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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第2章 死闘の闘技場、戦士の志
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幕間話 青緑

◆ オクタヴィアEYES ◆


 我、青嶋オクタヴィアが闘技場の管理運営を担ってより早10年。

 多くの戦士が勝利し、同数だけ敗北する。数多の悲憤の中に戦士は

 磨かれて、屑石の中に宝玉が姿を現す……分かってはおったが。


 高橋テッペイ。恐るべき男が現れたものじゃ。


 赤羽の小娘が手に入れたという、奇妙な白髪の下民。

 その噂はすぐに我の耳に入ったものじゃ。あれの奇矯奇癖は格好の

 話題である上、それが男絡みとあらば血眼な連中もおるでのぅ。


 髪色の示す通りの貧弱無能という最初の噂は、次第に覆っていきおった。

 小娘の懐刀であるところの、あの二色……草壁キッカが手ずから鍛えて

 潰れないというのじゃからな。上闘技における殺人記録保持者が、な。


 ならば小娘の頼みとするところの手勢、近衛戦士団の候補者かと思えば。

 どうやらそれも違う。何故なら地上へ連れていかぬ。候補者を地上にて

 探険がてら篩にかけるのが小娘のやり方であるのに。


 ……小娘といえば探険癖で知られておるが、探険自体をしておらんのぅ。

 もう1年も出ておらぬ。初めてのことじゃ。それもあの男が理由か?


 事実、秘匿温存する度合いが普通ではない。


 屋敷に住まわせ、敷地から一歩も出さんというのじゃからのぉ。

 性奴隷の類ならばそれも分かるが、今までついぞそんな話のなかった

 小娘のことじゃ。考えにくい。練兵に参加させておることじゃし。


 異例の扱いを受ける白髪の下民、高橋テッペイ。

 それがまさか、ほいほいと我の手中に転がりこんでこようとはの! 

 

 印章を無くすなど愚かの極みじゃが、それもまた我にとって好都合。

 小娘への強力な交渉材料が降ってきたようなものじゃ。何たる痛快事か。

 脅すも良し、揺さぶるも良し、如何様にも弄んでくれようと思うたが。


 肉体を調べてすぐに気付いたわぃ。

 これは尋常の男ではない、とな。


 我の魔法が一切通用せぬ。水の結界も作用しておらぬ。そればかりか。

 我の魔力が吸われる。まるで底なしの穴に杯を傾けるようなものじゃ。

 際限なき虚ろの気配に、自分が矮小にすら感じられたわぃ。恐怖よの。 


 魔法の効果が薄い人間、抵抗力の高い人間というのは存在するもの。

 そして白髪の人間とは大なり小なりそういった傾向を持つとされる。

 この男はそんな中でも特異存在で、それが小娘の秘蔵理由かと思うたら。


 封魔されておった。

 しかもこの上なき強度での封魔じゃ。使われていた封魔環は実用的な

 物ではなく、恐らくは強度試験で試作された代物。施鍵機能も無しに。


 背筋が寒くなる、とは正にあの時の心地じゃのぅ。


 封魔とは体内の魔力を零にする技術ではない。神秘の五点を阻害して

 発魔を遮断する技術じゃ。つまりは魔法抵抗とは無関係の作用。


 この白髪の男は……白髪になっているだけの男は、異常なまでに魔法が

 効かず、魔力を際限なく吸引するだけでなく……まだ何かを秘めている。

 既にして脅威であるのに、それすら瑣末とばかりに、秘めたる何か。


 その何かを知りたく思うのは、自然なことじゃな?


 我の意図を察してかアントニオが封魔環を外すか問うてきたが、断った。

 当然じゃ。外した途端何が起こるかわかったものではない。危険過ぎる。

 小娘の意図も読みきれぬ。或いは人の形をした爆弾である可能性もある。


 我は高橋テッペイを裏闘技へと参加させることにした。試したのじゃ。

 その能力を、その秘密を、何もかもを知るには戦わせてみるのが早い。

 

