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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第2章 死闘の闘技場、戦士の志
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第2話 現実

「はぁ!? 無くしたぁっ!?」


 叫ぶクリスに、頷くことしかできない。開いた口が塞がらないって

 感じだが、ははは、俺も虚脱して口が閉じられない。やばい。死ぬ。


 赤羽家の印章。それは計り知れない価値のある物、とさっき知って。

 冷たさに磨きのかかったクリスに散々嫌味を言われながらも、登録

 の仕方を教えて貰えることになって。手荷物を取りにいって。


 どこにも、それが、なくて。


 置き引きとかじゃない。そんな海外旅行素人みたいなことしない。

 大会に参加することになって。混雑ん中あれよあれよと入場の順番が

 まわってきて。でも手荷物あって。そしたら係員が預かってくれて。


 でも、事務所には手荷物がなんて無くて。係員の名前も聞いてなくて。

 必死に探したら、ゴミ箱に袋だけ捨てられてて。中身は無くなってて。


 どうしたらいいか、わかんなくて、俺、今、涎垂れてます。

 ちなみに、念のため持参した霊薬もないないですよ? うぼぁー。


「あんた……死んだな……」

「ひぃっ!?」


 クリスの手が肩に置かれた。座り込んでいたらしい俺。


「馬鹿な奴だとは思ってたが、想像以上だったぜ……覚えとくよ」

「やめて、待って、まだ生きてるから! 死んでないから!」

「いや、無理だろ。殺されるよ。下民が豪族の印章無くすとか許される

 はずねーもん。しかも赤羽家だろ? 無理無理。逃げんのも無理だろ」


 うおお……や、やっぱりそういうもんなのか、この世界って奴ぁ。

 身分制ってのは厳罰主義がメーター振り切るんだ。すぐ死刑なんだ。

 三族皆殺しなんだ。ああ日本、今は遠き法治国家よ。ヘルプミー!


 いや、待て!

 それでもベルマリアなら……!

 ベルマリアならきっと何とかしてくれる……のか?


 ……駄目だろ、逆にベルマリアだから駄目だろ、こういう場合は。

 赤羽屋敷でのこの1年間、俺は常に周囲の好奇の視線に晒されてきた。

 ただでさえ白髪。しかも下民。それなのにベルマリアと妙に気安い男。


 俺はベルマリアの弱点だったんだ、ずっと。


 ジンエルンさえ見かねて助言してきた。極秘裏に届いた書簡の文面は、

 俺に複数の監視がつけられていることを教え、それが姉の失脚を目的

 とした行動であると忠告していた。隙を見せると命に関わる、と。


 キッカさんが俺を限界まで追い込むのも、余計なことをさせないため

 という側面があるんだろう。勘違いから立派な戦士にしてくれようと

 する一方で、模範的な訓練兵であることを強制していた節がある。


 今回の闘技場だって、言外に結果を求められていたのかもしれない。

 上闘技とやらで……それなりの成果を出す必要があったんじゃないか?

 

 それが、蓋を開ければ、この様だ。


 トンチキにも素人大会に参加して笑い者として優勝、悪目立ちして、

 大事であることも理解していなかった印章を無くし、涎を垂らす。


 ……ベルマリアから貰った剣が無事だったことだけが救いか。

 剣は会場まで持ち込んだから。そこの本部テントに預けたから。

 その時に気付くべきだったんだ。列で手荷物を預ける不自然さを。


 盗まれたんだ。

 あの係員に間抜けにも手渡して、持ち逃げされて。滑稽なもんだよ。

 副収入感覚の窃盗だったのか。それとも俺を陥れる為の罠だったのか。

 

 どちらにせよ、もはやのっぴきならない状況だよな。


 ……思う。

 もしも陰謀の材料に使われるくらいなら、俺は死ぬべきじゃないか?


 散々っぱら世話になって。返しきれないくらいの借りを作って。

 その癖、馬鹿げた失敗をしでかして、恩を仇で返すってのか?

