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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第5章 地上の冒険、魍魎の姫君
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第4話 魍魎

「兄ちゃんどっから来たか。いらっしゃいませ。所属と姓名と市民番号を

 述べよ。不法な立ち入りについては斬り捨てゴメンなさい」


 俺を通すまいと両手を広げるちっちゃいの。

 まるでお人形さんのように可愛らしいが、ツッコミどころ満載だな。 

 

 黒髪かよ。これはまぁ、未契約の証なんだから、まあいいんだけど。

 瞳の色何だよそれ。虹色て。しかも微妙に色が変化し続けてるとか。

 どういう精霊? っていうかどういう目? 万華鏡じゃないんだから。


 そして着物かよ。ここまで直球で和服なのはこっち来て初めて見たよ。

 なのにミニスカ丈て。更にニーハイで……絶対領域って言うんだっけ?

 スラっとして可愛いとは思うけど。脚線美ってよりアンヨだよ。歳的に。


 あと刀。無理。無理でしょ。その腕の長さじゃ絶対に抜けないでしょ。

 っていうか日本刀とか。着物はアレンジされてたけどこっちは本格派。

 鍔の意匠とか凄い。重々しく渋い光沢を放ってる。カッコいい。


「兄ちゃんは黙秘権行使。入場を許可できません。警告、ただちに回れ右

 して立ち去るべし。さもないと斬り捨てゴメンください」

「え、いやいや、テッペイです。高橋テッペイと申します。探険者ですっ」


 どうやって刀を抜くのか興味が尽きないが、とりあえず名乗ってみた。

 色々と度肝を抜かれてて舌が上手く動かない。そもそも言葉を話すこと

 なんて年単位でないとすら思ってたんだ。舌の準備がままならない。


「高橋テッペイ。記憶完了。ミーは魍魎のお姫様。兄ちゃんよく来たな!

 どっから来たか。探険者は原則的に排除対象です」


 会話きつい。この子との会話って何かきっつい。物凄く頭が疲れる。

 ええと? ミーってのがこの子の名前か? そしてモーリョーのお姫?

 モーリョー……モウ領? それとも魍魎? もしくは固有名詞か?


 そして歓迎されてんだか詰問されてんだか宣戦布告されてんだか。

 これが幼さ故の日本語力なのか……って、うほぉいっ!?


 ぬ……抜き打ちに斬りつけてきやがった……!

 今、腕伸びたよな!? 倍くらいに伸びたよな!?


 つーか……普通に今のは死にかけたぞ……顎の下を刃が通った……!!


「初撃を回避。軌道と速度を修正」

「うおおおっ!?」


 バク転からロンダート風に高速機動……って追ってきやがっ……速ぇ!

 速い超速い! 何この子、何この子、超速いのに無表情とか怖ぁっ!!

 

 あひっ! くおっ! あのなっ! さわぅ! まてって!!


「斬撃命中率がグングン低下中。とても不本意。そのままお待ちください」

「いやいや! 訳わかんねーし! つーか止めろっ! 話せばわかるっ!」


 崖を垂直に蹴って立体移動……してもついてくるっ! 何者なんだ!?

 くおっ、ぬ、おおお……やべ、無要置いてきちった。けど持ってたらば

 こんな速度で動けない……危ねっ、今のは危なかった! 首狙うなっ!


「いい加減に……ひぎぃっ!?」


 靴底で止めて掴まえてやろうと思い立ち、やめて良かったと心底思った。

 今さっきの斬撃が右腿をかすめて血が飛んだから……やばいやばいっ!

 

 こいつ……カーゴパンツを裂きやがった!?


 これまで何があっても傷つかなかった俺の服……目覚めた時に身につけ

 ていた物たち。ベルマリアが魔法防具と表現した強靭な防御力のそれら。

 マッチョになってサイズが変わったから、今はカーゴパンツとトレッキ

 ングシューズだけしか身につけていないけど……それを裂かれた。


 いや待て、それより何より……俺、出血するの初めてじゃないか!?

 この世界での色々の中で、打撲こそ多々あれ、切り傷なんて初めてだ!


 洒落にならない。外見で舐めてた。冗談半分に捌ける相手じゃないぞ。

 この幼女……ミーと言ったか……これまでのどんな敵よりも強い!!

 アントニオさんよりも、魔物よりも、鬼よりさえも……!!


