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第八章 誘惑 「幼児性愛者とは?」 「触れなければロリコン、触れたらただのペド野郎」

 眷属の襲撃から次の日。魔王城はざわついていた。

 誰も彼もが怯えているのだ。これまで眷属どもがこの地まで侵攻してくることはほとんどなかったのだという。

 ついに眷属たちは姿を現し、しかも都市まで攻め込まれる寸前であったのだから、魔族たちは気が気でないようだ。

 私の主人であるテオドールは今後の警備体制などを詰めるために慌しく走り回っている。その補佐に追われていた私だが、ようやく一息つくことができた。 

 しかしその安寧はすぐさまブチ壊されることとなる。


「お主、妾の物にならぬか?」

 唐突な物言いに、私はひどく困惑していた。

 妖しい笑みを浮かべて言ったのはグローリアだ。紫色の吸血鬼は、犬歯を剥いて今にも襲い掛からんと私を狙っている。

「……ふむ。生憎だが、私は手に入れる側の人間であって誰かの所有物になるつもりは毛頭ない。丁重にお断りさせていただこう」

 たとえ美幼女の頼みでも、これだけは譲れない。

 さらに言えば、今の私は賢者モードなのである。

 何故彼女がこんなことを言い出したのか――考えずとも分かる、昨日の眷属襲撃事件が発端だろう。

 私はリーネに、私の代理を用意するよう頼んだのだ。つまり、分裂型眷属討伐の手柄を譲る相手が欲しかったのである。


 故に、私は分裂型の眷属どもをばったばったと薙ぎ払っていたところをグローリアに見られていた。

 ただ単に「こいつらは私が倒しました」とだけ報告してくれればいいものを。無論、気付かなかった私に落ち度がある。

 その時の闘いっぷりと魔力が彼女の琴線を刺激してやまなかったらしい。おかげでこの状況だ。

 

 いい策だと思ったが、裏目に出たようだ。リーネの奴、「人選に関しては万全です」などとのたまっておいてこれか。

 注目を集めないための策であったはずなのに、これでは本末転倒もいいところである。

 勿論美幼女に言い寄られるというのはとてもありがたいことなのだが。

 とはいえ眷属を釣り出すことには成功した。私の憶測が正しければ、次は卑徒本体が来るはずだ。あの視線が卑徒のものならば、絶対にそうなる。

 とりあえずはそれまで実力が隠せていればいいだろう。


『クケケ、生意気なクチ叩きやがるなボウズ。ウチのご主人様キレさせっと怖いぜ?』

「なに、レディの怒りを受け止めるのも紳士の務めだ。ご期待に副えず申し訳ないがね」

 喋る傘のグロリアスには驚かされたものだが、今では慣れたものだ。口が悪いのが玉に疵だが、どこか親しみやすいから不思議である。

『ケッ! 気に入らねぇガキだ。言っておくがな、これでもご主人様はレディって歳じゃごぶぅ!?」

「黙っておれ駄傘。しまいにはへし折るぞ」

 

 グロリアスを壁に叩き付けるグローリア。なるほど確かに、グローリアは見た目とは釣り合わない妖艶さがある。

 吸血鬼というだけあって、相当な長寿であるらしい。私は歳の差など一切気にしないが。ビバ幼女。

 ところで、一応私の部屋なのだから壁を叩くのは勘弁して欲しい。

「まあ良いわ――ならば勝手に手に入れるだけの話じゃ」


 まるで娘が親に抱き着くかのような、無邪気な抱擁だった。私の肩に手をまわしたグローリアが、二本の牙を私の喉元に突きたてようとしなければ、の話だが。

「くっ、おい待て待ちたまえ!」

 ぺったんながらもたしかに存在するふくらみが私の理性を溶かす。魔性の瘴気にあてられたのか、あるいは吸血鬼に備わる魔眼のせいか、私は一切の身動きが取れずにいた。

 クラクラしそうになるほどの血の匂い。しかしどこか甘く、脳をとろけさせる匂いだった。

 拙い、このままでは。グールになるのは嫌だ。せめて甘噛みでお願いします!


