第8話 野獣
「い、行け! 私もすぐに行くから……!」
ですよね。その武装じゃ速く走るとか無理ですよねー。
ということで、俺は鎧甲冑の指差す方向へ走り出した。
わかって注視すれば、俺でもわかる。
確かに誰かしら争っている。遠い。よく見つけたもんだ。
騎馬の姿が8か。2騎を6騎が囲って追い込んでいる形だ。
6騎は武装がいいぞ。お揃いの黒マントがいかにも悪者だが、動きは
訓練されたものだ。速い。2騎を街道側へ逃さないよう連携している。
対して、2騎の方はマズイな。重装の方は手負いなのか戦えないようだ。
軽装の方が庇いつつ突破を狙っているが、数でも腕でも無理ゲー状態だ。
……いや、既に1騎やられているのか。離れた所に倒れている奴がいる。
「おーい、どうしたどうしたー!!」
とりあえず大声を出してみた。
経緯は知らないが、戦争じゃあるまいし、こんな場所で合法的な殺人が
あるわけもない。多勢に無勢ってのもどうかなぁ。殺さずに済むじゃん。
おっと、2騎が俺の方に向かってきたぞ? 剣と槍か。殺る気満々だな。
何だっけ。殺そうとする者は殺されても文句言えないんだったっけ?
実力が互角ならばそうなんだろうけどね……遅いし鈍いぜ、お前ら。
剣を持つ手首を掴まえて、そのまま地面に叩きつけ……る途中で。
槍も掴んで、素早く引っ張り奪うなり柄で突き落としてやった。
結果的にほぼ同時に落馬ですな。骨くらい折れたか? 悶えとけ。
「そらよっ」
残り4騎と2騎との方へ槍を投擲する。誰にも当たらないようにね。
ライナーで突き抜けていったから、どちらもちょっとビビったでしょ?
「まぁまぁ、落ち着……うぉい!?」
猛烈な勢いで石礫がたくさん飛んできた。土属性の魔法だ。避けつつも
1個ゲット。今のはあいつか。更に炎の矢が飛来。造作もなく手で潰す。
「話せば、わかるっ」
豪速球で石を投げつけてやる。肩に命中。そのまま落馬。俺、今ならば
大学野球で名を馳せる自信があります。ボール潰すかもだけど。
そのまま走り寄って、さっき火の魔法使った奴の足首をキャッチ。
よいしょっと地面へバッチン。首狙って剣が来たので手で挟んで折る。
で、足掴んでバッチン。これいいな。有無を言わさぬ感じでとてもいい。
あと2騎だが……俺のこと呆然と見てるな。話してみるかい?
って、おい、重装の奴が背後から襲いかかろうとしているぞ。
「そりゃないでしょ」
手首を掴んだ。怪我人をバッチンしたら死んじゃうかなぁ……って?
「くっ、何故止める!?」
「お前、ハーレム男じゃんか」
「うおっ!? あ、悪食!!」
つくづく縁があるなぁ、この男。してみるともう1人は奴隷その1か。
タヌキ耳の人じゃないな。あの倒れてるのも違うし、しかも死んでる。
あの角度に首が曲がって生きているわけがない。
あの人は別行動なのだろうか。それとも、もうやられたのだろうか。
何か……胸がザワザワとするな。気分が悪いぞ?
「おっとアンタら逃げんなよ。逃げたら後ろからありえない速度で投石
するからな。魔法を使っても地面にバッチンだ。大人しくしてろ」
ジロリと睨んでやる。いい具合に動揺してるから、そのままでいろよ。
貧弱な男が鉄で武装したところで、馬上にいたところで、敵うと思うな。
奴隷その1も突然のことにどう動いていいかわからないみたいだ。よし。
「ど、どういうつもりだ、悪食」
「どうもこうも、殺し合いを止めただけだろ」
「私を助けにきたのではないのか!」
「助かったじゃん」
「な、ならばこいつらも倒せ! こいつらは犯罪者だ!」
「勘違いすんな。お前は勝手に助かっただけだろ。知るかよ」
絶句された。いやまぁ、我ながら傍若無人な言い方だけどさ。
でも放っておいたら君ら殺されてたし、とりあえず黙っとけよ。
もうすぐ正規の軍人が来るからさ? 警察権ってやつだ。
「し! ふぅはぁふぅ……鎮まっ、れーい! ひっひっふ……ゲホッおぇ」
おいおいおい……何と言うか、おいおいおい……。
それさ、その全身鎧さ、徒歩兵用じゃないよね? 騎馬兵用だよね?
