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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第2章 死闘の闘技場、戦士の志
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第5話 武器

 死にたい。

 穴が無くても掘って埋まってワアアアーって叫びたい。


「死ね。違うな、死んだ方がいい。生き恥晒し過ぎだろ、あんた」

「まぁ、その、何と評すべきか……どこを評すべきか……」

「馬鹿野郎と言えばいいんです、拳豪。最後の最後を評価して」


 再びの医務室にて、俺はデカイのとチマイのとに口撃されてます。

 俺、両手で顔を隠してうずくまることしかできないです。顔熱いです。


「いや、その、何だ……実に立派であったぞ!」

「アレがですか? そりゃ、ある意味じゃ立派でしたよ。ある意味じゃ」


 やめてマジでやめて、えぐらないで、顔が火照る超えて燃えちゃう。

 っていうかアントニオさんに立派とか言われると、何かキモイ。

 っていうかクリスは立派とか言うな。女の子でしょ。恥じらいを。


 死線を超えたと言っていい、先の対魔物戦。


 夢の中の出来事のように、頼りない記憶と実感だけど、生き残った。

 それはいい。重畳だ。極めて望ましい結果だ。うん。そうなんだけど。

 

 気付いたら俺、会場の中央に大の字に倒れてました。全裸で。

 しかもね、原因不明で意味不明なんだけどね、その時の俺ったらね。


 MAXでした。


 そりゃもう、フルスロットルでした。全力全開でした。何がって?

 股間の魔塔がだよ。秘密インチ野戦砲がだよ。肉煙突がだよ。


 まぁね、実はちょっと安心したけどね、ずっと萎びた日々だったしね。

 自信を取り戻した結果ね、掛け替えのない何かを失ったっていうかね。

 よりにもよってっていうかね。まさかのシチュエーションっていうかね。


 視線が大集中でした。とある肌色の屹立円柱に。


「で? あんた、本当に問題ないんだな?」

「……何がでございましょうか」

「頭と体だよ。ついでに胃袋もか。血は洗い流したけどよ」


 ああ、うん。洗い流して貰ったよね。桶の水を何度も叩きつけられて。

 この医務室の床がタイル張りの理由を知った思いです。はい。


 ちなみに羞恥心で頭がフットーしそうだよおっっ。

 体は傷1つ無いです。むしろちょっと元気かもしんない。

 胃袋は……そういやワイルドに肉食ったような……とりあえず大丈夫。


「問題ないです。ご迷惑をお掛けして申し訳なく思っております」


 クリスにはお世話になりました。本当に感謝しております。

 合羽で最重要ポイントを隠してくれた御恩、決して忘れません。


 深々と頭を下げたら、その頭をガシっと掴まれました。何だよクリス。


「うーん……白いか」


 何だし。そんなん知ってるし。何だし。


「どうしたのだ。何か問題があるのか?」

「いや、気のせいだったようです。さっき洗ってた時に、血の色の下が

 ちょっと黒かった気がしたんですが。魔狼の体液か何かでしょう」

「え!?」


 思わず頭を抱える。いや、見えないが。触ってもわかりゃしないが。

 続いて首と手首と足首をチェック。大丈夫だ、壊れてない。封魔環。

 

 ふぅ……焦ったし。超焦ったし。

 この環は俺という特異体質が人間でい続けるための保険だ。獣化だか

 魔物化だか謎変化だかわからないが、どれも嫌に決まってるもの。


「1つ、聞いてもよいか?」


 随分と重々しく、アントニオさんが言う。目も真剣だ。薄桃色のその瞳。

 この雰囲気は良く知っている。オクタヴィアん所でのアントニオさんだ。

 表情が硬い。声音も不自然だ。似合わない暗さを感じるよ。


「君はなぜ、罪人でもないのに、封魔環を着けているのだ?」


 嘘は言いたくない。だけど本当のことを言えるはずもない。だから。


「……平和な日常を過ごしたいからです」


 事実関係を全て隠して、ただ1つ、俺の本音だけを表明しておいた。

 さっきの後にこの場所で言う言葉でもない気がするけどね。


 どう受け止めたものか、アントニオさんは何とも難しい表情で黙った。

 誤魔化したことを怒ったのだろうか。見ればクリスも押し黙っている。

 でもなぁ……日本人関係は完全秘匿が方針だから。ベルマリアが。


「あんたはさ」


 変に間が開いた後に、クリスがぽつりと言った。こっちを見ないで。


「あんたは、どうして戦うことを選んだんだ? そりゃ死にたくないから

 なのはわかるけど、これじゃ死に方が惨く辛くなるだけじゃんかよ」


 え。

 え、何それ。どゆこと? ごめん、ちょっと意味がわかんないですけど。

 ちょっと「死」って言葉がゲシュタルト崩壊しそう。い、生きてるよ?


