第7話 回収
ホラキンの朝は早いようだ。
昨晩は個室を……たくさん余っている内の1つを借りて寝たんだけど、
住人たちにはバッチリ把握されていたらしい。中庭風の広間に出ると、
そこには6人の子供たちが俺を待ち伏せしていた。
大小様々にいる。5人の小学生の中に1人園児が混じっている感じか。
全員が黒髪黒目だ。火子島家の流れを汲むのか、拾われてきたのか。
「ごめんなさい! 兄ちゃんの武器捨てたの、俺なんだ!」
短髪の少年がグワッと頭を下げてきた。一番大きな子だ。見た目から
判断して小6くらいかな? これほどに大きな黒髪の子は初めて見る。
これが……婆さんの作ったという薬の力なのか? 変異の発症は個人差
があるから一概には判断できないが。体内魔力を吸収し、排尿でもって
体外へ放出するという薬。何十年もの研究の成果としてのそれ。
「ミーの攻撃避けてたから、拾われて強くなんないように、捨てたんだ。
ごめんなさい。兄ちゃんの大事な物だって聞いたよ……」
「私が捨てた方がいいって言ったんです。ごめんなさい。私が悪いんです」
次に大きな、直毛を長く垂らした少女が進み出た。何か決意したような
表情だ。俺が私がと、2人して主犯を譲らない口論が始まった。あらま。
「でもま、あの時はこの人敵だったし。武器置いてく方が間抜けだよ」
もう1人共犯者が出てきた。背の順的に3番目の少年か。分け髪。最初
の短髪少年を手伝ったらしい。そして間抜けとの指摘。ですよねー。
「馬鹿、デンソン、俺が謝ってるってのに!」
「そうです、貴方は黙っててください!」
「それはそれ。これはこれ。謝るところは謝る。間抜けは間抜け」
「「デンソン!!」」
「マックスとメリッサだって笑ってたじゃん。馬鹿だぜーって」
「そ、それとこれとはぁっ」「私は言ってません!」「ずるっ!?」
そういうことは相談してから来ればいいんじゃないかな? 賑やかに
言い合う3人を余所にして、残る3人は懐っこく側に寄って来てたり。
「お兄さん外から来たんですかぁ。ミーちゃんに勝ったって本当ですか?」
肩口で髪を切りそろえた少女が、おっとりとした口調で聞いてきた。
隣に立つ一本結いの少女も興味があるようだ。めっちゃ睨んできてるが。
もう1人の、最もちっちゃい女子園児みたいな子は眠そう。寝せとけし。
「勝ったっちゃ勝ったけど、殺されるかと思ったよ。ミーちゃんは強いね」
「はいー、とっても強いんですぅ。私たちの守り神様なんですぅ」
守り神か……天空社会では精霊と天帝が信仰の対象だが、この地上では
勿論違うよな。むしろあっちからしたら、この子たちは小悪魔の類か?
