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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第5章 地上の冒険、魍魎の姫君
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第1話 沼地

 灰色の空の下、薄ぼんやりと影形を見せる岩山を遠くにして、踝まで

 沈む沼地の中を歩いている。無言だ。俺は退屈だから。皆は緊張から。


「うおっ、やべっ、油断した後ろから来たっ」


 ハイナーがバシャバシャと泥を跳ね上げて騒ぎ出した。片足ケンケン

 状態で、自分の右足を保持しながら俺に近寄ってくる。そのブーツの

 踵部分には、泥色のうんちっち的な代物がぶら下がっている。


「とって! テッペイ、とって! お願いっ!」

「はいはい……よっと」


 握力で絶命させ、牙が残らないように気をつけつつ口腔をこじ開ける。

 こいつ死んでも離さないんだよな。むしろ収縮してより喰らいつく。


「取れた。これもう捨てちゃっていいですか?」

「沼蛭を捨てるなんてとんでもない! よこしてくれ、俺が保管しておく」

「もう何個目だって話ですよ、ファルコ。そのうちサンタクロースみたく

 なっちゃうよ……髭だし……いや、人相的には泥棒か」

「何を訳のわからないことを。こいつの買取価格は教えたろう。どうして

 捨てる気になるのかがわからんぞ」


 それは求める規模が違うからだろうな、とは思ったけど口にはしない。

 俺の金銭感覚の方が非常識なんだ。貨幣で衣食住が満たされる世界に

 生きようとしていないからだな。


「テッペイさんテッペイさん、さんたくろーすって何ですか?」


 マウイが不思議そうに小首を傾げた。ですよねー知らないよねー。


「泥棒の真逆の生き物。忍び込んで素敵な物を置いていく御方です」

「わぁ、沼蛭をたくさんくれるんですか?」

「何その高度な嫌がらせ」


 ファルコが蛭を袋にしまいこみ、ハイナーがブーツに布を巻いて応急

 処置をして、俺たちは移動を再開した。泥の生暖かさが変に心地よくて

 眠くなる。足元に沼蛭の接近を察知したので踏み殺す。めんどい。


 沼蛭。俺がこの世界に来て初日に遭遇した魔物のうちの1匹だよな。

 生息地に尻餅ついて、そこでカーゴパンツに喰いつかれて、チョップで

 叩き落とした奴らだ。いい思い出なわけないんだが……。


 それを話したことが、この湿地帯を抜ける進路を決定させてしまった。


 ファルコいわく。

 沼蛭とは一度噛み付かれると大怪我間違いなしの厄介者で、探険者だけ

 でなく魔物すら忌み嫌う危険生物なんだとか。だから生息が予想される

 沼地は他の魔物との遭遇危険性が低く、しかも奥地には未踏地域あり。


 飛べばいいじゃんと言ったら、風属性で飛行魔法が使えるだけでも人を

 選ぶ上に、長距離を飛行できるとなると更に絞られると返された。魔法

 も大変だね。レギーナ辺りなら余裕そうだけど。


 で、俺の腕力が物を言ってしまったわけだ。俺なら沼蛭の顎の力なんて

 別に苦もなく凌駕できる。マッチョだから……って、またかよハイナー。


「ふぃー、ビビるぜぇ。っつーか何で俺ばっかり噛まれんだ?」


 再びのうんちっち処理。触って楽しい感触でもないのでウンザリだ。

 それを大事そうにしまう髭親父ファルコってのもシュールでさぁ?