「俺が……死ぬってこと?」

「そうだよ! 馬鹿かよ、あんたは! どうせ足掻くなら逃げちまえよ!

 こんな場所であんな無茶な戦いさせられて……苦しいばっかじゃん!」


 えー。逃げるの無理って言ってたじゃん、お前。何だよもぅ。

 それに、もともと逃げるって選択肢はないんだよね。ベルマリアに迷惑

 かけるくらいなら刑死すべき俺だ。自分の尻を自分で拭いてるだけだな。


 っていう事情も、まぁ、言えないよね。秘密は芋づる式だ。

 だから、嘘はつかずに抽象的に、こう言うしかないよね。


「……俺は死ねない。生きて義務を果たさなきゃならないから」


 命を助けて貰った恩とー、莫大な金額の借りとー、その他諸々盛り沢山。

 何かもう、一生かけて滅私奉公しても返しきれないかもしれないけども。

 でも、その返済は果たすべき義務だ。忘れたら俺は屑になる。


 まだ自分で自分をカッコいいと思えたことなんてない。

 けど、自分を屑野郎と思いながら生きるなんてお断りだ。絶対に。


 おい、クリス、おい。何でお前が涙目なんだし。え。怒ってる?


「あんた、実は、カッコ良かったんだな」

「……え!?」

「そうだよ、そうだよな。見た目がどうだろうと、どう思われようとも、

 本当に大事なもののためだったら、やるべきなんだ。形振り構わずに」

「お、おい……」

「臆病者と罵られたって、笑われたって、あんたは優勝したんだもんな。

 血塗れになって、訳わかんなくなっても、あんたは生き残ったもんな」


 笑ってる、クリス。泣き笑いだ。


「知ってる、知ってたさ。俺だってそうだから。ちゃんとやってるから。

 生きるって戦いだ。大事なものを護るためなら、俺だって戦えるんだ。

 ちゃんと死ぬまで働く。どんなにされても、最後まで働くんだ、俺は」


 クリスは俺を知らない。俺もクリスを知らない。知らないけれど。

 何でだろう、俺は今、この子を眩しいくらいに愛しく感じている。

 幸せになって欲しいと、心から思った。綺麗な世界へ出してやりたい。


 あ、ちょっとやる気出てきちゃったかも。


 失敗のフォローで必死の挽回でしかない、そんな気分だったけども。

 今、前向きな動機が大きく点灯した。ちょっと高揚感すらあるよ。

 オクタヴィアの言葉じゃないが、力強く戦えるかもしれない。


 笑顔と笑顔で見詰め合ってしまった。はは、何か嬉しいな。


「この剣のことだが」

「あ、それ、ありがとうございます」


 アントニオさんが俺に剣を渡してくれた。預かっていてくれたんだ。

 もうね、係員的なの信用できないからね。控え室も安全性皆無だし。

 元の服も飛行の呪符も、アントニオ銀行に預けてるわけだ。


 ……もしもの時は、謝罪の遺書と共に届けてもらえる手筈だ。


「それを競技に持ち込むことは、やはり止したほうがいい」

「……ですよね。壊しちゃったら意味ないもんなぁ」


 柄を握って少し抜いてみる。美しい白刃の輝き。きっと高級品だろう。

 ベルマリアらしく華美でない拵えだ。実用第一。それでも渋い重厚感。

 闘技場で借りられるものとはまるで違う。切れ味も凄そうではあるが。


 多分、俺の握力に耐えられない。


 アントニオさんに案内されて入った武具室で、俺は槍を圧し折った。

 その後も何度か試したところ、いやもう、剣でも槍でも壊しまくりだよ。

 どこぞの拳豪はパンチとかお奨めしてきたけど、それは丁重に断って。


 松脂をたっぷりつけて臨んだんだ。あの戦いに。


 軽く握って、摩擦係数でもって保持しようという作戦だ。凄いハンデ。

 けどあの時って変に豪傑な気分になってて、いけるって思っちゃって。

 ……実際、いけちゃって。今思うと恐ろしい博打だったけれども。


 魔物に投げつけた3本の槍。

 最初の2本はかなり加減したから、まぁ、いいとしても。

 最後の1本は結構ギリギリだった。柄が潰れる感触が手に残ってる。


