第4話 光石
航空船の入港は中々に見物だった。
何しろ桟橋が平面方向だけでなく、縦方向にも三階層くらいある。
下に行くほど船が貧相な辺り、横付けする場所に格式がありそうだ。
ベルマリア先輩の帆船は当然とばかりに最上階層でした。流石です。
居並ぶ豪華船に比べると実用主義というか、質実剛健な印象だ。
それも権威が強いからできることなのかもしれない。というのも。
「ベルマリア様のご帰還だ! 威儀を正せ! 作業を急げ!」
「おお、あれが赤羽の……威風堂々たるものですなぁ」
「烈将だ! 烈将ベルマリア様だぞ! おい、見ろよ!」
活気にしろ注目度にしろ、凄いんですけど。先輩ってば何者なのよ。
係留しても易々と降りれない有り様だよ。凄いね、どうにも。
まぁ、アイドルだったら国民的ってのを超えそうな外見だものなぁ。
その上、ご実家が何だか凄いようだし、当然っちゃ当然なのか。
当の本人は悠然としたもので、微笑みつつ手を振ったりしている。
「面倒だが有名税って奴だ。はぐれずについてこいよ?」
下には聞こえなような小声でそう告げると、兵を伴って降りていく。
あの12人の兵士は近衛兵的な役割なのかもしれない。ガードが凄い。
俺はといえば。
荷運びの船員に混じって、中身も知らない木箱抱えて追従してます。
髪はヘアバンドみたいのでガッチリ包み込んだ上に、フードを目深に。
目には色つき眼鏡。横から見られたらアウトだが、そこはフード防御。
かなり怪しいと思ったんだが、周囲を見るにつけ、そうでもない様子。
同じような格好の人が結構いるんだ。程度の差こそあれ、そこそこに。
やっぱプライバシー的なものなんだろうな。色が個人情報過ぎる。
まあ、それにしたって黒髪黒目の大人ってのは俺だけなんだろう。
ちなみに子供では見かけた。赤ん坊や幼児はなるほど黒髪黒目だ。
あれが七五三でカラフルになっていくのか。面白いもんだなぁ。
両親と子供っていう組み合わせもいたが、夫婦で同じ色だった。
遺伝とかあるんだろうか? 色による優劣とかあったら嫌だな。
それはそれとして、港から離れてしまうのがちょっと惜しい。
どういう理屈か浮いている船と島。眼下の群雲。境海のゆらめき。
全部を見れる場所だからだ。人ごみに混じっていくとどこも一緒だ。
アニメみたく色々な髪の色ってのは目新しいけど、それ以外は普通だ。
海外放浪を結構やってた俺としては、別にさしたる興味も惹かれない。
欧州の田舎の風景だ。石造りの統一された色彩の中に園芸がある。
露店の1つも見学してみたかったが、目的地は割合に近かった。
やや赤みの強いレンガで造られた箱状の建物。大きい。玄関口が広い。
出迎えも出ていて、ベルマリアはさっさと中に入っていってしまった。
おやっと思ったがすぐに指示がきた。荷運び要員たちはこっちなのね。
広い倉庫的な場所にガンガンと木箱を積んでいく。勿論、手伝います。
……燃料とか水とか、いわゆる航海用物資のようだ。あ、航空用か。
何か凄く余ってる気がする。もしかしなくても途中引き上げなのか。
それはつまり、俺が原因ですよね……凄くご迷惑をかけたんだなぁ。
「テッペイ様、テッペイ様はおりませんか?」
作業に没頭していると、俺を呼ぶ声が。見れば、執事。あれは執事!
凄ぇ……いかにも過ぎる。名前はセバスチャンかギャリソンか。
「はい、ここにいまーす」
「ベルマリア様がお呼びでございます。こちらへ」
周囲の仲間に挨拶して、作業から離れる。ちょっと名残惜しい。
あの木箱群、上手いこと整頓できてたんだ。あと2段はいけたなー。
いや、あの人らわかってる。俺の意図わかってる。やってくれるはず。
どうにも腕力に乏しい人たちが多かったことが気になるが。
倉庫を想いつつ、廊下を抜けて階段を昇って、扉の前へ。
執事さんが中に声をかけてから扉を開ける。あ、俺だけ中に入るの?
