幕間話 覇王
◆ ベルマリアEYES ◆
俺は1人の女として、この天空の社会に復讐しようと思う。
もともと敵に容赦する性質じゃない。泣き寝入りなんて糞喰らえだ。
非合理で無意味なモノも嫌いだから、合理的で意味のある復讐をする。
この社会は俺に敵対した。なぜなら……俺からテッペイを奪ったから。
精霊が、身分が、テッペイをつま弾きにして居場所を奪った。
悪霊兵団が、天帝が、テッペイを探ろうとして安息を奪った。
俺にとって唯一の男であるテッペイを奪った社会を、俺は許さない。
テッペイの絶望は俺の絶望だ。
精霊が契約すれば良かったんだ。身分が日本人に見苦しいものでなけれ
ば良かったんだ。そうすればテッペイが避けられない変異に怯えること
もなく、奴隷の子の死にうなされることもなかった。
善悪などどうでもいい。好悪だ。俺の好悪でこの社会を断罪する。
テッペイが嫌ったこの社会を俺も嫌う。テッペイが居られなかった
社会に何の価値があるっていうんだ。絶無だ。無価値だ。
だから俺は、この社会を否定し、全部を作り変えることにする。
まずは領内を変える。社会構造を変革し、新しい秩序を作ってやる。
これまでのものなど知ったことか。俺が俺の好む形に作り直すんだ。
抵抗する者は滅ぼすまでだ。敵は許さん。邪魔はさせん。
そして力を蓄えて……この天空を平らげてやる。
何もかもを俺の支配下にして、何もかもを俺の好みに合わさせてやる。
テッペイが帰ってこれる社会にするんだ。
あいつが笑顔で戻ってこられるような社会にするんだ。
そのためだったら俺は何だってやるぞ。遮二無二やってやる。大人しく
待っている女じゃないんだ、俺は。あいつがビックリするような天空を
作ってやる。あいつは女子供に優しいから、そういう社会にしてやるさ。
たった1人のあいつを迎えるために……俺は天空に覇を唱えるんだ。
「ベルマリア様、よろしいでしょうか?」
「どうした?」
執務室にキッカが入室してきた。書類と格闘する手を休めずに答える。
優秀な文官を組織できたのはいいが、既存に無い多くを実施する以上、
認可と裁可だけで胡坐をかいているわけにはいかない。多忙だ。
「アントニオより興味深い報告が上がりました。旧土御門領の都において」
「ああ、それだが」
発言を遮り、一枚の書類を見るように促す。
「今日から旧土御門領は会鉄島、旧水無瀬領は思鉄島と呼称する。由来は
お前ならわかるだろ。感想は聞くが異論は認めないからな」
我ながら思い切った命名だ。もう形振り構う気もない。案の定、キッカ
はクフクフと怪しげな笑いを洩らし始めた。そうだよ悪いかよ。
「では……その会鉄島の都においてテッペイ君が目撃されたそうです。
どうやらこの1ヶ月は地上で茸を探す探検をしていたようですよ?
アントニオの娘に面会した後、また地上へ向かったのだとか」
茸? 何で茸? 魔石じゃねーのかよ、テッペイ!
ま、まぁいいか……あいつ探険は初めてのはずだからな。初心者向けに
採集の仕事があるのは知っている。丁寧な先達に師事してるみたいだな。
「どうしますか? 待ち伏せるなり追いかけるなりしますか?」
ニヤニヤとこの野郎、キッカめ。わかっていて聞きやがる。
「そんな馬鹿な真似を……ふむ? だが敢えてそうするのも面白いか」
「はい。釣りやすいと思います」
「なら表立ってはアントニオを派遣してやれ。目立つし、娘の近くにいら
れる方が嬉しいだろう。裏としちゃ娘周りにも人員を配置しておけよ」
「わかりました。魚についてはいかがいたしましょう?」
さっきまでとは性質の違う笑み。回答は一言だ。
「殺せ」
「承りました。お任せ下さい」
おいおい、気の高ぶりを抑えておけよ。無意識で足音殺してるぞ?
