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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第3章 戦士の覚醒、野獣の咆哮
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幕間話 恋涎

◆ ベルマリアEYES ◆


 どうやら俺は山田太郎である以上に赤羽ベルマリアらしい。

 少なくともテッペイに関してはそうだ。もう確定だ。俺は動揺している。


 テッペイが女を拾ってきた。


 経緯は聞いたが……聞いたが……頭に残っていない。空っぽだ、畜生。

 アルメルにも相談していたが、何だ、俺には言えない事情もあるのか?

 しかも、あの女……どう見たってテッペイに好意をもってやがる!


 くそ……なのに、テッペイは、いつだって真っ直ぐな瞳で俺を見る。

 ずるい、ずるいんだ、その眼差しは。妙に悟ったような顔しやがって!


 しかも、しばらく調錬には参加せず街で過ごしたいとか言いやがる。

 いや、まぁ、それ自体はいいんだよ。そういう選択肢も持てるように

 するため、社会科見学に出したんだし。レポートもちゃんとしてたよ。


 けど、けど、その女も一緒に生活したり……しないよな?

 

 俺ぁ、お前を色呆けさせるために、1週間も外へ出してたわけじゃねぇ。

 生活力をつけるためだ。常識を身につけさせるためだ。生きる選択肢を

 増やして欲しくて、勉強に出したんだ。どうもお前は危なっかし過ぎた。


 闘技場での件は、今でも胸が痛い。同時に腹が立つ。


 世間知らずの結果として印章を盗まれ、そのせいで青嶋の妖魚に弄ばれ、

 魔法も使えないってのにとんでもない死線をくぐらされたテッペイ。

 聞けば鬼とサシでやらされたっていうじゃねーか。無茶させやがって。


 正式に謝罪の使者が来たが、明らかに意図的だぜ。さもなきゃ鬼なんて

 出してくるかよ。隠し持ってるって噂はあったが……結果としちゃ妖魚

 ざまぁって感じだがな。あくまで結果論だ。俺は怒っている。


 もしもテッペイが殺されていたら……妖魚を八つ裂きにしただろう。


 もう駄目だ。


 認めざるを得ない。


 俺は……赤羽ベルマリアは……高橋テッペイが好き、かもしれない!


 畜生……山田太郎なんて夢だったんじゃないかって気がするぜ。

 だったそうだろ? 俺は山田太郎としての両親に覚えがないんだ。

 会社でのやりとりだけ妙に覚えていて……子供時代も覚えてねぇ。


 ちぐはぐってのとも違うんだ。社畜として奮闘した山田太郎ってのが、

 それだけが記憶として確立している感じなんだ。ドラマチックな色々を

 思い出せるが、逆に素朴な日々はまるで思い出せない。何だこりゃ。


 テッペイのせいだ。


 全部テッペイのせいだ。テッペイが現れてから、俺の中の何かが劇的に

 変わっちまったんだ。こ、ここっ、恋、とか、そういうんじゃなくて!

 

