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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第4章 天空の戦争、覇王の真実
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第8話 真相

 ベルマリアの判断は苛烈だった。


 ようやく砦へ到着した援軍艦隊5隻に対し、水無瀬領侵攻軍司令として

 その指揮権譲渡を迫って掌握すると、2個艦隊でもって西へ出撃した。

 内1隻は捕虜船2隻の牽引係だが……例の伏兵艦隊を撃破するためだ。


 その戦果は圧勝と表現するのがピッタリだろうな。

 烈将が、敵に倍する艦隊で、策も位置も知っていて攻めかかるんだから。


 捕虜船を7隻に増やしたベルマリア艦隊は、総船数17隻という規模に

 なって、水無瀬領へ向かう。改めて都の支配を徹底し、占領統治を実施

 するためだ。この時点ではまだ……土御門軍だったよな。


 けど、それは既にして隠れ蓑に過ぎなかった。


 地方砦に籠った抵抗軍との激戦、という虚報を盾にして、土御門領への

 帰還命令を一切無視するベルマリア。その狙いは明々白々だ。


 独立。


 水無瀬領にあっては支配体制の確立を急ぐ。時に峻厳で、時に寛容な、

 人心を揺さぶり掴むカリスマ的行政。人を酔わせるところがあるんだよ。

 僅かな間に浮島をベルマリア色に染めていって……そして統治する。


 土御門領にあっては、まず家中に粛清の嵐を巻き起こした。暗殺計画に

 加担したとして首を討たれた者は23名。いわゆるジンエルン派だな。

 譜代の者でも容赦なし。ここに赤羽家は一枚岩となったわけだ。

 

 同時に、独立の志を噂の形で領内へ流布。反応は俺の予想を超えていた。

 大歓迎ムードだったんだよ。熱狂的なほどに。それはベルマリアの名声

 に依るところも大きいが、何より、実力者を尊ぶ価値観があるからだ。


 何でも、天帝さんとやらは、貴族や豪族の抗争を認めているらしい。

 むしろ推奨すらしている節がある。強者の栄誉と権限を公認するんだ。

 今いる貴族の多くが、そうやって成り上がった存在なんだとか。


 もともとベルマリアに近しかった豪族たちは、待ってましたとばかりに

 土御門への反旗をひるがえした。驚いたのは、あの緑谷家までが一緒に

 蜂起したことだ。しかもそれが領内の趨勢を決定づけたんだよな。


 ベルマリア不在の形で勃発した内戦は長期化することなく、一気呵成に

 決着を見た。土御門の一族郎党は首を晒すこととなり、抵抗した豪族も

 ある者は討たれ、ある者は許され、ある者は追放されて。

 

 青嶋オクタヴィアは、逃れた中では最大の大物だ。

 どうやらベルマリア暗殺にまつわる一連の陰謀の首謀者って、あの女

 だったっぽいんだよな。確かな証拠は押さえられなかったそうだが。


 いやー、そうなると、俺ってばかなりの虎口を脱していたんだな。

 あの女は随分と前からベルマリアを警戒し、敵視していたようだから。


 でも、それって実は慧眼だったのかもしれない。

 事実として、ベルマリアは土御門を滅ぼしたんだから。


 ……あの夜。

 

 野を駆け森を抜け丘を跳んで、西端砦に魔物や悪霊兵団と戦った夜。

 ベルマリアが北西からBFRを決行して、泣いて、笑った、あの夜。


 あの夜から半年。

 たった半年で全てが変わった。

 土御門領と水無瀬領とは、どちらもその主を失い、新領主を迎えたんだ。


 その領主こそ、ベルマリア。


 正式な姓名をして、火迦神ひかがみベルマリア。


 強力無比な新領主を寿ぎ、朝廷は漢字3文字の名字を下賜したんだ。

 新しい貴族として、この天空に、火迦神家が誕生したってことだ。

 中規模の浮島2つを領地とし、天照領にもやや近いという権威を持って。


 それは、天空の覇権を巡る争いに、強力な1人が躍り出たということ。


 他の追随を許さない三色の天才にして、炎の美貌の若き貴族。

 軍略においては烈将の異名をとり、内政においては革新的な政策を施し、

 人心掌握においては家臣にも民にも心酔されるという存在。


 それは……人々に覇王の予感を抱かせて。

 