「形状に変化あり。要観察。兄ちゃんその手どうした。どっから来たか」

「言葉使えるなら刀をしまえ。さもないと、もう加減きかねぇぞ……!」


 右手の封魔環を外した。切り札を温存できる相手じゃない、この幼女は。

 幸い、ここは重魔力の薄い蜂の森だ。試すには丁度いいだろう。


 ……やはり天空より激しい衝動が湧き起こる。軽油からハイオクにでも

 したらこんな気分なのか? 震えるほどに力が体の中を駆け巡っていく。

 右手の形状は蛇蔦草。角やら爪やらで硬度対決しても分が悪そうだしな。


「兄ちゃんは探険者。探険者は排除対象。ゆえに兄ちゃんは排除対象」

「結局それかよ。めんどくせぇ……かかって来い」


 今の俺にさっきまでと同じ攻撃が通用すると思うなよ。一度で戦闘不能

 にしてやる……って、斬りかかってこないし。物凄く右手見てるし。


「兄ちゃん鬼か?」

「……そうじゃないと言いたいが、似たようなもんだろうな」

「鬼は危険。鬼は魔物。鬼は凶暴……」


 嫌な呪文だな、おい。隙の1つも見せればふん縛ってやるんだが、見事

 に隙無しだ。長大な刀が妖しい鬼気を放って八双に構えられている。


 こいつは殺しちゃ駄目だ。絶対に捕縛して、必要なら尋問してやるぞ。

 こうも日本を連想させる奴は初めてなんだ。曲がりなりにも言葉を話す

 以上、聞き出せることがあるはずだ。着物や刀の出所とかな!


「……鬼は防人。鬼は犠牲。鬼は哀悼」


 え? 今こいつ……何て言った? 鬼が……何だって?


「鬼へは挨拶。よく頑張ったね。ありがとう。絶対に忘れないよ。いつか

 私たちも行くからよろしくね。待っててね。元気でね。大好きだよ」


 何を言っているんだ……何だ、何だその言葉の連続は。前後の脈絡無く

 幾つもの言葉が……別れの言葉たちが発せられていく。何なんだこれは。

 まるで悲痛な寄せ書きでも朗読されてる気分だ。痛い。言葉が痛い。


 あ……そうか。そうなのか。


 わかっちまったよ、畜生。

 だってこれ、アレだろ?

 その言葉たちって……別れの挨拶なんだろ?


 鬼になっちまう誰かへ……最後にかける言葉たちなんだろ?


 もしかして……あの……俺に殺された4体の鬼たちが……?

 あの鬼たちが、夜の森へと立ち去る前に、かけられた言葉なのか……?


「……以上。そして全力攻撃で仕留めるべし。おやすみなさい」

「なっ!?」

 

 それはもはや瞬間移動のような踏み込み。遠い間合いが刹那に消されて。

 目の前には虹色の瞳。黒い髪は重力に逆らって放射状に広がっていて。

 股下から逆風に、恐らくは俺を左右に両断するだろう一太刀。


 どんな相手であろうとも絶命させずにはおかない、そんな必殺の斬撃。

 さっきまでとは段違いの攻撃。鬼を……鬼をひと思いに殺す一撃。


 全部が見えた……つまりは喰らわないよ。


 左手を黒髪の頭に乗せ、跳び箱の要領で前方へ跳んだ。すれ違う一瞬に

 蛇蔦草を全身に絡ませる。腕は封じたが体捌きも危険か。勢いのままに

 引っ張り上げ、遠心力で大きく弧を描いて地面へ……ベシンっとな!


