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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第2章 死闘の闘技場、戦士の志
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第3話 水底

「君の窮状については同情を禁じえん。青嶋様に少し言上したのだ」


 俺の方を見もせずに、低くそう言うアントニオさん。

 良かった。何か体育館裏に連れてかれるイメージだったよ、もう。


 だって、アントニオさんの様子がおかしいんだ。

 豪快で気さくな感じの人だったのに、妙に厳かになっちゃっててさ。

 今も、散々説明を求めてやっとの返事だもの。内容と乖離あるよ。


 ……心当たりはあったりする。赤羽家だ。

 

 アントニオさんといい、クリスといい、俺が後見人としてその名を

 告げた途端に態度が変わった。悪い意味で。敵意すら感じた。

 

 そういや青嶋様に紹介する的なことを言ってたっけな、この人。

 察するに豪族か何かだろう。アントニオさんはそこの家臣なのかな?

 まさか素人闘技専門の審判ってこともないだろう。拳豪らしいし。 


 だとすると、問題があるよ。

 アントニオさんが態度を変えた理由だ。個人的な好悪ならいいけども。

 その青嶋様とやらが絡んでるとなると、この呼び出し、不安爆発です。


 ……聞ける空気じゃないし、聞いても答えてくれないだろうね。


 幾つも扉をくぐって、床はいつの間にか石畳から絨毯になっていて。

 鼻に香ってくる微かな甘みはアロマ的なものか? 耳には管弦の音色。

 見るからにVIP御用達という建物の、中でも大きな扉を開けて。 


 薄暗い中にエキゾチックな宝飾がキラキラとして、緩やかに弦の調べ。

 シャコ貝が何かを思わせる豪奢な椅子に座る女性が、悠然と微笑む。


 アントニオさんが「連れて参りました」って言ってかしずいた。

 空気の読める俺は、無論、真似をして片膝をつく。基本スキルです。


 そっと伺う限り、何とも妖艶な女性だ。年齢を聞くのは躊躇われるが。

 艶やかな瑠璃色の髪が水流のように長く垂れている。水属性強者確定。

 おいそれと口を聞けない、何か圧倒的なものがある。凄く怖い。


 しかも……妙やたら……息苦しい。 

 部屋の雰囲気もあって、何だか海の底へ膝をついてる気分だ。


「成程、確かに白髪じゃ。無能の証じゃの」


 辛辣なお言葉にございますね。ですよねー的な気分だけども。


「にもかかわらず、組み合いからお主を投げたか。信じがたいのぅ」

「彼の技は恐らくジュードにございます」

「魔法を使わぬとあらば、それも信じられる話じゃの」


 蚊帳の外は慣れてるけど、聞き捨てならない単語が出たな。ジュード!

 先にもアントニオさんが言っていた言葉だ。俺の咄嗟の投げ技を評して。

 やはり柔道のことなのか? アントニオさんのはプロレス技だったけど。


「ふむ……よし、身体を見せよ」

「え?」


 身体って……え? どゆこと? もしかして、あーゆーこと?

 うわ、アントニオさんがパワーで! パワーで俺を好きに操るよ!?

 ちょ……キモい! マッチョマンに服脱がされるとか超キモい!!


「じっ、自分で……ひとりでできるもん!」


 何か変な声を出しちゃった気もするが、不可抗力だよ。何なんだよ。

 しぶしぶ自分で服を脱ぐ……ぱ、パンツもですかそうですか……うう。

 どーゆープレイだよ。脱ぐが脱がされるかの2択とか悲劇だよ。


 ……おらぁっ! 脱いだぞぅ!


「ほほぅ、それなりの肉体をしておる」


 近寄ってきたっ。何だこの緊張感は……っていうか何だこのシチュは!

 アントニオさんは背後? それはつまり、尻なの? 尻見てるの!?


「無駄なく鍛えられておるのぅ。ふふ、実戦的な筋肉じゃ」


 しっ、舌なめずりしなかったか!? この人!! この人!!

 指がつーって、つつーってマイボディをなぞるんですけどっ!!