 それこそ馬鹿げてる。街に出て油断した馬鹿が死ねばいい。


 もともと地上で化物に殺されるはずだった命だしなぁ。


 借りを返さないと、恩義に報いないと死ねないって思ってたけど。

 所詮、俺だからね。不良債権どころの騒ぎじゃなかったみたいだ。

 損切りをさせることになるけど、命の支払い時なのかもしれない。


 ……この1年でよくわかったことがある。

 それは、ベルマリアが極めて重要な人物であるということだ。

 能力も立場も美貌も何もかもひっくるめて、影響力が大きいんだ。


 ジンエルンを推す一派はあるものの、現実的に見て、赤羽家はもはや

 ベルマリア無しには回らなくなっている。烈将の軍功にばかり目立ち

 がちだが、内政というか、組織運営でも辣腕を振るっているんだ。


 その影響力は他家にも及び、特に新興豪族などは頻繁に訪問してくる。

 ベルマリアの将来性や革新性に惹かれ、繋がりを欲しているんだろね。

 他家の若い衆からの人気は言わずもがなだ。求婚者も混じってるし。


 赤羽ベルマリア。

 彼女はいずれ、何某かの盟主と仰がれる存在なのかもしれない。


 でね、思ったわけ。この人、俺に構ってちゃ駄目なんじゃないかって。

 こっちの世界に来歴のあるベルマリアと違って、俺はただの余所者だ。

 何ら社会に益するところの無い存在だ。目的はこの世界を去ることだし。 


 申し訳なくなるんだよなぁ……ベルマリアに対してやれたことだって、

 せいぜい縦笛吹いたことくらいじゃね? 小学校で習った児童唱歌を

 演奏したら喜ばれたんだ。懐かしかったみたいでさ。後は無いや。


 経済的にも時間的にも、ベルマリアが、ひいてはこの社会が損失する

 ものが多過ぎる気がする。珍獣が1匹紛れ込んだばっかりに。   


 ……キッカさんだって、俺が本当は恋人なんかじゃないと知ったなら、

 裁判だかに頼るでもなく斬り殺してくるだろうな。いやはや全く。


「まぁ、その……かける言葉も見つかんねーけどよ。せめて最後に飯でも

 食ってきたらどうだ? その剣売りゃ、最後の遊びもできるだろ?」


 クリスが妙に優しい。よく見ると金色系の髪と目なのな、お前さん。

 煤けててわかんなかったけど。その目はベルマリアを連想させるなぁ。

 

「この剣は売れない。くれた人に返そうと思う」

「そうか。まぁ、それもいいかもな。変な言い方だけどよ、人間ってな

 店じまいする時にこそホントの値打ちがわかったりもするし」

「その歳で達見だなぁ」

「言ってろよ。俺は小汚ぇ死に様を何度も見てんだ。あんたはどうかな」


 何か笑ってしまった。やっぱアレだな、死って人を自由にする。

 色々と吹っ切れちゃったよ。立ち上がる気力も湧かないけど。


 とにかく報告しないといけない。


 その上できちんと頭を下げ、温情無しの裁きを受けるのが筋ってもんだ。

 ベルマリアとキッカさんに迷惑を掛けない形にしたいが、身元引受人が

 他にいないからなぁ……いっそ溺死しとくべきだったのかも。げぇ。


「ほら、立てよ。上闘技が始まる前に出てってくれ」

「……今更だけどさ、クリスって何なの? 何やってる人?」


 何気なく聞いたんだ。帰るでもない様子だし。クリスは変な顔をした。

 不機嫌そうで、それでいて口元にはシニカルな笑みの形があって。

 返答された答えは、知っていてわかっていなかった、その言葉。


「奴隷」


 込められた気持ちはどんなものだったのか。


「闘技場の雑用が仕事。死体運んだりしてる。あんたは生きてたけどな」


 生まれて初めて生で見た奴隷。物として扱われる人間。しかも子供の。

 知識で知っていたし、こっちの社会にそういう存在がいることも聞いて

 いたが、今日まで見ることのなかったもの。


 区分としては俺も同じ下民なんだろうが、境遇も何もかもが違ってる。

 片やこんなに利発で優しいのに、薄汚れて、死体運びのお仕事で。

 片や豪邸に住まい、毎日風呂に入り、薬を貰い、自分を鍛える毎日。

 しかも呆れるほどに馬鹿というオマケ付きだ。


 おい、俺よ……今どんな顔してる?


