第6話 策謀
「いやー、ちょっとドキドキしちゃったね! よっ、色男!」
キッカさんってば超笑顔。肘でグリグリは鎧外してからやって。痛いて。
ここは赤羽家軍ベルマリア艦隊の旗艦だ。その中で一番上等の特別個室。
つまりはベルマリアの部屋だ。ベッドに眠る彼女を見やりながら。
「やっぱ恋って凄いよねぇ……頑張って頑張って、抱きついて失神だもん」
「ははは……殴る体力も残ってなかっただけですよ」
「どして殴るの。凄い活躍じゃない。君なしで今回の大勝利はないよー」
この人酒入ってないか? 上機嫌過ぎて何かもう訳がわかんないよ。
護衛も兼ねて居座ってるんじゃないのか? 緊張感ゼロだよ?
どうしてか俺もつき合わされてる。ベルマリアを肴にお茶会て。
桟橋で俺に駆け寄るなり抱きついて、そのまま気を失ったベルマリア。
どうやら魔力的に限界だったらしい。やっぱり魔法を使い過ぎたんだ。
そりゃね……特製レンズとBFRだけでも凄まじいのに、
キッカさんの話じゃそれ以前に既に魔力的グロッキー状態だったそうだ。
……どういう状況で北西からの来援になったんだろう?
ベルマリアの消耗の原因は何だ? わからないことだらけだ。
「強くなったとは思ってたけど、ちょっととんでもないね、君も」
「キッカさんの調練の賜物です」
これは心からの本音だ。封魔縄って言ったか、あの灰色のワイヤー。
もしも調練を受ける前の俺だったら、あれで捕縛されていただろう。
下手したら死んでたかもしれない。祭殿での封魔儀式を思い出す。
まぁ、そもそも、調練を受けなければ戦い方も知らなかったけどね。
このマッスルボディもなかったし……狙われることもなかったよな。
あの赤服、月宮リベンチオと悪霊兵団については既に報告済みだ。
ミシェルさんからの報告と併せて、重要な軍事情報になるだろう。
ベルマリアにも気がつき次第読んでもらわなければならない。
それまで、艦隊は砦を動かない方針のようだ。やはりベルマリアの
判断が必要だし、上への報告もベルマリアがすべきだからだ。
……呼吸はしてるよな。うん。よく寝るベルマリアだ。
都への速報としては早馬が出たが、それも夜明け前には着けないだろう。
不便な話だよな。風魔法では有効距離の高が知れているし、光魔法では
情報の秘匿性と信用性に欠ける。電信でもあればいいのに。
「君さ、これ何だかわかる?」
また考え込んでいた俺に、キッカさんが1枚の呪符を見せてきた。
何だろう……中央が炭化して崩れている。焼けちゃったのか?
「それはねぇ、お値段ビックリの貴重な呪符でね? 2枚1組になって
いてさ、1枚を発動させるともう1枚がそうなっちゃうって物なんだ」
「へぇ……有効な距離はどれくらい何ですか?」
「おっと鋭いね。正確にはわからないけれど、陸の果て同士でも大丈夫
だと言われてるよ。君が察した通り、緊急連絡に使える呪符さ」
「丁度、そういうことを考えていたんですよ」
見る限り、文字情報が送れたりするものではないようだ。惜しいな。
これではキッカさんの言う通り緊急連絡専用だ。合図を送るきりだ。
ん? とういことは、これが赤羽家軍来援の理由か?
砦に事有らば発動させて……いや、でも、それなら砦に赤羽家の人間が
常駐する必要がある。無理だろ。豪族は権限について色々とうるさい。
それに、仮にそうであっても間に合わない。俺が屋敷で門前払いされた
タイミングで、既に出港し終わってないと駄目だ。どういうこっちゃ?
「それさぁ、もう1枚は赤羽屋敷にあってね? アルメルが管理してるの」
「はぁ」
「でね……ふふ……ベルマリア様はさ、その発動について命じていたんだ。
自分の留守中にテッペイ君が屋敷を訪ねてきたなら発動するようにって」
「…………はぁ??」
思わず間抜けな声を上げた俺に、キッカさんはケタケタと笑うのだった。
何てこった……何てこった。
俺は騙されていた……勘違いをさせられていたんだ!
キッカさんを見るっ。ドヤ顔! ベルマリアを見るっ。寝顔!
くそぉ……北西来援の真相が、俺をビシバシと打ちのめすっ。
赤羽家軍……とっくの昔に出撃してた。どれくらい昔かっていうとね、
1ヶ月も前に。緑谷の茶会から3日後に。つまり俺が屋敷が出た日に。
俺よりも先に出発してたんだって。皆して戦争しにレッツゴーって!
