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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第2章 死闘の闘技場、戦士の志
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第7話 無要

 血の匂いを呼吸しながら、金床に金床を振り下ろす。打撃の連続。

 酩酊に近い感覚であっても、その爆音は耳に痛い。音にも酔いそうだ。


 俺は今、自分のための武器を作っている。


 武具庫にある使用自由の金床じゃない。ここは闘技場内の鍛冶場だ。

 専属の鍛冶師が手伝ってくれ……いや、俺が手伝わせて貰ってるのか。

 廃棄用の鉄製武具を熱し、叩き伸ばし、1本の円柱に仕立てていく。


 こっちの世界じゃ前代未聞の、あっちでは割とメジャーな、この武器。

 イメージは良くないが、俺が怪力で握っても振るっても壊れない武器。


 夜までに完成させなきゃ意味がないから、突貫な上に荒々しい鍛造だ。

 最初は鍛冶師に無理と言われたが、今は何とか目処が立った。間に合う。

 俺の酔っ払い腕力が役に立っているんだ。気分も荒々しくなるが。


 これはオクタヴィアの厚意だ。

 まともに使える武器も無しには対戦させられない、というその言葉。

 優しげなその言葉の裏には、とんでもない相手を用意した自信がある。


 人の命を何だと思ってるんだか、な!


 ひと際大きな打撃音。おっとやり過ぎた。ここで壊しちゃ意味がない。

 鉄を円柱状にして、徐々に太くなっていくように、貼り加えていく。

 分離分解しないように、鋲もあちこちに打っていく。その上にも重ねて。


 金棒だ。


 俺が作ろうとしているのは、柄まで全て鉄製の長大な棍棒だ。

 滑らかに仕上げれば金属バッドのようになるのだろうが、これでは。

 金棒。いわゆる鬼の金棒という物になるだろう。悪役の武器だな。


 材料もまた、何とも悪役的じゃないか。闘技場で廃棄になる武具だ。

 多くを殺めたか、さもなくば無惨に殺められたか。どちらかの武具。

 1つ1つの鉄片に、こびりついた怨嗟があろう。悲痛があろう。


 次第に存在感を増していく金棒。重量感だけの話じゃない。

 こいつから感じられる禍々しさは、見た目以上に、内なる材質のせいだ。

 

 死っていうのは、恐らく、残るものなんだ。


 このやたら小奇麗に整えられた人間社会の中で、死だけは重い。暗い。

 どこまでいっても、人の管理の外にあるものなんだ。死は。死だけは。

 魔法とも違う。きっと本質的にはこっちもあっちも変わらない。死。


 この金棒は、ある意味じゃ無数の死の塊なわけだ。禍々しくもなる。

 狂ったように戦う俺にはお似合いかもしれない。酷く似合うだろう。


 どれくらいの数を、打ち、熱し、また打ったろう。

 

 出来た。


 武骨で、暴力的で、殺意の狂乱を圧し固めてそれを整いきれていない、

 猛々しいというよりは狂おしい、鬼気迫る忌むべき気配の、金棒が。


「……銘は、どうするんだ?」

「要らない」


 何を言うかと思えば。生き物を殴り殺すための棒に、何が名前だ。

 いや……でも、そうか。この鍛冶師からすればこれも作品なのか。

 無から有を産んだことに違いはない。死が死を産むだけでも。


「『無要』。この名で」

「わかった。その二文字、刻ませて貰うぞ」


 これまでの騒音と比べれば、無音と言っていい小さな音をたてて、刻む。

 考えてみれば残酷な銘だ。必要が無い、というのは死よりも酷薄だから。

 生命は孤立できない。生も死も、大きな流れの中に関連している。

 

