表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第4章 天空の戦争、覇王の真実
33/83

第1話 夜景

 俺、多分、天才的に肉体労働者。


 赤羽屋敷から出て1ヶ月が経つが、俺の身体能力が思わぬ成果を上げ

 続けている。大工仕事では重たい荷物をひょいひょいと高所へと運び、

 それは港仕事では更なるもので、農作仕事では超高速の耕作を達成した。


 宿代どころかガンガン貯金できてる。うへへ。これで探検用の様々を

 買い揃えることができるぜ。ファルコに教えてもらった道具の殆どは

 もう入手可能だ。探険団に個人参加する分には、準備OKだな。


 将来的には探魔装置を購入したいところだが、あれは探険団が団として

 所有するようなビックリ高価な代物だ。無理すぎる。そこはレギーナに

 お願いして投資してもらおうと考えてる。期待してくれてたし。


「へい、特盛玉子丼と牛乳3本っ」


 今夜のご飯をトレイに乗せ、目星をつけておいた空席へ歩いていく。

 ここは日雇い斡旋所に近い大衆食堂だ。男たちでごった返している。


 まずはグイっと牛乳1本。美味。次いで湯気をたてる玉子丼。美味。

 稼いで食ってってのは生活の大基本だ。海外ではいつもそうしていた。

 このまま確かな充実感でもって生きていきたくなるが、駄目だよ駄目。


 俺は今すぐにでも地上へ行くべき人間だ。恩返しのために、化物になる

 までの時間を有効に活用するために、少しも時間を無駄にしたくない。


 けどなぁ……ファルコがまだ動かないんだよな。こないだ割よく稼いだ

 から無理する必要がないんだ。熟練者の当てが他にあるでなし……今は

 準備を充実させるよりない。金欠ハイナーすら無茶に動かないんだし。


「あ! テッペイさん、いた、いた!」


 今日も来たか……男衆の中でその小柄はどうしたって違和感なんだが。

 頭に俺と同じように手拭いを巻いたマウイが、すいすいと人を避けつつ

 近寄ってきた。まぁ、その辺りは流石に戦闘訓練を受けてるよな。


「わあ、もう半分食べちゃってる! い、急いで取ってきます!」


 うーん……懐かれている。

 マウイが働いてる店って工業地区挟んで向こうだろ? 別に無理に

 ここまで食べに来なくても、そっちで新しい友達を作ればいいのに。

 

 アルメルさんの紹介で勤めることとなった喫茶店。その名も獣耳喫茶。

 獣人であることを逆手にとった店だ。俺を含めて一定数の需要がある。

 ベルマリアの名前が効いていて、そこでは獣人だからといって無茶な

 労働条件だったり、接客だったりすることはないそうだ。


「はー、今日も一杯働きました。いただきます!」


 嬉しそうに焼き魚定食を食べ始めたマウイ。 

 

 ベルマリアの仕事の細やかさを見る思いだ。やっぱり凄い。マウイは

 その恩恵によって人並みな日常生活を送ることができるんだ。いっそ

 のこと浮島全体をベルマリアが指図できればいいのにと思う。


 けど……あくまでも、赤羽家の本分は軍事なんだ。


 この1ヶ月というもの、赤羽家の邸宅に明かりの落ちる日は1日もない。

 事前準備や工作が終わったのか、出撃の日が近いようだ。侵攻作戦だろう。

 そうなれば主力となるのが赤羽家軍。俺は無事を祈るより他に術もない。


 ベルマリアは……俺に呆れたらしい。


 あの緑谷家の茶会の以後、一度として顔を合わせていない。元より立場

 が違うから、これまでもベルマリアの方で機会を作ろうとしない限りは

 会えなかった。その機会を作ろうとしなくなったということだ。

  

 茶会から3日もせずに屋敷を出ることになったが、最初の2日間はまだ

 姿を見かけることもあった。最後の1日についてはキッカさんも含めて

 誰1人姿がなかった。まぁ、見送られるような立場じゃないけどね。 


 事前に相談しなかったのは悪かったと思う。もしかしたら何か別案も

 あったのかもしれない。だけどさ……俺の身体の変化については考慮

 されてないだろ? そして俺はそれを言うつもりがない。


 ……化物になるなんて、あの人たちに知られたくない。

 化物になったなら……その時は俺とわからず殺してほしい。

 そんな俺の我儘です。はい。


 実際、俺の身体は随分と変化している。例えば霊薬。

 この1ヵ月というもの、俺は霊薬による魔力補給は一切していない。

 徐々に体調は悪くなってきてるんだが、半年くらいはいけると思う。

 そしてそれまでには地上へ行くだろう。そこで補給の当てがある。


 魔物だ。


 魔物の血肉は、間違いなく俺のエネルギーになる。むしろ霊薬よりも

 強力なくらいさ。副作用が気にならないではないが……人の血を啜って

 生きるよりはなんぼかマシってもんだよ。タダだしね。


 面白いくらいに都合がいいんだよな、地上で暮らすって決めるとさ。

 ベルマリアの負担にならないし、恩返しもできるかもだし、霊薬の

 代わりの補給源もあるし。間接的に人助けにもなるだろうしなぁ。


 デメリットとしては魔物という外なる危険と、変異という内なる危険か。

 前者については無要がありゃ何とかなるだろうし、後者はもう運命だ。


 ……牛に引かれて善光寺参り、ではないんだなぁ。

 蜂に運ばれ異世界巡り。空から落ちたら鬼の鉄兵……ってとこかな?


