第3話 灰色
どうしてこうなった。どうしてこうなった。
俺は今、脳裏に繰り返す疑問を頭痛のように感じつつ、戦っている。
甲板の上は血みどろ油みどろだ。既に砦に人はおらず、しかも爆撃が
続いてるもんだから、魔物たちはワッショイワッショイとこっちに来る。
それを千切っては投げ千切っては投げ……ガンガンと地上ダイブさせて。
「見事なものだ。本当に1人で艦隊を護りきってしまいそうだな!」
「……爆撃が来るとも限りません。せめて船内にいませんか?」
「今更どこに安全な場所があろうか。ここにいるとも!」
「……ですよねー」
鎧甲冑の人がムフームフーと鼻息荒し。
残ってるし。ミシェルさんってば残ってるし。意気軒昂だし。
他の皆さんはね、上手く脱出したんだよ。小型船に乗ってさ、爆煙に
乗じて下へ逃げたんだ。浮島の下をくぐっての退避だ。航行的に難度
があって危険も伴うが、敵艦隊が制空する空を飛ぶよりはマシだ。
でもね……頑として乗らなかったんだ。ミシェルさん。座り込んだし。
周りも止めないし。それが当然と頷く始末だし。どうしようもないよ。
「素晴らしいな! こうやって共に戦うことは本当に素晴らしい!」
「……そですか」
いや、確かにね? 相手が女性とわかってて、駆け付けた男があんな
熱い台詞を吐いたら、ドラマチックかもしんないよ? でも誤解だよ!
誤解だからね、別に俺が1人で残ったって死亡フラグじゃないんだよ!
騎士とか兵士とかって変な本ばっか読んでんのな!
この流れでの別れは今生の別れとなります、とか。
髪を切って渡すなどしてはこの者の最後が決まります、とか。
こうなれば我らは邪魔者ですから早々に立ち去ります、とか。
急ぎ援軍を連れて参りますから接吻等はお早めに、とか!
馬鹿だよ! 馬鹿ばっかりだよ!
肝の据わり方間違ってるからな、アンタら!!
見たいように世界を見てるよね。いや、わかるけど。馬鹿って強いよね。
だって俺の髪色とか気にならないわけ? 灰色だよ? 見てないよね?
「む、爆撃が止まったか? いよいよ上陸部隊のお出ましか!」
「……本気で頼みます。その時は船内に隠れていてください」
「理由は……聞かぬ方がよいのか?」
「はい」
「……わかった。聞かぬ。そして従おう」
「ありがとうございます」
兜の奥から真摯な声が届いた。助かる。理由が幾つかあるからだ。
まず、俺は余裕のある限り上陸部隊を殺さずに済まそうと思っている。
殺してもいいが、殺さなくてもいい。どっちでもいいなら殺すまい。
むしろ封魔環をつけ直した方がいいだろうな。加減が難しいから。
次の理由は真逆で、いざとなれば皆殺しどころか船も何もかも破壊して
しまうつもりだから、巻き込まないためだ。封魔環を外した時の俺なら
やれるだろう。ただし、夢中になってしまう恐れがあるんだ。
最後に、これは俺の我儘だけど……人間相手に獣のように戦う俺を見て
ほしくない。魔物相手ならいいんだ。でも人間相手は嫌だ。嫌なんだ。
笑顔でいてほしいと思う人たちが、もしも、俺を見て恐怖に顔をひき
つらせたなら……身の危険を感じてしまったなら……辛いから。
「テッペイ……お主は不思議な眼差しをする男だな。どこかが切ない」
「誰かさんがちゃんと船で逃げてくれなかったからです」
「それは仕方あるまい。危機回避というものだ。不幸にも定石があってな」
「……来ます。船内に入って鍵をかけてください」
上空の5隻の内、3隻が高度を下げ始めた。余裕の上陸態勢だな。
セオリーである随伴飛行兵を1人も出していない。ま、当然か。
対空兵器はおろか砦はもはや全壊の有り様。迎撃戦力は見た感じ1人。
けどね……その1人は化物級だぞぉ?
ははは、舐められてるなぁ。せめてロープ垂らして降下しようよ。
あーあー、光魔法で照明バッチリ視界バッチリとか、油断しすぎ。
普通に船を降ろして桟橋に係留するとか、これまた我が物顔すぎ。
って、おい、まさかそのまま船と連結して引っ張ってくつもりか?
させねえよ! 封魔環つけんの中止! これでも喰らいやがれ!!
必殺……マスト・アタック!!!
そこに折れて落ちてたマスト、捨てなくて良かった。いいバットだよ。
予想以上の大打撃じゃんか。ほれほれー、ちゃんと掴まってろよー?
おっとそっちもか。ほれぃ。こっちもか。ほれほれぃ。はっはっは!
3隻とも甲板歪んで、しかも傾いてやがる。皆して焦ってますなぁ。
もっとやってやろう。何ならそっちのマストと相殺してやろうか?
でもそれすると君ら撤退できなくなっちゃうしね。揺する揺する。
ふん……そろそろいいかな?
「遠からんものはぁ!! 音に聞けぇい!!」
名乗り上げです。別に功名心じゃない。俺に注目を集めに集めるためだ。
何しろ俺1人で1個艦隊及び搭乗人数を相手にしようっていうんだから、
どう考えても手が足りない。船を奪われないためにはコレしかない。
「近くば寄ってぇ!! 目にも見よっ!!」
グルングルンとマストを振り回す。振り回しつつ微妙に移動。正直な話、
ミシェルさんが乗っている船さえ護れればいいんだ。後のは努力目標ね。
いざとなったら全部叩き沈めて、ミシェルさん抱えて大逃亡だ。
「我こそはぁ!! わ、我こそはぁっ!!」
やばい、肩書きが思いつかない。闘技場の三冠王? 魔物喰らい?
