幕間話 十二
◆ ベルマリアEYES ◆
赤羽ベルマリアと山田太郎。
音に聞こえた天才武将と、24時間戦える企業戦士。
どちらが本物の俺で、どちらが偽物の俺なんだろうか?
……くそっ、世の中ってやつぁ、皮肉にできてるよなあ!
5歳の時に山田太郎としての記憶を取り戻した俺は、それ以来ずっと、
赤羽ベルマリアという役割を演じてきた。何たって身分と世間の目が
ある。昨日までのお嬢様が突然「俺」なんて言えやしない。
まぁ、混乱して言っちまったから、色々とトラブったわけだが。
同情してほしいもんだぜ。気がつけば幼女とかどういうドッキリだ。
しかも体中から訳もわからず魔力が漲ってくるオマケ付きだぜ?
思わず屋敷燃しちゃったもんな。ゴアアって炎が出ちゃってさ?
今でも火属性魔法は最も得意とするところだ。ふふん。
自分で言うのも何だが、当代随一であることは間違いないだろうぜ。
それは、ま、ともかくとして。
その後も、性格は変わるは、周囲にとっちゃ非常識なこと言い出すは、
年齢らしからぬ知性を見せるは、自分を男扱いするは……いやはや。
我ながら育てにくいお子様だったろうなぁ。
特に、髪黒く染めて洋服着た時は、周囲の反応が凄かったもんだ。
まさか兵隊に包囲された上、捕縛されるとはなぁ……父上の指揮で。
その後は何と呪詛払いをされたぜ。何ともはや。
当時、「赤羽の天才児」っていやぁ、奇行児って意味だもんな。
けどまぁ、そんなのは僅かな期間のこと。何しろ精神年齢が違う。
社会人経験ってのも強みだ。不測の事態には場慣れしてんだ。
立場を理解し、演じ方を覚え、周囲とも上手くやれるようになって。
前世の記憶を上手く活用しだせば、誰も俺を止められるもんじゃねぇ。
そりゃ魔法も天才だが、俺に言わせりゃそんなもん非常事態用だ。
異世界だろうが人間社会である以上、社会的スキルこそがモノを言う。
伊達や酔狂で企業戦士やってたわけじゃねーんだ。リーマン舐めんな。
父上が武の人だからか、赤羽家はどうにも粗暴な家中だったからなぁ。
発言権を得るなり、俺はどんどん合理化と効率化を徹底していった。
能力主義って奴だな。キッカを初め、家柄で不遇だった奴を抜擢した。
これについては少々禍根を残した感はある。既得権益も壊したからな。
だが会計監査は経営の基本だし、不正を放置する道理もない。
戦争だって十二分にやってやった。戦国兵法はリーマンの辞書だぜ。
それにこっちの人間ってのは、魔法があるからか、どうにも下準備を
軽視するところがある。甘い。それでビジネスできると思うな。
争いごとってなぁ、結果が全てなんだよ。
出たとこ勝負なんて馬鹿がやることだ。もしくは遊びでするこった。
仕事はなぁ、十全の準備でもって確実に結果を出すもんなんだよ!
敵の情報を、味方の情報を、戦場の情報を詳細に頻繁に収集して。
物資を用意する一方で、敵に物資を用意させず、情報も混乱させて。
なるべく兵を出さず、出す時は一気呵成に、目的に集中して。
大小様々な戦で負け知らずの俺は、いつの頃からか「烈将」様だぜ。
奇行児が随分と出世したもんだ。一度箔がつけば、後が楽になるしな。
だが……全部が全部、どこか他人事なんだ。ゲームでもしてる気分だ。
赤羽ベルマリアってキャラでな。能力値は高ぇし、前世知識っていう
チートまで使って……んなもん、無双して当然っつーかさ……。
だから、ちょくちょく地上へ降りるようになった。
息苦しくなるんだ。同時に虚しくなる。生きる充実感ってのが薄い。
前世で、たまの休みに山登ったりしたことに似てる。予測のできない
場所で自分の生の感覚を磨きたくなるんだ。夢中になりたいんだ。
そしたら、あいつに出会った。
一見して日本を連想させる人相風体。喝采を上げたくなったぜ。
曾祖母ん時以上の衝撃だ。だって若い。死に際じゃないんだ。つまり。
俺はもう、孤独に前世を抱えなくて済むってことなんだ!
慎重に距離を測って、絶対にあいつを巻き込まないように、火球発射。
あのシチュエーションで敵がドラゴンであっても、俺は戦っただろう。
あいつとの出会いは奇跡だ。それこそ命を懸ける価値があるほどの。
けど、まさか、日本人そのものだったとはなぁ……!
