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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第3章 戦士の覚醒、野獣の咆哮
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第5話 知識

 獲物はキッカさんにお渡しした。

 理由は、この曲者が俺の体質を理解している風だったからだ。


 俺は魔法が使えない上に、非武装だった。接近格闘しか戦う術がない。

 にもかかわらず、雷属性であるこの男はナイフで襲い掛かってきた。

 魔法で遠距離攻撃すればいいのに、わざわざ刃渡りの小さいそれで。


 それは、俺に魔法が効きにくいと知っていたからじゃないか?

 上闘技で電撃や火炎をものともしなかったことを、見たのか聞いたのか。

 刃に毒が塗ってあったわけでなし、そうでもないと意味がわからない。


 ちなみに輸送は得物をマントで包むことで可能とした。頭は手拭い。

 途中で目が覚めたっぽくて、何か唸ったり動いたりしたのには焦った。

 周囲の目ってのがあるので、歌って揺すっての移動となった。


「あっはははは! 猟師テッペイ、ご機嫌で帰還だね!」


 とキッカさんには笑われた。事情を話したら目つきが変わったけども。

 そりゃそうだ。もしも上闘技絡みであれば下手を打てない問題となる。

 他豪族が背景にいる可能性もあるし、警備兵では荷が勝ちすぎる。


 しかし不思議だ。何だろうなぁ……この冷めに冷めた気分は。

 あの獲物、名前も知らない男は多分無事じゃすまない。キッカさんだし。

 けど、それを何とも感じない。死ぬかもね、と普通に思うだけだ。


 変な話、普通の物盗りだったら同情したかもしれない。そうならここへ

 運んだりはしないけど……俺に害意があったってだけなら別にいいんだ。 

 殺すまでもないし殺したくもない。真っ当に生きてほしいと思うきりだ。


 だけどなぁ……豪族絡みなら駄目なんだ。徹底して調査すべきだし、

 その権利は俺にないと思う。そして殺されてもしょうがないと感じる。


 この違いはなんだろう。違いを生む心根は何なんだろう。

 奴隷制を嫌う気持ちと、根っこが一緒のような気がするんだ。

 

 そこが漠然としている間は、成程、俺は戦う理由の曖昧な戦士なんだな。

 戦士としての俺。戦うとは万の言葉を一撃で滅すること。不惑の殺意。

 俺はこの世界で何と戦い……どう死んでいくことになるんだろう。


 ……さて、と。


 思わぬ赤羽屋敷帰りをしてしまったが、俺はまだまだ任務中の身の上。

 だいぶ道草を食ったが、精霊祭殿へ向かう。確認したいことがあるんだ。


 道中つつがなく到着した玉葱型ドームの立派な建物。二度目の訪問だな。

 向こうの教会と同じで、祭殿にも礼拝用の大きな一画がある。祀られて

 いる彫像は各種の精霊たちだ。その中に序列などはないようだ。


 神官の1人に声を掛け、封魔環について話を聞きたいと申し出た。

 今朝ペネロペさんの顔を見て思ったんだ。俺、これの外し方もつけ方も

 知らないって。いや、外さないけども。外れてつけられないじゃ困る。


「封魔につきましては、技術職の神官が対応いたしますね」


 にこやかに告げられ、待たされ、やってきた神官はペネロペさん。

 いやあ、貴方ってば技術職でしたか。そういやそうかもですね。

 そして笑顔ながら嫌そうな顔とか器用ですね。俺もだと思いますが。


「その封魔環をつけた日のことは嫌な思い出ですぅ」

「そうですね。俺もこの祭殿にいい思い出ないですよ」

「来なければいいのにー」

「来たくて来たわけじゃないです。いいから説明してくださいよ」

「もー……とりあえず奥の部屋へどうぞぉ」


 懐かしい通路を奥へ入っていく。皿割ったりしたっけなぁ。それで風呂

 入ったり電撃くらったりしたんだ。いやはや、もう1年以上経ったのか。


 身体を鍛えて、闘技場を生き延びて……この世界で生きていくと決めて。

 考えてみたらそれだけなんだよな。ベルマリアへの借りが累積していく

 だけで、返し方もわからないまま、流されるばかりで生きてきた。


 ……なぁ、クリス。

 お前がカッコいいって言った戦士は随分と情けないようだぜ?