いやいや、そもそも個人情報を開示するメリットがなかった!
ええぃ……ままよ!
「誰だか知りたくば、かかってこい!!! もしくはとっとと帰れ!!」
何だろうコレ。何だろうコレ。
ヤケクソな名乗りを上げて、かれこれ10分は経ったんじゃないか?
無反応です。
いや、違うか、ある意味反応はしてるんだ……総員どん引きというね。
咳1つ聞こえてこないんですけど。誰も彼も行動停止状態なんですけど。
これは……かなり辛いものがあるぞ……!
一度口から放たれた言葉は、もう取り返しがつかない。撤回不可能だ。
やはり馬鹿過ぎたか。調子に乗ってたか。頭の悪さが滲み出てたか。
一緒に繰り出したポーズもよくない。咄嗟の決めポーズ。現在進行形。
マッスルポージングは日課だから。癖だから。出ちゃった……から。
し、静かだなぁ……パチパチと砦の残骸が燃える音が聞こえるよ。
誰も動かない。動かずに俺を見ている。痛い子を見ている。おおぅ。
素はキツイ。素はキツイ。こういう素に戻される対応が一番キツイ。
新しい音が聞こえてきた。
最初は火が爆ぜている音かと思ったが……違う、これは拍手の音だ。
「素晴らしい。実に素晴らしい」
最も奥まった位置の船の中から、1人の男が拍手しながら現れた。
金髪碧眼。雷と風の二色か。貴公子然とした顔。赤い戦闘外套。細剣。
明らかに身分のある男だ。佇まいに雰囲気と迫力とがある。
「噂には伺っておりましたが、まさか、ここでお会いできるとは思っても
みませんでしたよ。てっきり赤羽屋敷においてかと……悪食のテッペイ」
こいつ!?
この空気を助けてくれたのは嬉しいが、どうして俺の個人情報を。
「申し遅れました。私は月宮リベンチオ。この艦隊を率いております」
右腕の所作も優雅に一礼をされた。言葉からも周囲の態度からも、この
男が立場のある人間であると知れる。そして実力者であることも間違い
ない。二色ってだけじゃない。
……よく、あんなに傾斜した甲板でカッコつけられるもんだ。
「……おや? てっきり、お前たちは何者だ、といったお言葉を頂けると
思っていたのですが……今からでも遅くありませんよ?」
とと、そうか、こいつも変な本ばっか読んでる口か。少しはつきあって
やらないとな。変な空気から助けてもらった恩がある。
「えーと、貴方たちはどちら様でしょう?」
「ふふふ……教えて欲しくば、かかって来……いえいえ冗談です。顔赤く
してそんな物を振りかぶらないでください。物騒にも程があります」
この野郎、ふざけた奴だ。今のでチャラだからな。全く。
「私たちは自由貿易艦隊。いずれの御領にも縛られることなく、この世界
に交易の道を開拓しております。是非ともお見知りおきを」
「砦を1つ廃墟にしておいて、どこが貿易なんです?」
「軍事力も重要な商品の1つでして、傭兵業なども営んでおりますれば」
1個艦隊を形成できる傭兵団なんて聞いたことが……いや、1つあるな。
あれはいつだったか、座学で昨今の戦術運用例として名の挙がった集団。
輸送路の撹乱法として例示されたが、その徹底っぷりに驚いたもんだ。
任された後方地域で、軍用も民間も個人も区別なく全て襲撃し、臨検し、
物資はおろか人間も船舶も丸ごと奪う。遂には討伐軍も撃破して、当然、
人員も物資も何もかも奪い去った。前線が保てるわけもない。
それを成した艦隊の名は、悪霊兵団。
自由なんたら艦隊なんて名前はじゃなかったが……こいつらだろうな。
「……随分と荒々しい商売をしてますね?」
「貴方ほどではございませんよ。私たちは臆病ですので、あまり危険な
ことはしないのです。今も砦の戦力に怯え、天高く震えておりました」
そう、困ったように笑ってみせる赤服。月宮リベンチオと言ったか。
発言の裏には隠そうともしない自信が広がっている。ふん、成程ね。
これは時間稼ぎだ。
甲板上では誰もが静止しているが、船内において蠢く気配を感じ取れる。
何かを準備している。船についてじゃないな。俺だ。俺を陥れる何かを。
「それで? 帰ってもらえるんですか?」
「いやあ、そうしたいのは山々なのですが、これも仕事ですので」
「じゃ、やりますか?」
「まあまあ、少しお話ししましょう。土御門領に現れた武の巨星たる貴方
です。以前からお会いしたいと思っていたのですよ」
どの口が言っているのやら。
目配せも何もなく準備を進めていくのは見事だが。
「有名なつもりもないんですけど、どこで俺のことを知ったんです?」
「知る人は知っております。土御門の烈将の下に、鬼をも素手で折伏する
豪の者が侍っていることを。そして……」
弧月の笑み。オクタヴィアの類似品だな。つまりは企む者の笑みだ。
「……その正体が魔物かもしれないことを」
「!?」
3方から頭上高くに打ち上げられ、広がったものは……網か。投網かよ。
確認した後にマストで打ち払い余裕です。こんなんで捕まる魔物って。
む?
身体に絡まる何かがある……何だこれは……紐か? 灰色のワイヤーの
ようなものの先端に分銅か何かがついている。それが幾本も飛んできて、
重りの遠心力でもって巻き付くんだ。上はフェイントだったか。
そして……この……この、脱力感は?
「くくく……やはり、効果覿面でしたね!」




