?」
「お前ぇはこっちだ。そして脱げ。裸になりやがれ!」
「え!? ええっ!?」
水風呂に入れられました。陶器の小さな浴槽です。膝を抱えて。
寒い。そら寒い。けど熱い。顔が熱い。何。何なのこの状況。
ベルマリアがですね、顔真っ赤にして、こっち睨んでるんです。
おい。おっさん、なんでしょう? 何で照れるの! ねぇ、おい!
ま、まさか……そっち系なんじゃ……あれ? それって問題無い??
駄目だ混乱っ。難しすぎるよ、この状況! それどこじゃないのに!
「お待たせしましたー。それじゃ入れますねー、えいっ」
ペネロペさんがマイ裸体には何の興味も示さず、何かを注ぎ入れた。
小瓶に入ってたのは魔力の性質を検査する薬だそうで、無色透明だ。
それなりの精度で「成るべき色」がわかるんだとか。いいねそれ!
これなら無視されない。あの間抜けな時間は訪れないはず。
……と、思ったら……こう来るか。そうかそうか。そうかぁっ!
「水が黒くなるなんて、私、初めて見ますぅ」
「ははは……はぁ」
「……テッペイ、汚れてたりするか?」
「ち、違いますよっ!」
違うはず。泥とかは船室で拭ったもの。それにしたって黒はないだろ。
しかしまぁ、実に見事な黒色だこと。墨のようだよ、全くもう。
それに……心なしか粘性が増してるような……よく磨った墨というか。
これが俺の中の魔力とやらを表しているのなら、ちょっとキモい。
っていうか、今普通に体がキモい。浸かってたくないです。これ。
「分析に出すよりないか……少し採取しておこう」
「はぁ」
「な、何だ! 向こう見てろ、やりづれぇだろが!」
「はぁっ!?」
それってそっちの台詞だろうか。っていうか、何で頬が赤いの!
さっきからおかしいぞ、この人。中身おっさんのはずなのにさ。
それともアレか? 女の子期間が変な恥じらいを生んだのだろうか?
とりあえず赤面するのはやめてほしい。伝染します。ドキドキします。
バスタオルを借りていそいそとパンツ履く俺。男が一番情けない瞬間。
「次は体質だな。腕の1本でも採取できれば色々できるんだが……」
「やめてください。死んでしまいます」
「ともかく通魔してみるか。俺とペネロペで4種類は試せるわけだし」
通魔って何だろうと思えば、両手をつなぐだけでした。柔らかい。
要は通電だ。片方から魔力を流し込んで、もう片方へ通すわけだ。
「属性同士の相性で、抵抗が強まったり弱まったりするんだ。これでも
お前の魔力の性質を測れるっちゃ測れる。ま、狙いはそこじゃねぇが」
「俺の身体が魔力にどういう反応するか、ですね?」
「そうだ。過剰に反応するようなら、変異も極端に起こるってこった」
変異、かぁ……獣人化と魔物化とあるわけだが、俺はどうなんだ?
前者は未契約ながら最も相性のいい精霊へと近づくわけだろ?
精霊にガン無視された俺の場合って、一体、どうなるんだろう。
変異しないのか、魔物化なのか、それとも未知の変化なのか。
最初だといいなぁと思う。凄く思う。2番目は絶対に嫌です。
最後のだとして、哺乳類ならいいな。爬虫類や魚類は嫌です。
「……どういうことだ!?」
「んへ?」
さっきっからベルマリアとお手手つないでたんだが、様子が変だ。
物凄くシリアスな顔してる。っていうか、何の感触もなかった。
いつ始まるんだろうなーと思考を飛ばしてたんだが。
「火属性も雷属性も氷属性も、何1つ、帰ってこないだと……!」
「え……帰ってこないって……どういうことです?」
「吸収されちまうんだ。全部。際限なく吸い取られそうだ!」
何だそりゃ、予想外過ぎる……いや、いやいや、そうでもないか?
あれじゃね? 最大MPがとっても大きいとか、そういう系じゃね?
もしもそうなら、つまり、しばらく変異しないってことじゃん!
「本当ですねー。属性力を塗りつぶされる感じかもですねぇ」
いつの間にか通魔していたペネロペさんがのたまう。どゆこと?