鎮まるべきなのはアンタの呼吸だよ。何かもう居たたまれないよ。
「この場は……ふぅふぅ……私、巡察兵団の春坂ミシェルが取り仕切る!
双方、武装を解除せよ! 従わぬ時は殿の名の元に切り捨てるぞ!」
思わぬ形で鎧甲冑の姓名を聞くことになったな。春坂ミシェルさんか。
うん。やっぱり性別が微妙だ。そして治安任務の騎士だったのか。
それを聞いて、やにわに2騎が動いた。予想していたので速攻で剣を
叩き落とし、地面へ引きずりおろして組み伏せた。もう1人は鎧甲冑
もといミシェルさんが盾で馬ごと殴りつけた。やるなぁ。
「警告はしたぞ! 抵抗したゆえ、そちらを縛ることとする!」
まず2騎を後ろ手に縛り、更には落馬させた4人を運んできて縛る。
ミシェルさんの縄が足りない分は、彼らの黒マントを裂いて活用。
乱暴なようだが、魔法もあるからなぁ……あ、手伝ってますよ?
一方で、ハーレム男と奴隷女も下馬させられてる。こちらも抵抗すれば
縛られてたのか。物騒な世界での警察任務は容赦ないな。
さて、この後どうするのかと見守っていると、懐から呪符を出した。
それを発動させ、何事かしゃべったあと、空に向けて光の球を発射した。
「ここは都に近いゆえ、すぐに治安部隊がやってくる。それまでに双方の
言い分を聞いておこう。まずはそちらからだ」
何かアレだな。俺、また巻き込まれてるな。しかも警察犬ぽかったな。
ミシェルさん単身だったら間に合わなかった上に、間に合っても危険
だったろうから、まぁ良かったんだろうけど。何だかなぁ。
「わ、私はこいつらのアジトから逃げてきたのだ……!」
ハーレム男いわく。
昨日、さる探険仕事の募集に応募して採用された。航空船に乗り込んだ
まではよかったが、どうにも様子がおかしい。船室に軟禁された揚句に
地上ではなく浮島の森林部のアジトへ連れていかれた。そこには同様に
騙された探険者が幾人も捕まっている様子だった。
「捕まっているようだ、とはどういうことかね?」
「私は騙されたフリをして油断を誘い、閉じ込められる前に逃げたのだ。
馬を奪ったが、追手も多かった。囮を使ってかろうじてここまでを逃」
「ちょっと待った」
今こいつ聞き捨てならないこと言った。
ミシェルさんの仕事の邪魔だが、どうしても確認しなくちゃならん。
「囮って言ったか、アンタ」
「い、言ったが、何だ。闘技場上がりにはわからないだろうが、集団戦の
戦術としては別に普通の「黙れ」」
物凄く嫌な予感がする。胸倉を掴んで問いただす。
「いつ、どこで、どういう状況で残してきたか、言え」
「じゅ、10人以上いたんだぞ! それをっぐえぇええ!?」
「早く言え」
「よ、夜明け前にっ、森の端でっ、み、見つかってから別方向へ行けって」
「糞が!!」
持ち上げていた男を、地面に投げ捨てる。森はあっちか。
奴隷を……人間を、平気な面で使い捨てにしやがって……!!
「行くのか、戦士もどき」
「ええ、行きます」
「ならば行け。そして戦ってくるがいい。今、お主は誰かのために戦おう
としている。それこそが戦士の生き様だよ」
返事を考える間を惜しんで、走り出す。全力疾走だ。地面が相手なら
何の加減もいらない。普通の靴なら一発でぶち壊れそうな力で走るが、
この靴は大丈夫。俺のトレッキングシューズ。壊れない日本製。
もどかしい。どんなに駆けても風景はさして変わり映えしない。
なら……これでどうだ? 右手首の封魔環を、パチリと外す。
ドクンっと力が来た。
さっきまではただの呼吸だったものが、俺の中のエンジンを燃やす吸気
と相成った。貧弱なチャリは今やバイク。そしてフルスロットルだぜ。
走りながら耳を澄ます。くそ、風の音が凄くてよく聞こえない。ならば
と止まって……と、止まるの超大変! 止まって地面に耳を当てる。
まだわからないか。ならば大ジャンプだ。有り得ない高さまで跳躍して
周囲を見渡す……あそこか!! 移動する幾つかの点がある!!