 と、彼女の牙が私の首筋に赤い花を咲かせようとした瞬間。

「……なに、してるの?」

 それはもうとてもとても冷めた目をしたコトネが扉の隙間から覗いていた。犯罪者を見る目つきだった。


「ま、待て誤解だ! いや結構心地よかったりもするのだが勘違いしてくれるな! というか助けてくれ!」

「…………変態」

 絶対零度の視線だった。ゴミでももう少しまともな扱いをしてくれるだろう。

「良いではないか良いではないか。妾にちょーっと血を分けてくれるだけでいいんじゃよ? ミイラは大事に保管しておいてやるから安心せい」

「明らかに吸い尽くすつもりではないかね!?」

 

 その後、私はコトネに引き離される形でようやく助かったのだった。

 ……少し残念な気持ちもあるが、魅了の魔眼のせいだということにしておこう。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 何とか難を逃れた私は、グローリアとコトネに連れられて城下町に繰り出していた。

 片や幼女、片や童顔巨乳。テオドールやエイミーの私を見る目は忘れられない。トラウマになりそうなレベルだった。

 両手に花、と言えば聞こえはいいし気分は最高なのだが、現在の私は針のムシロ状態である。

 グローリアはグロリアスをくるくると回して上機嫌な様子だが、コトネは私に対して思うところがあるらしく、ひどく警戒されているようだ。


「ふふん、カズキよ。欲しい物があれば妾に申してみよ。その代わり血を寄越すのじゃ」

 結局は血なのか。

 コトネがわざとらしく流し目を送る。

「……随分と、気に入っているのね。珍しい」

「なんじゃ、妬いておるのか? 愛いやつよのう」


 グローリアの挑発に、コトネは表情筋を働かせることはなかった。しかし、どこか苛立たしげな雰囲気を感じる。

 私はよほどグローリアに気に入られてしまったらしい。私を見るグローリアの目つきは娼婦のそれだ。

 しかしどうにもリードをとられっぱなしな上に彼女が狙っているのは私の血液――あるいは魔力だろう。

 軽々と彼女の誘いを受けるわけにはいかなかった。いかに魅力的であろうとも、私は一人の女に傅くような人間ではないのだ。


 コトネはため息を吐いた。

「……とにかく、私はトウジョウカズキに話があるの」

「ならば妾の後にせい。先にこやつに目を付けたのは妾じゃ。まあ口を利ける状態になるかどうかは分からんがの」

 なにやら恐ろしいことを口にするグローリア。これさえなければ今すぐにでも抱きしめたいくらいなのだが。

 

「ほうほう、もしや愛の告白かね? いいともそれなら大歓迎だ。さあ思いの丈をぶちまけたまえ!」

「……ちょっと、黙ってて」

「お主は黙っておれ」


「はい、申し訳ございません」

 すごすごと退散する私。にらみ合う二つの小柄な影。もっとも体型に大きな違いはあるのだが。

 そうか、これがハーレムの兆しだというのか。ならばなんとも業の深いものだ。

 しかし安心したまえ蝶たちよ。私の愛は平等に降り注ぐであろう。あと絶倫だし問題ない。

 

 などと下らない妄想に耽っていると、屋台の店主が威勢のいい声を発した。

「よぉ、そこの色男の兄ちゃん! どうだい、揉めてるんならウチで白黒つけるってのは」

 全身毛むくじゃらの壮年の男だった。看板には「クゲチャ救い」とある。

 眼下にはギョロリとした単眼が特徴的なイソギンチャクのような物体が、緑色の液体の中を泳いでいる。金魚掬いのようなものだろうか。

 一応この世界の文字は読めるはずなのだが……救いというのは誤字なのでは。


 そもそも何故このような屋台が出ているのかというと、今現在この都市はお祭り状態なのだ。

 情報規制でも敷かれているのか、昨日の眷属は《黒の隊》をはじめとした魔王軍によって完膚なきまでに撃退したということになっているらしい。

 確かに間違いではなかろうが、一度は都市近くまで攻め込まれたというのにこの騒ぎだ。

 それでも、いたずらに民を不安にさせるよりはマシなのかもしれない。


「ところで、クゲチャ掬いとは一体何なのだね……?」

「お? なんだ兄ちゃん、クゲチャ救いを知らねぇってのかよ? そういや見ねえ顔だが……あんた難民かい?」

「……まあそんなところだ」

 クゲチャ掬いとやらはそれほどメジャーなものなのか。

 頤に手を当てて考え込む私に、屋台のおっちゃんはサービスだと言って椀とポイを渡してくれた。

 基本的には金魚掬いと大差あるまい――と考えていたのだが、よく見てみればクゲチャの体が徐々に溶けていくではないか。


「店主よ、なにやらクゲチャたちが目を剥いて暴れ狂っているようだが……」

「ああ、そりゃそうさ。そいつらは水に浸けると溶けちまう生き物だからな」

 だからクゲチャ《救い》なのかよ!