「ベルマリア様、今よろしいでしょうか?」

「む、いいぞ。何だ?」


 休憩室で茶を飲む俺を邪魔できる者は限られる。キッカもその1人だ。

 表情からしていい話じゃないな。コイツはポーカーフェイスのつもり

 だろうが、眼光を隠せてないぜ。その冷え方は……敵か。


「治安部隊が密猟者のアジトを襲撃した件についてですが、成果報告の

 詳細を入手しました。ご覧になりますか?」

「ああ、例の電撃作戦か。見よう」


 航空船の運用については領内法で厳しく管理されている。所有について

 は認可制だし、通商にしろ探険にしろ使用の度に計画書の提出が義務づ

 けられている。煩わしいほどに。ま、当然のことだがな。


 しかしなぁ……毎度結構な税が発生するから、違法運用の話は尽きない。

 ある程度お定まりの通商目的ならともかく、探険目的についてはもっと

 自由でもいい。元々リスクが高い上、リターンは未知数なんだからさ。


 魔石はまだまだ必要だ。そしてそれは他領を攻めて得るよりも、探険で

 入手する形で安定させるべきだ。土御門様もわかっていようが……。


 だが……ふむ……これは密猟者じゃねーな。


 接収した航空船の設計。そこにいた人員の装備。備蓄していた物資の量。

 根拠を挙げたらきりがないが、こりゃあ地上に下りるためじゃねぇな。


 軍だ。


 正確には私掠船の類か。どこの領の所属だか知らんが、都にも近い森に

 拠点を構築してやがるとは……度し難いことだな。内通者がいるとみて

 間違いあるまい。巡察兵団はお手柄だったな。


「私見を申し上げてもよろしいでしょうか?」

「構わん」

「偽装していますが、これは軍事目的の部隊です。都を陸からも空からも

 強襲できる位置にあります。その備蓄量から推察して、近く侵攻作戦が

 計画されており、それに呼応して動く目的だったのではないでしょうか」


 鋭い。だが些か攻撃的に過ぎる推測。キッカが作戦を立てるのであれば

 そうするのだろう。結果は部隊の全滅だろうな。成果は上げるだろうが。


「どこぞの軍であることは疑いないな。だが船の打撃力が弱い。この船は

 撤退用だろう。馬草と蹄鉄からして騎馬が主体であるし、遊撃部隊だな」

「遊撃……上陸作戦ですか」

「そうだ。恐らくは西端砦が標的だろう。そこに本隊が強襲揚陸をかけて、

 都の援軍が向かうならば横腹を叩いて停滞させる、そのための伏兵だな」

「なるほど。その位置ならば叩くも退くも容易いですね」


 実にいやらしい位置取りだ。この森は防衛と水利の目的で管理されて

 いるが、こう使われると逆に喉元に匕首を突きつけられた形となる。


「内通者がいますね」

「無論だ。巡察兵団と森林管理局、どちらも探らせろ。物流の線も洗え。

 抵抗する者には俺の名前を出しても構わん。徹底的にやれ」

「畏まりました」


 キッカめ、笑みを浮かべて出ていきやがった。ありゃ死人が出るかな?

 そういやテッペイが捕まえてきた奴は拷問し損ねたんだっけ。不満そう

 だったよな。だが無理だろ。朝廷の密偵だ。殺した方が面倒だぜ。


 朝廷……天帝、か。


 どうやら天帝までがテッペイの異常体質に興味を持っちまったようだ。

 闘技場での戦いぶりが原因か……それとも、あの黒い水が原因なのか。

 後者ならあの貴族にはいずれ思い知らせてやる。俺を敵に回したんだ。


 ……テッペイは謎が多い。


 あいつが日本人であることは間違いない。日本の記憶は俺なんかより

 よっぽどハッキリしている。情報量も遥かに多く、多岐に及んでいる。

 あいつが笛を吹いた時、懐かしいでしょうと言われ、俺は同意したが。

 嘘だ。俺は聴いたことなかった。あいつとの時間が嬉しかっただけだ。


 ……あいつが着ていた服を調べたが、それすら異常だったんだよな。

 ざっくり言えば全てが魔力物質なんだから。柔軟だから衝撃は吸収

 しないだろうが、下手したら金属鎧よりも刃を通さない。


 どういうことだ? 日本って魔法とかなかったはずだろ??

 それともアクリル繊維とか化学物質が魔力を含有してたのか??


 本人の身体能力も凄まじいことになってやがる。キッカすら試合では

 勝てないってんだから。俺に言わせりゃ実戦だって怪しいぜ。手加減

 してるのはキッカだけじゃない。あいつは優しいからなぁ。


 最初の貧弱を思うと凄い進化……いや、貧弱は封魔直後か。最初の時は

 どうだったんだろう。黒髪の頃のテッペイ。盲点だ。気になる。


「アルメル、ちょっと頼まれてくれ。港の離館で聞き込みをしてほしい」

「承りました。何を聞けば宜しいのでしょうか?」

「1年前になるが、あそこでテッペイは正体を隠して倉庫整理をしたこと

 がある。随分と熱心に働いたようだが、その働きぶりを聞きたいんだ」


 航空船用の物資は重い物が多い。当時のあいつの身体能力が測れる。

 ……ん? アルメルが出かけないな。どうした?