 ……俺には相応しいかもしれない。

 この世界を必要としてない。この世界から必要とされていない。

 そんな立ち位置で義務にかられているだけの、俺には。


「行くのか」

「ああ」

「本当に……必要ないのか?」

「ああ、必要ない」


 そうさ、必要ない。俺にはこの肉体がある。確かな現実として、ある。

 それ以上何を望む必要があろう。これほどわかりやすい「自分」はない。

 自分探しなんて簡単だ。触ればそこに、鏡を見ればそこに、存在する。


「……せめて、これだけは持っていけ。最後の忠告だ」

「……わかった」


 わずかな間でも仕事を共にした仲間であり、技を借りた師でもある。

 その忠告には従いたい。俺は、言われるがままに――――パンツをはいた。


 暑くて暑くて、もう、蒸れて仕方なかったんだがなぁ。





「これより始まるは、今宵きりの特別対戦である!」


 オクタヴィアの声が響いている。あの仮面がそうか。瑠璃色の長い髪も

 そのままにして、まるで隠す気がないな。隠せば隠すほどに少しは恥を

 知っているように見えるんだが。この恥知らずの空間で。


 例によって俺は会場に独り立っている。円形の修羅のフィールドだ。

 肩に担ぐのは無要。この日この場所に産まれた凶悪な金棒だ。


「昨夜を知る者よ、再びの興奮を期待するがよい。今夜に駆けつけた者よ、

 未曾有の興奮を期待するがよい。これは正に恐ろしの闘争ぞ!」


 どよめく仮面ども。その1つ1つを砕いてまわってやろうか。顔ごと。

 手を打つ音と。足で踏む音と。興奮した声と。どれもが下卑た本性だ。

 お前たちはそのつもりはなくとも、この空間は同質同類の集会場だぞ。


 暴力と流血とを期待する者、暴力で流血を生む者、同じく狂獣だろ?


「今宵、我らは知ることとなる!」


 まだしゃべってたか。何を知るってんだ。自分の汚らわしさか?


「魔法の力を一切使わずして、人が、鬼に勝てるか否かをな!」


 再びのどよめき。まるで悲鳴のような、波のような、どよめき。

 それに晒される俺は……急速に……酔いが醒めていくのを感じていた。

 全身に漲っていた力が、抜ける。痺れていた心が、慄き出す。


 何て……言った?


 ちょ、ちょっと待ってくれ……今、何て言った!?


「さぁ、闘いの鐘を鳴らすのじゃ!」


 銅鑼の音に小さく跳びあがった。

 打ち鳴らさせるそれ。沸き立つ観客。


 見る。前を見る。鉄格子が上がる。それが上がりきる前に、くぐって。

 来る。そいつが来る。来てしまう。俺を目掛けて駆けてくる。


 鬼。

 

 発魔した魔力が身体に蓄積して、過充魔状態になって、魔物化した人間。

 精霊との契約というこっちでは当たり前のことも出来ず、そればかりか

 浮島にも居られず、地上に生きていた人間。人間。人間だ。


 わかる、こいつは鬼だ。わかってしまう。

 

 バランスなんて皆無の、左右ちぐはぐな筋肉。ところどころに毛と外殻。

 全体として赤みがかっている。契約すれば火の精霊色だったのだろうか。

 手も足も指はなく、二股の爪があるのみだ。或いは蹄か。牙も大きい。


 奇妙にグロテスクな赤鬼といった全体像の中で……目だけが、人間だ。

 きょとんとして、何とも違和感を放っている、その2つの瞳。人間だ。

 円らで、不思議そうにクリクリと動くその人間の目が、俺を見ている。


 吹き飛ばされた。


 殴るでも蹴るでもなく、ただの体当たりだ。いや、殴ろうとはしたのか。

 けれど目測を誤り、その拙い腕の振り回しは体当たりになったんだ。


「ぐぅ、ふっ!!」


 無要を抱えていた分、衝撃が逃げずに響いたようだ。肺に息が無い。

 慌てて呼吸する。するたびに痛みがある。骨か肺か。追撃は……来ない。


 見れば、鬼は無要を手に取ろうとしているようだ。俺の落としたそれを

 武器にしたかったのだろうが……無理のようだ。重過ぎて使えない。


 そう、それはとてつもなく重く出来てる。今の俺に持てるのだろうか。


 鬼は諦めたようだ。目が、そこだけは人間のままの目が、残念そうだ。

 こちらを見る。そしてまた走り出す。フォームなんて滅茶苦茶の走り方。

 揺れる上半身の中で、目が、目だけが俺を見つめていて離れない。


「がぁっ!?」


 殴り飛ばされた。


 ゴロゴロと地面を転がる。そこは白っぽい砂が敷き詰められている。

 赤が映えるようにだ。血の赤が。俺の血は……まだ出ていないか。

 爪で引っ掻くこともできない、その鬼の不器用さを思う。


 しかも追ってくるのが遅い。どうやら俺が飛んでいってしまう度に

 見失っているようだ。戸惑ったようにキョロキョロとし、目が合った。

 

 その目。人間の……目。


 改めて全身を見る。何て醜い姿なんだろうか。

 生物としての整合性に欠けた、不合理な在り様。

 人間を膨らませて、豚だか猪だかと混ぜ合わせたかのうようだ。


 思う。

 アルメルさんは猫耳と猫尻尾だ。孤児で、契約をしていなかったから

 獣化してそうなった。今は契約済みだから、それ以上の獣化はない。 


 思う。

 ベルマリアは俺の体質次第では一気に変化する恐れもあるようなことを

 言っていた。それはつまり、一般的には徐々に変化するってことだろ?


