幕間話 茶会
◆ レギーナEYES ◆
はっはっは! 何を隠そう、私こそ緑谷レギーナ!
君も重々承知のはずではないか、刺激的なことが大好きなのだと!
この世で最も刺激的なことは何かと問われたなら、それは射幸心だと
断言しよう。結果がわからないからこそワクワクするし、失敗がある
からこそ成功の喜びは甘美なものとなるのだ。病み付きだね!
何も賭博に限った話ではないのだよ? 賭博も素敵ではあるがね!
事実、私の経営する賭博施設はいつでもどこでも大人気だからね!
札の1枚で、硬貨の1枚で決定される刹那の射幸心……ふ、早漏だね!
早漏もまた、いつ暴発するか知れないドキドキ感があるものだが……
どうだろうね? 私は、そこにあまり射幸心を刺激されないのだが?
「しっ、知るか色ボケ!!」
「……観自在菩薩行深……」
おやおや、ベルマリア、顔が真っ赤ではないか。どうかしたかね?
悪食は悪食で、君、それは何の呪文かね? 魔法は使えないだろう?
しかし何度見ても素晴らしいなぁ、悪食、君を今日包んでいるものは!
黒地の着流しに豪奢な金龍の刺繍も荒々しく艶やかだが、何より、片乳
が見えそうで見えないのがいい! 片袖をはだけているのは大正解だ!
そのサラシ……解いてみたくてしかたがないよ。ふふ、うふふふふ。
「何だその手は! ば、バカか! お触り禁止だっ!」
「……五蘊皆空度一切苦厄っ」
流石はベルマリア、わかってるね? 君の趣味だろう? いいね。
腕と脚に甲冑と見紛うほどの装身具。それは武と美とを硬く表現だね。
真っ赤な襟巻きはさながら熱い血潮。頭巾の文様は伝承系か。いい。
総合するに、今すぐハーレムへ連行してひん剥きたいよ!
「お、おい、さっきからふざけんな! てめーの悪趣味な遊びにテッペイ
を巻き込むんじゃねぇ! 消し炭にすんぞ!!」
ふざけてない、真剣さ! ねぇねぇ、ベルベルぅ、レギレギにその悪食
ちょうだい? ね? ちょう……っと、はっはっは、まずは電撃かい?
いやいや、今のは確かにちょっとふざけてみた。すまない。謝罪しよう。
だって君があんまり可愛く頬を染めるものだから。ついね。出来心さ!
考えてみたら、君と性について語らうのも珍しいことだしね?
「語るほうがおかしいんだ、この変態がっ。恥じらいを持ちやがれ!」
何ら恥じることもあるまい? 君だって猫耳娘を囲っているではないか。
君とあの猫耳娘がくんずほぐれつしている様子……何度想像したものか!
おっと氷剣かい? 相変わらず見事な切れ味だね! 私の杯が両断だよ。
「あ、アルメルは使用人だっ! んな趣味あるかっ、んなことするかっ!」
「受想行識っ、亦復如是っ」
「おい、馬鹿っ、テッペイ誤解すんなよ!? アルメルは俺のだってのは
冗談だからな! そ、そういうのと違うからな! おい、こっち向け!」
ん? んんん??
それはあるまいと思っていたが、ベルマリア……君、もしかして?
「なっ、ち、違っ! 俺は誰であれ誤解されたくないだけだ! べ、別に
テッペイに限った話じゃない! 変態にゃわかんねーだろうが、常識が」
もしかして、君、悪食と乳繰り合ったことすらないのかい?
「死ねえええええ!!!!」
華麗に回避。
はっはっは、やはり君は火の属性力が最も素晴らしいのだね!
実に見事な火炎薙ぎだが、ふふ、私の超速変幻機動を捉えるには
少々瞬発力が足りなかったね? いやいや、追撃は無用に頼むよ?
優雅に着陸。やあ、椅子の背もたれが焼失しているではないか。
ああ、何、気にしなくて結構。私の空気椅子能力はちょっと凄いよ?
「おま、おまえ……言うに事欠いて、事欠いて……!」
何をそんなに興奮しているんだい? 私の驚きは当然ではないか。
だって君、見給え、悪食のその男ぶりを。これほどの男はちょっと
他に見ることはできないよ? わかっていないのかい?
「えっ、いやっ、まぁ、何だ……その……えっと……」
しかも童貞なのだから堪らない。この希少価値はとんでもないよ!
かくも豪奢な肉体で、戦士としての能力もとてつもないのに、童貞!
ほら、顔が真っ赤だよ……うふふ……この倒錯感! マッチョ童貞!!
「……む、無眼、耳、鼻……舌、身……意……」
おや? 何でベルマリアまで真っ赤になってるんだい?
ふむ……さては、少し欲情したかい? いっそ3人で楽しむかい?
「無っ色!? 声っ香……味! 触! 法!!」
「……け、警告するぞ……いい加減にしないと……屋敷ごと……消す」
いやあ、これは私も初めて見るほどの魔力だ! 流石は三色だね!
身の危険を感じるなんて初めてじゃないかな? ゾクゾクするよ!
よし、わかった。謝罪しよう。よくわからないが、謝罪しようとも。
私も些かといわず興奮しているからね。お互いに落ち着こうじゃないか。
「意図を言え。感情を交えず、簡潔に、頼みとやらを言え」
悪食をくれ給え。
「断る以前に、テッペイは俺の所有物じゃないし、奴隷でもない」
ならば悪食をハーレムに勧誘することの、どこに問題があるのかな?
「て、テッペイが嫌がってるからだ。な! そうだよな!」
嫌よ嫌よも好きの内と言ってね? そもそも一度断られたからといって
引き下がるようでは生き馬の目を抜く商いの世界では生きていけないよ。
君も知っているだろう? 私は緑谷だよ? 最大の射幸心は経済活動の
中で満たしている人間さ。1つ1つの取引が、投資が、見通しと実際の
誤差をハラハラと味あわせてくれて、私を幸せにするのさ!
