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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第5章 地上の冒険、魍魎の姫君
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第2話 別離

 なぜこんなところに鬼がいるのか。しかも凶悪なまでの鬼が。

 魔石の反応もないこの湿地帯にあって、どうして人を襲うのか。


 湧き起こる疑問に蓋をして、無要を肩に駆け出した。

 触手の根元がうねるように動いた。来る。横に跳んだ。風切り音。

 奴は触手の透明度を自由に操れるようだ。それが光と闇の力か?


 勘だけを頼りに接近し、バットスイングで思い切り殴りつけた。

 インパクトを逸らされたような感触。足のような腕で受け止めたか?


 唸りを上げて飛んでいく球状のそれ。やはり打撃を緩和されたようだ。

 無傷ということもないだろうが、致命傷には至らなかっただろう。追う。


 湿地へ落着するかと思ったそいつは、途中で弧を描く軌道に推移した。

 どっかに触手を引っ掛けたか? 見えないから注意だな、これは。

 直線的には追わず、まわり込むようにして追いすがることにする。


 球は低い傘の上に着地した。やはり無傷じゃない。のたうつような仕草。

 待ってろ、今止めをさしてやる。そこなら上から叩いても問題ないしな。


 目が合った。嫌な予感。まだ俺は空中だ。軌道を変えられない。来た!

 俺へ向けて無数に発射されたもの……それは針だ。棘だ。クソ厄介な!


「おおおおおぉぉ!」


 上半身は無要を駆使して、下半身は靴底を駆使して防ぐ。どちらも強固。

 全部防ぎきったがバランス、バランスがヤバイ。傘の上に尻から着地。


「痛ぇじゃねーか、この野郎っ!」


 即座に跳躍して間合いを詰めた。ジロジロと鬱陶しい巨眼に右貫手を

 お見舞いしてやる。僅かな抵抗も一瞬にして、肘どころか肩まで入った。


きゃあああぁぁぁああああっ!!


 悲鳴。

 悲鳴だと? 

 どこに口がある?

 どうして女の声に聞こえる?


 苦し紛れに掴みかかってきた腕を打ち払い、かすかな躊躇を呑み込んで、

 俺は無要を大きく振り下ろした。悲鳴も諸共に爆散させ、更には茸の傘

 も砕き、衝撃で茎まで圧し折った。崩壊に巻き込まれないように跳ぶ。


 湿地が泥を吐きまくって、それを浴びまくって、俺は着地した。

 胞子を吸って少しむせる。口元を押さえて、その手がさっきの奴の体液

 だか何だかでドロドロであることに気付いた。肩まで全部グッショリだ。


 ……どんな女性だったんだろう?


 髪と瞳。どちらが桃色でどちらが紫色だったんだろうか。何歳で鬼に

 なったんだろうか。何年鬼をやっていたんだろうか。どんな風に笑い、

 どんな風に泣き、どんな風にこんな様になってしまったんだろうか。


 貴方は殺されて満足ですか? 不満ですか?

