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鬼ノ鉄兵 ~ その大怪獣は天空の覇王を愛していた ~  作者: かすがまる
第1章 地獄の地上、魔法の天空
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幕間話 三六

◆ アルメルEYES ◆


 私、藤村アルメルがベルマリア様にお仕えして幾年月。

 ご主人様が風変りで珍しいもの好きなのは存じておりますが、

 今回ばかりは、そんなご主人様の正気を疑ってしまいます。


 高橋テッペイという拾われ者、変態です。

 彼が屋敷に来てからの3ヶ月を観察し、私はそう結論します。


 出会ったときの髪色も、そして今の髪色も、確かに奇異ですが。

 それは獣人である私が言っても失笑をかうだけでしょう。

 けれど、出会った時に欲情され、次に裸で迫られました。変態です。


 御屋敷での生活を始めた彼は、その後も奇妙な行動が目立ちます。

 その最たるものが、理解を越える頻度での、脱衣癖です。


 朝、うっかり部屋の扉を開けようものなら、そこには全裸の彼。

 一度ご主人様に叱責されたにも関わらず、あろうことか食い下がり、

 就寝時に寝着を着ないことを認められました。理由がわかりません。


 洗面所でも注意が必要です。

 あの男、下を全部脱いだ挙句、畳んで置いて、それから用をたします。


 最初、その畳まれたものに気付いた私は、なぜそんな場所にあるのか

 わからないながらも、拾って届けようとしました。親切心からです。

 廊下をしばらく歩いた所で、背後から奇声が上がりました。


「か、返してくださいぃぃ!」


 彼でした。

 上着を両手で必死に下へ伸ばし、奇怪な内股で追いかけてきたのです。

 隠し切れず揺れる、尻尾にも似た何者か。私は悲鳴を上げました。


 入浴を好むというところもあります。

 それはご主人様も同じですが、身分の差というものがございます。

 下民でありながら、どういうわけか浴槽の使用を特別に許可された彼。

 そうと知らずお手伝いに入った私は、その時もまた悲鳴を上げました。


 軍の調練がお休みの日の日中なども油断なりません。


 ある日、ご主人様の言伝に行った私が見たものは、またも彼の全裸。

 まるで塑像か何かのような格好をして、彼は何をしていたのでしょう。

 奇妙に笑顔だったことも思い出されます。私の悲鳴で動転しましたが。


 彼が来てから1カ月と経たない内に、何の呪いか、私は彼の裸の姿を

 見慣れるまでに至ってしまいました。たまに夢に見ます。悪夢です。


 他にも奇妙な行動は多々あります。

 裸関係以外については、その、面白いところも多い男です。


 まず、何事につけ妙に器用です。

 暇を見つけては炊事場の手伝いや掃除洗濯などをしてくれるのですが、

 それがとても上手なのです。場慣れしていて、仕事もとても丁寧です。


 針仕事もこなすのには驚きました。聞けば多彩な職業遍歴があるとか。

 字も書けるし読めます。計算も速く正確です。事務が驚いていました。

 動植物について一風変わった博識も持ち合わせていて、不思議です。


 多芸、という言い方もできるかもしれません。

 彼は絵を描きます。それが他で見ないような、不思議な絵なのです。

 簡潔で誇張された、それでいてわかりやすく親しみやすい絵です。


 例えば豚を描くとして。彼は丸を幾つかササッと描き、鼻や尻尾を

 強調して十数秒で描き上げてしまいます。それは本物の豚とは似ても

 似つかないのですが、何故か奇妙に愛くるしい豚なのです。


 縦笛も上手です。そして他で聴いたことのないような曲を吹きます。

 素朴でのどかで、それでいてとても短い曲を幾つも知っています。

 ご主人様はそれが好きなようで、時々聴く機会を作っています。