「ねぇファルコ、もういっそハイナー使って蛭釣りしてさ、それで今回の

 探険を終わらせてみたらどうです? 儲かるんでしょ?」

「それもいいんだがな……やはりこの湿地の先を見てみたいじゃないか。

 放っておいてもハイナーで釣れるのだし、退屈も嫌なものさ」

「お前らちょっと殴らせろぃ」

「わ、わ、ハイナーさん、足元っ、足元っ」

「うおおおおお!?」


 ギャアギャアとやりつつも、沼地の奥へ奥へと進んでいく。

 この辺りは大小の岩山も多く、航空船が着陸できるような場所がない。

 しかも沼蛭までいて……探険者にとっては近くて遠い秘境だったとか。


 でも魔石はなさそうだ。懐に忍ばせた魔石探知器には何の反応もない。

 大き目の懐中時計のようなこれはレギーナからの投資の形だ。超高価な

 代物で、魔法の使えない俺でも魔石の大まかな位置を測れる優れものだ。


 有効距離は大したことないし、精度も曖昧だけど……あるとないとじゃ

 段違い。俺が単独で魔石探索をするための必需品ってわけだ。


 さて……風景が変わってきたようだ。

 沼地の表面を苔やシダ類といった植物が覆いはじめた。それに伴って

 昆虫類も確認できる。踏む泥の感触もフカフカとしてきたな。湿地か。


「ふぅむ……紫大螺子茸の林か。警戒した方がいいな」


 ファルコに促されて先を見やる。あれか。確かに巨大な螺子にも見える。

 大木のような茸がいくつも聳え立って、紫色の平たい傘を広げている。

 大きさも高さもまちまちだけど、大きい物だと航空船のマストより高い。


「あの傘の上には妖蝶や魔鳥が巣くっている場合がある。足場が悪いから

 戦うも逃げるも厄介だ。なるべく静かに行こう。それと遭遇時の役割を

 決めておく。俺、ハイナー、マウイは対空射撃だ。魔法でも矢でもいい」


 ファルコがテキパキと指示を出していく。マウイも含めて最も経験深い

 探険者なのだから、当然、彼が俺たちのリーダーだ。髭で泥棒っぽいが。


 3人とも短弓を手にとったが、矢は手に持つきりでつがえない。それが

 誰もが魔法戦士というこの世界の常識だ。ファルコは闇、ハイナーは氷、

 マウイは土と、それぞれの属性による射撃魔法を使える。


「接近させた場合はテッペイに任せて大丈夫だな?」

「了解です」


 答えて、かつぐ無要を握りなおした。俺の武器はこの金棒1本あるきり

 だし、魔法も全く使えないからね。ただしこいつで茸折れます。多分。


 ぶっちゃけて言えば……後ろの3人を足手まといに感じている。

 彼らにとっての脅威は、その多くが俺にとっては脅威じゃない。

 この場でも、俺1人きりならむしろ茸の傘の上を跳んで移動する。


 何より、封魔環を外すという切り札が使えない。


 以前はただ強力になれただけのその行為だが、今の俺はそれをすること

 で右手が魔物と化す。より強力になったとも言えるが……傍目には鬼と

 映ること請け合いだ。やるべきじゃない。


 そもそも、ここは重魔力空間なんだ。封魔環を外さなくたって心が狂猛

 に刺激されることを感じている。外せばそれがより一層になるわけで、

 下手したら3人にも襲い掛かりかねないし……一気に魔物化が進行する

 かもしれない。どちらにしても3人との戦闘になるな。何ともはや。


 やっぱり、この探険が成功したら、それで別れよう。


 本当はこの探険自体が不本意だが、教わるだけ教わってハイさようなら

 じゃ恩知らずにも程がある。けど俺頼りの沼蛭対策はいい恩返しかもだ。

 この成果でもって別れさせてもらおう。うん。それがいいや。


「む、来たぞ……魔鳥だ!」


 金属の擦過音のような鳴き声が響く。紫色の縁から滑空するように迫る

 それは、トカゲにコウモリの羽をつけたような奇怪な鳥だ。大きさは人

 と変わらない。羽がある分だけむしろ大きいか。数は3羽。


 申し合わせたかのように矢が1羽に集中して放たれた。2本が命中し、

 その内1本は肩の付け根に深々と刺さった。軌道を狂わせ、あらぬ方へ

 錐もみ状態で墜ちていくソレ。残り2羽。


 1羽をすれ違い様に爆散させた。軌道に合わせて無要を振り下ろしたら、

 実にいいところに命中してしまったようだ。オーバーキル過ぎた。


 残る1羽はハイナーに掴みかかっている。おお凄い。腕を噛み付かれた

 のかと思ったら、その腕を氷結させて防いでいる。あ、でもヒビ入った。


「ああ、ハイナーさんっ」「くそ、下手に斬りかかるとハイナーが……」


 マウイとファルコが攻撃を躊躇う中、俺は無造作に近寄り、魔鳥の首を

 むんずと掴んで捻り折った。ハイナーがギャアと叫んだ。あ、ごめん。

 咥えこんでた首越しに腕を捻ってしまったようだ。わざとじゃない。


 とりあえずハイナーは放置して、さっき墜落した1匹の方へ行く。いた。

 威嚇を無視して歩み寄り、今度はある程度加減して殴り殺した。終了。


 ふぅむ……肉付きがいいし、焼いたり茹でたりしていただきたいなぁ。

 でもドン引きだろうなぁ、それしたら。悪食の食事は人目を憚るよ。


「前回の探険でも思ったものだが……大概凄まじいな、テッペイは」

