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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第5章 地上の冒険、魍魎の姫君
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第5話 洞穴

「おお……凄いな……!」


 ホラキンとか言うその洞穴住居は、予想以上に整備された場所だった。

 てっきり蟻の巣的な、空洞と空洞が連続していく感じをイメージして

 いたんだけど……いやいや、どうしてどうして、凄いクオリティだ。


 繊維だか石材だか知れない、その中間のような内側を、面を基本として

 整然と掘削してある。天井こそ丸みがあるものの、壁や床は綺麗な平面

 になってるんだ。階段や窓口、手すりや棚なんかも見事に形成されてる。


 照明はあちこちに設置された灯篭だ。石灯籠と言うべきか。少なくとも

 この建材は燃えないものらしい。揺らめく橙色の世界を歩いていく。


 たくさんの黒瞳に見られながら、ね。


 そこの暗がりに、あそこの窓の奥に、あの灯篭の裏側に。

 幾つもの黒い瞳が潜んでいて、けれどその瞳に反射する光を隠しきれず、

 ちらちらと俺にその数を数えさせているんだ。今のところ12個。6人。


 未契約の人間たち……それはつまり、子供たちってことだ。

 俺は例外として、普通は黒色を保ったままに大人にはなれないから。


 中庭としか表現のしようもない広間を越えて、奥まった1室に到着した。


「オババ、ミーは特別報告に来た。ごめんください」


 この幼女のことだからズズイっと入っていくのかと思えば、立ち止った。

 各部屋に扉はなく、木製の衝立で中が覗けなくなっているきりなのだが、

 その奥からしわがれた声が返された。オババってのは御婆か?


「そのようじゃなぁ……そのようじゃなぁ」


 ゆっくりと衝立の前に歩き出てきた人物は、やはり老婆だ。拗けた杖を

 ついていて腰は曲がっている。服装は天空のそれよりも粗末だが、特に

 奇抜というわけでもない。しかし、その髪色が俺を驚かせた。


 白髪でもなければ黒髪でもない。銀朱色と言うべきか……薄まっている

 とはいえど、それは間違いなく赤系統の色合いだ。灯火のせいじゃない。

 垂れた瞼の奥に光る朱色の瞳が確信をもたらす。火属性だ、この人は。


 いや、でも、そうか……未契約でこの歳まで人間でいられるはずもない。

 この人は天空にて火の精霊と契約し、その後、地上に生きた人なんだ。


「ミーが剣を抜き放っておいて、それで死なぬ男とはなぁ……お初じゃな」

「斬撃命中率が極めて低下。遺憾の意を表明。兄ちゃんはミーより強い」

「それはそれは……儂の夢でないとしたら、世界が夢を見とるのぉ」


 通じてんのかな、会話。幼女と老婆がウムウムと頷きを同調させている。

 何とも不思議な光景だよ……全ての明るいモノに背を向けて地獄を戦い

 駆けるつもりでいたってのにな。確かに夢でも見てる気分だ。


「それぇで? お前さんは儂らを害するつもりがあるのかいぇ?」

「滅相もない。貴方たちの生活を脅かす気は毛頭ありません。襲われても

 返り討ちにしなかったことがその証明になると思います」


 場合によっては殺していたし、現状、無要を谷底だかに捨てられた恨み

 を抱えてるけどね。探すにしても朝になってからだしね。うん。


「そうかぃ。じゃあ、ミーよ。後は儂に任せて戻るがいいぞぇ」

「合点承知の助。ミーは哨戒防衛任務に出撃しマス。ごめんください」


 ……意味わかって言ってんのかなぁ、その奇妙な日本語の羅列。ミーは

 無頓着に元来た道を戻っていった。無駄のないその動きを無言で見送る。


「……さて、ではお茶でも出すよってに、来るがいいぞぇ」

「お邪魔いたします」


 衝立の奥は小奇麗な部屋になっていた。掘削による備え付けの寝台には

 古びた毛布が、穿たれた棚には本や瓶類、壺類、諸々の雑貨がしまって

 ある。灯篭も灯されていて、何故だろう、航空船の船室を思い出す。火

 の揺らめきが船の揺れを連想させるのだろうか。


「座るがいいよ。茸茶を出そう。それとも樹油がお好みかのぅ?」

「じゅゆ……とは何ですか?」

「ふぅむ、これのことじゃが……知らんかぇ?」


 棚から350ミリリットルのペットボトルのような瓶を取り出してきて、

 俺に寄越してきた。黒い水が半分ほど入っている。ちょっと粘質な感じ

 かな? 一生懸命に磨りまくった墨のような……って、あれ、これは?