「ま、そんなわけだから、闘技場から出れねーんだよ。ほら行けって。

 万が一、奴隷売却とかで一命取り留めたら、同僚になっかもな!」


 背中を蹴られ、倒れ伏した。容赦ない地面。

 振り返った時には、クリスはもう背中を見せて遠ざかっていた。


「……はぁ」


 胡坐をかく。

 何かもう、色々と駄目だ。一気に来た感じだ。

 

 死が解放? 死は人を自由にする? ただの自虐と陶酔と逃避だよ。

 現実と戦う勇気がないから、そうやって全部を他人事にしてるだけ。

 少なくとも俺のはソレだ。色んなことから1歩引く癖がついてる。


 クリスは違う、戦ってるんだ。奴隷の現実と。


 どういう経緯があいつの今を作ったのかはわからない。けど、言葉の

 端々に奴隷以前の生活が見え隠れしていた。教育を受けた節があった。

 推察するに、赤羽家と対立的な商家か何かの出自ではないだろうか。 

 

 それが今や奴隷として死体運びとか、どんな現実なんだよ。

 しかも腐ってない。わかるんだ。あいつは一切合財を受け止めた上で、

 自分の足で立って生きている。自分の中に自分の芯がある。


 自分を全うしようとしている。

 卑下せず諦めず、自尊の端に踏みとどまって、歯を食いしばっている。

 その上で、人を思いやる心まで失っていないんだ。クリスって子は。


 カッコいい背中だ……俺とは違う。


 懐に手をやる。いつも肌身離さず懐に入れている物。飛行の呪符。

 ベルマリアから貰った物だ。光石の持てない下民にとっては救命胴衣。

 高価な物だそうだ。クリスは勿論、持っているはずがない。


 何を甘ったれてるんだよ、俺。


 諦めたような態度をとればカッコいいとでも思ってたのかよ、畜生。

 まだ何もやってないじゃんか。何も成してない。何も動いてない。  


 俺は、まだ、この世界に自分を表現していないんだ!


 流されるままに過ごした1年間、俺は失敗しないよう腐心してきた。

 模範解答を探して穴埋めしてきた感じだ。カンニングが可能ならば、

 迷うことなくそれを行うようなもんだ。そこに自分は要らない。


 自分で自分をカッコいいと思うには、相応の努力が要るんだ。


 悩ましい何事もが外からやって来るが、解決の鍵は自分の内にしかない。

 自分を外へ示し、成果を自分で評価する連続が、自分を信頼させるんだ。

 この世界に来てからの俺は、それをしていない。異世界を理由にして。



 ただただ、暇を見つけては……全裸になってただけだ。



 いや、その、ほら……筋肉がさ、ついてくのが、こう、変に快感で。

 鏡まで用意して貰っちゃって。見よう見まねのポージングしたりして。

 あ、何か急に恥ずかしくなってきた! 頬が熱い。くそ。何を今更っ!


「怒りに打ち震えているようだな、テッペイ君」


 悶えているところに声が掛かった。誰かと思えばアントニオさんだ。

 肩を最大幅とした逆三角形のパワフルマッチョ。そう、これイイよね。

 でも頭が。頭まで肌色なのはどうしてもリスペクトできないんだ。


 うーむ。それにしても見事な筋肉。ふーむ。実に堅牢。


「その眼差し……どうやら私の用向きを察しているようだな」

「……え?」


 何か近づいて来たんですけど。えっと、話聞いてなかったんですけど?

 ガシっと肩掴まれたんですけど! パワーで立たされたんですけど!?


「来るがいい。望めば望まれるということだ」

「……え??」


 え、何、どこ連れてかれるの? 望まれるって、何が? え??

 ちょ……そっちって関係者以外立ち入り禁止の更に奥ですけど?


 人気ないんですけど!? 有無を言わさぬ感じなんですけどぉっ!?

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