 まるで迷子さ。自分の成すべきことがわからない奴は、大人じゃない。


「さて、じゃあ、1つ外してみますかー」

「え!?」


 パチンて。

 人がぼーっとしてる間に、パチンって、右手首の外しやがった!


 げ。


 おい、おいおいおいおい!


 身体が芯から熱くなってくる……力が湧いてくるこの感覚は……あれ?

 何か覚えのある感覚だ。何だ……ああ……裏闘技だ。血に酔うアレだ。

 魔物を喰らった時のアレだ。死を呼吸した時のアレだ。間違いない。


 やばい、何だこの充実感は。呼吸と鼓動が際限なく力を生んでいくぞ。

 例えるなら……乗ってたのが自転車でなくバイクだったような感じだ。

 馬力が違うのがわかる。今までがどれだけ鈍重だったかがわかるんだ。


 右手だけでコレ? え? じゃあ、全部外したら……。


「つけるときは普通にこうやればいいんですぅ。ほら」

「わ!?」


 ぐ、ええええ……身体が重くなった……いや、さっきまでの普通なのか。

 芯の部分で火が消えた感じだ。まだ余熱が身体を巡っているが、これは

 時間と共に消えていく。裏闘技の時とはそこだけが違う。


 これは堪える。この落差は心身に来るものがある。心臓に悪いって。

 封魔ってのはやっぱとんでもない……って、おいぃぃいい!?


「わー、外すと髪が灰色になりますねー。つけると、ほら、また白に」

「遊ぶな馬鹿野郎っ!」

「ぅきゃあああっ!?」


 封魔環の着脱を繰り返すペネロペさんを振り払った……ら……あーあ。

 吹っ飛んで転がって壁に激突した。うわぁ。パンツ丸見えでございます。

 加減はしたんだ。でも余熱効果があったようだ。えらいこっちゃ。


「すいません、生きてますか?」

「きゅうぅぅ……」

「生きてますね。良かったです。疑問は解決したんで、帰りますね」

「ひ、ひどいぃ~」


 窓口で相談料を支払って祭殿を出た。まだちょっと身体が火照ってる。

 ペネロペさんのパンツは水色だったが、大事なことを思い出した気分だ。


 俺、異常体質だったじゃん。

 それこそゾフィーちゃんと語り明かせるレベルじゃん。


 封魔環って根本的な解決にはなってないじゃん。吸魔も破魔も出来るし。

 闘技場じゃクラクラと戦闘気分だし。それがしかも封魔環取った状況と

 酷似してたし。無要握っても変な気分になるし。余熱パワー凄いし。


 何かすっかり忘れてた。普通にやってける気分でいちゃ駄目じゃん。

 ここで生きていくと決めた以上、時間稼ぎでない本当の解決策を見つけ

 ないと。そこまでベルマリア任せにしててどうすんだ、俺よ。


 やばいね。俺の甘えっぷりがやばいね!

 どこぞのツンツン頭のバスケットボールプレーヤーじゃあるまいし、

 ベルマリアに依存し過ぎ。完全に保護者と被保護者。超カッコ悪い。


 図書館へ行こう。


 あるんだよ、しかも結構大きいやつが。土御門領が他領に誇る施設だ。

 有料だが、下民でも料金を払いさえすれば利用できる。領民の何倍も

 高い料金設定である辺りに、思うところがないではないが。


 どうせわからない、というのは怠け者の言葉だ。俺は馬鹿だけど怠惰と

 言われたことはない。よく他人の雑用もやったもの。それに勉強は嫌い

 じゃない。筆記試験はいつだって公平な結果をくれたしね。


 それなりの金額を払って入館した。外見は歌舞伎座のような印象だった

 けど、中は大学の図書館に似ている。閲覧の為の机がたくさんある。


 そして、ここでもまた常識の違いに直面した。

 あのね……本がね…………開かないよ?


 別に鍵がついているでなし、普通の本なのにね、これ、開けない。

 どういうことなの……イミテーションとかじゃないよね? 接着剤?

