表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第3章 戦士の覚醒、野獣の咆哮
27/83

第6話 夕闇

 図書館を出て、俺は呆然と立ち尽くしていた。

 橙色の濃きと薄きとが静かに大らかにうねり、視界を染める。 


 夕暮れの海だ、ここは。 

 

 街の色々が雲に包まれ、あるいは屋根を見せ、あるいは壁を見せて。

 道々は煙る回廊のようだ。遠く城の尖塔が雲間に突き出して澄まし顔。

 それら全てが夕日の色。道行く人々も、俺も、誰もが同じ色。


 浮島が雲の峰の中を通過しているんだ。たまに起こる現象だが。

 この時間帯にぶつかると、こうなるのか……こんなになるのか。


 通行の邪魔にならないように、石階段の隅に腰を下ろした。


 ゆっくりと夜へ移り変わっていく雲間の都は、炊事の煙も混じり始め、

 天空に人が生きる在り様を見せている。当たり前の人の日常を。生活を。

 派手な何事もなくていい、不幸な何事かさえなければ、それでいい日々。


 それらがこうも美しく見えるのは……きっと。


 きっと、俺にはもう手に入らないからなんだ。


 蜂に吊られて目覚めた時から今日までの時間が、もはやそれを許さない。

 この身の特異体質も許してはくれないだろう。俺も俺自身を許さない。 


 卑下でも自虐でも、何でもないんだ。

 ストンと分かってしまった。納得してしまったんだ。



 俺は、ここで生きるべきじゃない。


 ここは……俺が生きていい場所じゃない。



 ペネロペさんも言ってたじゃないか。俺は人里に混じった熊なんだよ。

 戦う理由もわからないで戦士を自認し、何ら生産的な貢献をせず消費

 するばかりで社会構造を批判し、何を望むでもなく毎日を流されてる。


 俺には何もない。


 何もないから、妙に大きな気になって、全体のことだったり抽象的な

 ことだったりをグルグルと考えてるんだ。海外放浪の時もそうだった。


 今座っている場所が何とも象徴的じゃないか。

 知識の宝庫と日常の生活との間で、どちらにも所属することができずに

 自分のことばかりを考えてる。そして隣に誰かが座ることはない。


 俺は……誰かに必要とされたことがないんだ。

 不安で気弱で、でもそんな弱さは克服すべきだと信じていて、

 カッコいい自分になりたいと考えながら、実のところ自分が嫌いで。


 真面目にやるくらいしか能がないんだ。親もそれしか望まなかった。

 高校まではまだしも良かった。やるべきことがはっきりしてたから。

 けど、大学からは酷いもんさ。便所飯だけはギリセーフってところ。


 ああ……思い知った思い知った。すっきりした。素に戻った気分だ。

 こっち来た初日っから、ずっと舞い上がっていたのかもしれない。

 遊園地にでも来た気分だったんだ。何だかんだと刺激的な毎日だったし。


 違うだろ、俺よ。お前はもっと必死にならないと駄目な男だ。

 そして戦士として生きるとも決めてる。人も鬼も殺した。ならば。



 ならば、俺は……地上に行こう。



 化物になるならなるで、いいじゃないか。それを嫌がる権利もないさ。

 幸せな日常なんてものを当たり前のように求めるから、色々と無理が

 くるんだ。その全てをベルマリアに押しつけて、何をのうのうと。


 戦う理由以前の問題さ。どこの世界に保護されて戦う戦士がいるんだ。

 軍属ですらないお客様だぜ。約1名はベルマリアの恋人扱いだしなぁ。


 何のことはない。権利の上に胡坐をかいていたのは、俺じゃないか。

 あのハーレム男辺りが涎を垂らして望む場所にいたんじゃないか?


 しかも、生き様が見苦しい。


 祭殿の側で見た顔色の悪い人たち……生活のために血を売る人たち。

 ここで生きるということは、ああいった人たちの血を啜って生きる

 ということだ。それも経済? 冗談じゃない。ただの吸血鬼だ。


 この社会からしたら、本当は珍獣なんだろ? それがベルマリアの

 おかげで隠せてるもんだから、何だか普通に暮らせそうだと誤解して。


 奴隷についてだってそうだ。俺は不快感を覚えるばかりで何もしない。

 誰1人助けるでもなく、むしろクリスともう1人とを殺してしまって、

 あのタヌキ耳の子にも何もしなかった。ただ社会を憤るばかりで。


 理由はわかってる。それもベルマリア任せなんだ。


 莫大な借りのある俺だから経済的に助けてはやれない。政治的な解決は

 ベルマリアが長く取り組んでいることだから俺の出る幕じゃない。個人

 としてもトラブルを起こせない。不祥事はベルマリアに迷惑がかかる。


 卑怯臭ぇなぁ……俺よ。

 何もしないで文句ばかりのお前は、ただの屑野郎じゃないか。


 答えは簡単だったんだよ。最初から用意されていたんだ。最初っから。

 俺はここにいる限り、ずっとベルマリアの足手まといなんだ。ずっと。

 闘技場で下手に有名になったから、更に始末に負えなくなってるし。


 出てけばいいんだよ、ここから。もう充分に世話になったんだし。

 地上へ降りるなり即化物ってこともないだろうよ。封魔環もある。


 あ、いいこと思いついた。


 地上でさ、魔石を探してみたらどうだろう?