 見る。

 この……彼だか彼女だかもわからない奴は、どう変化していったのか。

 手からか? 足からか? それとも心からか? どれくらいの期間で?


 ああ……それはどんなにか……怖かったろう。


 自分が自分でなくなっていく感覚。化物になっていく感覚。わかる。

 俺にはわかる。それは怖いものだ。だってそれはあんまりな事だから。

 惨いことだから。辛いことだから。自分で自分を殺したくなるほどに。


 一心に俺へ向かってくる、その目。誰かの目。


 唸りを上げて迫る腕をかいくぐって、背中に回り抱きついた。この感触。

 つかみ辛いものを無理につかんで、力を込める。振り回される爪の腕。

 力が沸く。込められる。今までとは違う。遣る瀬無い何かが力になる。


 何て酷い世界なんだろう……ここは。


 ここでは人は自然には生きられない。放っておけば人でなくなる。

 不自然な天空で生きなければ、不自然な契約をしなければ、鬼となる。

 

 鬼となったら、もう、この在り様なんだ。


 見ると知るとのこの差は、畢竟、俺の不誠実な生き方を意味している。

 わかってたことじゃないか。この世界では精霊との人為的な契約をする

 ことなしには人権すら保障されない。浮島自体がそもそも人工空間だ。


 この世界の身分制は命の根本を握りしめているんだ。逃れようもなく。

 ベルマリアは言っていた。鬼に比べれば奴隷すら万倍もいいのだ、と。

 オクタヴィアの権威は、そんな仕組みを背景にして、揺らがないんだ。


 俺じゃないか。


 この鬼は、ベルマリアに出会えなかった時の、俺に他ならない。


 俺は前後の脈絡なしに地上にいた。それはそれで不幸だとは思うが。

 この鬼は、どんな人生を経て自らを鬼と化す羽目になったのだろうか。

 親は? 何歳でこうなった? どこで産まれた? どう生きていた?


 力比べとなった状況で、歯を食いしばりながら、周りを見回してみた。

 仮面たちは大興奮だ。まるで相撲の大一番だ。決定的に違うのは、蔑視。

 化物相手に蛮人が勇を発揮するのを、小奇麗な格好で、見下している。


 彼らのような人間が、人を鬼へと追いやれる立場にいるんだ。


 目につく綺麗な髪色。それは魔法の力の色。色とりどりの魔力。

 さっきオクタヴィアは「魔法の力を使わないで」と言っていた。

 つまり魔法の力を使えば、鬼であれ打倒できるということだろ?

 現に、ベルマリアは圧倒的な力であの化物を倒していた。恐るべき力。

 

 こいつは……俺の腕の中にもがくこいつは。

 鬼になってなお、彼らに恐怖心すら起こすことができないんだ。


 哀しい。そして悔しい。視界が涙でにじむ。


 どうしてこいつを地上へ放っておいてやれないんだ。何でこんな場所に

 つれてきて、こんな視線の中に命を終わらせようとするんだ。どうして。

 俺はどうして、こんな場所で、こいつを倒さなきゃならないんだ!


 終わらせよう。もう耐えられない。


 俺には切り札が在る。オクタヴィアから打診され、俺が口にした望みだ。

 それは「自由な世界に解放して欲しい子がいる」という望み。奴隷解放。

 何となくクリスのことを考えて口にした、実は漠然としていた望み。


 それを、この鬼に対して使わせて貰えないだろうか?


 殺すことなく戦闘不能にして。身動きができないほどに叩きのめして。

 その上で、この鬼を地上へと解放してやれないだろうか。いた場所へと。

 それが駄目なら、必ず殺せというなら、せめて地上で殺してやりたい。


 馬鹿げた自己満足なのは自分でもわかってるんだ。でも、そうしたい。

 だってこいつは俺だったかもしれない奴だから、そうしたいんだ。


 俺はこんな姿をこんな場所で晒し、嗤われながら命を終わりたくない!


 だから、ごめん……意識を刈り取らせてくれ。


「おおおおお……!」


 腰を落とし、奥歯を噛みしめ、渾身の力を込める。

 くそっ、あの酔いがないと、俺の力はこんなものか!?

 駄目だ、出せ、力を出せ、マッスルだろう! 何のための筋肉だ!!


「うおおおおお!!」


 引っこ抜く要領で持ち上げる。そしてその勢いのままに……!


「鉄、兵ぇ……バスタァァアアアアッッ!!!」


 鬼の後頭部を地面に叩きつけた。


 あ。


 あー、違う。


 これ、ブレーンバスターと違う。


 これ、バックドロップだった……ま、まぁ、いいか。

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