君は軍事と探険にそれを見出しているのだろう? わかる、わかるとも。
私と君は趣味こそ違え、同じ規模の射幸心を抱えて生きているのだから。
ふふ……だからなのかな?
刺激ばかりでは疲れてしまう心を、大きく包み込み、安らがせてくれる
存在を求めてしまう。雄々しく、逞しく、寛容で優しい男をね。まさか
その男が被ってしまうとは……いやぁ、つくづく似た者同士なのだね!
「なっ! ちっ! 違っ!!」
え、違うのかい? ならば邪魔をしないでくれ給え。
「じゃ、邪魔とは何だ! 俺とテッペイは他の誰にもわからない繋がりが
あるんだ! そう、そうだよ、家族以上の繋がりだ!」
え、やっぱり繋がったことがあるのかい? 話が違うじゃないか。
「え? あ、わ、ち、違うっ!! 誤解すんなっ!!」
何だい何だい、今日はわからないことばかり言うねぇ、ベルマリア。
悪食は君のお気に入りのようだから、ハーレムに招くにしても君の
ご機嫌を伺っておこうとしただけなのに、怒鳴ってばかりじゃないか。
悪食はどうなんだい? 不思議な呪文も繰り返しに入っているようだが。
1人の戦士としてどう思っているんだい? ハーレムは嫌なのかい?
「え……そ、そりゃあ、嫌です」
「ほらな!!」
「レギーナさんが嫌だからってわけじゃないんです。むしろ光栄です」
「こ、こんな変態に気ぃ使うな! テッペイ! 光栄って何だオイ!?」
ふふ……いい目だ。透き通るように一筋を貫くものがある。しかも強い。
可能性の森で迷子になっていた時とは見違えるよ。突き抜けたんだね?
「俺、遠からず地上へ行こうと思ってるんです。そして戻りません」
それが君の戦いか。規格外という意味では君らしいのかもしれない。
戦士の価値は敵が決める。何を倒すべき敵と定めるかによって、戦士は
宝石にもゴミにもなるんだ。君には……この社会は狭く小さかったか。
おやぁ?
どうしたんだい、ベルマリア。大丈夫かい? 顔色が真っ青だよ?
「何を……言ってるんだ? 馬鹿なことを……冗談にしたって酷い」
「いえ、冗談じゃありません。超本気です。魔石を探そうと思うんです」
「必要なら言えよ、買ってやる。お前が境海を越えちまってどうすんだ」
ん? 融通しようか? 先ごろ質のいい魔石を仕入れたんだ。
「魔石が必要なのは先輩でしょう? 俺は恩返しがしたいんです。ずっと
それを考えてました……何から何までお世話になって……勿体無いこと
だと、ありがたいことだと、いつも申し訳なく思ってたんです」
「……俺は、お前に、恩を売っていたつもりはない。任せとけって言った
じゃねえか。それが……重荷になってたとでも、言うのか」
おっと、これは……?
「違います、逆ですよ。俺が先輩のお荷物になってたんです。先輩は偉大
な仕事を成し遂げる人だというのに、俺なんかが転がり込んだせいで、
随分とご迷惑をお掛けしたと思ってるんです。お金も時間も、貴重です」
「迷惑なんか感じたことはない!」
「そう言って貰えると嬉しいですが、実際問題、先輩は大好きな冒険にも
行けなくなってました。近衛の人たちも不思議がってましたよ」
「そ、それは……お前とは関係ないっ」
ふむ、確かに君の船はしばらく出港していないね。軍の方で動きがあり
そうだから、周到な事前準備の為かとも思っていたが。
「それもありますよね。尚の事、俺が赤羽家にいるのはマズイ。何だか
色々と目をつけられてますから。内憂の1つになるなんてとんでもない」
はっはっは、君は君が考える以上に名を馳せているからなぁ!
常勝無敗の拳豪から、少なくとも常勝の2文字を奪ったのだからね!
「探険団に加えてもらう話もついてるんです。まずは先達に色々教わって、
いずれは単身でやっていけたらと考えてます。俺、めっちゃ強いですし」
然り然り。こと戦闘能力に関しては君の右に出るものはいないだろうね。
何せ鬼をも物理的に倒せる男だ。前人未到の地にも挑めるかもしれない。
素晴らしいじゃないか! 投資させてもらいたいね!
「ありがとうございます。けど、いい魔石が手に入ったら、赤羽家に寄贈
するつもりでいます。先輩ならきっと役立ててくれますし」
成程、それは確かに名案かもしれないね。君ほどの戦士を常に地上へ
派遣しておけたなら、ベルマリアの得るものは多大だろう。凄いな!
ん? ベルマリア??
震えているようだが……怒っているのかい? ん? それは涙かい?
何、心配せずとも悪食なら大丈夫さ。君と同様、どんな化物を相手に
したって負けやしない。呪符を渡しておけば連絡もできるしね。
私もね、ハーレムに迎えられないことは残念だ。けれど戦士が一度
決めた戦いの道を、周りがどうこう批判するのは無粋ってものだよ?
笑って送り出してやろうではないか! 出来れば出資は緑谷家で!
「…………勝手に、しろ」
おや、お帰りかい? ではまたいずれ。御機嫌よう!
悪食も帰るのかい? まあまあ、ちょっと待ち給え。次にいつ会えるか
わからないからね。その間に地上に降りられても困る。渡す物があるよ。
大丈夫、契約や何かを強いることはしないよ。少し恩義に感じてくれれ
ばいい。そして探険を成功させることさ。投資とはそういうものだ!