 あふん。


 やばいやばいやばいやばい! これ以上はやばいってやばいって!!

 ユー、何で今、マイボールえんバッドさわた!? ねぇ、何でさわた!

 しゃがむだと!? この流れでしゃがむだと!? わああああああ!!


「極めて強力な封魔じゃな。それでいて施鍵されておらんとは」


 …………足首をちょいちょいっと触られて終わりでした。離れました。

 何この肩すかし。いや別に良かったんだけども。でも何このやり場なさ。


「体内への魔力干渉もまるで通じん。内臓どころか筋繊維すら見えん。

 興味をそそられるのぅ。いっそ手技でたたせてみようか」


 ちょ! 俺今何かされてたの……っていうかその手やめてやめて!

 それ何の素振り!? しゅっしゅって……うわぁ、また舌出した!!


 エロ過ぎ警報発令。エロ過ぎ警報発令。総員、素数の詠唱を始めよ。


 怖い。1、2、3。逃げたい。4、5。クリスに馬鹿にされてもいい。

 ここって海の底の罠だ。目の前にいるのは深海の妖魚なんだ。6、7。


「外しましょうか?」

「無用じゃ。流石にあの小娘が怒鳴りこんで来ようて。戦争になるわな」


 はーち、きゅーう……ん? あれ? 素数って何だったっけ??


「そち、確かテッペイと申したか」

「痛っ。え? あ……はい。そうです」


 後ろ頭叩かれた。アントニオさん酷いです。妖魚は椅子に戻っていた。

 俺、何という翻弄のされっぷり。まだ全裸ですし。せめてパンツを。


「印章を紛失して困っておるそうじゃの。我が助けてやろうぞ」

「え! で、でも……どうして……どうやって……」

「我はこの闘技場の運営責任者じゃからして、紛失の経緯を聞くにつけ

 力になってやりたく思うてな。表闘技の優勝者が即日刑死というのも

 聞こえの悪い話じゃしのぉ」


 か、感情が激しくあっちいったりこっちいったりする……!


 さっきの続きは!? とか。助かる方法があるの!? とか。

 お前が責任者かよ! とか。さっきの続きは!? とか。

 やっぱり死刑確定なの!? とか。さっきの続きは!? とか!


 でも、俺の口から出たのは、爽やかな命乞いだった。


「お助け下されば嬉しいですっ」

「ほっほ、そら嬉しかろうの。よいよい、助けてやろう。助けてやろう」

「ありがとうございます。しかし、その……」


 助かりたい。俺はまだ死ねない。けどそれは、目的があってのことだ。

 目的を侵害することで助かるのなら、助けてもらうわけにはいかない。


「……赤羽家に迷惑が掛かるような形でなら、お見捨てください」


 ベルマリアを邪魔に思う連中に、俺を利用させられない。意味がない。

 例えばこの人が俺の助命に動いた結果、赤羽家へ恩を売った形になる

 のであれば、結局ベルマリアの不利になってしまう。断るよりない。


 我儘でも、命懸かってても、ここは譲れない一線だ。

 視線に力を込めて、この深海の主たる女を見つめる。


「ふむ……忠義なことじゃの。嫌いではないわぇ」


 口紅の唇が弧を描いていく様が目に焼きつくようだ。背後に動きかけた

 アントニオさんの気配も静まった。返答次第では無礼討ちかよ、全く。


「我の許可で特別に上闘技へ出してやろうと思ったのだがの。それでは

 そちの言う通り、赤羽への貸しとなる。納得すまいの?」

「はい」

「その覚悟やよし。ならば相応の死力を尽くしてもらおう」

「……はい?」


 デスクから何やら紙を取り出した。そこへサラサラと何事か書き込む。

 それをアントニオさんが恭しく手に取り、俺に見えるように示した。

 勝訴! なんちゃって…………脳が疲れてきてるようだ。まずいね。


 横書きの賞状のようなそれ。小さく音読してみる。


「裏闘技特別参加許可証。闘技場責任者、青嶋オクタヴィアの名において

 下記の者を裏闘技へ参加させるものとする…………え?」


 裏闘技て。

 それってアレだよね。いわゆるコロッセヨなやつだよね? 死人上等の。

 対戦相手は剣闘奴隷、捕虜、猛獣……こっちの世界だと魔物とかもいる。


 その恐ろしの世界へ、俺が、特別に出場を許可されるの?