 木切れや不用品で簡単な玩具を作ることも上手です。

 職業遍歴の中には子供の遊び相手というものもあったそうで、絵や笛と

 併せて、自分はそれなりに人気者だったのだと主張していました。


 ……脱衣癖さえなければ、面白い男なのかもしれません。

 変態であることが惜しまれます。私は彼の絵が好きなのです。


 さて、今日もそろそろ日が暮れてきました。調練終了を告げる太鼓の

 音が遠くに聞こえます。訓練場へ行かなくてはなりません。


 懲りもせず倒れているだろうあの男。3ヶ月以上も毎日なのです。

 彼に霊薬を届けることが、今や私の日課となってしまいましたから。


 ほら、いました。


「霊薬を持ってきました。飲めますか?」

「い……いつもすいません、アルメルさん……うう」


 今日もまた随分とボロボロですね。ちょっとした戦死体のようです。

 魔法が使えない以上、兵士としての将来性は皆無と言っていいのに。

 

 こうなると自力で鎧を脱ぐこともできません。とにかく上半身を援け

 起こします。彼の場合、単純な疲労だけでこうなってはいません。

 体内魔力の欠乏も身体を締め付けていて、それは霊薬を飲まなくては

 回復するものではないのです。時間の経過はむしろ危険です。


 ……などということも、随分と詳しくなってしまいました。


「はぁ……死ぬかと思った。今日も」


 薬を飲み下し、いつも変わらない感想を漏らす彼です。本音ですね。

 私も素直な感想を言うならば、貴方は兵士に向かないと思います。

 いえ、逆ですね。兵士以外なら何にでも向いていると思います。

  

「あのー、アルメルさん。つかぬことをお尋ねしますが……」

「なんでしょう」

「この霊薬って、やっぱり高価な代物なんですよね?」


 ああ……そういうことですか。

 私の友人たちにもいました。寄る辺ない貧困と差別に苦しみながら、

 何とか這い上がろうとして選択する仕事の1つ。それが兵士。


 衣食住に困らず、身体という資本を鍛えてもらえる上、武器まで。

 戦場の混乱の中には一攫千金や立身出世の機会があるかもしれない。

 そんなことを夢想して、命を散らしていった友人たち。


 確かに、ご主人さまへの恩返しを考えるなら、兵士も1つの手段です。

 武門として名高い赤羽家は戦働きの機会も多く、家を支える兵士たち

 への報償も他より厚いと聞きます。


 ですが、それは強者揃いという意味でもあります。ついていけますか?

 何よりも、仮についていったとして……。


「げえええええ!?」


 霊薬の値段を伝えました。はい、そうです。難しいと思いますよ? 





◆ キッカEYES ◆ 


 草壁キッカという人間は、愛情と殺意とでできてる。

 僕は人を愛することができるし、人を殺すことができるんだ。


 有象無象の溢れるこの世の中が大好きさ。


 善も悪もなく、正義も不正義もなく、生と死があるばかりの巷で。

 愚にもつかないことに夢中な奴の多いこと多いこと。笑っちゃう。


 どいつもこいつも刈って欲しげに首を晒してるよ。美味しいもんさ。

 いちいちが甘い。徹底するってことを知らない子は餌になるんだよ?

 誰もがそうなら、僕はこの世界を面白可笑しく荒らしただろう。


 でも、違った。ベルマリア様がいたんだ。

 僕を上回る才能と、僕を圧倒する覇気とで、目も眩む光輝を放って。

 

 愛さずにはいられないよね。そりゃ忠誠を誓っちゃうよ。うんうん。

 僕はベルマリア様を愛し、ベルマリア様の敵を殺す人間になったんだ。

 幸せなるかな、我が人生って奴だよ。充実するったらないもの。


 だから……いつだって楽しくてたまらない。今も、ほら。

 

「あはは! 楽しいねぇ、テッペイくん!」

「うっ、ぎいっ!?」


 散々に打ち込んだ斬撃が全て命中、彼の防具がガンガンと鳴る。

 まだまだ反応が悪いなぁ、でも教えた通りに急所は護ってるね?