 なんというエグい真似を……。異世界の考えることは分からん。

 とにもかくにも、これほど苦しそうにされては救わずにはいられない。私は鋭くプールを睨むと、ポイを構えた。


「ふっ――!」

 素早くポイを斜めにして水中へ。この角度が重要だ。そしてそのまま獲物が網にかかるのをじっと待つ。

「へえ、やるじゃねえか兄ちゃん!」

 店主の声が遠く聞こえる。ここからは我慢比べだ。神経を研ぎ澄まし、ただただその瞬間を逃すまじと集中。

 ――来た!

 永々無窮にも思えるほどに引き伸ばされた時間の中、私は確かにクゲチャを捕えることに成功していた。


 だが。

 無常にも、クゲチャの体重を乗せきれず、ポイが破れてしまった。

「ああ…………」

 なんということだ。私にはクゲチャ一匹救えないというのか。

 見れば先ほどのクゲチャが、心なしか潤んだ目で私を見ている。

 やめろ、私をそんな目で見ないでくれ……! ただでさえ最近私は視線に怯えすぎてトラウマなのだ!


 と、そこへ言い争っていた二人がやってきた。

「……何を、やってるのかと思えば」

「なんじゃ、クゲチャ救いか。懐かしいのう、昔は乱獲しては結局要らなくなって水責めしたものよな」

 酷い話だ。ますますクゲチャが可哀想になってくる。


「って、ま、まさか隊長殿!? な、何故こんなところに!?」

 店主が素っ頓狂な声を上げた。まあ隊長格二人が男連れで言い争っているとは思うまい。

 やたらと平伏する店主。魔王軍はそれほど偉い存在なのか、知らなかった。

「良い良い、面を上げよ。今日は無礼講じゃ。それはともかく、のうコトネよ。この際これで決めようではないか」

「……クゲチャ救い、で? 臨むところ……私はクゲチャの女王とも呼ばれた女」

 

 盛り上がる二人に、私はこれ以上ないほど真面目な顔で告げた。

「どうか、この哀れなクゲチャたちを助けてやってくれ。そのためなら血でも何でも捧げよう!」

 私の真摯な祈りは、果たして彼女らの胸に届いた。

「……はあ。よく、分からないけど」

「何をクゲチャ如きに熱くなっているんじゃお主は。まあ良いわ、その言葉、忘れるでないぞ」

 ――届いた、のか?


「だって可哀想だろう! 見ろ、あの穢れなき目を! 聞こえないのか、あの嘆きが、苦しみが! 救ってくれと叫ぶ心の声が!」

「……別に」

「阿呆か、お主は」

 全否定だった。


 しかしクゲチャ救いで勝負することになったらしく、二人がポイを構える。

「……クゲチャをより多く救った方が、勝ち。それで、いい?」

「良かろう。どうせ勝つのは妾じゃからな」

 火花を散らす彼女たちをただ見届けるしかできないとは……我ながらなんと情けない男か。

 すまないクゲチャ。私ではお前たちを救ってやれなかった。だが、コトネとグローリアに全てを託す。


「……ふっ」

「ほっ!」

 それは正しく電光石火、疾風迅雷とも言うべき所業だった。熟練の職人技である。

 ポイを破くことなく、次々とクゲチャを椀に放り込んでいくコトネとグローリア。

 私の目には、彼女たちこそが真の救世主であるとさえ思えた。


 次第にクゲチャの数が減っていく。二人の椀は既にクゲチャで一杯のパラダイスだ。

 残るは一匹。獲った数は恐らくほぼ同数だろう。この最後の一匹で勝負が決まる。

「……やるわね。クゲチャの女王に付いてこれたのは、あなただけよ」

「ほほほ、この程度だと思われては困るのう。妾こそはクゲチャの女帝と呼ばれた女傑じゃ。そう易々と花を持たせてやるわけにはいかんのう」

 珍しく饒舌なコトネに対して不敵に笑うグローリア。これは神々の闘いだった。私などお呼びではなかったのだ。


 静寂が辺りを支配する。いつの間にかギャラリーまで沸き、店主も固唾を呑んで見守っている。

 その時、クゲチャが動いた。最後の一匹は、吸い込まれるようにコトネのポイの元へ。

 湧き上がる歓声。今からグローリアにが強引に追いかけても無駄だろう。これは勝負あったか――。

「……っ、!?」

 しかし。勝利の女神は嘲笑うかのようにしてコトネへ背を向けた。コトネのポイが、ついに破けてしまったのである。

 