 ベルマリアは頻繁に探検をしていたらしいが、その目的って魔石だろ?

 俺が来たせいか、まるでやれてなかったみたいだけど……だったらさ。

 一石二鳥じゃないか。面倒をかけることもなくなるし、恩返しにもなる。


 実際問題、今なら蜂にも化物にも勝てる気がする。無駄に強くなった。

 サバイバル技術だって学んだ。いざとなりゃ魔物だって食べちゃうし。


 おお……何か凄くいいじゃんか! ちょっと興奮してきた!


 よーし、善は急げだ。探険者向けの仕事斡旋所に行こう。

 そこで勉強させて貰えるなら良し、駄目なら誰かに弟子入りしてでも

 ノウハウを習得だ。自殺しにいくんじゃないからな。魔石で恩返しだ。


 気がつけばすっかりの星空だ。透き通るようで清々しい。

 よく見ておこう。地上に降りたなら、もう見られないものだしね。





 斡旋所の1階である酒場は結構な賑わいで、ほぼ満席に近かった。

 あちこちで乾杯が叫ばれているところを見ると、何か大きな仕事が成功

 したのかもしれない。料理もジャンジャン運ばれていて景気がいい。


「いやぁ、いつもこうありたいもんだよなあ!」

「全くだ。こんなことが続くならボロい商売だぜ!」

「馬鹿言うない、俺ぁこの稼業15年だが、こんなの初めてだぜ!」


 俺はカウンター席の隅に座り、お茶と料理をいただきつつ、まずは会話

 に耳を傾けている。哀しいかな割と得意です。こーゆースタイル。


 何やら美味しい幸運があったっぽいね。


「でもよぉ、人の死体が1つもなかったんだろぉ? どういうこっちゃ」

「まあな……あれほどの化物だ。余程の手練が徒党を組んであたっても

 犠牲が出るだろうぜ。かといって化物同士で争ったわけでもない」

「何でわかんだよぉ」

「化物の死体だ。全身が焼かれた上に槍で幾度も刺されていた。周囲も

 爆発の跡があったしな……まぁ、1年以上は前のものだろうが」


 おっと……これは……何だか思い当たる節のある話だぞ?

 探険帰りらしい深紫色の短髪および髭の男と、参加しなかったらしい

 銀鼠色の髪の童顔男が、俺のすぐ隣で話し込んでいる。


「じゃあ、やっぱ探険団じゃねーの。人の死体がないってのは、誰かしら

 生き延びて帰って来れたってことだろぉ? 何でお宝が残ってんのよ」

「俺が聞きたいくらいだ。とにかく巣が手つかずだったのは確かだ」

「何ともありがてぇ話だなあ。お宝をどうぞどうぞってかぁ?」


 俺はたまらず、ちょっと質問してみた。


「あの、すいません……化物ってどんな奴だったか聞いてもいいですか?」

「ん? 何だ見ない顔だな……蛇頭で腕が4本の化物だ。鬼かもしれん」

「このお店来るの2度目です。ありがとうございました」


 はい、確定しました。あいつだ。あの化物で間違いない。

 俺が出会って、ベルマリアたちがあっという間にやっつけた奴だ。

 爆発する火球が2発、麻痺する電撃が1発、あとは槍でブッスブス。


 そして話を総合するに、あいつの巣には何かお宝があったようだ。

 その可能性を探険慣れしたベルマリアが気付かないとも思えない。

 つまりは……俺を空へ運ぶことを最優先にしてくれたってことか。


 ありがたすぎる。先輩、ありがたすぎるッスよ!