「あの……もう食べ終わったですけど……」

「え? あ、ああ……ごめんなさい、ちょっと考え事してました」

「食べ終わるまで、その、待ってくれて、ありがとうございます」


 ペコリとお辞儀された。いやはや、そんなつもりはまるでなかったよ。

 この考え込む癖はつくづく直らないなぁ……性分として諦めるか。


「さて、じゃあ、送っていきますよ」

「あ、ありがとうございますっ。嬉しい、です……!」


 夜も更けると女性の1人歩きは物騒だ。この人って何気に可愛いしな。

 あの一件がある以上、犯罪に巻き込まれるなんて見過ごせるわけない。

 過保護かもしれないが、俺に出来るのはこれくらいなんだ。


 ジロジロと不躾な視線だよなぁ、店出る時って。いつも。

 これも送っていく気になる理由だ。わかってんのかねぇ、この人は。


 ……わかっててやってんのか? ボッチの執着ってやつなのか?


「新しい職場はどうです? やりがいがありますか?」

「はいっ、凄く楽しい職場です! 皆さん、とても良くしてくれます!」

「……友達とか出来ました?」

「はいっ、出来たです! ベネッタちゃんと、クラピンちゃんと……」


 笑顔満開全開って感じだ。どうやら上手くいってるようだ。良かった。

 あの日あの時、もしも失敗していたなら……この笑顔はなかったんだ。

 ……あの日あの時、もしも成功していたなら……クリスも笑ったろうか。


 見たかったな。

 クリスが家族の元へ帰って、兄妹3人で幸せに笑っているところを。

 社会にとっての善も悪も知ったこっちゃない。俺はそれが見たかった。


「テッペイさんって……」

「ん? 何ですか?」


 まだ友達の話が途中だろうに、マウイは瞬きもせずに俺を見つめて、

 呟くような声の大きさで、けれど妙に熱っぽく言ったんだ。


「どうしてそんなに……優しく、寂しく……微笑むんだろう……?」





 マウイを彼女の泊まる宿に送り届けた後、俺は夜の日課へと向かった。

 都に幾つかある鐘楼の1つ、最も高くそびえるそれを登るんだ。外から。

 ハイジャンプから始まるフリークライミングさ。馬鹿だから高所好き。


 東京タワーじゃあるまいし、ライトアップなんてされないこの塔。

 誰も見上げやしないし、誰も気づきはしない。そこをガシガシと登る。

 落ちてもある程度何とかできるから、別に怖くない。余裕の登頂。


 そして広く広く見渡す。目に焼き付けるんだ。

 しっとりと等しく夜色に沈んだ街を。あちらこちらに明滅する灯火を。


 都市とは巨大な1個の生き物のようだ。

 たくさんの人生が肩を寄せ合って、自然の中に人工の空間を作っている。

 いや……浮島自体、地上から切り取られた人工空間か。都市は黄身だな。


 精霊の加護に満ちたこの天空の世界。魔法の世界。

 鮮やかに色分けられた差別の世界。厳かに定められた区別の世界。


 人がそのままでは人でいられない世界……そんな世界だ、ここは。


 あと幾夜、こうして見渡し、別れを告げるんだろう。

 加護無く、魔法無く、色無く、定めに従うつもりのない俺は、退去する。

 居るべき場所はここじゃなかった。死ぬべき場所はここじゃなかった。


 俺の地上で生き、戦い、やがて死のう。この世界を見上げながら。


 ……赤羽屋敷は今夜も煌々と明かりが灯っている。

 あの光の中に、俺を助けてくれた人たちがいるんだ。


 近衛戦士の皆さん、アルメルさん、キッカさん、仮名ゴリさん。

 調練をご一緒させて頂いた皆さん。使用人の皆さん。ジンエルン。


 皆々、いつも元気でありますように。いつも笑顔でありますように。


 そして誰よりも……ベルマリア。


 今もハッキリと思い出せる。目に浮かぶ。死を覚悟したあの岩場。

 雷火の嵐を放ち、戦士を従えて現れた……火色の髪の美しき女神。

 

 これまでもこれからも、あの瞬間あの光景以上の美に出会うことは

 ないだろうな。あれはきっと、俺がこの世界で体験し得る中で最上

 最良最高のものだったんだ。この気持ちはもう信仰に近い。


 だってさ、俺はあの時、全部を捧げてしまったんだ。

 賛美も、崇拝も、恋も、愛も……魂すら差し出していたんだと思う。


 その女神のお告げは……ゲロゲロ、だったけども。


 中身が昭和生まれのおっさんとか、何とも凄まじい詐欺だよな、もう。

 いや、凄いけどね。めっちゃ尊敬してるし、偉大だと思ってるけどね。

 でもさ、何と言うか、ボーイミーツガール的には詐欺だと思います。


 もう会えないかもしれないけど、勝手に期待してますからね、先輩。

 先輩がいるからこそ、俺はこの世界を嫌わずにいられるんですから。


 さて……そろそろ帰るかなぁ。


 あっちは精霊祭殿。ペネロペさんは今夜、何色パンツかな?

 あっちは闘技場。アントニオさんに会いたいな。鍛冶の師匠にも。

 あっちは池の公園。ゾフィーちゃんが早く日の下に出られるといいな。

 あっちは緑谷屋敷。レギーナってハーレムで何やってんだろ。

 

 ああ、そういや、あっちにはあの人がいるんだっけ。


 外壁の向こう、西の森を越えて、更に遠く。

 西端砦にはミシェルさんが詰めてるはずだ。また鎧甲冑で寝て……!?


 何だ、あれは。


 空へ立ち上る影……雲……いや、煙だ。何かが光った。遠雷じゃない。

 また光った。煙がより大きくなった。あれは……あれは……!!


 

 航空船からの攻撃だ!! 


 

 西端砦が攻撃を受けている!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