 それですら、控えめに握ってたっていうのに。


 本気になると武器が壊れちゃう戦士、高橋テッペイ。

 何だそりゃでございます。キッカさんってば俺を鍛え過ぎでございます。


 今はそんなことないんだけどなぁ……そんな馬鹿げた力なんて出ない。

 でもさっきは本当にやばかったんだ。戦闘への興奮か何かだろうか?

 ハンマー投げとかも投げる前が凄いしなぁ。こういうもんなのか??


 何にしたって、この剣を消耗品にするわけにはいかない。


「あの、お手数なんですけど、しばらく預かっておいて貰えませんか?」

「それがいいであろうな。拳豪の名において私が預かろう」

「お願いします。とりあえず、裏闘技から勝ち上がれるまで」


 裏闘技で充分な戦果を上げたならば参加できるはずの、上闘技。

 それは奴隷の戦地じゃない。むしろ支配層に近い戦地となるはず。

 出場者の持ち物をくすねるなんて、おいそれと出来なくなるだろう。


 ふざけた話だよ。衣食足りて礼節を知る、なんて言葉もあるけども。

 ここはそれ以前だ。ダブルスタンダードどころの騒ぎじゃないんだから。

 身分に応じて全てが変わる……俺の命の値打ちも変わるんだ。


 さて、と。それじゃ値段を吊り上げに行きますか。命懸けで。


「え? あんた、そっちは会場……まさか、もう次があるのか!?」

「うん。だって時間がないし」

「じ、時間って……そんな無茶な……」


 そう、時間がないんだ。俺にはタイムリミットってのがある。霊薬だ。

 印章と一緒に霊薬もなくなっちゃったから……フル調練で3日が限界。

 まぁ、あの鬼シゴキに比べれば、体力的には余裕があるけどね。


 ぶっちゃけ、さっきみたいな戦闘なら、日に数度やってもいける。

 ちょっとジャンプして、槍を3回投げただけだしね。省エネ戦闘だ。

 アントニオさんとの相撲の方が何倍も疲れたよ。うん。


「用意ってできてるんですかね?」

「勿論だ。君の競技は最優先で手配されている」

「ですよねー」


 オクタヴィアの笑みが見えてくるようだ。楽しんで貰おうじゃないか。

 白髪の馬鹿が死力を尽くすその様子を……せいぜい面白がっておけよ。


 会場へ続くこの暗い廊下。

 硬く滑らかな石畳は、これまで幾人の奴隷によって踏まれてきたのかな。

 どんな表情をした奴隷によって、足音を立てられてきたのかな。ねぇ?


 どれだけの恨み辛みが、さっきから俺の足元を撫でていくんだ? 

 冷気のようなそれ。吸えば血の香り。肌にざわめく死の前後の気配。


 俺にとってはいいのかもしれない。この廊下は俺を酔わせるんだ。

 ほら、何だか自分が自分じゃないみたいだ。恐怖と不安がなくなって。

 代わりに身体が軽くなる。昂ってるわけじゃない。むしろ冷める。


 いや、違うか……俺の中の変な俺が、覚めるんだ。


 武器はどうするかな。槍も悪くないが。もっと丈夫なものはないか。

 いちいち加減するのは面倒だ。いっそ素手で、と思わないでもない。

 けど、俺の中の客観的な部分が、それだけはやめておけと言う。


 ふん、それならば――――





 これから現れる対戦相手を待ち受けて、円形の地下会場に仁王立ちの俺。

 既に仮面の観客どもがザワザワと騒がしい。ふん、さっきの今だからな。

 

 せいぜい鳴いていればいいさ。俺は俺の目的のために、戦うのみだ。


 なんて。


 自分をカッコいいと思い込んでいた自分を殴り飛ばしたい。グーで。

 後に冷静になった時、俺はその立ち姿を想像して顔を赤熱させ悶える。

 ないよ。あれはなかったよ。酔い方間違えてたよ。どんな厨二病だよ。


 その時、俺は……。



 右手に盾を持っていた。


 そして。


 左手にも盾を持っていた。



 『両盾』のテッペイ、誕生の瞬間である。 

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