「ふははははは! あっけないのう小娘! 妾はこの時を待っておったのよ!」

 そう、クゲチャは放っておけば水に溶けて体積を減らしていく。本来ならば、ギリギリまで小さくなったところを狙うべきなのだろう。

 コトネは勝負に焦る余り、勝機を逃してしまった。

「くっ……私が、クゲチャ救いで負けるだなんて……」

「ま、良くやったと褒めてやるべきかの。妾をここまで手こずらせたのはお主が初めてじゃ」

 

 勝者の高笑いと、敗者の這いつくばる音、そして拍手の嵐が巻き起こった。

「いやぁ、いいもの見せてもらいましたぜ。流石は隊長殿だ」

 そう朗らかに言う店主に、私は詰め寄った。

「あのクゲチャたちは私が買い取ろう。これで足りるか?」

 執事として働いた給料全てを叩き付ける。人間よ、欲深くあれ。

 すると店主は目を丸くした。この世界の物価など分からないが、恐らくはそれなりの額だったのだろう。


「い、いやいやこんなに受け取れねえよ! だいたい、隊長殿たちからお金なんて……」

「いいから受け取っておけ。それは私が救えなかったクゲチャたちへの、せめてもの報いだ」

 そう言い放った私は、毛むくじゃらの店主と熱い視線を交わした。ここに新たな友情が育まれた瞬間である。


「……で、その茶番まだ続くの?」

 と、コトネ。一方グローリアは堪え切れない笑みを浮かべながら、私に迫ってくる。

「ほれ、近う寄れ。ふほほ、お主の血の味はどんなものかのう……血沸き肉躍るとはこのことよな。きっと天上の甘露じゃろうて」

 手をわきわきさせながら、グローリアが私にしがみついた。

 仕方あるまい、クゲチャたちのためだ。彼らを救えた結果ならば悔いはない。私はやりたいことをやったのだから。


 そして、グローリアの牙が私に突き刺さる――寸前。

「探しましたよ隊長……。今までどこほっつき歩いてたんです?」

 《紫の隊》副隊長、エディが鬼のような形相を浮かべてグローリアの首根っこを掴みあげていた。

 またもや吸血を阻止されたグローリアが猫のように暴れる。


「おい、離さぬか無礼者! 妾はちょっと祭りに繰り出しておっただけで……」

「へぇ……公務を放って、ですか? 四六時中寝てばかりの隊長の代わりに、僕がどれだけ苦労したと思ってるんです?」

「ふん、そんなもの知らぬわ! 書類仕事など副隊長のお主がやっておればいいじゃろうが!」

 ギャーギャーと鴉のように喚くグローリアに、ついにエディの堪忍袋の緒が切れた。

 エディはグローリアが握っていた傘――グロリアスを掴むと、そのまま放り投げようとする。


「や、やめい! やめぬか! わ、妾が悪かった、悪かったからそれだけは! ああ焼ける! 焼けるぅうううううううう!」

「では、帰って仕事をしてくれますね?」

「す、する! するから離して! 灰に、灰になる! クゲチャみたいに溶けちゃう!」

 そのままエディは「お騒がせしました」と一礼して去って行った。

 ポカンと馬鹿みたいに口を開けた私と観衆たちだけが残される。まるで嵐のような出来事だった。

 

「……なんだったのだ、あれは」

「……さあ? ところでトウジョウカズキ。私に付き合ってくれない?」

 と、唐突にコトネが告白してきた。

 ……わけではないようだ。そういえば話があると言っていたが、どうにも厭な予感がする。

 しかしここで断っても同じことだろう。私は後で取りに来るとクゲチャたちを入れたカゴを店主に預けた。


 コトネの警戒は本物だ。私が敵か味方かを値踏みする目つきだった。

 少なくとも誤解は解いておかなければならないだろう。疑われるのはいいが、敵視されるのは困る。

「いいとも。特に君のような美少女からのお誘いならばなおさらだ」

「……下らないこと言ってないで、付いてきて」

 

 これは一波乱ありそうだ。

 私は内心でそう思いながらも、黙って付いていくことにした。

 その先がたとえ地獄であろうとも――美女がいるなら悪くない。 


 

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