着地するなり、猛然と再スタート。
さっきの様子で1つの確信があるんだ。
この黒マントどもは……獲物を追うことを楽しんでいる。
死んだ奴隷は目立った外傷はなかった。落馬して首を折ったんだろう。
それは恐らく黒マントたちの本意じゃない。もっとジワジワと楽しんで
いるんだ。そうでなきゃ、ハーレム男たちに魔法を見舞ったろうよ。
だから、動いている内は、まだ生存の望みがある!
あれは、あの逃げてるのはタヌキ耳の人だ。俺と何度か会話をして、
お互いに挨拶もして、色んな表情も見知った人だ。だから生々しい。
想像がついてしまう。苦しむ顔が、哀しむ顔が、必死の顔が。
もう馬鹿でも何でもいい、我儘で気ままに断言するぞ。
あの人が死ぬと気分悪ぃ。だから、助ける!!
「おぉぉまぁぁえぇえ、らあぁあぁぁああ!!!!」
音で殺す勢いで吠えた。もう馬の駆ける土煙りも視認できる距離だ。
更に加速。1歩1歩が地面を深く抉り込むのがわかる。柔い地面だ!
見えた!
あの人は……あ、あれ?
何で上半身が裸なんだ? いや、違う……尻尾が見えるってことは、
あれは全裸なんだ。その下半身は薄茶色の獣毛で覆われている。
足も、あれで素足だとしたら、やはり獣的な足になっている。
そうか、アルメルさんよりも獣化の進んだ人だったのか。
そしてその全身は傷だらけだ。古いものも新しいものも、どれもが
彼女を痛めつけた傷。タヌキ耳も右の方は半分千切れてる。新しい傷。
ああ……そういうことか。わかっちまった。
臭いがするんだよ。てめぇらから雄の汁の臭いが。プンプンとな。
下卑た面ぁ並べて、随分と楽しんだようじゃねーか、おい。おい。
捕まえて……嬲って……それを繰り返して、弄んでやがったな?
俺の方を見ることもできないほどに、憔悴しきった、その人の顔。
殺。
肉の身体を分解するなんて、大したこっちゃない。柔いねぇ柔いねぇ。
逃げたって無駄だ、俺は馬より遥かに速い。もぎ放題だ。もぎもぎだ。
叫んだって無駄だ。泣いたって無駄だ。もう無駄だ。無駄だ無駄だ。
お前たちは、人間であることを自ら捨てたんだ。獣だ。
だから、より強い獣によって、殺されるんだ。諦めな。
逃げていった馬からして、6人殺したのか。
残骸からじゃ、ちょっともう、人数とかわからないからな。
何もかもグチャグチャに成り果てて……そのまま土の養分になるがいい。
封魔環をつけ直し、あの人を追う。
馬を止め、今にも落馬しそうなその身体を受け止める。
暖かい。生きてる。
見るも哀れな様子で、けれど懸命に、何かを言おうとしている。
「わ、私が……逃げてる、間は……ご主人様を、追わないって」
「そうだね。頑張ったな。もう大丈夫だよ」
「何度も……捕まって……必死で……何度も逃げて……そうすれば」
「うん、そうだね。本当に頑張った。もう逃げなくても大丈夫なんだ」
誰に話しているつもりなんだろう。うわ言のように繰り返す言葉に、
1つ1つ同意していく。労っていく。震える身体を抱きしめる。
「私……詐欺だから……上半分しか、ちゃんと人じゃないから……」
ああ、そうか……これはこの子の心の声だ。それが口から漏れてるんだ。
普段は心の中で自分に言い聞かせている言葉。それが零れてるんだ。
「夜の、お役に立てない、から……頑張って働かないと……返品だから」
あの糞野郎が。そんな風に奴隷を使い、追いつめ、虐待していたのか。
そして囮にしたのか。最も惜しくないモノとして、使い捨てたのか。
「だから……だから……!」
「いいよ。もういいんだよ。大丈夫。ゆっくりとお休み?」
身体をぬぐってやり、服を脱いで着させてやり、マントで包んでやる。
傷の手当てはまた後だ。とにかく安静にして運ばないと。
それが功を奏したのか、ゆっくりと眠りに落ちていきながら、その人は。
それでも、意地ででもあるかのように、必死で、最後に付け加えた。
「だから……まだ…………処女」
それ大事かなぁ!? あ、いや、本人にとっては極めて大事……か?
何にせよ、何かが台無しだ……あの飛行女といい……全くもぅ。