転生について様々に文献を漁った中で知り得た情報の中に、あいつの
状況を説明できるフレーズがある。即ち、異世界トリッパー。
過去の転生者が記したと思われるその奇書は、トリッパーについても
多くを説明している。どうも世界とは複数個存在している節があり、
異世界人は何らかの原因で他世界に紛れ込むことがあるそうだ。
可能性として、異世界人の召喚術すらも語られていた。凄いことだ。
あいつが本当に日本からのトリッパーだとしたら、つまり、それは、
俺が前世において異世界人だったことを意味する。何て突飛な話だ。
だが……本当の問題はそこじゃねぇんだよな。
あいつを拾い、あいつと過ごす中で、俺ん中でトラブルが発生した。
演じなくていい相手との会話は素敵だ。夢にまで見た、日本人としての
自然な会話だぜ? 興奮したさ。探険なんかよりよっぽど夢中になる。
あいつもいい奴だしな。部下にいたら面倒見て育てたくなるタイプさ。
けど……演じない解放感の後に来たものは、大きな戸惑いだった。
俺ん中で、急に女の子らしさみたいなモンが目を覚ましやがったんだ。
山田太郎が赤羽ベルマリアを演じていたはずなのに、どういうわけか、
山田太郎になった途端、赤羽ベルマリアとしての自分が強くなって。
自分がわからなくなる。
他の奴の前では、まだ平気なんだ。だがあいつの前に出ると、駄目だ。
あいつの顔を見ると変に嬉しくなる。あいつの笛を聴くと懐かしさより
ドキドキの方が強い。あいつの声は誰よりも心地よく響いてくる。
あいつのことを考えるだけで、俺が、乙女みたくなっちまうんだ。
日本人に出会った途端、太郎でなくベルマリアが強くなるなんてな。
何とも理不尽な話さ。畜生。俺の「本当」はどっちなんだ……!
「あのー、今、ちょっといいですか?」
「なっ、と、突然何の用だ! テッペイ!」
「え!? さ、さっき後でご相談がありますって言ったじゃないですか」
しまった、まずい、不意打ちは駄目だ!
しかもこいつのことで物思いに耽っていたところになんて……!
変な格好はしてないよな? 涎もたらしてない。威儀は整ってる。
落ち着け、落ち着くんだ、俺よ。自分の動悸を……速ぇな、畜生!
無様な姿を見せるわけにはいかないんだ。絶対に!
「……ここのところ多忙でな、少し寝ていたらしい」
「え、それはごめんなさい。じゃあまた今度で……」
「いい、構わん! 言ってみろ、ほら!」
こいつが俺に相談なんて珍しいことだ。
屋敷に住まわせてからもう1年近く経つが、そんなことは数回もない。
安眠の為に服の一切をまとわず就寝したい、とか。
日本人として何とか入浴の機会を貰えないだろうか、とか。
筋肉の発達を確認したいので部屋に姿身を置いてほしい、とか。
……何か裸関係ばっかりだな、おい。
パソコンもなければゲームもない世界だ。娯楽に乏しいだろうに。
街に遊びに行きたいとも言わず、調錬のない日も屋敷の雑務をすすんで
手伝い、使用人たちからも中々に評判がいい。酒も煙草もやらないし。
あの父上ですら、真面目で働き者である、なんて言っていたほどだ。
まぁ……こいつの考えていることは、何となくわかる気もする。
霊薬のことを未だ折に触れて感謝してくるんだからな。律義な奴さ。
それと、あれだ……トリッパーってのは往々にして色を好むというか、
ハーレムなんて戯けた言葉と一緒に記されていることが多いからな。
そういった欲求のないこいつは、ホント、真面目な男だよ。
と、思っていたら。
「あのですね、キッカさんのお誘いをいよいよ断りきれません」
俺の中で何かが爆発した。
「なっ、何ぃっ!? おま、おま、お前……キッカとそういう……!!」
「んへぇ!? ちょ……何をそんな……あっ! 違うっ、違いますよ!
何変な邪推してんです!? あれですよ、戦地へのお誘いですよ!!」
あ、ああ、あれか……この2ヶ月間くらい、ずっと話に出てるやつか。
こいつの成長のため、戦場か地上か闘技場へ修行に出すって提案だ。
キッカに練成を任せたからなぁ……過激だが効果は見込めそうだ。
俺は別に、こいつを兵士にしようとは考えていない。配下でもない。
あくまでもリハビリの一環だ。身体を鍛えることは、筋肉だけでなく
内臓や神経系をも強靭なものとする。こいつには必要なことだ。
霊薬を常飲しないと生命を維持できないなんて、駄目に決まってる。
この1年近く、実に多くのことを調査研究したが……成果は皆無だ。
日本へ帰る手段はおろか、精霊との契約についても、何もかも不明だ。
黒く染まった霊性試験薬についても、今のところ何もわかっていない。
最後の手段で朝廷筋に薬の分析を依頼したが……今も音沙汰が無い。
こいつが生きるためには、今の状態で身体を鍛えるよりないんだ。
効果は出ている。当初日に2本必要だった霊薬が、今は3日に1本で
充分に事足りている。軍事調練に参加し続けているにも関わらずだ。
身体の動きも見違えるかのようだ。
今ではあのキッカをして、叩きのめすのに骨が折れると言っていた。
それもあっての提案なんだろう。うむ。決断時だろうな。やはり。
「それでですね、あの、どうしたもんかと……」
情けない顔をするな、全く。
どの選択肢を取ろうが、お前なら無事に生還できるとも。
そして何かを得るだろう。そういう奴だよ、お前って奴ぁ。
お前と出会ってもうすぐ1年……それが実感だ。
俺の中の山田太郎と赤羽ベルマリア。
そのどちらもが、共通して、お前を信頼してるんだ。間違いないさ。
お前は強い。特別なんだ。何が特別なのかは……不明なんだが。
だから、俺は言ってやった。
随分と立派になった体格の、その肩をバシンと叩いて、笑顔で。
「何事も経験だ。行ってこい。土産話を期待してるぞ!」
「わかりました……で、そのぉ、どこへ行けば?」
剣の1本も贈呈してやろうと考えながら、告げる。
「それはな――――」