 ……そんなつもりはないと、一応の建前も作っておいた。

 あの小娘と正面きって敵対することは避けたいからのぅ。


 裏闘技。

 奴隷の屠殺場を兼ねたそこでなら、魔物と戦わせることができる。

 死んでも合法的な死じゃ。よい。しかし死なぬ場合は面白くなるぞ。


 その結果は……驚くべきものじゃった。


 何もかもが規格外の、常識を幾つも超えた先にある、その戦闘能力。

 どちらが魔物か分かったものではない、狂おしいばかりの物理的蹂躙。

 行動の一々が我を驚嘆させる。すぐに察したわぃ。


 この化物は、あの小娘の秘密兵器の類なのじゃ。

 そしてそれを我に示威するための派遣であったのじゃろう。


 我にもある。

 いざ事有らば切り札として使うための手駒……鬼とアントニオ。

 事態は代理戦争の様相を呈してきおった。何とも小癪な話じゃ。


 それが証拠に、闘技場に出入りする不審な者どもがおった。

 仮面参加の性質上問いただすことも出来なんだが、見当はつく。

 赤羽家の手勢と……どういう訳か朝廷筋の者。


 前者はともかく後者は面倒じゃ。流石に手を出す訳にもいかぬ。

 決着を急いだ我は切り札を1枚切って……敗北した。


 鬼じゃぞ?

 その捕縛に20人以上の犠牲を払ったほどの化物じゃ。

 例え軽魔力空間では本来の力が発揮できぬとはいえ……完敗とは。


 見世物としては特上、そして最後に混乱があったことが救いかのぅ。

 有体に言わば、今のは無し、というやつじゃな。決戦は上闘技じゃ。

 そこでこそ勝利してみせる。しなければならぬ。家名が廃るわぃ。


 しかしそれも――――。


「失礼いたします」

「……ほぅ、歩けるとは驚きじゃのぅ」


 アントニオが入室してきた。ほほ、我の定めた刻限には間に合ったか。

 何とも見苦しい有様じゃのぅ……満身創痍の大男とは鬱陶しいものじゃ。


「その足はどうした? どんな理屈で動いておる」

「骨折部分を体内にて光で補強しております」

「成程、そんな真似もできたのか。器用なことじゃ」


 試合後、控えに下がるなり身動きの出来なくなったアントニオ。

 全身の骨折は数十に及び、各内臓への損傷も深刻、魔力も枯渇に近い。

 ここへ自力で来れぬようなら廃棄しようと思っておったが。


「まぁ、良かろ。引き続き我の手駒であることを許す。励むがよい」

「はは、ありがたき幸せにございます」


 あの試合。我のもう1枚の切り札をぶつけた上闘技決勝戦。

 形の上では強引に引き分けとして納めたが……敗北じゃ。

 止めた時点で、既にアントニオには継戦能力など無かったのじゃから。


 そもそも、あの男は己の得物を使っておらなんだ。正真正銘の無手じゃ。

 その一方でアントニオは魔法を使っておった。光の魔法による各部強化。

 本当の意味での無手とは言えまい。武器も鎧も使っておったのじゃ。


 魔法の効かぬ相手には最適な戦闘方法であったろうが……この結果とは。

 恐るべき純粋物理戦闘力。その様はもはや魔法の効かぬ鬼と言ってよい。

 悪夢じゃ。もしもあの場であの男がそのつもりになったならば……。


 ……我を含む全ての者たちが殺されておったろう。皆殺しじゃ。


 そう考えてみれば、ふむ、アントニオは奮闘したと言ってもよいか。

 我の命と青嶋の家名とを、どちらも護ってはおる。仕事はしておるな。


「下がってよいぞ。そちの娘についても心配はいらぬ。治療は継続じゃ」

「な、何よりのお言葉でございます。感謝申し上げます……!」


 早急に次の手を打たねばならぬ。

  

 土御門領における赤羽家の台頭は看過できぬ域に達しておるのじゃ。

 新興の豪族たちのみならず、商家どももまた露骨な接近を見せておる。 

 その中心には、あの小娘。切り札は二色のみならず悪食もか。


 少々危険でも、強引な手を取らざるをえん……か。背に腹はかえられぬ。

 内と外と、双方から切り崩してやろうぞ。小娘……赤羽ベルマリアめ!

  

 


 

◆ ジンエルンEYES ◆


 僕は自分が嫌いだ。

 自分が赤羽ジンエルンであることを誇ったことがない。


 武門の家に産まれながら、この身体の貧弱。鍛える以前に病気に負ける。

 火の加護を受けた赤羽家にあって、この髪の色。しかも発魔量が少ない。

 父上待望の男子なのに、姉上の足元にも及ばない。僕の全てが敵わない。


 その僕の目から見ても哀れだった人……高橋テッペイ。

 とち狂った姉上に暴行され、治療目的で屋敷へ招かれたと聞いたけど。


 えーと……回復し過ぎだと思う。どこまでムキムキになるんだろう?


 最初に会ったときはあんなに弱々しかったのに、見る影もないんだけど。

 家の兵たちに鍛えられ、毎日ボロボロにされて、その分だけ筋肉増量で。

 今日、上闘技に出るからと観戦に来たら……更に凄いことになってた。


 何なの、その身体。ムキムキ過ぎて魔法とか効かなくなっちゃったの?