「黒……黒か……そういうことか」
ベルマリアは何やら納得してらっしゃる。何か名探偵みたい。
基本的に俺には発言権がないというか、ついていけないというか。
自分の身体なのに一番他人事な感じです。医療ってこんなものよね。
その後も何やら専門用語で会話する御二人。ただ待つ俺。
はぁ……緊張感ってそう長続きしないんだよなぁ。飽きちゃう。
注意力散漫とか根気がないとか、色々と言われてきたけども。
まぁ、その通りなんだよね。今もそう。恐怖感すら保てなかった。
死ぬときは死ぬしね、何をしたところで。
死なない人間もいない。いつ死ぬかの違いがあるきりで。
そう考えると、色んなことが楽になるんだよな。逃げかもだけど。
蟠りや執着、心を引っ掻いたり揺さぶったりする諸々のもの。
そういうの全部から自由になれる呪文だ。死。死にたくはないけど。
逆に言えば、全部を放っておいても生きていけるんだよなぁ。
ぽへーっとしてても死なないからね。無意識で呼吸も鼓動もできる。
生きにくいと感じる要素って、大概は社会的な問題だ。人でなく人間。
なんて。
また放心してたんです。俺。そしたらですね、構えてるんです。
少し距離おいて、ベルマリア先輩が、左の人差し指を突きつけてます。
「大丈夫、ちょっとピリッとするだけだ。歯ぁ食いしばれ」
「ちょっ、えっ、ちょまっ!?」
バチッと裂空の放電現象、心電図みたいなギザギザな1本で。
冬のドアノブのアレだよ超痛いんですけどっ! 右腕がぁ!
火傷……はしてない。でも鈍痛。ブンブン腕振りまわして散らす。
「やはりな。痺れの持続効果が一切ねぇときた」
「わぁー、凄いですねぇ」
人に酷いことしといて嬉しそうです、あの2人。華があるのが何とも。
怒るべきかどうか躊躇してたら、ペネロペさんのまさかの発言。
「じゃあ、私もやってみますぅ」
「「えっ!?」」
あれっ、ペルマリアまで驚いてるんですけどって思った隙に。
ペネロペさんの両手からドッジボール大の水塊が飛んできた!
顔面命中っ、痛くないけど、でも……息できねぇえええ!?
何この水、へばりついて離れないんですけどっ!
口ん中にばっちり満水だよ、くそっ、目が鼻が耳がっ!
思い出す! 小学校と中学校を思い出す! プールが海があばばば!
ガブリ。
噛みついた。何か哀しみと怒りでもって噛みついた。そしたら。
水がバシャリと地面に落ちた。自然落下。吸う。息吸う。ビバ空気。
「魔法を破り解除する……つまり破魔か。一方で吸魔でもある。むぅ」
「「ゲホゲホゲホッ」」
ん、あれっ? ペネロペさんもお腹押さえて咳き込んでる。
あー……はい、ベルマリアの右拳がナックルな様相を呈してるね。
ボディーブローだね。いいのが入ったんだね。南無ー。
「こりゃもう本格的に異質だなぁ、テッペイ。いっそ面白いぞ」
「勘弁してください。どうしたらいいんですか、俺は」
「……根本的な解決にも解明にもならんが、封魔処置ってのがある」
封魔。魔法を封じる……というより、この場合は発魔を封じる、か。
そんなことが出来るなら、確かに、変異・変化を先延ばしできるな。
時間が稼げるなら、他の解決策がわかるかもしれない。
いや、あっちへ帰れるかもしれない。それまで保てればいいんだ。
「お願いします。それを希望します」
「……わかった。おい、ペネロペ、やってやってくれ」
「うう……胃が……毎度ありがとうございますぅ」
今度ははっきり聞こえた。やっぱり有料なんだ、さっきから。
しかも高額な雰囲気がある。風呂の時の小瓶も芸術品っぽかったし。
こりゃあ、でっかい借りが……ご恩ができてしまってるなぁ。
出会いからずっと世話になりっぱなしだ。日本人ってだけで。
心細さから甘えてしまっていたが、それじゃいけない。お粗末だ。
借りを返さなきゃ、帰るにも帰れない。死ぬにも死ねない。
この時の俺はそう思っていた。
そしてその決済を1つの目標にした。
そのことが俺を、鉄兵を「鬼神」へ。ベルマリア先輩を「覇王」へ。
それぞれに変貌させていくのだとわからずに。
……わかるはずもなしに、ただ、そう思っていたんだ。