絨毯の敷かれた広い部屋だ。棚には本や書類、巻物などがたくさん。
目を引くのは壁のタペストリーだ。燃え盛る炎と力強い翼の意匠。
あれかな。赤羽家を意味してたりするのかな。執務室なんだろうね。
「おい、俺ぁ船員を拾ってきたわけじゃねーんだぞ」
デスクに座っていたベルマリアが、内容とは裏腹に面白そうに言う。
いや、だって、流れ的にそうなるだろ。普通に倉庫へ案内だもの。
「ま、いいさ。順応力が高いってないいこった。勤勉なのもな」
「あのー、これ取っていいですか?」
「ん、とれとれ。窮屈な思いをさせたが、珍獣扱いよりゃいいだろ?」
ぷはっとばかりにフードを外す。眼鏡もバイバイ。やー、スッキリ。
「やっぱり珍獣扱いになるんですか、俺って」
「そりゃあな。大学生が半ズボンでランドセル背負ってたら変だろ?」
「うはぁっ、そっち系の珍しさなんですか!?」
「半分は冗談だが、半分は真実だ。ガキの証拠だからなぁ、黒髪黒目は」
洒落にならん。そんな羞恥だったなんて……そ、染めるべきか?
いや、でも、俺日本人だし……いやいや、郷に入らば郷に従えか?
「はっは、顔赤くしてら。より可愛く見えるぞ、おい」
「あ、あのですねぇ……このフードと眼鏡、下さい。お願いします」
「ああ、やるよ。それつけてまたお出かけだ。行くぞ」
そう言って颯爽と立ち上がるベルマリア。くそ、美し可愛いっ。
白いマントを羽織り、金のボタンで留める。腰には細い剣も佩いた。
廃刀令とかは無い社会のようだ。しかし綺麗だな……火色が映える。
「どこへ行くんですか?」
「精霊祭殿だ。商業区画を挟んだ先だから、ちょっと歩くがな」
「わ、いいですね。ちょっと物見遊山したかったんですよ」
「余裕あるなぁ、テッペイ。お前の運命が決まるかもしれんっつーのに」
さも感心したように言う。え? は? 何が??
止まってたらニヤリとされた。その細くて白い指で、でこピン1発。
「好んで獣化したいわけでもねーだろが。祭殿にゃ契約しにいくんだ」
「えっ!? お、俺が……精霊とですか?」
「おいおい。幾ら俺が天才っつっても、4つ目は無理だぜ。さあ急ぐぞ」
まじかよ、精霊と契約とか超カッコいいんですけど。
そしたらあれか? 加護とやらを得られたら、人権保持できんのか?
しかも魔法とか使えんじゃね? うわ、やばい、ワクワクしてきた!
スタスタ先行くベルマリアを慌てて追いかける。フードかぶりつつ。
あれ、お供はなしなのか? さっきの様子じゃ危ないと思うんだが。
と、思ったら、外に出る前に妙な帽子をかぶりはじめました。
ツバ広の帽子に薄いカーテンがついているような……市女笠みたい。
成程、髪色どころか人相も隠れるわけね。さっきの群集にもいたか?
「物欲しそうにすんな、これは女性用だ」
「し、してないですし!」
街路に出てすぐにわかったこと。それはここが身分制社会だってこと。
洋服のようでどことなく和服の要素もあるような、そんな風俗だが。
やはり身なりの良し悪しは見て判るし、いい身なりの人は偉そうだ。
剣を所持している比率も低い。持ってる人は身分が高い感じだ。
まあ、でも、治安は良さそうだ。誰も和気藹々としていて活気がある。
警備兵なのか、完全武装した兵士を稀に見かけるが、暢気な感じだ。
獣人は見当たらない。もっとも、フードの中身まではわからないが。
ただ……ふむ……1つだけわからない物がある。
大体の人間が、同じアクセサリーを首から下げているんだ。
流行物ってわけでもなさそうだし、何か特別な品だろうか?
「先輩、先輩。あの皆して持ってるアクセサリーって何ですか?」
「ん? おお、目敏いな。これのことだろ?」
少しカーテンを開けて、ベルマリアが首からそれを出して見せた。
胸元から。そう、胸の谷間的なところから。目と心に蠱惑的な毒です。
「これは光石と言ってな、この浮島の領民である証なんだ」
大きさは色々あるようだ。ベルマリアのは落涙型でそこそこ大きい。
さっき見た中では一番大きいな。他のはもっと小石的なものだった。
乳白色で不思議な光沢を放っている。真珠にも似ているかな。
「同時に防災用具でもある。これを身につけていると、短時間とはいえ
境海に浮くことができるんだ。その際は発光して救難信号にもなる」
何それ超欲しい。空における救命胴衣じゃないですか、それ。
けど、待てよ、最初に何て言った? 領民の証って言ったよな?