その出撃の仕方も凄い。隠すことを徹底している。
軍港から夜陰に乗じて境海の下へ潜ませてあった艦隊に、一般船に分乗
して徐々に乗り込んでいったっていうんだから。超秘匿作戦だよ。
艦隊出撃とは華やかで勇壮なものなのに、それを一切せず秘匿した理由。
それは……侵攻作戦に乗じてベルマリアの暗殺計画が企まれていたから。
事の始まりは、都の西の森に密猟者のアジトが見つかったこと。
ミシェルさんと一緒にマウイを助けた時の、あの騎兵たちのアジトだな。
それが怪しすぎた。どうやら砦への上陸作戦に呼応するための敵中基地
だったらしい。しかもその建設には土御門内部からの協力があった。
都近くにそんなものを密かに建設し、物資と兵員を集められる存在。
それは大きな黒幕を感じさせる。陰謀の首謀者は少なくとも豪族だ。
多くの死人を出した内部調査は、トカゲの尻尾きりとでもいう結末で、
陰謀の首謀者を追い詰めるまでには至らなかった。しかしその狙いは
ハッキリとしたという。それが、ベルマリア暗殺計画。
何でも、西端砦への援軍として赤羽家軍を派遣する計画書が見つかった
そうだ。攻撃軍としての艦隊、即ちここにいるキッカさんたちではなく、
留守居の防衛部隊をベルマリアが臨時に指揮して駆けつける計画だ。
その編成が笑える。全部とは言わないが、主要な部隊がジンエルン派に
よって構成されているんだから。それってあからさま過ぎないか?
また、その時期に合わせて砦の兵力を減らす手筈も整っているのだから
えげつない。北西部への山賊討伐て。何それわかりやす過ぎる。
もしもその計画通りになったなら、砦において相当の苦戦だったろうな。
しかも援軍は伏兵によって邪魔され遅れる。孤立の混乱。そこで暗殺だ。
誰が最も得をするかって、俺に言わせれば周辺敵国だけど、自分たちの
得になると信じて疑わない人たちが計画したわけだ……ジンエルン派が。
計画書の出所こそ教えてくれなかったが、キッカさんは冷笑で断定した。
そして、今回の侵攻作戦。
北西に隣接する水無瀬領への侵攻自体は以前から意図されていたもの。
しかしきな臭い。首謀者を特定できなかった以上、また何か仕掛けて
くると見るのが当然だ。そこでベルマリアは1つの策を立てた。
偽兵の計だ。
最低限の兵力のみを艦隊とともに隠し、後は赤羽屋敷や軍港に配置して、
ベルマリアが都に居るように演出していたのだ。夜通し明かりを灯して
いたことも、関係者以外を厳重に締め出したことも、全てが計の一環。
敵を欺くにはまず味方からってやつで……俺も騙されたわけだ。
つまり、アレだね?
俺、この1ヶ月もの間、すんごく間抜けだったってことだよね?
ベルマリアたちいないのに、毎夜、祈りを捧げていたんだ……死にたい。
けど、その効果は凄いものだったようだ。
密かに出撃した艦隊は境海の下を進んだが、普通はそれでも発見される。
浮島近くでは定期的に哨戒船を出すのが常識だからだ。当然のことだ。
しかして、発見されない。すんなりと水無瀬領に侵入できてしまった。
その事実が意味するところは、即ち、ベルマリア暗殺計画に水無瀬領が
加担していたということだ。赤羽家軍が鍵であるがゆえの油断だ。
やはり内通者がいる。水無瀬の中央をそこまで信用させる内通者が。
それは全ての首謀者もまた土御門の中央近くにいるということだ。
ベルマリアは怒っていたそうだ。そりゃそうだろう。敵と共謀してまで
暗殺したいってのは異常な執念だ。土御門領として失うものが多すぎる。
その辺の説明で、何故かキッカさんは俺を肘でグリグリしたが。
何にせよ、結果は、策士策に溺れるってやつだ。
自分の策に自信があればあるほどに、裏をかかれれば致命的な隙となる。
水無瀬の都は無警戒で……ベルマリアたちは艦隊強襲でもって制圧して
しまったのだ。何それ凄い。まさかの最短攻略だよ。
ただ……ベルマリアがかなり消耗したそうだ。偽兵のために兵力を減ら
していた皺寄せだ。キッカさんも悔しそうだった。いざとなれば三色の
天才が担う負担は大きくなってしまうんだな。
しかも話はここで終わらない。
ベルマリア暗殺計画の新展開は、悪名高い傭兵団に西端砦を急襲させる
ことで始まると知れたからだ。赤服たちのことだな。あの夜の爆撃だ。
都に篭る赤羽家軍およびベルマリアを援軍の形で引き出し、交戦せずに
指定空域にまで誘き寄せ、そこで境海下に伏せている艦隊と合流、包囲
殲滅するという段取りだ。今も手ぐすね引いて待ってるのかな?