喜ぶ気持ちもわかるけどな。以前のことを随分と根に持ってやがる。
俺が許可を出したのは、朝廷の密偵を殺害することについてだ。
テッペイが俺の隣に居てくれた半年間は、新統治に対する妨害工作との
戦いであると同時に、テッペイを標的とした曲者との暗闘ででもあった。
以前、テッペイが2人組に襲われて1人を捕縛したことがあった。
そいつが朝廷筋の密偵とわかり、俺は色々を慮って逃がしたのだが、
懲りもせず多数の密偵を送り込んできやがった。ふざけやがって。
朝廷だけじゃない。周辺貴族の間者もテッペイを狙っていた。土御門領
内乱の際に逃がした豪族たちだろうな。特にあの女、青嶋オクタヴィア。
あいつはテッペイの凄まじさを誰よりも警戒しているだろうから。
それと……悪霊兵団だ。あろうことかテッペイを捕らえて連れ去ろうと
しやがった奴ら。魔物の取り扱いに長じると聞いていたが、テッペイに
興味を持ちやがるとは忌々しい。総力をもって潰してやる。
お前らは俺の男に手を伸ばしたことによって、俺に敵対したんだ。
今回のこともいずれ連中は察知するだろう。アントニオを派遣すれば
尚のこと注目を集めるはずだ。そこをひっ捕らえて殺し尽くしてやる。
俺に敵対するとはどういうことか、血の量で思い知らせてやるぞ。
朝廷であっても何ら躊躇しない。加減しない。配慮しない。容赦しない。
今はまだ力が足りなくとも、遠くない未来に、必ず討ち滅ぼしてやるぞ。
天帝よ。
この天空に人間の世界を創ったとされる者よ。
人間の筆頭として精霊に仕える、この天空の秩序の根幹を握る者よ。
俺はお前をすら批判の天秤に据えるつもりでいるぞ?
理由は1つだ。テッペイが心穏やかに、変異の危機に晒されずに生きる
秩序を得るためだ。叶うならば認めよう。叶わないのならば認めない。
例えこの挑戦が天空の秩序を乱し、不幸な人間が増えようとも、止めん。
最大多数の幸福など知ったことか。そんなものはオマケみたいなもんだ。
俺は俺自身が幸せになるために生きている。そのためにはテッペイが
絶対に必要だ。だから、その障害となるものは全て排除していくぞ!
「やーやー、お邪魔するよ?」
今度はレギーナのお出ましか。表情から訪問内容を察せないのが困る。
こいつはいつだって楽しそうなんだ……死ぬ時も笑っている気がする。
「昨日、あっちの島の商館に悪食が訪ねて来たことを報告しよう!」
まだ悪食って言うか、こいつは。響きが気に入ったらしいが。全く。
とりあえず書面を見せる。あっちの島は今後は会鉄島だ。覚えとけ。
「アレを取りに来たのか?」
「ご明察、その通りだよ。つまりは本格的に魔石探索を始めるようだね!」
レギーナが会鉄島の商館に秘蔵してあったアレ。即ち魔石探索用の小型
方位計。動力として魔石の欠片を使っているレア物だ。魔法を使えない
テッペイでも、アレなら問題なく使用できる。
てっきりベッドから抜け出していったその足で取りに行くかと思って
いたが、少し間が開いた形だな。まさか追手がかかるとでも警戒した
のかぁ? だとしたら、次に会ったときに罰が必要だな。
起きてたからな、あの夜、俺は。
舐めんなって話だ。俺が抱え込んでた右手を、随分と時間かけて解いて
やがったが……そん時、薄目で見てたからな。一生懸命に何やってんだ。
最後にキスの1つもするのかと思えば、魔本に触れて物思いとか。
まぁ、テッペイにとっちゃ山田太郎の真相は衝撃的だっただろうよ。
当の俺はといえば、そりゃ驚いたが、怪しいなぁとは思っていたからな。
何よりも……嬉しさの方が勝っていた。山田太郎じゃないことは喜びだ。
日本人同士じゃなくなるが……ちゃんと男女になれるってことだから。
実際、なったしな! すぐにもな! そっからは毎晩が戦いだった!