「それって……人権の証だったりもします?」
「嫌な聞き方だがその通りだ。光石は領主が厳しく管理する物品であり、
領民にのみ与えられる。下民は所持していただけで重罪だ」
わー、やっぱり。じゃあアルメルさんは持ってないわけか。
そうそう落ちちゃうこともないんだろうけど、命に関わる物なのに。
他に代替物はあるんだろうか。なかったら困る話だ。
うーむ。入港するまでに見てきた壮大な景色に比べると、何だかなぁ。
夢の国も料金制だったというか、何と言うか……現実は世知辛いね。
「……言いたいことはわかるつもりだ。この世界で、唯一、俺だけはな」
「いえ、知らない社会のことを、自分の常識だけで批判はできません」
「優等生の回答だな。だがまぁ、何事も正道あらば裏道もあるもんだ」
言うなり、懐から封筒のようなものを取り出して俺に寄越した。
緑色の蝋で封がされている。印章が捺印されていて、開けがたい。
「獣人化したら渡すつもりだったんだがな。開けずに持っとけ」
「中身を聞いても?」
「風の魔法を封じた呪符だ。短時間の飛行が可能となる。もしも落ちる
ようなことがあれば、封を開け。符に触れれば発動するもんだ」
おおお、凄い! 魔法だ! 魔法で空を飛べるとか今すぐ使いたい!
いや、使いませんて。開けませんて。何で睨むんですか先輩。
「配下の下民にはこいつを渡してある。高価な代物でな。それが限度だ」
「ありがとうございます」
「勘違いすんなよ。俺ぁお前に言い訳を見せただけなんだ。これが最善
だなんて思っちゃいねぇし、お前を配下だと言ってるわけでもねぇ」
単純に喜んだんだが、ベルマリアとしては心中複雑なようだ。
現状一般人未満の俺に比べて、彼女は権力も財力も人並み以上の様子。
できることが多い分、葛藤も多いのかもしれない。真面目だと思う。
この呪符とやらも、たくさん考えた末の妥協案なんだろうな。
それを用意していた上に、予定外の場面で俺に渡したベルマリア。
……俺は、もしかしなくても、やっちゃってたか?
知らず知らずに、彼女を傷つけていたんじゃないか?
ここの社会を説明される内、幾度も表情に出していた感情がある。
人権に絡んで反射的に感じたもの……強い違和感と微かな嫌悪感だ。
平成の日本人ならば誰だって持っている常識、基本的人権の尊重。
世界の紛争を余所に、安寧で豊かな暮らしをする俺の、平和主義。
それが間違っているとは決して思わない。素晴らしいとすら思う。
けどそれは、どんな社会にも絶対的に当てはめていい基準じゃない。
全ての規範には相応の歴史的背景があることを、俺は知っている。
海外を放浪した際に、多くを見た。味わった。正解が変貌する瞬間を。
良かれと思って渡した金銭が原因で、殺された人間を見た。
救おうと渡した食べ物が、飢餓の極致の胃腸に止めを刺した。
国だってそうだ。1つの福利を生む公共事業が他を害する例は数多い。
所変われば、色んなものが違うんだ。
そんな「違い」を好悪で感情表現することすら相手に失礼なのに。
奇妙な自覚から誰に理解されるでもなく頑張っていただろう彼女を。
唯一の「日本人仲間」である俺が、表情で責めたてていたんだ。
はぁ……迂闊だった。悪いことした。畜生。
異文化社会構造ってのは難しいよ、本当。悪い点が目に付きやすい。
思うに、社会の仕組みってのは必要悪なんだろうな。
誰もが好き勝手に生きられない、そんなに土地も資源も余ってない。
かといってバラバラには生きられない。集団でないと生産ができない。
そうやって少しずつ我慢と妥協とが積み重なっていって、慣習化して。
慣習法ってだけでなく、多くのことにそんな背景がある気がするんだ。
あー……卒論、まだ終わってないんだけどなぁ……はぁ。
「ほら、着いたぞ」
わ、やば。グダグダ考えてたら到着かよ。無口貫いちまった。
わあっ、ベルマリアの表情が硬いし暗いよ!? やばいやばい!
「わ、わあー、凄いなあ。ハバロフスクで見学した教会みたい!」
「……どこだ、そこ?」
「ロシアです。ロシア正教の教会は玉葱型の屋根なんですよ」
「へぇ、そうなのか」
ご、誤魔化せただろうか。無理か? 何か寂しげな微笑だもの!
こうなったらアレだ、ビックリ仰天な出来事を起こして心機一転だ!
精霊だっけ? どんと来いよ! 予想以上に契約してやんよ!
頭を三色に染められたなら、きっとベルマリアも爆笑すると思うんだ。