「ホントだぜぇ……腕もげるかと思った。あり得ない方に曲がった」

「流石はテッペイさんです。すいません、その、矢を外しちゃって……」


 いいからいいから、先に行こう。いちいち驚かれても正直めんどくさい。

 また先頭に立って歩こうとして、ふと気付いてハイナーの首筋に触った。


「うおっ!? 何だぁ!? 折る気か? それともそういう趣味か?」

「折らないしどういう趣味だよ。違いますよ、体温の確認」

「へぁ?」

「やっぱり低いですね。氷属性だからですか? さっきっからハイナー

 ばかり狙われるのってそれが原因ですよ。多分」


 沼の温度を思い出す。踝まで浸かったそこは暖かな肌触りだった。湿地

 に入っても空気の生ぬるさは変わらない。どこも人肌くらいなんだ。

 ここではむしろ低体温の方が目立つのかもしれない。


「成程な……高温にしろ低温にしろ、熱の差異でもって獲物を認知して

 いるのか。明るく晴れることなどない地上ではありそうな話だ」

「確証はないです。けどハイナーは泥かぶって移動した方がいいかも知れ

 ません。もしくは厚着させるとか」

「おい。順番違くね? 厚着が最初じゃね? 泥が次善策じゃね?」


 とりあえず俺のマントを上から羽織らせた。丁度暑いと思ってたんだ。

 それフード付きだから、ほら、被っとけよ。ほらほら、泥よりいいだろ。


「しかし、本当に白髪なんだな。テッペイの髪は」


 ファルコが今更のことを感慨深げに言う。


「大丈夫です。この筋肉で物理的にやっていきますので」

「それが凄いと思うんだよ。魔力による何物も無くても、人間とはかくも

 豪傑になり得るんだな。大したものだ」

「て、テッペイさんは最強です! どんな相手にも負けません!」

「マウイのテッペイ信仰も凄いな。だがまぁ、実際のところ、テッペイに

 勝てる人間なんて……それこそあの火迦神の烈王くらいかもしれんなぁ」

「そりゃ頂上対決だーな」


 笑うファルコとハイナーに、俺も微笑んで見せる。マウイはこっちを

 察してオロオロしてるな。大丈夫だって。いちいち心配御無用だ。


 火迦神の烈王……即ちベルマリアのことだ。

 俺を救い、天空へ誘ってくれた炎の女神。昭和のおっさんモドキだった、

 気丈な中にもどこか隙のある美しい人。愛し、愛された唯一の女性。


 住む世界が決定的に違っていたことを、俺はもう納得している。

 いいじゃないか。俺の中の美しい記憶は、どれもベルマリアの火の色に

 染められて、今も鮮やかに再現できるんだから。得難い宝物だよ。充分。


 この火の記憶は強い。余裕でやっていける。いつでも胸が温まる。

 あの陰鬱な雲の向こうにベルマリアの世界がある。俺には充分すぎる。


「やっても勝てませんよ、きっと。泣いたり拗ねたりされて敗北です」


 キョトンとする野郎2名を置いて、先へ進む。基本的におしゃべりが

 多いんだよな、この人たちは。静かに行こうって言ったのファルコだし。


 何事も油断大敵だ。ましてやここは地上。魔物たちの領域なんだから。

 ずんずん歩く。マウイがチョコチョコと追従する。あの2人は遅いし。

 注意しようと振り返って、そして、その異変に気付いた。


 2人の身体が……浮いている?


 どちらも苦悶の表情で首に手をやっている。何だどうした。ハイナーは

 また氷結化をしている。首部分。ということは攻撃か? あっ!?


 あ……ファルコの首が……千切れて取れた。


 吹き上がる血がハイナーに降りかかり、その首を拘束する存在を視認

 させた。透明の紐……違う! 透明の触手だ! 茸の傘の上か!!


「敵襲だ!」


 叫ぶなりハイナーへ駆け寄り、血の伝う触手を掴み、引きちぎった。

 倒れ咳き込むことに生存を確認し、首無きもう1人に死亡を確認する。


「マウイ、ハイナーを頼む!」


 茸の茎と茎をジグザグに跳び、背の低い傘を踏み台にして、触手が戻る

 先にいるだろう敵を目指す。逃さん。最後に大きく跳躍して着地した。


 そこにいたのは……何だこいつは……何て姿をしてやがる。


 極彩色の桃色の球体に、血管が縦横無尽に浮かび上がり、紫色の棘が

 大小様々にあちこちに不規則に生えている。中央には大きく1つの目。

 あ、いや、違う。もう1つの目は小さく適当に配置されていた。


 2本の足……これも違う、腕なのか……太い腕が鉤爪を伴ってがに股に

 球体を立たせて……持ち上げている。球体下部に生えたひょろい足は、

 茸の傘に届いてもいない。プラプラと動いている。


 そして、足以外にも生えて垂らしているもの……それが透明の触手だ。

 10本以上あるな。透明度は1本ずつ異なるようだ。可変かもしれない。


 目が合った。

 わかった。

 こいつは……鬼だ。しかも並大抵の鬼じゃない。


 元は光と闇の二色の才能を持った人間……優秀なその人が、この地上で。

 見るもおぞましい鬼となって、ファルコの首をもいで殺して。


 そして……俺の目の前にいるんだ。

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