あの日の夜は特に、こう、あれだ……凄かったからな! バレバレだ!
「何を頬を染めているんだい? 何か素敵な夜でも思い出したのかい?」
「ああ、そうだよ。残念だったな。テッペイは俺のものだ」
「言うようになったじゃないか。だけどね……ふふ……それはどうかな?」
「ど、どういう意味だ……おい」
こいつ、角度を整えてポーズを変えやがった。調子に乗ってる証拠だ。
「彼、探険をするに際して4人組で行動しているのだけど……」
「だけど?」
「1人、女性が混じってるね」
「……それが?」
「君も知る女性だよ。ほら、彼が助けてきた子。土属性の獣人の」
「あのタヌキ娘か!!」
そうか……そういや言ってたな、元探険者だって。ついていく気か!
あいつは明らかにテッペイへ好意を持っている……くそ、羨ましい。
俺だって探険者としてはかなりのものだ。探険用の船もあるぞ?
「……ま、まぁ……いいんじゃないか? 経験者なんだし?」
余裕を見せなくては。ここは余裕を見せなくては。だって信頼してるし。
今はちょっとビックリしただけだし。本当に余裕あるし。待てるし。
「私の見るところ、彼はいずれ独りで探険をするつもりだ。危険度の高い
場所を行こうとしたとき、彼の足手まといにならずに済む人間など限ら
れるからね。他の探険者もまた、そんな危険を冒したくないだろう」
うむ、その通りだ。今のテッペイの戦闘力は計り知れないものがある。
あの金棒……無要といったか……あれを思う様振るうならば、あいつ、
1人で1個艦隊を潰してのけるんじゃないか? とんでもない話だ。
「でもね……そんな理屈を覆すのが情熱であり、恋愛というものだよ。
その子は残るね。私の処女膜を賭けてもいい。悪食の側から離れない」
「わけわかんねーよ! っていうかいらねーよ! 何なんだお前っ!」
涼しい顔してこの野郎! 明らかに面白がってやがる!
「どうするんだい? 追うかい? 今から追えば捕捉できるよ?」
「……追うわけないだろ。馬鹿にすんな」
追うわけがない。
俺はあいつに約束したんだ。待ってるって。
自分の仕事をして待ってるって約束したんだ。
あいつは、そんな俺を通じて、この世界を嫌わずにいられるんだから。
俺が天空の覇権を得んとすることが、あいつの絶望を和らげるんだ。
この世界に日本人として生きる孤独を癒せるんだ。俺だけが出来る。
俺にしか出来ないこの仕事を、どうして放り出せるっていうんだ。
「うん、そうだね。君は賢いから、そんな馬鹿なことはしないね」
「……それを確認に来たのか、お前は」
「まあね。君をよく知る私だけれど、こと恋愛事情については前例がない
ものだから。君の生き様というものを確かめにきたのさ」
「言いやがる。まぁ見てろ。お前の忠誠に対しては、かつてない規模の
販路という形で報いてやるさ。市場調査でもしておくんだな」
言ってやったら、実に嬉しそうに会釈をしやがった。こいつめ。
領内の商業利権の多くを握るこの女は、守銭奴というところがまるで
なく、商売が活気付くことを喜ぶ類の人間だ。経済の賑やかしだな。
こいつが権限を持つ限り、領内の経済は順調に発展するだろう。
俺は知る。
あの魔本の力によって、経済が国家の枠組みを越えることを知る。
上手く調子に乗らせてこそ役に立つ。既存を打破する力となるんだ。
軍事は負けなければいいが、経済は勝ち続けなければならない。
俺はレギーナを上手く御することによって、きっと天空の覇権を
手にすることだろう。豊かさこそが力となって敵を討つんだ。
「別の賭けをしようか?」
「何の話だ」
「悪食がどれくらいで魔石を手に入れるか、賭けたら面白そうだろう?」
「明日がいい」
即答すると、クスクスと笑って、レギーナは言うんだ。
「希望は大事だね! ならば私も明日に賭けよう! 彼はいい男さ!」
知ってるし。
っていうかお前がまだ狙ってるのも知ってるし。させねーからな!