 ムキムキ過ぎて剣も槍も折れちゃうの? 腕とか取っちゃうし……。


 3人とも知った顔だったから複雑だ。皆して姉上への熱心な求婚者だよ。

 どういうつもりか、僕にも贈り物を持ってきたりしていたんだ。本とか。

 腕取れちゃった人なんて特に頻繁だった。強いって噂だったのに。


 そして決勝戦。


 何だったんだろう……あれ。

 僕が知ってる試合とか戦いとかと、その、全然違うんだけど……?


 だって魔法が1つも飛ばなかった。腕が光ったりはしたけど。

 武器が1つも振るわれなかった。テッペイ、棒置きっぱなしだし。

 ひたすらに殴り合い。蹴り合い。ドッカンドッカン音がするし。


 周りも皆、青褪めてたよ。うん。そりゃそうだよ。普通じゃないもの。

 何ていうか……ムキムキ過ぎだよ。熊と熊が物凄く速く喧嘩してる感じ。

 自分がちっぽけで貧弱に感じさせられるんだ。僕は慣れてるけどさ?


 結果は引き分けになったけど……何か僕ら全員が負けた感じだった。

 分かるんだよね。自分より強い人と、危ない人とは、何となく分かる。

 誰でもそうなんじゃないかな? そうでないと人の中で生きていけない。


 テッペイ、君は……どっちもだと思われたんだよ、きっと。

 滅茶苦茶に強くて、しかも次に何をするか分からない危ない存在。

 あの場にいた誰もがそう感じたんじゃないかなぁ……僕は違うけれど。


 そう、僕は君を危ないとは感じていない。

 色々と風変わりだし、予想もつかない回復とか戦い方をするけれど。


 僕は知っている。

 君が真面目で、人に感謝できる人間だと。頑張ることのできる人間だと。

 何より、姉上のことをとても大事にしている人間だと、知っているんだ。


 ……そのことが、僕と君とを遠ざけてしまうことも、ね。


「探険をせぬようになったと思えば、今度は男狂いとは呆れたものだ」

「然り然り。獣人女の次は白髪男だ。三色とは常識を対価とした力よ」

「いや、獣人はともかく、白髪のあやつは侮ったばかりではないぞ?」

「確かに。聞けば上闘技であの拳豪と引き分けたそうではないか」


 今日もこの離れでは眉根を寄せた者たちが唾を飛ばしている。

 彼らからすれば、僕という次期当主を仰いだ未来の御前会議だ。

 飽きもせず姉上を悪し様に語り、失脚させることばかり企んでいる。


 僕は知っている。この者たちは全て、叩けば埃の出る輩なのだと。

 姉上が家中を改革するに当たり、表立って抵抗した者や不正の中核に

 いた者は追放あるいは粛清された。果断な処置だった。


 ここにいる者たちはその処置を免れた。理由は簡単、小物だからだね。

 権益を握る者の追従者や、お零れに預かっていた者。便乗していた者。

 毛色の違う者としては老人などか。変化を恐れる者たちだ。


「……では次の侵攻で決着をつけようというのか!」

「うむ。青嶋家から内々の打診があったのだ。正念場じゃな」

「しかしのぅ……いささか性急に過ぎるのではないか? 手段にしても」

「何を呑気な。御老も聞き及んでいよう。次の家中乱しは近いぞ」

  

 おっとと、聞き逃せない話が出てきたね。青嶋家だって?

 虚弱で扱いやすいお飾りを前にして、包み隠すこともしないんだから。


 ふふふ。

 

 笑っちゃだめだ。いつものように、気弱に呆けた表情でないとね。

 少しも誇らしくない「赤羽ジンエルン」をやっている僕だけど。

 でも、1つだけ楽しみで楽しみでならないことがあるんだよ。


 それはね……大失敗をすることさ。


 姉上を怖がって僕を利用しようとする馬鹿者たち。成功する訳がない。

 だって僕は失敗したいんだ。何もかも全部失敗して、馬鹿たちと一緒に

 粛清されるんだ。想像するだけで愉快だよ。きっと素敵なことになる!


 この者たちはどんな顔をするだろう。

 姉上は、どんな顔をするだろう。


 ああ……本当に楽しみだ。

 この楽しみだけで僕は生きていけるし、死んでいけるよ。


 ただ1つだけ。テッペイ。

 君がどこまでムキムキになるかだけは、最後まで見たい気もするなぁ。


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