 他方。

 滅ぶ人もあらば、興る人もいるわけで。


 春坂ミシェルさんは西端砦での奮闘を認められ、部将として火迦神家に

 仕えることとなった。つまり豪族になったんだ。大出世だよ。配下には

 あの愉快な仲間たちが集った。防衛戦に定評がつきそうだ。


 聞けば、春坂家というのは元豪族で、曽祖父が投機に手を出したせいで

 没落した家なのだとか。以来、堅実を尊んで粛々と武を磨いてきた家柄

 だそうで、その辺の苦労が古ぼけた鎧甲冑に偲ばれる。


 そんな彼女の取り成しもあって、桃栗アントニオさんも取り立てられた。

 あの人、ゾフィーちゃんの治療費を得るために身売りしてたんだ。戦闘

 奴隷として超高値でオクタヴィアに買われたわけだな。そして治療継続

 のために黙々と忠義を尽くして……内乱の中で捕縛された。


 ベルマリアは最初からアントニオさんには目をつけていたっぽいな。

 何しろ拳豪の二つ名を持つ猛者だ。どっかの悪食とか両盾と違うよね。

 自ら牢へ足を運んで説得し、武官として採用した。俺も同席したよ。


 ゾフィーちゃんの治療も引き続きペネロペさんが行っていくそうだ。

 それをベルマリアが保証したとき、アントニオさんは涙を流した。

 俺も凄く嬉しくて、一緒になってベルマリアに感謝しまくったよ。


 緑谷レギーナはベルマリアの経済参謀といった位置に納まり、影響力を

 増大させている。彼女は変態だけど、ことお金に関しては優秀な知見を

 持っているからな。変態だけど。商業の天才なのかもな。変態だけど。


 そして……ジンエルン。


 赤羽家の家中粛清は、むしろ彼という人間を日の当たる世界に解放した。

 ベルマリアが火迦神という新たな家を興したために消滅した赤羽の名跡、

 それを彼が継承し、赤羽ジンエルンとして新豪族になったんだ。


 下手したら粛清の中に殺されるかもしれないと思ったし、そうなったら

 掻っ攫ってでも助けようと密かに考えてたんだけど、まさかの大逆転。


 それというのも、彼に大きな功績があったからなんだ。

 例の、ベルマリア暗殺計画の計画書……あれをキッカさんに手渡した

 のって、何と何とジンエルンだったんだ! そりゃ出所確かだよな!


 暗殺計画の存在を明らかにしたことが、その後の全てにつながっていく

 わけだから……そりゃもう大功績だよね。本人は誅殺されることも覚悟

 していたそうだけど、姉弟で無理に殺し合う必要なんてないさ。


 始まりの日の夜、赤羽屋敷の裏庭で出会った優しい彼。ベルマリアの弟。

 俺はこの姉弟を和解させたいと欲し、直後からその難しさを思い知った

 ばかりか、調練だの闘技場だのと翻弄されていったけれど。


 けど、遂に、2人が笑顔で会話する様子を見ることできた。

 あの冷たい渡り廊下には、今はもう日が差しているんだ。

 ベルマリアがそこで暮らすことはないけど、ね。


 今、ベルマリアは旧水無瀬領の都に本拠を構えている。

 領主城を仮の住まいとして新たな城を建造中だ。新式の城になるらしい。


 新たな国づくりは熱を帯びた活気の中で急速に進められている。

 天空に産声を上げた新貴族の所領は、ベルマリアという稀代の王に

 導かれて、輝かしいばかりに興隆しているんだ。


 そして、俺は。


 この半年の間、ベルマリアの隣でそれらを見てきた俺は、今夜旅立つ。

 延ばしに延ばしてきたけど、そろそろ頃合だ。見るべきものは見つ、だ。

 もうここには居られない。俺は俺に相応しい地獄へ降りていかなきゃ。


 そっとベッドから抜け出す。


 上等のシーツが俺の肉体をくすぐったく滑らせた。例によって裸なので、

 フッカフカの絨毯を素足で踏みつつ服の所へ。静かに身支度を整える。

 テーブルの上に一冊の本があって、それを見てちょっと笑った。


 『VR式日本社会習得』……という名の、魔本。


 これがベルマリアの、ある意味における正体。日本の記憶を持つ真相だ。

 天才的な魔力でもって通魔しないことには読むことのできない、魔の本。

 ベルマリアが5歳の時に読んだ本。彼女の曾祖母もまた読んだろう、本。


 赤羽家の家宝として伝わるこいつが原因だったんだ。


 家中粛清の混乱から守るために持ち出されたこいつを、ベルマリアは

 懐かしそうに開いて見せて……驚愕のあまり涎を垂らしたっけ。中身

 にじゃない。中身なんてそもそも目次しかなかった。目次はこうさ。


 『銀行員の実像。銀行員・鈴木りそなの場合』

 『企業戦士の実像。会社員・山田太郎の場合』

 『官僚の実像。事務官・佐藤Kさんの場合』


 などなど。いわゆるタッチパネル式に近い。

 どれかに触れれば、魔本の魔本たる所以というか、莫大な情報が一瞬の

 内に習得できるという代物さ。映画なんて目じゃない臨場感でもってね。


 どれくらい凄いかというとさ?