 貴方を殺した男はきっと貴方を忘れませんが、立ち止まりもしませんよ。


 静かに黙祷を捧げ、マウイたちのところへ戻る。かなり離れてしまった。

 よし、発見。2人は茸の茎の根元にもたれるようにして座り込んでいた。

 マウイはともかく、ハイナーが変だな。首を傾げて戻せない。痛めたか。


「仕留めてきました。大丈夫ですか、ハイナー」

「あー……あんまし駄目かもわかんねぇ……」


 弱々しく笑って、両の手をパーにして見せた。指がズタズタの血塗れだ。

 一部は肉が削げて骨が覗いている。触手に抵抗したときの傷か。重傷だ。


「歩けますか? ならば直ぐに戻りましょう。ここは危険過ぎる」

「だなぁ……あー、ちょい待ち、手伝ってくれっか?」


 ハイナーは首を傾げたまま、かつてはファルコとして生きていた死体の

 所へ歩いていった。手が痛いだろうに、首を拾って袋に入れて、それを

 大事そうに抱え持った。


「随分と運びやすくなっちゃってまぁ……俺、この手じゃ剣持てないし、

 いいよな? 連れて帰って弔いてぇんだ」

「……他に必要な物はありますか?」

「ああ、教えっから色々と取ってくれ。紐解くのとか俺無理だし」


 指示されて、ファルコが所持していた様々な物品を取り外す。どれもが

 探険に役立つ物ばかりだ。熟練者だったからな。安全を確保する多くを

 知り抜いていたのに……その命は不意に失われてしまった。


 油断はあったろう。そしてその原因は俺だ。俺の存在が熟練のファルコ

 をして多くの予断を許していたんだと思う。規格外の力は、バランスを

 欠いた1人は、他の人間に依存心を起こすんだ。どうしようもなく。


 そして死んだ。これが現実だ。人間は生き物として酷く脆い。魔法の力

 なくしては魔物に全く太刀打ちできない。そして魔法とは人間本来の力

 ではないから、準備と用意とが必要だ。不意をつかれたならこうなる。


 ハイナーを気遣いつつ、黙々と来た道を戻る。ファルコと談笑しながら

 歩いた道を、ファルコの死を抱えて歩いていくんだ。探険の終わりだ。


 ……残りを無事に終わらせるためにも、ここまでだな。


「2人ともそのまま聞いてください。さっきから尾行されてます」

「ええっ」「マジか?」


 本当の事だ。詳細はわかるはずもないが、明らかに人間でない何者かが

 後ろで奇妙な気配を発している。歩行するタイプだ。巧妙に音を消して

 いるが、定期的に沼を刺すような震動を発している。


 目立ちすぎたんだ。もっと穏便に殺しておけばよかった。あれほどに

 爆音を立てたんだから、他の魔物の注意を引かないわけがない。


「ハイナーは自分の身体以外の物を凍らせることができますか?」

「できるぞ」

「なら、沼蛭の死体を凍らせて、一定間隔で沼に捨ててください」


 そう言ってマウイの方を見る。ファルコの大事な沼蛭袋は彼女が引き継

 いでいる。中には相当数の死体が入っているはずだ。


「沼蛭への囮だか撒き餌だかにすんのか。いいかもしんねぇな」

「え、でも、それって……もしかして……」


 マウイに最後まで言わせず、手で制して、断言する。


「ここでお別れです。俺は後ろの奴を倒してきますが、それで最後という

 こともないでしょう。精々大暴れして、全部を引きつけておきますよ」


 ハイナーが、マウイが、俺の真意を探ろうと見つめてくる。いやいや、

 自殺願望とか決死隊的悲壮感とか無いからね。勘違いしないでよねっ。


「普通に全滅させてきますよ。俺はマウイに言わせれば最強ですし、例え

 鬼が出ようと素手でも殺してみせます。けど時間はかかるかもしれない

 ので、林業現場に戻れたなら待たずに空へ行ってください」

「本気で言ってんのか?」

「勿論。前にも言ったでしょ? 俺は年単位で探険をするつもりだって。

 そのための用意もあります。目標はハイナーには負けますけどね」


 言って思わず笑ってしまった。いっそ面白いかもしれないと思ったんだ。

 魔石様が第一目標のつもりでいたが、ハイナーの夢を借りて、源魔岩を

 探索してみても面白いかもしれない。実在するかどうかもわからないが。


 ハイナーは傾いた顔で、それでもつられて笑った。


「本気みてーだな。まぁ、お前なら本当に魔石様も見つけちまいそうだ。

 そん時ゃ声かけろよな。死ぬほど奢ってもらうからよぅ」

「約束しましょう。そちらも怪我を治しておいてください。その首じゃあ

 酒飲むのも見苦しいですよ」

「うっせ。言われんでも治すっつーの。それよか手だっつーの」


 この調子なら大丈夫だろう。ファルコほどじゃないにしろ、ハイナーも

 探険者として生きてきた人間だ。ここぞでのしぶとさも折り紙つきだし。


 あとはマウイだが……あーあー、ジト目って言うんだっけ? あれは。

 こいつは妙に俺に懐いてたからな。何か素っ頓狂なことを言う気がする。