ベルマリアですら地這を良いイメージでは語っていなかった気がする。
改心させて封魔がどうのと言っていた。キッカさんへの嘘の中で。
そしてこの子たちにとっての天空は、悪と外道の巣窟のようなものだ。
そう教えざるを得なかった婆さんの苦悩を思う。子供だけでも天空へ
上がれるよう腐心して……悔恨と怨嗟とを味わい続けた無残と酷薄を。
俺の素性をこの子たちには明かせない。探険者が排除対象となっている
ホラキンの歴史が、俺にそれをさせない。してくれるなとも頼まれた。
「す……素手で?」
一本結いの子が物凄い形相で言うなり、俺の腕と肩とを凝視している。
ほほぅ……そういうことか……空気の読める俺は腕まくり。ググイっと
ゴージャスなマッスルを見せてあげたら、目は爛々。頬は紅潮。やはり。
「はっはっは。触ってみるかい?」
凄い勢いで接近され、ペタペタと触られまくりです。この子将来有望だ。
サイアちゃんと言うそうな。肩口髪のぽやーっとした方はナルキちゃん。
さっきっから眠そうな幼女はハニちゃん。覚えた。全部覚えよう。
1番大きい子、短髪の少年がマックス。この子供たちのリーダーかな。
2番目に大きい子、直毛ロングの少女がメリッサ。真面目そうだな。
3番目の子、分け髪の少年がデンソンかな。冷めてて聡い感じだな。
6人全員を覚えよう。名前と顔を、その表情を、全部覚えて忘れまい。
このままにするつもりはない。けれど専心できない俺だから。
「うお、凄ぇ腕!」
口論は終わったのだろうか、マックスも食いついてきた。よしよし有望。
メリッサはまだ難しい顔してるし、デンソンは興味無さそうだ。
「捨てられた俺が馬鹿だったんだし、捨てた君たちは利口だったと思うよ。
それでも謝ろうっていう気持ちは受け取ったから、もう気にしないで」
実際、大した手際だとは思うからね。3人掛かりでも大変だったろうし。
俺とミーが対峙したその時から様子を窺ってたんだろうな。この3人は。
年上が年下を護るという、このホラキンの掟に従って。
「それに、無くなってしまったわけじゃない。俺、今から取りに行くし」
「「ええええ!?」」
うん、まあ、そうだよね。結構な深さというか高さというか、あるしね。
でも諦めるわけにはいかないのだ。俺の使える武器ってアレしかないし。
それに……無要は象徴だ。俺が失敗から始まった戦士という事実の。
ホラキンの住人だったのかもしれないんだよな、あの鬼も。赤色だった。
茸の林に巣食う鬼たちは、何もそこに居続けるとも限らないんだ。あの
コンパス足も沼を越えそうだったしね。時が経てば移動していく。
それって、鬼には理性や記憶が残っていないことの証明でもあるよな。
どんな使命感を持っていようとも……いや、違うか。証明にはならない。
鬼になる最後の一瞬に何を思うかなんて、誰にもわからないんだから。
俺にしたところで……その最後に世界を恨まないとも限らない。
「また戻ることになると思う。何かお土産でも探してくるよ」
そう笑って見せて、俺は無要回収および遺跡探索の崖下りへと出発する。
6人は手を振って送り出してくれた。笑顔がひきつってた気もした。
飛べたらいいのにね。
何度となくそう思いながらひたすら崖下を目指す。フリークライミング
というやつだな。渓谷は深くてロープがまるで足りないから、いっその
ことファイト一発的に降りちまえと思ったんだけど……後悔が1つ。
降りられるけどさ、登る時どうしよう? 無要が凄く邪魔になりそう。
ミーとの対決で慢心良くないと思ってはみたんだけども、どうしたって
緊張感に欠ける俺だ。だってさ……例えこの高さから落下したところで、
ぶっちゃけると何とかなるんじゃないか? 封魔環を外しさえすれば。
安易に選んでいい選択肢じゃないが、俺はある意味で常に手加減状態で
いるんだ。不意をつかれない限り命の危険は無いとすら考えてしまう。
魔物化という自己破滅はつきまとうにしろ……本当にどうしようもなく
なった時には、右手以外の封魔環も外すという荒技が残されてもいる。
やったらどうなるだろう……全身が魔物化するんだろうか。
もしもそうなら、俺はもう鬼ってことだ。
こうして黙々と降りてるとさ、いちいち封魔環が目につくもんだから、
やたら余計なことを考えてしまうよ。長距離走は苦手なんだ。暇だから。
あー……何か壁面と壁面の間隔が狭くなってきたな。V字型なのかな?
そしてもって、そろそろいけるんじゃね? あれが使えるんじゃね?
よし……やるか!
岩壁を蹴って、向かいの壁へと跳躍する。最初だから上めの放物線。
届いたらまた蹴る。元の壁に戻る。そしてまた向こうへ。すぐこっちへ。
いいね、いける、割と楽しいぞこれ! 充実感と全能感が凄い!
いわゆる三角飛びの連続による崖下りだ。古い山羊の映像で見たことが
あったんだけど……やれるもんだなぁ! 俺の身体能力と超頑丈な靴が
揃っていて初めてできることだけど。楽しい。これ楽しい。はまる。
そう、これって忍者! 俺今凄く忍者っぽい! はっはっは!