「我の手違いにて、そちを裏闘技へ出したこととする。持参した印章を

 偽物として信じず、白髪を物珍しがって懲罰的に裏へ出した、とな」


 何かオクタヴィアさんとやらが説明してるよ?


「取り上げた印章は我が処分したこととする。他で出たとしてもそれは

 偽物じゃ。ま、盗んだものも慌てていようから、出はせんじゃろうが」


 へー。やっぱ悪用できない程の権威があるんだ。ふーん。


「我の落ち度ゆえ、赤羽に借りこそ作れ、貸しとはならん。どうじゃ?」

「その……代わりに……裏闘技で……?」

「その通り。この我にそこまでさせるのじゃからして、それ相応の対価を

 支払って貰わねばならぬ。楽しませるのじゃ。そちの命を使うて、な」


 命の支払い。抽象的に考えていたものと、具体的現実との、この差!

 どう考えても楽には死ねない。無様に死ねば約束が……いや、違うか。

 死んだらそもそも約束は履行されない可能性がある。大いにあるぞ。


 きっちり生き残った上で、この人を満足させなきゃならない。

 そうすれば、ベルマリアに迷惑をかけるどころか、赤羽家は青嶋家に

 対して貸しを作ることすらできる。それがどれ程の価値かは不明だが。


「見事な戦績を出したならば、その成果をもって上闘技にも出そうでは

 ないか。誉れじゃぞ? かつてそれを成した者は、ほれ、そこにおる」

「え……アントニオさん?」

「そう、拳豪の二つ名はその際につけられたものじゃ。徒手空拳でもって

 対人においても対魔物においても勝ち続けた男の、勲章じゃな」


 マジか! ぱねぇ! アントニオさん、ぱねぇっす!


「そちは物を知らぬゆえ、面倒もみさせよう。この上なき介添えじゃな」

「ありがとうございます」

「うむ。では書類に記名するがよい。そして待つのじゃ。闘いの夜をな」


 促されて、その許可証の下部へサインする。緊張の震えを隠して。

 何度も目を走らせ、目を凝らし、余計な注意書きや騙しがないように

 気をつけてからのサインだ。この手の証書は詐欺にも使われる。


 俺はこの人の言葉を全部が全部、信じたわけじゃない。


 話がウマすぎる。しかも楽しそうに多弁だ。これは危険信号なんだ。

 人は人を騙す時、その結果だけでなく過程にも愉悦を感じるから。

 放っておけば死ぬばかりの俺に対して、この人は関わり過ぎてるよ。


 でも、チャンスには違いない。そこが難しいところだ。

 お互いに言葉には出していないが、俺はこの人に足元を見られている。

 

「もしも、じゃ」


 おっとまだ話があったか。よく聞いておかねば。

 パンツを上げる手を止めて、話を……いや、ここは最後まで上げよう。

 そういや全裸で字書くとか初体験だったんですけど。


「もしも、この裏闘技にてそちが二つ名を手に入れたならば、その時は

 他にも褒美をくれてやろう。死線にあって少しは励みになろうしのぅ」


 それは確かに。

 だって上手いこと生き延びたとして、その次は上闘技なんでしょ?

 そこだって戦いだ。夢も希望もない話だ。うう……生きるって過酷だ。


「望みを言うがよい。そちがより強く舞い踊れるような、望みをの」


 望み、望みか……って、おいおいおいおい、何だよ何だよ、おい!

 何でまたその素振りすんの!? え、そういう系!? 舌出した!!


 …………それも、いい…………のか?


 いやいやいや駄目だろ、何か駄目だろ、何が駄目かはわかんないけど!


「ええと、それなら、1つ望みが……」



 葛藤と欲望に打ち克って、口にしたその望み。

 俺は、それを口にしたことを、一生後悔することになるんだ。

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