 

 何か物凄く似ているな、アレに。俺が祭殿で入浴した霊性傾向試験薬に。

 俺の体内魔力によって変質したソレは、そう、正にこんな感じだったよ。


 ……いや、でも、別に飲みたくはないんですけど。コレ。


「似たものを見たことがありますが、飲んで美味しそうでもないんですが」

「ほぉ、そうかぇ。では魍魎ではないのかぃな。それでミーを負かすとは

 えらいこっちゃのぉ……恐ろしいことじゃて」

「……色々と説明してもらってもよろしいですか?」


 この老婆は俺の知らない多くの事を知っている。間違いない。俺を見る

 視線の奥に計り知れない知恵を感じる。別視点だ。天空からでは決して

 見ることができない何かを、この人は地上で知ったに違いない。


 好機だ。これは思いがけない好機なんだ。ファルコが死をもって与えて

 くれた出会いなんだ。聞かなければ。この人の話を聞かなければ……!


「俺は高橋テッペイといいます。誰とも違う異質を抱えて生きています。

 それを解明することは天空において出来ませんでした。貴方の知識を

 もってそれが叶うなら、きっとその御恩に報いてみせます」


 恩と言えば、何よりもベルマリアへの恩返しが第一だ。あの人が天空を

 生きる限りにおいて、俺は見上げる世界の幸いをいつだって祈る。魔石

 も探すし、その為には悪魔石とだって戦ってみせる。絶対に。


 けど、その一方で、日本人としてたった独りの俺がいるんだ。この世界

 に馴染むことができない、鬼となっていくしかない俺が。目覚めた瞬間

 から世界に人生を侵害されている、俺という人間が。その憤りが。


 知りたい。この世界の全てを知りたい。俺をこんな風に運命づけた原因

 を知りたい。その鍵こそが「日本」だと思うし、ミーは魔本とは別次元

 で俺に日本を思わせる。この老婆はその正体を知っている。知りたい。


 俺はベルマリアが生きるこの世界が好きだ。

 ……だけど、世界は俺のことを嫌っているようにしか思えないから。 


「ふぉっふぉっふぉ、まずは座りなされ。時間はまだあろうほどに」

「……失礼します」


 時間はどのくらいあるのだろうか。俺は座る間も惜しんでいたようだが。

 とにかくチャンスだ。唾を呑み込む。示されるままに木の椅子に座った。


ブブブーゥ


 放屁の音がした。


 見る。座布団の下に歪な皮袋が仕掛けてあった。座ると音がするんだな。

 知っている。俺はこういう道具を購入したことがある。小学生の時にな。

 

「ぶふふっ」

「おいコラ、婆さん」

「冗談じゃ冗談じゃ。お前さん、そんな厳しい顔をするもんでもないわぇ。

 まあこれでも飲んで一息つくことじゃ。話はその後でもよかろう」


 すっと出される黒い水。


「おいコラ、婆さん、これ不味そうだっつったじゃん。オイっ。オイっ」

「冗談じゃというのに、全く、クソ真面目な男じゃのぉ……若いのにのぉ」


 やれやれ顔されたんですけど。何なの。空気読め。マジで空気読めコラ。

 やり場のないこの衝動は何なのか。今なら手からビーム的なもの出そう。

 椅子と机とを、それぞれ慎重に確認してから座った。茸茶も要注意だぞ。


「辛そうに生きても、笑って生きても、死ぬ時は一緒なのじゃぞぅ?」


 ニヤニヤと笑いながら、茶をすすり飲んで見せる婆さん。よし飲める。

 あれ、結構美味い。もっと渋いの想像してたのにまさかのフルーティ。


 婆さんはと言えば、懲りもせずまだ黒い水入りの瓶を弄んでいる。


「ミーはこの樹油しか口にせんのじゃ。あれは人とは違うからのぉ」


 さらりと凄いことを言う。それをか? 墨汁やら石油やらの質感だが。

 まるで燃料だ。ロボットじゃあるまいに……ん? ロボット? 機械?

 あれ……何か凄く当てはまらないか? あの子とコミュニケーションを

 とる際に感じる違和感って……音声入力の時のもどかしさに似ていた。 


「ミーは魍魎のお姫様と名乗っていました。そして貴方は、はじめに俺を

 魍魎じゃないかと疑いました。魍魎とは……何なんです?」

「何かと言われてものぅ……魍魎は魍魎じゃ」


 ズズッと茶を口元に、そしてそれを下げ、湯気の向こうには皺だらけの

 笑み。面白がるような。朱色の眼光は鈍ったり濁ったりしていない。


「人じゃあ、ない。魔物でもない。鬼とも違う。更に言えば、生き物とも

 違うのじゃろうの。儂は地上でアレと50年来の付き合いじゃが、姿形

 は一切変化せぬ。老いぬ。つまりは生きておらぬ。ならば死なぬ」


 50年! それほどまでに地上で生きてきたのか、この婆さんは!