あー……着いちゃった。楽しむとあっという間に終わる。それが真理だ。
大きな平たい岩の上に着地した。周囲は荒々しい岩石がゴロゴロしてる。
薄暗いが視界は充分だ。まずは無要を探そう。例え壊れていても。
ふむ……あの巨大樹の根か、この波打つ岩みたいなのは。凄いもんだな。
岩と融け合うようなこいつの存在が、蜂の森や渓谷における重魔力濃度
の薄さの原因なんだ。婆さんたちが放浪の末にここを拠点とした理由。
婆さんいわくの吸魔巨樹。こいつは重魔力を呼吸する。大気中の重魔力
を濾しとって自らの養分とするんだ。だから樹液にはそれが溶け込んで
いる。樹油とはそれだ。あの黒い弱粘性の液体。ミーの栄養源。
蜂の森の茸型大樹もこいつの派生だ。何百年だか何千年だかすれば成長
してこうも巨大になるのかな? あっちは樹油を作るまでの能力がない。
精々、重魔力を分解して発光するくらいだ。そう、俺はてっきり別の草
だと思っていたけど、あの淡い光を発する植物たちは木と繋がっている。
黒色の重魔力……それを分解すると、あんなに綺麗な色とりどりの光に
なるのか。赤、青、黄色……金色? 精霊の色ということなのかな?
俺に魔法が効かない理由と関係ある……のか?
そもそも、俺の体質が生じさせた黒い水と樹油とはどこまで似ている?
見た目だけか? それとも類似品か? もしくは……同一品なのか??
わからない。わからないが、調べる価値があるように思える。
どうすれば調べられるだろう……黒い水ですらいつの間にか悪霊兵団に
入手されてしまった現実がある。これは恐怖だ。もしも奴らにこの地の
存在が知れてしまったなら……あの子たちは悲惨なことになるだろう。
茸型の大樹にしろ、この巨樹にしろ、天空では発見されていない植物だ。
そして研究価値は計り知れないだろう。現に、婆さんたちが開発した薬
はこの巨樹を材料としている。吸魔性質を利用しているんだそうだ。
占拠されるだろうな。ミーがどんなにか強いといっても、たった1人で
大軍を相手どり、全てを護り切れるとは思えない。艦隊規模での爆撃や
魔法射撃は個人で対抗できるものじゃない。ホラキンの安寧は崩れる。
体内魔力排泄薬が作れなくなり、重魔力の濃い世界へ放り出されたなら。
そんなことになったなら……マックス、メリッサ、それにデンソン辺り
も危ないだろうな。何色かに自らを染め、その色の鬼となるだろう。
ん? んん?
万一のことを考えていて、ふと疑問が湧いた。そして勝手ながらも納得。
ホラキンには裏道というか……抜け道があるんだろうな。外部へと続く。
そうでないと婆さんたちは地這としての活動ができない。蜂の森は夜に
越えるとしても、その先が無理だ。ならば抜け道だろう。俺には秘密の。
もしも……もしもどうしようもなく世界が悲劇を欲していて、ホラキン
が外部勢力に制圧されそうになる日が来たならば……抜け道が切り札だ。
俺がその時にまだ生きていて、子供たちがまだ居たのならば、俺がやる
ことは海賊の類と一緒になるな。航空船を奪って待機させておき、抜け
道を通って子供たちを連れ出して、天空へ上がる。そして船で暮らす。
天空社会的には大犯罪者の誕生だな。ベルマリアに合わせる顔もない。
けど、やるだろう。俺はやる。この地で触れた心意気が俺に決意させた。
……お?
おお、あったあった。無要。何だ良かった、壊れてないじゃん。
でも何だか汚れてるな……ああ、これって樹油か。樹油塗れだ。
丁度、吸魔巨樹の根の1本に命中してたんだな。
純粋な岩石と比べれば柔らかいから、衝撃を吸収してくれたんだろう。
無要は壊れるどころか歪んですらいない。ラッキーだったな。
さぁ……次は遺跡の入り口を探そう。ミーの座っていた最底への道を。