 5歳の幼女がさ? 自分をさ?


 企業戦士の山田太郎こそ自分であると信じきっちゃうくらいに、だよ!


 いやはや……凄い勘違いもあったもんだよ……曾祖母や年齢といった

 要員も影響してるとはいえ……普通に考えたらわかりそうなもんさ。


 最初からなかったんだ。転生なんてものは。あるわけないじゃん。


 言ってしまえば、アレだよ。漫画みたいなもんだ。

 赤羽ベルマリアっていう天才幼女が、企業戦士山田太郎って漫画を熱中

 して読み込んだ結果、思わずなりきっちゃったという……それを魔法で

 何倍にも効果を増してしまったという、そういうことだったんだよ。


 副次的に身につけた日本の知識と道徳とは、確かに彼女に特別な力を

 与えたといっていい。けど本質は何も変わりゃしない。今や貴族とも

 なった彼女の能力も、気性も、カリスマも、どれもが彼女自身の資質

 だったんだ。極度の厨二病を患っていたとも言えるかもな。


 でもまぁ……この本がなければ、俺とベルマリアの出会いはなかった。

 ベルマリアは探険をそう頻繁に行っていなかったろうし、黒髪の俺を

 嬉々として助けたりしなかったろう。この本は始まりでもあるんだ。


 俺には読めないけれど、そっと表紙に手を乗せてみる。


 ベルマリアはかつて歴史上の転生者について言及したけど、その人々も

 こういった魔本の錯誤に囚われた人々だったんだろうな。稀有な才能と

 非常識ともいえる知識でもって、この世界に大きな仕事を成した人々。


 今代は、ベルマリアの番なんだ。

 この魔法に満ちた天空の社会で、ベルマリアはきっと歴史に残る大事業

 を成し遂げるだろう。俺はそれを確信している。彼女は人間の王となる。


 だから……化物である俺は行くんだ。化物の住まう場所に。

 今も昔もこの世界にたった1人きりの日本人として、俺にしかできない

 仕事も見つかったから。俺という意識がある内に成し遂げたい仕事が。


 探らなければ。確かめなければ。突き止めなければ。

 この世界は……この星は……日本と無関係じゃないってことを。


 魔本の真実がそれを悟らせる。だってそうだろ?

 日本からの転生者がいて、そいつが魔本を記したっていうんならわかる。

 日本のあれこれを記録に残して、それを伝えようとしたんだろうって。


 でもさ、逆なんだろ?

 まず日本に関する知識を収めた魔本があって、そのせいで転生者なんて

 幻想に惑わされたわけだろ? ベルマリアも、彼女の曾祖母も、他も。


 なら……俺しかいないじゃないか。全てを判別し、明らかにできるのは

 この世界に俺しかいない。生粋の日本人である俺にしかできない仕事だ。


 間に合うだろうか?


 この半年で、俺の体の魔物化も進行した。かなり具体的な形で。

 右手を握ってみる。今や違和感の方が当たり前になってしまった右手。

 この手首の封魔環を外したなら……俺は右手を化物に変えられる。


 どうやら食べた魔物に変化するようだ、俺は。

 

 この右手は魔熊の爪の手にも変えられるし、一角猪の角を生じさせる

 こともできるし、蛇蔦草の蔓と化して鞭のように振るうこともできる。

 封魔すれば元に戻るが……いずれ戻らなくなるんだろうな。


 地上でベルマリアが倒した化物を思う。あれは正に俺の未来の姿だ。

 多くの化物を殺し、食べ、それらの融合した奇怪な鬼になるんだ、俺は。


 この事実は隠し通したつもりだけど……もしかしたらベルマリアには

 気付かれたのかもしれない。最近、俺の右手をずっと握りしめていた。

 夜中……朝になっても。まるで人の形を保とうとでもするかのように。


 ベッドを振り返る。


 美しい人が眠っている。炎のような髪が広がっている。金銀の瞳は瞼に

 隠されて見えない。可憐で細い首と肩。シーツが描く弓なりの滑らかさ。

 起こしてはいけない……王の安息は黄金の価値を持つのだから。


 挨拶もなく消える残酷を許してくださいね?

 だってベルマリアはズルイから。表情とか涙とか拗ねとか、色々と。

 こうでもしないと、俺は右手の隠し事がばれるまで居座りかねない。


 そういえば、そっちの隠し事も結局言わず終いになりますね。

 でも大体察してますよ。お互い、何となく察し合っていたのかもです。

 言葉にしなくたって、伝わるものなのかもしれませんね。


 では……行ってきます。


 貴方の征く戦いの道が、常に栄光と勝利とに輝いていますように。

 日々が貴方の労苦に報い、幸せで充実した時間を過ごせますように。



 どうか…………お元気で。 

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