 そしてミーが、あの幼女が幼女のままに一緒にいたというのか?


「アレと出会ったのはここの地下の最下層。光も届かぬ底の底の奥底じゃ。

 魔物なき渓谷の秘密を探り、潜り進んだその果てに、座っておったわぃ」

「地下……渓谷の秘密……座って?」

「何もかもが朽ち果てておったが、それでも元は何某かの王城であったと

 見える廃墟の中にのぉ……暗い暗い小部屋に、アレは座っておったわぃ。

 あのままの姿での。儂を見るなり、いらっしゃいませと言うたんじゃ」


 ここの地下深くには古代王国の遺跡が眠っているということなのか?

 そしてミーはそこに居た……あの姿のままに、座って待っていたと?


「樹油を口にすること以外、儂も詳しいことなぞわからんわぃ。すこぶる

 強く、速く、何物をも断ち切る剣を持っておるゆえ、儂らの戦力として

 働いてもらっておるがのぅ……恐らくは古代の兵器じゃないかぇ?」

「兵器、ですか」

「アレの居った小部屋周りで解読できた文字にはの、『警告』『危険』と

 いう言葉があったんじゃわ。厳重に幽閉されていた風でもあるしのぉ?」


 危険性はわかる。あの幼女は極めて強い。俺を鬼として殺めようとした

 一撃に至っては……封魔環を外していなければ死んでいたかもしれない。

 今更ながら背筋の寒くなる思いだ。力への慢心は厳に慎まなければ。


 それにしても……兵器とは。あの姿形もさることながら、どこの兵器が

 初対面でいらっしゃいませと言うのだろうか。問答無用が普通だろう。


「そこを調べさせてもらえないでしょうか?」


 俺はそう頼んでいた。


「実はここの……ホラキンでしたっけ? 住人がやったんだと思いますが、

 俺の得物である金棒をですね、谷底へ落とされてるんです。朝を待って

 探しに行くつもりだったのですが、併せて許可してもらえませんか?」


 もののついでだ。それとも内部構造から降りていかなければ遺跡には

 辿り着けないのだろうか。それならそれで、往復するまでだが。


 なぜなら、その廃墟こそ日本刀と着物の出所だ。この人たちはミーを

 兵器と判断したようだが、日本人である俺が出向けばまた違った情報

 も得られるかもしれない。日本との繋がりが見えるかもしれない。


「ミーに勝つ男じゃ。否やもなかろうよ。儂らもそうして底へと降りたの

 じゃからして、お主なら自然と見つけようとも。好きにするとええわぃ」

「ありがとうございます」


 よし、いいぞ。魔石とは無縁の探険になるが、ある意味では魔石よりも

 貴重な偶然かもしれない。地下深くに眠る王城の廃墟……古代の遺跡か。

 日本語の表記もあったようだし、探せば何かがあるだろう。


「ああ、そういえば」


 思い出したように老婆が言う。


「儂らはここをホラキンと呼んどるがの、その名の由来もその廃墟じゃわ。

 壁に刻まれておったのじゃ。『ほらきん』とな。意味はわからんがの」

「そうなんですか。実は聞こうと思ってたんですよ、ホラキンの意味」


 特に意味のない固有名詞だったようだ。色んな漢字表記を考えたんだが。


 しかし、ちょっと考えていたのとは違う探険になってきたな。この手の

 インタビューを重視するフィールドワークは大学で散々やったもんだよ。

 マウイたちに別れを告げた後は、もっとこう、寡黙で孤独な魔境探険に

 なると考えてたんだけどな……まあ、いいけどさ。


「あ、そういえば貴方のお名前を伺ってませんでした。教えてもらっても

 よろしいでしょうか?」


 まさかオババじゃないだろ? 御婆であって、名前じゃないよね?


「ふぉっふぉ、名乗るなど久しくなかったことじゃて、忘れておったわぃ」


 やはりね。そりゃそうだよね。オババって名前だったら若かりし頃の

 苦渋を想像しちゃうもの。絶対にいじられる。せめてオバマだよな。


 そんな軽い気持ちで聞いた名前。

 しかし、それはとんでもない答えでもって、俺を呆然とさせるのだった。



「儂は火子島かごしまイングリート。かつては天空に覇を唱えた者じゃ」

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