 しかもそれを俺に言わないもんな、ベルマリアは。カッコ良すぎる。

 沼ヒルを惜しんだ発言も、そんな背景のある冗談だったのか。うひー。


「2度目ってお前、その図体からして相当の猛者と見たんだが?」

「え、ああ、軍と闘技場の方を少々。探険に興味がありまして」

「そういうことか。道理で小さくなってるわけだな。いい心がけだ!」


 バンバンと肩を叩かれた。ごつい手だ。さりげなく筋肉を確認されたな。

 ならばと腕まくりをして茶碗を取った。口元に運びながら力こぶ誇示。

 ふっふっふ、今目つきが変わったね? ふっふっふ。筋肉は語るのだ。


「俺は南条ファルコ。見ての通りの探険者だ。よろしく」と髭の方。

「今北ハイナーだぁ。強ぇ奴は大歓迎だぜぃ」と童顔の方。


「高橋テッペイです。よければ色々と教えてください」


 俺はきちんと頭を下げた。これは幸運かもしれない。気のいい人たちの

 ようだし、あわよくばノウハウの1つも教えて貰おう。


「そんでぇ? どしてまた探険に興味を持ったんよ」

「魔石を見つけてみたくて」

「それは豪気だな。だが夢のある話でもある。いいじゃないか」

「俺だって夢あるぜぃ。源魔岩見つけてやっほいするって夢」

「聞き流してくれ。ハイナーのいつもの妄想なんだ」


 髭が童顔をどついた。なんじゃらほい。源魔岩ってなんじゃらほい?

 きっと業界用語に違いない。シースーをザギンで食べる的な。


「すいません、源魔岩って何ですか?」


 ……はい、久々に呆れ顔いただきましたー。これも常識でしたー。

 座学で教わるのは基本的に軍事目的の知識だからね、しょうがないね。


「しょうがねぇなあ、俺が教えてやるよぉ」


 と肩をすくめて笑うハイナー。何か嬉しそうだ。ファルコが苦笑いの

 ところを見ると、アレか。先輩面大好きっ子か、ハイナー。


「素人さんは何でも魔石って言うけどよ? 色々と種類があるんだよなぁ。

 俺も最初はわかんなかったけどよぉ、あれは3度目の探険の時だ。俺は」


 まとめると。


 魔石は魔石だ。基本的にはそれで間違っていない。大きさや質によって

 等級や分類はされるものの、名称としては魔石なんだ。


 ところが、玄人さんである探険者たちは違う。用途や売れ筋から個別の

 名称をつけてやり取りしている。業界用語だね。幾つか挙げると……。


 クズ魔。カス魔。ゲス魔。

 何だか悪口めいてるが、示している物は一緒で、要は小さな欠片のこと。

 魔石の中では最も価値が低く、主に加工の材料になる。それでも宝石と

 同価値の代物だ。何もこんな投げやりな名称にしなくてもいいだろうに。


 船魔石。

 わかりやすいネーミングだ。航空船の動力にできるレベルの魔石のこと。

 コレを見つけられたなら1年遊んで暮らせるそうだ。割と見つかり易い

 ので、多くの探険者にとってのメインターゲットらしい。


 魔石様。

 どういうネーミングだか。浮島を形成できるレベルの魔石のことだ。

 コレを見つけたら一生遊んで暮らせるそうだが、超のつくレア物だ。

 公的な大規模探険団がターゲットとしている。過去に私的に見つけた

 人間もいて、そいつは豪族に成り上がったそうだ。ほえー。


 悪魔石。

 魔石に邪悪な何かが宿ってしまった物のことで、これは探険者にとって

 最大の恐怖だそうだ。いわば生ける魔石というか、魔石を核として動く

 化物というか……探険団がまるっと全滅余裕ですってお話だ。超々レア。


 そして、源魔岩。

 正直言って、ハイナーの夢物語っぽくて何が何やら要領を得なかった。

 どうやら伝説上の1つきりの魔石らしく、全魔石たちのお母さんだとか、

 悪魔石の親玉だとか、何でも願いが叶う物だとか……まぁ、御伽噺だな。


 ……まだハイナーは何か語ってるんだが、もう俺へ向けてないというか、

 お一人様の世界に行ってるというか……放っておいたほうが良さそうだ。

 ファルコとお話ししよう。うん。


「今回はどれが見つかったんですか?」

「上物の船魔石だ。魔石は良い物になるほど化物がついてくるんだが、

 それが今回に限って化物が死んでいた。犠牲者無しとは幸運中の幸運だ」

「へ、へぇー……」


 今、俺の中で船魔石1つ分の恩が加算された音がしたよ。チャリーンて。

 どんだけご恩を頂いてたんでしょ、俺。今更ながらに恐縮しきりです。


 でもまぁ、とにかく、これで決まりだな。


 俺は魔石を探すべきだ。ノウハウを学んだ後に、可能であれば単独で

 探し出したい。恐らく金銭の形よりも、魔石そのものをベルマリアに

 渡せたなら最高なんじゃなかろうか。きっと赤羽家の力になるはずだ。


 嬉しいな。


 自分がやるべきことが見えてくるのは、本当に嬉しいもんだよ。

 しかも幸先がいい。ハイナーはともかくファルコはベテランのようだし。


 1つ祝杯でも……いやいや、駄目だ、やめておこう。俺は酔うと脱ぐ。

 お茶を啜りつつ、俺の脳裏には既に地上の森が浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