「ベルマリア様、それでしたら、私、聞いたことがあります」

「そうなのか? ああ、シツ爺からか」

「……あまり上等のあだ名とは思えませんと、いつも申し上げております」

「いいからいいから。で、何だって?」

「見事な働きぶりだったそうで、今でも語り草だそうですよ。重い水樽も

 軽々と持ち上げていたとか。線は細いのに怪力だったとの評判です」


 それは……つまり……どういうことだ?

 テッペイは事の最初っから、ただの大学生だってのに、そんな身体能力

 でいたってのか? いや、それはあり得る話か。検魔皿をぶっ壊したし。


 ってことは……待て待て。


 それほどの身体能力だったあいつは、封魔され、生命維持すらできない

 ほどに貧弱化した。そこから丸々1年、調練で鍛えて……キッカが合格

 点を出すほどの身体能力に成長した。上闘技に出そうってくらいに。


 実際は三冠王になって帰ってきて、行く前よりかなり逞しくなっていて。

 どのくらい逞しいかっつったら、キッカが試合で勝てないレベルだ。


 全部……封魔した状態で、だ。


 純粋な興味だが、今のあいつ、封魔解除したら……どうなるんだ?


 黒髪に戻ったなら…………とんでもないことになるんじゃないか?


 何かそういう漫画なかったっけ? こう、わざと重い枷とかつけて修行

 するやつ。もしかして、そういう系なのか? もしもそうなら……!



 か、カッコいい……!!



 いや、いやいやいや、駄目だ! 別にそんなに強い必要なんてないし、

 過充魔の危険があるんだから駄目に決まってるぞ! そうでなくとも、

 身体に強いショックを与えることになりかねん。却下だ却下!


 でも……そうか……テッペイは頑張ってきたんだよなぁ。


 優しいし、誠実だし、逞しいし。その癖、何か放っておけないんだ。

 無防備で、いつも自分は後回しで、笑ってる誰かを見て穏やかに微笑む。

 その上、誰も敵わない強さを秘めてるんだとしたら……や、やばいな!


 お父様もさ、彼が我が家にいるのは望ましいことだ、なんて言ってたし。

 最近じゃ使用人たちの間だけじゃなく、家中でも割と評価が高いんだ。

 キッカは相変わらず、その、恋人扱いだしな! 困ったもんだよなぁ!


「ベルマリア様」

「わあっ? な、何だ、アルメル、何だ?」


 目の前にアルメルの顔がどアップだった。ビックリしたぞ!


「ご熟考のところ、お邪魔するのも憚られましたが、声をかけさせて頂き

 ました。お口元にお気をつけ下さい。そのままでは垂らしてしまいます」

「え?」


 よ、涎かぁっ!? く、ちょっと垂らしちまってる、何てこった!

 啜るのもどうだろう……ありがとうアルメル。ハンカチをありがとう。


「それで、いかがいたしますか?」

「え、ああ、聞き込みは必要ない。充分だ。ありがとう。は、ははは」

「……本日は彼もお供をするのですね」

「ん、そうだな。変な誘いもあったもんだ。やれやれだぜ」


 言いながらも、実はあんまり嫌でもない俺だったりする。

 今から緑谷家のお茶会なぞに出張らなければならないわけだが、何故か

 テッペイを同伴するよう頼まれている。不思議に面白そうじゃないか。


 レギーナは新しモノ好き、珍しモノ好きだからなぁ。

 テッペイの噂を聞いて会ってみたくなったんだろう。


 いっそテッペイに正装させてみるかな。レギーナは変人だけど要人でも

 あるし。本人はああでも、領内の経済を握る緑谷家だしな。うむ。


「よし、すぐに出掛けるぞ。テッペイを呼んでくれ」

「まだ早いですが?」

「途中で店に寄る。あいつに衣装を用意してやろうと思ってな」

「……承りました。呼んで参ります」


 何が似合うかなぁ……普通じゃつまらんし、ネタを仕込みたいな。

 なおかつテッペイのカッコ良さを強調できたら最高だ。うーむ。


 和風、洋風、格闘家風、騎士風、世紀末風、半裸風……迷っちまうな!

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