「わ、私は、ずっとテッペイさんに「頼みたいことがあります」え?」


 宣言させちゃ駄目だ。一度言葉にしてしまうと、意地でもそれを貫こう

 とするところがあるんだ、このマウイって子は。ボロボロに嬲られても

 自分のクソ主人を護ろうとしたことでもわかる。生真面目頑固なんだ。


「マウイにしかできないことを頼みたいんです。1つはハイナーの護送。

 戦闘できる状態にない彼を安全地帯まで護衛することは、今、マウイ

 にしか頼めません。そうでしょう? いいですね?」

「え……は、はい……」


 よしよし、いい子だ。


「もう1つはコレです。この呪符を持っていってください。これは飛行の

 呪符です。ハイナーが氷を作れなくなったら、これでマウイだけ帰還し

 てください。ハイナーは置いていっていいですから」

「ええっ」「おぅい」

「異論は認めません。使い惜しむことも許しません。手負いのハイナーが

 沼を越えるよりも貴方が越えるべきだからです。いいですね。ハイナー」

「わかってるぜぃ。そん時ぁ全身凍ってからくたばることにするわな」


 ヘラヘラと笑うハイナーは、馬鹿だが、決して愚かな男じゃない。俺の

 気持ちは汲んでくれたはずだ。この手の信頼を裏切ったら無要の出番だ。


「マウイもいいですね? 我々が戻るまでは林業の皆さんも待っているの

 ですから、何としても帰還するんですよ? 任せていいですね?」

「…………」


 おっと返事がない。それは困るんだが。畳みかけが足りなかったか?


「テッペイさんは……いつか戻るんですよね?」

「魔石様を地上で愛で続ける趣味はありませんよ」

「それって、凄く、時間がかかる探険ですよね?」

「今日明日にもというわけにはいかないでしょうが、多分、他の誰よりも

 早く見つけられると思います。何しろ強いので」


 うーん……変なことを言い出す気がする。一度帰還するまではいいけど、

 その後に何かやらかしそうだな。それはマズイ。めんどくさい。


「私……後からテッペイさんを追いかけてもいいですか?」

「駄目です」

「えっ」「うは、早っ」


 駄目に決まってる。俺は独りになり次第、危険な地域を選んで探険する

 つもりだ。既に情報は収集してある。今や火迦神領となった一帯の地上

 だけでも、探険者が危険ゆえに避けている土地が幾つもあるんだ。


 さっきの場所は思わぬ鬼がいたものだが……初めから化物がいると判明

 している土地もある。悪魔石だ。過去に大規模な探険団が全滅したこと

 によって忌むべき地とされる場所。そこには確実に悪魔石の化物がいる。


 悪魔石……魔石に邪悪な意志が宿って化物となったってやつだ。生ける

 魔石。恐らくとんでもない強さの魔物なのだろう。俺とどっちが強い?


 その場所まで距離はあるが、そいつさえ倒せば確実にレアレアな魔石が

 手に入るわけだろ? いざとなれば挑戦する。足手まといは邪魔だ。


 更には、もう1つの目的が同行者を拒む。日本についての調査だ。

 地上には人類が天空に上がる前の遺跡が散在しているとのことだが、

 俺はそこに何かがあると睨んでいる。というのも、魔本の由来がそこ

 にあるからだ。発掘品なんだよ、魔本ってのは。


 過去に……天帝が邪龍を封じるよりも以前に、日本に関連するような

 研究なり文化なりがあったんじゃないだろうか? 転生者なんてなく

 とも、俺がいる以上、歴史の中には俺のように転がり込んだ者がいた

 のかもしれない。それを判別できるのはきっと俺だけだ。


「ど、どうしても駄目ですか!?」

「はい、駄目です。鬼退治が余裕になってから出直してください」

「ええええっ」「要求きっつー……」


 驚く2人に先へ行くように促す。後ろの奴が随分と近くなってきた。

 話しているから油断してるとでも思ったのか? そうならば知能の

 あるやつだな。何であれ、俺がいる以上ここからは通さない。


「行ってください。ちょっと後ろのストーカーを殴り殺してきます」

「す、すとっかーって何ですか?」

「相手の気持ちも考えないで付きまとう邪魔者のことですよ」

「え……ぅえ……?」

「え? あ、いや、違いますよ、マウイのことじゃないですって。泣くの

 止めてくれませんかね? ちょっとハイナー、笑ってないで、ちょっと」


 全く、締まらない話だ。ファルコの首を抱えて、追跡者もいて、探険の

 失敗をこれでもかってくらいに体現してて、それでも笑える俺たち。


 これで当分、人間の顔も見納めになるのだから……見る顔も、見られる

 顔も、最後は笑顔でありたいもんだ。だからそうしよう。


「ではお元気で。いずれまた会いましょう」


 笑顔でそう告げて、俺は沼地を死地の方へと引き返しはじめた。

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