甘い計画だな……まぁ、失敗したらしたで、傭兵を捨て駒にするだけか。
キッカさんとしては水無瀬の都から動かないことを提案したらしい。
しかし、ベルマリアは断固として戻るという。どうも1ヶ月に渡る
一連の計画自体に苛立っていたんだとか。そりゃ気分も悪いよな。
接収した航空船を都上空に配置して、少しでも余計なことをしたら
無差別爆撃を開始すると恫喝してきたらしい。随分と乱暴な。証拠
として炎と雷を乱舞させてきたとか。烈将の名声が物を言うなぁ。
赤羽家軍は更に兵力を割き減らして、急ぎに急いで西端砦へ。
「……その時だよ、この呪符が反応したのって。ベルマリア様ってば顔色
変えてたなぁ。言ったもの。とにかく急がせろ、艦隊戦については最初
から全力で当たって瞬殺してやるって」
「はぁ……烈将の名に相応しい勇猛さですね。怖いくらいですよ」
「あっはははは! 何言っちゃってんの、君のためじゃん!」
「はぁ!?」
またもグリグリだ。やっぱ酔っ払ってるよ、この人。素面じゃないよ。
キッカさんを酔わせるものといえば……恋だ。ロマンスだ。ははーん。
また何か勘違いしてんのか。この人の中では俺はベルマリアの恋人だ。
「いやー、大変だったんだよぉ? 緑谷のお茶会でどんな喧嘩をしたのさ。
ベルマリア様ってば超不機嫌。イライラそわそわしちゃって、君に声を
かけたくてもかけられなくて……挙句、君出てくし長期秘匿作戦だし」
くっふふふ、と笑うキッカさん。ちょっと怖い。
俺とベルマリアとを交互に見て、ニヤニヤしてる。
何というか……その…………うざいね!
「浪漫だよね! 何とか早く帰ろうとしてるのに、そこへ呪符の発動だよ。
焦ったんだろうねぇ……テッペイがいなくなるって何度も呟いてたもの。
あれどういうこと? 訪問をお別れの挨拶みたく受け取ってたけど?」
はい、ここ、返答に要注意。キッカさんの目が笑ってません。
「探険団に参加して地上へ行ってみようと思ってまして。その、アレです。
身体も健康になりましたし、俺の呪詛についてまた調べたいと……」
確かそんな設定だったよな? やばい、うろ覚えだし!
「そっかそっかー! うん、それも大事だよね。世継ぎのこともあるし、
今の内に出来ることはやっときたいってものだよね!」
「は、ははは……」
凄いこと言ってるな、キッカさん。俺とベルマリアが子作りとか無茶な。
この世界的にも身分だ何だと障害があるだろうが、何よりもベルマリア
の正体が大問題だ。おっさんですから。俺もあっちも罰ゲームですよ。
でも実際問題として、赤羽家の世継ぎってどうするんだろ?
ベルマリアは男と子作りとか絶対無理だろうからなぁ……ジンエルンの
子供とかが出来たら、そっちへ継がせたりするのかな? 大変そうだが。
「凄かったよねぇ、ベルマリア様。消耗してるのに大魔法を行使しまくり。
愛しの君に会うための烈光砲だし、吶喊だよ、あれは」
「ははは……凄まじい攻撃でしたね、あれ。下から見てましたよ」
成程ねぇ……それで繋がるのか。あの北西からの来援に。BFRに。
俺の知るよしもない様々があったんだな。やはり戦争は前後が難しい。
本当のところ、どうしてベルマリアは事を急いだんだろ?
こんなに疲れ果てて……起こすのも忍びないほどの眠り方だ。
まぁ、どこぞのキッカさんは容赦なくしゃべってるが。
それだけ状況が切迫していると判断したのだろうか。事実、今も油断は
できない。水無瀬領は僅かな人員で恫喝しているだけだし、伏兵として
配置されている艦隊も無傷なんだ。そしてベルマリアは目覚めない。
当然と言えば当然だ。
攻撃軍としての都制圧。援軍としての悪霊兵団艦隊撃破。場所の離れた
どちらの戦果も、赤羽家軍の1個艦隊のみで挙げたのだ。無理が出る。
「それにしても、どうしてこんなに詳しく話してくれたんですか? 軍属
じゃないから、いつも具体的な話は無しだったと思うんですけど」
キッカさんはその辺りのケジメがしっかりした軍人だ。座学においても
守秘義務が発生しそうな情報は一切話さなかった。
その質問への返答は、まずは不思議な微笑。
次いで、ふざけたところの欠片もない、言葉。
「君のことを真に認めたからだよ。僕の主の伴侶としてね」