「ほらー、武器が2本になったからって慌てない。何なら脚もどう?」


 健気に構えを崩さない、その中央を前蹴りで打ち抜く。吹き飛んだ。

 おー、いいねー、それでも剣を落とさなかった。すぐに起き上がるし。


「死中に活ありだよ、テッペイくん。どうするんだっけ? そらっ」


 首を薙ごうと踏み込んだ所へ、向こうも踏み込んできた。そ、正解。

 間合いが変わって僕の技が不十分になった。鍔競り合いになった。


 おお、流石にこの半年で身体が出来てきてるね。力強い。いいね!

 でも技術はまだまだ過ぎるぅ。押して、引き萎して、背後に回り込む。

 回り込んだ時点で2発は打ち込んでる。3発目は逃げられた。ほほー。


「前へ転がったのは上手かったね。転び方も立ち上がりも上手だ」

「ま、前回り受身……覚えてたんで……うう」

「あれ? やっぱ武術かじってたんだ? それでこそだよー」


 ある朝に突然に湧いて出た、ベルマリア様の恋人、テッペイくん。

 病弱極まる彼を調練で鍛えるように命じられて、もう半年になる。

 この子はとてもいい。学ぶことに真摯で、柔軟な応用力のある子だ。

 根性あるし、きっと化けるね。今はただの柔な雑兵首だけど……。


 ……人を殺したら変わる、劇的に。


 独特の匂いがあるんだ。僕はこれをよく知ってる。何度も嗅いだよ。

 屈強で性根の座った猛者に死の刃を突き立てたその時に、断末魔の

 叫びの代わりに放たれるもの……赫怒と憎悪と、ちょっぴりの悔恨。


 それらが混じり合ったものが香らせる、魂を鷲掴みにする匂い。

 君からはそれが漏れ出ることがあるんだ。ごくごく僅かだけども。


 平和呆けした普段は韜晦してるのかなぁ?

 それとも、自分でも気付いていないんだろうか?

 例の呪詛が影響しているのかもしれない。それも浪漫だよね、うん!


「はい、終了ー。お疲れ様ー」

「あ……ありがとう、ございました……!」


 ボロボロにするの、今日もそこそこに時間が掛かっちゃった。

 日に日に強くなってるよ、テッペイくんは。特に目と勘がいいね。

 たくさんのことを察して、よく考えて、下手なりに防御している。

 トロいんだけどね。もっと身体がついてくればいいのに。


 ……白髪ってのは、本当、不利だよね。


 いっそ魔法が使えれば話は早いんだ。短所を魔法で補えばいいから。

 僕が女の身でどんな大男相手にも勝てるのは、やっぱり魔法の力だ。

 風でより速く動き、土でより鋭く硬く刺す。単純で合理的な殺人。


 中途半端な遠距離魔法は意味が無い。僕を捉えることは出来ない。

 懐に入ってしまえば僕の領域さ。今まで殺し損ねたことはない。


 ベルマリア様だけだろうなぁ、僕が勝てないのは。

 3色ってだけでも反則なのに、その上全ての色が煌々と美彩だもん。

 炎と雷で近づけない上に、万一近づけても氷で防がれる。無理無理。


 そんなベルマリア様の伴侶となるからには、テッペイくん、死ぬ気で。

 もういっそ殺してくれーっていうのを5回くらい超えようね、うん。

 

 あ。


 いっそ戦場に置き去りにしてみようかな? 勿論こっそり見守るけど。

 それとも地上に置き去りにしてみようかな? やっぱり見守るけど。

 むしろ闘技場に登録しちゃおうかな? 見守りやすさならこれだね。


 うーん、夢が広がるなー。


 最近は色々と目障りなのが多いことだし、いい機会になるかも。

 彼って目立つしね。色才なき者にも価値を見出すベルマリア様だけど、

 流石に白髪ってのは初めてだもん。ま、誰でも気になるよね。


 それに……うふふ……彼ってばずっとお屋敷住まいだもんなぁ!


 前例なんてあるわけない破格の待遇。それを頑なに貫くベルマリア様。

 愛……だよね! 浪漫だよぉ……うふ、うふふふふ……万歳!!


 お赤飯炊く機会がきたらいいなぁ。

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