 弾むその合間に蛇蔦草を枝分かれさせ、雁字搦めにしてしまう。どうだ。

 それでも刀を握ったままなのは凄いがな。その鍔元を踏みつける。完了。


「抵抗するな。殺したくない。少し話したいだけだ。終わったら無傷で

 解放する。橋の奥へも行かないと約束する。いいな? わかったか?」


 見下ろして言葉をかける。この状況下にあっても無表情ってのは凄いな。

 俺を見る目には恐れも怒りも何もない。虹色の光彩は瞬きもしない。


「まず、俺はまだ鬼じゃない。この腕も元に戻すことができる。俺へ害意

 がない限りは誰も襲ったりしない。探険者と言ったが金儲けが目的じゃ

 ないし、誰かの安息を邪魔するつもりもない。全部会話で済む話だ」


 瞳の色から警戒していたんだが、どうやら魔法は使えないようだ。細身

 のくせにやたらパワーがあるが、それにしたところで俺には勝てない。

 速度で戦うタイプか。なら、無力化したと見て間違いないな。


「兄ちゃんはミーと話したい。いらっしゃいませ。ご質問をどうぞ」


 会話に応じるつもりらしいが、どうにも変な日本語だよな。この幼女。


「まず自己紹介をよろしく頼む。ミーちゃんとやらはここで何をしている」

「ミーは魍魎のお姫様。本地点における哨戒防衛任務を遂行中。夜露死苦」

「よろしくの言い方超厳ついな。なんでそこだけだみ声だよ」

「夜露死苦」

「うるせーよ」


 やり辛いな、この子……自分で言うのも何だが、俺は顔色を窺って空気

 を読むタイプの人間だと思ってる。でも無理。この子って読めない。


「他に誰か人間がいるんだろう? 会わせてもらうわけにはいかないか?」

「鬼と人間とが同じ場所にいてはいけない。という規則」

「だから、まだ鬼じゃないんだって。もしも俺を襲わないと約束してくれ

 るなら右手を元に戻す。観察がどーのと言ってたな。試してみないか?」

「考え中…………ミーは兄ちゃんを重要観察対象に仮認定。攻撃を保留」

「放すけど、斬りつけんなよ? 絶対に斬りつけてくんなよ?」

「現在、高橋テッペイへの攻撃は保留中。おいでませ」


 コクコクと頷くが、どうも心配だな……変なパスとかじゃないからな?

 刀を踏み付けたまま蛇蔦草を解く。そして意識を集中して無理やり右手

 を元に戻した。この感覚はちょっと説明できない。その集中が途切れる

 前に封魔環を装着。成功。人間の形への固定を終わらせた。


 ミー、めっちゃ見てるな。注目の仕方が半端ない。試しに右手を動かす

 と首ごとついてきた。猫とかにレーザーポインタ使った時と同じだな。


「な? 人間だろ? 俺は魔物化をある程度自由に操作できるんだよ」

「新発見の症例。ミーは兄ちゃんを重要観察対象に正式認定。いらっしゃ

 いませ。お客様。ホラキンへの入場を許可します。おいでませ」


 急に歓迎ムードになったもんだ。笑顔1つ無いが。足もどけてやると、

 ちょこんと立ち上がるなり着物の泥も払わず歩きだしたが……おお!?

 僅かの間に泥が乾いたよ! しかもポロポロと細かく落ちていくぞ!


 き、綺麗になりやがった……何だこれ。何このクリーニング能力。

 洗濯要らずじゃん。いいなその着物。あ、刀は納めてくれてたか。


「ミーちゃんは……いや、いい、何でもない」


 首だけでこっちを振り向いたんだけど、その角度はおかしいと思います。

 顎が肩のラインより後ろに来たよ。怖いです。ホラー幼女に見えてきた。


 まさかとは思うが……モウリョウってのは魍魎って意味で、この子って

 もしかして、いわゆるアンデッド系の魔物だったりしないか? 色々な

 不自然感はそれが原因だったりしないか? 日本人形的な幽霊というか。


 ホラキンって何のことか聞きたかったんだけどな……洞金? 法螺禁?

 炊事の煙が上がっていた以上は人間がいると信じたいが、まさかゾンビ

 とかミイラとか、そーゆー類の住処だったらどうしよう。苦手だよ。


 ……まぁ、でも、それなら鬼についての説明がつかなくなるか。

 何にせよ物憂げな話だが。鬼だの魍魎だのと……おどろおどろしいや。


 ん、どこへ行く……なんだ、そこに崖伝いに降りていく道があったのか。

 つまりはここを通る者がいるということ。道幅からして人間だろうな。

 橋へと降り、そこに落ちていた無要…………が、無いんですけど!?


「ちょ、ちょっと、ミーちゃん! 俺の金棒が無いんだけどっ!」

「無いことを確認」

「いや、ふざけんな。返せ。どこやったんだ」

「ミーの処置に非ず。それは明らか。ごめんあそばせ」

「あっ、引きずった跡がある! ああっ!? 崖下に落としやがったか!」


 何てこった……何てことをしやがるんだ、畜生。これホラキンとやらの

 住人がやったのか? 酷いことするよ。せめて奪い取れよ。捨てんなよ。


「兄ちゃん、いらっしゃいませ。ホラキンへようこそ」


 橋の真ん中で振り返ったミーが、俺に改めてそう言い放った。

 不思議だけれど見覚えのポーズ……両腕の肘を曲げ、両手は胸の高さ。

 パソコンのキーボードか、もしくはピアノの鍵盤を叩くような、手の形。


 ああ、うん、似合うよそれ。


 それ、お化けのポーズだよね……うらめしやー的な。

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