 カッコ良さげな「魔力解析論」とやらは、まるで読ませてくれない。


「ああ、それは通魔の難易度が少々高めの本ですね。ここに必要な魔力の

 目安が数字で記されてますから、ご自身に相応な物をお選びください」


 って、司書の人に言われました。

 何てこったい、この世界、本を開くにも先天的な発魔量の格差がござい

 ますですよ。俺とかどうすりゃいいのよ。児童書とかしか読めないよ?


 聞けば、難易度が高ければ高いほどに高度な知識が記されているらしい。

 凄いよなぁ……知的財産に触れるにも才能が必要ってことだぜ? 成程、

 ベルマリアが自分に任せろと言うわけだよ。俺には無理だもの。


 しかもだ、周囲の様子から察するに、通魔すると何らかの効果がある。

 ただ文字を追うだけじゃ説明のつかない読書の仕方の人が複数いるし。

 映像や音声があったりするのだろうか。好奇心がくすぐられる。


 何でも、最高難度になると「魔本」とすら呼ばれる代物まで存在してる。

 極めて貴重な物で、有力豪族が家宝として相続していたりするらしい。

 その効果ってどんなのだろう。映画が見れたりするのだろうか。赤羽家

 にならありそうだよなぁ……今度ベルマリアに聞いてみよう。


 さて…………児童書でも読むか。

 折角だからね。何も読まずに出るのも癪だしね。


 俺が持ってきたのは、装丁の綺麗な絵本。タイトルは「天帝と邪龍」。

 お奨め書籍の棚にあった。天帝ってあの天帝だろうか? どれどれ……。


 



 昔々、その昔。この星は(星なんだ。へー)人間の楽園でした。

 食べきれないほどのご馳走。天を突くほどの無数の塔と広い住まい。

 暑さには涼しさ(冷房じゃん)。寒さには暖かさ(暖房じゃん)。


 地も空も海も千里を駆けて(変な船だな)全てが人間の思うままでした。

 誰もが王侯貴族のように、豊かに豊かに暮らしていたのです(ふーん)。


 ところがある日、邪悪なる龍(挿絵怖っ)が現れて、人間を襲いました。

 街を壊し、城を壊し(大怪獣だな)、人間の宝である魔石を奪いました。

 楽園は乱され(浮島じゃないな)、たくさんの人間が死んでいきました。


 世界は邪龍の呪いで満ち満ちました。人間たちは悲しみ、苦しみました。

 けれども、頑張りました。呪いで生物たちが狂っていっても(魔物か)。


 そして、ついに救世主が誕生しました。最初の天帝様(女性か)です。

 天帝様は呪いに勝つため、精霊様(八大精霊ねぇ)とお話ししました。

 人間が呪いに負けないための力。魔物と戦うための力。それが魔法です。


 少しずつ力を蓄えた人間は、戦って、宝物を取り戻しました。魔石です。

 頑張って、1つずつ、取り戻していったのです(魔物との戦争かぁ)。


 そして、再び邪龍が現れました。天帝様と精霊様が立ち向かいます。

 その戦いはとても激しいものでした(山投げるとか超怖いな、おい)。

 人間は挫けません。天帝様と精霊様を応援して戦います(壮絶だな)。


 世界を賭けた戦いは、人間の勝利(何このビーム魔法陣)でした。

 邪龍は彼方へと追いやられました。もう人間を襲うことはありません。

 天帝様と精霊様の力が邪悪を封じたのです(殺せなかったのか)。


 けれど、地上は荒れ果ててしまいました(山投げたしなぁ)。

 呪いと魔物も消えません(勝ってなくね?)。人間は地上を捨てました。

 天帝様が大地を切り取り、空へと浮かべたのです(おっと浮島かよ)。


 天帝様万歳! 清く美しい天空に、人間は新しい楽園を創ったのです。

 精霊様万歳! 素晴らしい加護が私たちをいつも包んでいるのです。


 みんなも、いつも感謝を忘れてはいけませんね(そういうオチかぃ)。





 感想。まあまあ面白かった。っていうか邪龍の絵がちょっと怖かった。

 どこの世界にも神話ってのはあるんだな。これはそういう類の物だろう。

 親が子に寝物語として聞かせるような……常識の基盤となるものだ。


 ふむ。いいかもしんない。

 調練の座学じゃ絶対に教わらない話だしね。


 お高い料金の元を取りたい気持ちもあって。

 俺は夕暮れの閉館時間まで読書を続けたのだった。絵本のね。

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